彼女は伊良湖。通信監査艦監査艦伊良湖。通信監査艦間宮の職務を監視する監査艦。夜警を見張る夜警。仕事が来ない事が、彼女の祈りだった。

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伊良湖日誌より抜粋

八月七日(月) 快晴 記録者:伊良湖

 

 暗号通信の練習の為、今日から暗号文で日誌をつけてみることにしました。

 偽装として業務日誌をカバーとし、ローカルエリア・ネットワークの主計科烹炊係フォルダにファイルを置かせてもらいました。タイトルは間宮さんの業務日誌である間宮日誌を参考に、シンプルに伊良湖日誌としました。間宮さんにははやく甘味処の仕事を覚えるためと説明して置かせて貰っているので、カバーの内容も気が抜けません。

 第一日目の今日は、簡単な自己紹介を。誰かに見せることはありませんけれど、この日誌の意義と私の役目を再確認するためにも。

 私は伊良湖。給糧艦伊良湖をモチーフとする後方支援モデルの艦娘。鎮守府の皆さんの心と体の空腹を満たします。

 それから、もうひとつ。給糧艦をカバーとした、私の本当のお仕事。

 通信監査艦監査艦伊良湖。通信監査艦間宮の職務を監視する監査艦。夜警を見張る夜警。仕事が来ない事が私の祈りで、幸福です。

 

 

九月十日(日) 薄曇 記録者:伊良湖

 

 暗号文の作成にも随分慣れてきました。カバーである業務日誌もテンプレートが安定し、建前であった業務に役立てるという口実も、最近では普通に活用できる程度には仕上がってきました。今日も別の視点からの意見があると発注などの参考になる、と言って貰えました。

 例えば来月のハロウィン用メニュー作りの参考にするために海外艦の方への聞き取り調査などを提案したところ、正直な所ハロウィンというものをよくわかっていないとのことで一任していただけました。頑張ります。

 こういったイベント事の前後は艦娘間の不要な無線通信が増えるので、間宮さんはチェックに忙しそうです。鎮守府の回線は太いので通信速度の低下や切断などは現在まで見られませんけれど、いっそ落ちてしまったらすっきりするだろうなあと思うくらいにはごちゃごちゃしています。ログをチェックしている私でさえ大変なので、甘味処・食堂のお仕事をしながらリアルタイムでさばいている間宮さんはきっともっと大変だと思います。通常の艦娘よりも大幅に増設・増強された私たちの電脳でも負荷が大きいので、いっそ作戦中以外の無線使用を機能的に制限してしまった方がよいのではとも思うのですけれど、そうした場合緊急時の通信に支障が出ますし、なにより適度なお喋りを許しておいた方が精神衛生の維持によいそうです。女の子なんですから、とは間宮さんのお言葉です。

 なので間宮さんのお仕事は作戦以外の無線を全部取り締まることではなくて、たくさんのお喋りを逐一拾っては、問題のある発言や思想が見受けられた場合や、あんまりにも無駄な通信が多い場合に司令官さんに報告して、機能制限や注意勧告を行ってもらう、ということになります。

 私のお仕事はと言えば、そういった通信のログと間宮さんの報告をチェックして、間宮さんがしっかりお仕事をしているかどうかを調べることです。通信監査艦さえ黙ってしまえば鎮守府内で堂々と叛逆行為の芽をはぐくむことだってできてしまうわけですから、ダブルチェックは大事です。間宮さんが気付かない兆候を見つけることもあるかもしれませんからね。

 あまり気分のいいものではありませんけれど。

 

 

十月十七日(火) 雨 記録者:伊良湖

 

 一昨日から始まったハロウィン・メニューはおおむね好評のようです。頑張った甲斐がありました。頑張りすぎて甘味処・食堂でのお仕事が増えてしまっててんてこ舞いなのは想定外でしたけれど。喜んでもらえるのは嬉しいですけれど、発注計画と仕込みの予定を改めないといけません。すでに一部商品が入荷待ちになってしまっていて心苦しいばかりです。

 さらには一部艦娘がだぶついた間宮券を高額でやり取りしていることが通信傍受で判明し、こちらのお仕事も忙しいです。実際に当該艦娘を捕縛したり注意勧告したりするのは間宮さんのお仕事ではありませんけれど、証拠となる発言や、関連があると思われる発言をすべてチェックして裏取りして報告書にまとめないといけないので、涼しい顔をしてお客さんをさばいている間宮さんも内面ではアップアップになっているはずです。はずなのですけれど、あんまりにもいつも通りなのでもしかすると本当に余裕かもしれません。表のお仕事だけでダウンしそうになっている私としては演技だと信じたいところです。うう、この後もお仕事が。

 

追記

 お掃除を終えてついうとうとしていたら、間宮さんが温かいココアを入れてくれました。お店で出している業務用ではなく、秘蔵のバンホーテンを砂糖たっぷりで作ってくれました。内緒ですよ、と悪戯っぽく笑う間宮さんは楽しげでした。

 明日も頑張ります!

 

 

十一月三日(金) 晴れ 記録者:伊良湖

 

 すっかり寒くなって、出撃する皆さんも厚着です。海の上はもっと冷えますから、風邪をひかないようにあったかくしないとですね。

 甘味処では体を温める生姜湯がひそかに人気です。間宮さんの生姜湯はレモンと蜂蜜がたっぷり入ったもので、駆逐艦の子にも人気です。片栗粉でとろみもつけているので冷めにくく、カロリーも高めなので、遠征に出ていく子たちが大事そうに懐に仕舞って持っていくことも多いです。

 冷え性気味の司令官さんが最近愛飲しているというジンジャー・ティーもはじめてみました。確かにこれは暖まります。間宮さんは紅茶を淹れるのもお上手で、金剛さんもいつもの賑やかさではなく、静かに染み入る様に堪能されていました。

 でもだからといってジンジャー・パウダーを景気よく発注してしまったのは失敗でした。香辛料の類ですし一袋はもう少し小さいものだと思っていたのですけれど、一袋は一袋でも二十五キログラムの袋でした。業務用って……どこの業務で使うんですか。

 青くなってしまいましたけれど、そこはさすがの間宮さん。グラーフさんに聞いたようで、ジンジャーブレッドでヘクセンハウス、つまりお菓子の家を作ってしまいました。それに艦娘を象った愛らしいジンジャーブレッドマンも。お菓子作りの得意な皆さんにも手伝ってもらって、結構豪勢なものが出来ました。普段からそういうところありましたけれど、間宮さん、意外と凝り性です。気付いたら飴細工までしてました。生姜糖で。

 最初は展示して、あとで解体して振る舞うつもりだったのですけれど、食い意地の張った巡洋艦がつまみ食いしていって一人二人と住ジンジャーブレッドマンの失踪事件が相次ぎ、ついには柱が抜かれ建築法違反の欠陥住宅になりかけ、止めに赤城さんが目を輝かせて「ヘンゼルとグレーテル、夢だったんです!」と仰ったもので、お買い上げいただきました。

 それを見た大食艦の方々や駆逐艦の皆さんから予約が入ってしまって、急遽お手伝いさんを雇って分譲住宅の建築が開始されました。ハロウィン・メニューより大変です。

 私は住居者募集ということで、凝り性の間宮さん監修の元、艦娘の皆さんを象ったジンジャーブレッドマンをうんざりするほどひたすら焼き続け、しまいにはモデルの艦娘さんを見ても「あのパーツはレーズンで、こっちはアイシングでいいんだっけ」と連想してしまう程でした。

 

 

十一月四日(土) 快晴 記録者:伊良湖

 

 ジンジャーブレドマンが可愛らしいとのことで好評をいただき、急遽増産して袋詰めして個別でも売り出すことになりました。暫く私の仕事の多くはこのクローン・トルーパーズの編成に充てられそうです。間宮さんの凝り性が移ったのか、鎮守府の皆さんを一通りディフォルメして作ったのですけれど、露骨に人気差が出てトレーディングカード売り場じみた哀愁を感じます。尚一番不人気は司令官さんです。胃痛を堪えるような顔をして秘書艦の叢雲さんがそっと束で買っていかれました。その後に来た司令官さんは結構売れてると大喜びでした。闇を感じます。

 ところで、それでもなお余ったジンジャー・パウダーをばら売りするのはいいと思うんですけれど、パックに詰めて「あたたかくなる粉」なるネーミングで売るのはどうかと思います。どう見てもまずいアレです。無線通信でも「例の粉」という非常にいかがわしい呼び方をされています。冷え性で困っていた天龍さんが気に入って絶賛してくれるのは嬉しいんですけれど、「間宮で例の粉買って遠征先でキメてみたんだが最高にキく」などという言い方をされるのは非常に困ります。あとうちの生姜湯真似て片栗粉足して「白い粉入れたらいい具合にトロける」などと言うのも非常に困ります。

 

追記

 私も寝る前に生姜湯を作って飲んでみたら最高にキきました。これはキメてるという表現もわからなくもありません。物凄くぽかぽかしてぐっすり眠れました。

 

 

十二月二十日(水) 雪 記録者:伊良湖

 

 今日も雪。朝起きたらもう積もっているので、また雪かきから一日がスタートです。もこもこに厚着をした間宮さんは愛らしいですけれど、いい加減雪にもうんざりしてきました。

 それに何より、クリスマスの仕込が大変です。なにしろ鎮守府には全国からどころか海外からも艦娘が集まっていて文化の坩堝です。凝り性の間宮さんが楽しそうにリストアップしていますけれど、実際にそれらすべて作れてしまうのが間宮さんの凄い所です。

 ケーキの類だけでも、ビュッシュ・ド・ノエル、シュトレン、パネットーネ、パンドーロと並んでいて、クリスマスプディングに至っては先月から熟成させているという気の入り様です。マジパン細工もストックが日に日に増えています。まあ私もディフォルメ艦娘マジパンシリーズをちまちま作り進めているので人のことは言えませんけれど。あ、司令官さんのは作りません。悲劇が見えています。人気につき品切れの札でも出しておきます。

 他にも、欧州艦の皆さんの要望でグリューワインなどの準備もしています。アルコールの入っていないキンダープンシュも用意しておきましょう。司令官さんも程々になと片目をつぶって仰っていましたので、ある程度目を瞑ってくれるということのようですから、酒類は多めに用意しておいてよさそうです。

 一部艦娘の事情を考慮して七面鳥はやめておいた方がよいのではと思いましたけれど、間宮さん曰く率先して美味しそうに食べるので気にすることはないとのことでした。

 

 こうしたイベント事の前後はやはり通信量が増えます。既に何人か通信制限をかけられた艦娘もいて、こっちのお仕事も増えて困ります。

 特にお祝いごとというものは厭戦的な空気も生むもので、出撃を嫌がるような発言も聞かれて悩みます。多少なら愚痴として仕方がないものでしょう。しかし余り多いと厳重注意や処罰の対象となりかねません。間宮さんも今のところ報告に上げる程ではないとはしていますけれど、きちんとチェックはしています。

 報告するしないの線引きは難しい所です。どこからが甘くてどこからが厳しいのか。

 本当に難しい話です。

 

 

一月四日(木) 雪 記録者:伊良湖

 

 ようやく大晦日、三が日が終わりました。クリスマスから引き続いてのイベント続きで参ってしまいそうです。お正月は料理をしなくてもいいように日持ちするお節があるなんて言いますけれど、それをこの大所帯の分作るのはむしろよっぽど大変です。もう一年位見たくないっていうほど大量の黒豆とか栗金団とか数の子とか田作りとか、いやもう、本当にうんざりです。まあ一年後にはまた見る羽目になるんですけれど。間宮さんも流石に疲れましたねなんておっしゃってます。

 お節を作り終えたら三が日仕事がないなんてことはなくて、御雑煮を作ったり力自慢の艦娘を集めてひたすら糯米蒸して餅つきしたり、大変でした。いやまあ、餅つきに関してはそういう機械があるのでそれを使えばいいんですけれど、したがるんですよね、皆さん。特に戦艦の皆さん。駆逐艦じゃないんですよ。戦艦の皆さん。力を持て余してらっしゃるんですかねえ。ぺったんぺったんなんて可愛らしい音じゃないんですよ。だんっ、だんっ、だんっ、だんっ、て機械と同じ音がするんですよ。そしてついた先から空母の皆さんの胃袋に消えていくんです。

 間宮さんがバカみたいに糯米発注するので大事故かもなんてこっちは蒼褪めてましたけれど、実際の景色を見てみると足りないかもと蒼褪める羽目になりました。良いですか赤城さん、おもちは飲み物ではありません。おもちをおかずにご飯を食べるのはあなただけです。

 ゆるみにゆるんで愚痴やボヤキの多かった通信も、司令官さんが朝礼でしっかり引き締めてくれたおかげで、大分減りました。

 そういえば深海棲艦にも大晦日やお正月があるんでしょうか。幸い襲撃はありませんでしたけれど……。

 

 

二月三日(土) 快晴 記録者:伊良湖

 

 遂に節分がやってきてしまいました。

 司令官さんの悲壮な顔が忘れられません。

 くじ引きで鬼の担当になった方々は、鎮守府内をかけ回ってのスタンプラリーが任ぜられます。当日鎮守府内にいる艦娘はこれを炒り豆で迎撃します。スタンプラリーが完遂されたら鬼側の勝ちとして迎撃側は特別訓練の扱きが決定し、迎撃側が見事スタンプラリーの完遂を阻止したら鬼側が特別訓練の扱きです。当日出撃や遠征に出ている艦隊はMVPを取ったものにはご褒美、最下位は特別訓練行きです。

 今回悲運にも鬼側になってしまった司令官さんは、スチール缶に穴をあける程度の豆撒きを回避しながらスタンプラリーをこなさなければ、神通さん主催の鬼も音を上げる特別訓練で全身の筋肉を破壊されかねません。調子に乗って参加しなければよかったのに。

 私達はどちらの陣営でもなく、ひたすら大豆を煎ってしまえばあとは観戦するばかりです。そして終わった後の豆を漏れなく掃除する係なのです。正直一番面倒な気がします。

 まあ司令官さんにとっては運の良いことに、迎撃側にとっては不運なことに、今回の鬼には喰らった豆をそのまま文字通り食べてしまって意にも解さない赤城さんと、駆逐艦から豆を投げられると嬉々として小躍りする長門さん、そして三年連続一発も豆を食らわないままいつの間にかスタンプラリーを完遂していたというヤセン・ニンジャもとい川内さんがいらっしゃるので、十中八九鬼側の勝利でしょう。なので司令官さんの取るべき行動はひたすら赤城さんと長門さんを楯にして全身全霊で豆撒きを回避して、終了まで無事に生き残る事だけです。

 今頃は出撃先でも深海棲艦を鬼と見立てた砲弾撒きが盛大に行われている事でしょう。

 間宮さんの作ってくれた恵方巻きを二人してもごもごと無言で食べていると、何だか平和だなあとまったりしてしまうのでした。

 

追記

 驚くべきことに鬼側が敗退しました。

 迎撃側は速攻を選び、司令官さんの足を集中狙いしてダウンさせ、あえて致命打にならない場所に豆を投げ続けて悲鳴を上げさせて鬼を呼び寄せ、豆をついばみに来たもとい司令官さんの救援に来た赤城さんと長門さんを足止め。その隙をついて川内さんが隠行でスタンプラリーをこなして行ったようですけれど、三年連続敗退した雪辱を晴らすべく最終地点で待ち構えていた神通さんとの一騎打ちで惜しくも敗退。見事三年越しに勝利を掴んだ神通さんは感無量と言った面持でした。

 なお司令官さんの罰ゲームもとい特別訓練行きですけれど、下半身を中心にかなりダメージがあることに加えて、友釣り戦法は倫理規定違反ではないかという物言いがついた為、特別に免除されました。

 司令官さん本人は負傷した以外はいたって元気で、「仲間の為に任務を遂行したものを責めるつもりはない。しかし執拗に私の臀部を狙撃した陽炎型は覚えてろよ。貴様が悲鳴を上げる私を指差して笑った分だけボーナスにマイナスの色付けてやるからな」と意識も明瞭なようでした。

 

 

三月三日

 

 ひな祭り、桃の節句と言えば女の子のお祝い事ですね。

 司令官さんが自腹を切って家具職人さんに豪華な雛人形を作って貰って飾っていらっしゃいました。武蔵さんと大和さんを内裏雛に、川内型三姉妹の三人官女、潜水艦の五人囃子、一航戦の随身などをはじめ、鎮守府の艦娘をモデルにした人形が並ぶとても立派なものでした。

 司令官さんの人形はないんですかと聞いてみたら、ガラじゃないし行き遅れると嫌だし、とのことでした。秘書艦の叢雲さんが執務机に折り紙で作ったお雛様を並べていたのは見なかったことにします。菱餅の代わりに胃薬が供えられていたのも見なかったことにします。

 菱餅と言えば甘味処でも菱餅を提供しました。調理台一杯に練り上げた三色のおもちを広げて重ねて、切り分けて行きました。戦果を挙げてきた艦娘には間宮券の他にこの菱餅の券もつくので、皆さん頑張って出撃をこなしていました。

 おもちはまだ慣れない、という海外艦の方もいらっしゃるので、そういう方の為に三色ゼリーもこさえてみました。三種類の寒天ゼリーを一層ずつ流し固めて重ねていって、切り分けてお出ししたところ、海外艦以外の方にも好評で、早々に売り切れてしまいました。明日の分はもっとたくさん仕込まないと。

 そう言えば、ウォースパイトさんがこのゼリーを見て、プース・カフェみたいねと仰っていたので、夜はカクテルを作らせていただきました。間宮さんはよくわからないという顔をしてらっしゃいましたけれど、五色酒というと何となく納得してもらえました。実は私、カクテルは結構詳しいのです。要は比重の違うお酒やシロップを、混ざらないよう丁寧に注いで行って、横から見た時に綺麗に層に別れて見えるように作るカクテルのことです。

 製菓用にいくつかある他は私が趣味でもっていたリキュールなどしかないのであまりたくさんは作れませんでしたけれど、まあもともとカクテルはそんなにたくさん飲む為のものではありませんからなんとか足りました。レインボーなどは間宮さんもとても気に入ってくれたようで、今後はカクテル用の飲料を取ることも考えて下さるそうです。凝り性の間宮さんのことですから、カクテルも楽しんでいただけそうです。

 しかしこの人お酒強いです。いろいろ作っては披露しましたけれど全部きこしめしてケロッとしていらっしゃる。カクテルに使う酒精って度数高いものが多いんですけれど……。

 

追記

 間宮さんを酔わせてみたいという不埒な通信を確認したので通報しておきました。

 

 

四月一日(日) 薄曇り 記録者:伊良湖

 

 エイプリル・フールということで、朝からしっちゃかめっちゃかでした。

 まず出撃や遠征の予定などの書き込まれた大掲示板の日付が三月三十一日のままにされ、青葉さんの発行している鎮守府新聞も日付が三月三十一日。悪乗りした軽巡洋艦たちが便乗して偽鎮守府新聞を発行し、練りに練られた嘘記事嘘ニュースが鎮守府を駆け巡りました。まあ流石の青葉さんは一枚上手で、嘘記事が乱立する中、日付以外は全て本当というひねりの入ったもので、何人もの艦娘が騙されていました。

 嘘だから、全部嘘だから、などと支離滅裂な発言を繰り返して駆逐艦数名に接触を試みた大戦艦に関しては懲罰房入りが決定しました。懲りない人です。

 司令官さんが朝礼で、出撃など任務に関わる事に混乱を招くような虚偽、また他人を傷つけるような意図の虚偽は禁ずると厳命し、違反者には厳罰を処すこともあると付け加え、騒ぎはひとまず沈静化しました。みだりに人を騙そうとすることをせず、人を楽しませる嘘を吐きなさいとしめて、司令官さんもとい司令官さんに扮した叢雲さんが変装を解き、その横で同じく叢雲さんに扮していた司令官さんが変装を解いて、落ちも付きました。叢雲さん、胃痛持ちの割にこういうイベント絶対外しませんよね。

 さて、悪質な企みごとに関しては厳しめにチェックを入れながら、間宮さんもエイプリル・フールにはちゃっかり乗っかっていました。

 今日の間宮は題してフェイク祭りでした。

 中国や台湾で造られる所謂もどき料理の類で、日本で言うなら精進料理などで用いられる、がんもどきのような代替品です。高野豆腐で出来たチキン・ナゲットもどきや、蒟蒻で烏賊や海老を象ったり、トーファーキーや精進鰻、アナログチーズのピザ、蒟蒻のお刺身など、お肉を使わずに食べ盛りの皆さんを満足させられる見事な代物でした。

 勿論甘味の方もフェイクを心がけてみました。若あゆや鯛焼き、トリュフなど見た目を模したものの他、見た目とフレーバーの違う色素を活用したアイスやケーキの類で楽しんで頂いたり、見た目が全く同じで味が違うジュースなど、こちらも楽しんでお仕事出来ました。

 夜にはロングアイランド・アイスティーなど、大人向けのメニューもお出ししました。普段はお酒を飲まない方にも、般若湯ということで、なんて。

 

追記

 エイプリル・フール騒ぎに乗じて悪質なギンバイ行為を行い、外部の業者に横流ししようと計画していたものがあり、間宮さんの通報により懲罰房入りが決定しました。

 このようなとき、間宮さんは表向き普段通りに過ごしていますけれど、少し気落ちしているように見えるのは私の色眼鏡なのでしょうか。そう感じていてほしい、そういう優しい人であってほしいという、私の願望なのでしょうか。余りにも平静としているように見えてしまうことが、私にはなんだか辛い。

 

追記の追記(四月十八日追記)

 件のギンバイ艦娘が前科もあり、軍機に関連する艤装関連の横流し案件であったため、懲罰部隊への編入が決定されました。表向き、彼女は適性検査により別部隊に移動する事になった、そういうカバーストーリーが発表されることになっています。解体処分の方がまだよかったかもしれません。懲罰部隊は敵の動向を探る最前線の索敵部隊です。命懸けで敵を探り、時にはその死を持って敵の動向を報せ、作戦の礎となるのです。

 間宮さんは今日も笑顔で振る舞っています。私には間宮さんがわからない。

 ただ、今日の日替わりが、異動になった彼女の好物だったことだけが、私に察せられることでした。

 

 

五月十日(木) 晴れ 記録者:伊良湖

 

 母の日、ということで、主に駆逐艦の皆さんから、間宮さんにいつもありがとうとカーネーションの花束が贈られました。それに、なんと私にもです。間宮さんはどうやら毎年貰っているようで、ありがとうと素直に受け取っていたけれど、私はなんだか胸が一杯になってしまって、皆をただ抱きしめることしかできませんでした。

 この日は来る人来る人皆さんカーネーションをお持ちになって、あっという間に花瓶が増えていきました。こんなにありがとうを言われたのは生まれて初めてかも知れません。何だか本職を考えると申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 他にも、鳳翔さんや金剛さんなど、年上の方がカーネーションを渡される傾向にあるようでした。特に鳳翔さんなど、ワゴン一杯のカーネーションを大和さんに贈られて困ったように笑っていました。通りで朝からお花屋さんの搬入が凄いことになっていた訳です。

 司令官さんも皆さんからカーネーションを贈られて、最初の内は私は貴様たちの母親ではないと頑なに受け取りを拒否されていましたけれど、秘書艦の叢雲さんがいたくショックを受けた顔で花束を隠したのを見て、形容しがたい顔つきで全部持って来いと怒鳴り散らされたもので、執務室は真っ白になってしまいました。頑なな方というか、含羞の方というか、戦地に娘を送る母親などと、と夜はお酒に逃げておられました。それでも貰った花は全部綺麗に花瓶に活けて、叢雲さんから貰ったものなど押し花にして胸に挿しておられるのだから、この方は悪人にはなれない方なのでしょうね。

 この日は無線通信の内容も母の日に関することが多く、ログをチェックする側としても心が和みました。こういう平和な内容ばかりならチェックも甘く、などと思っていましたけれど普通に間宮さんが通信制限の報告とかしてました。優しくなければ母親ではない。でも優しいだけじゃ子は育たないんですね。深いです。

 

 

五月三十五日(木) 薄曇り 記録者:伊良湖

 

 今日は大変な一日でした。

 南洋に遠征に出かけていた天龍さんたちがお土産にと持ち帰った樽がまさかあんな事件につながるとは。ここに書き記すにはあまりにも複雑で、長大な事件でしたので、天龍さんの報告書が上がるのを待ちましょう。

 

追記(八月十一日追記)

 崩落に巻き込まれたとみなされていた紳士から天龍さん宛てにお手紙が届いたそうです。無事故郷に辿り着けたようで、同封されていた写真には笑顔で手を振る元気そうなお姿もあって一安心です。しかしサザンコンフォートですか、一体どのあたりの国なのでしょう。

 

 

六月三日(日) 雨 記録者:伊良湖

 

 大事件です。

 六月は祝日もないし目立ったイベントもないので穏やかに始まるだろうと思っていましたけれど、始まって早々の大事件です。

 司令官さんが秘書艦の叢雲さんとケッコンすることになったそうです。

 朝から叢雲さんが生まれ変わったのかと言う位の爽やかな笑顔で槍でも降るのかと思いましたけれど、内緒なんだけどと楽しそうに教えられたところによれば、司令官さんにプロポーズして見事ケッコン指輪をもぎ取ってきたそうでした。

 なんでそんなことにと思っていたら、今日はプロポーズの日なのだそうでした。そして六月といえばジューン・ブライド。ローマの神々が我々艦娘を祝福召されるかどうかは怪しい所ですけれど、しかし縁起が良いのは確かです。そして先月の母の日にはプロポーズを決意したそうでした。何故かと言えば、母親ではないならお嫁さんにしても問題がないという謎理論でした。叢雲さんって神経質で苦労性の割に頭がよろしくないもとい勢いで行動するところがあるような気がします。というより見かけどおりまだ精神が成熟し切っていない思春期なのかもしれません。

 その様な次第で近いうちにお祝いの料理でもお願いすると言われてしまいましたけれど、どうしたものでしょう。難しいということではなく、間宮さんが乗り気な件です。この人、無駄に凝り性なので、大掛かりなことになりそうな気がします。その上ロマンチストというかイベント事も好きなので、女の子の一大事ですものね、などとほーら大事にする気満々です。

 夜には司令官さんが、叢雲さんと属性でも取り替えたかのような胃痛を堪えるような顔でいらして、痛飲なさいました。

 聞けば朝から伝達事項の最後にプロポーズされ、何事かと狼狽して返事もできない内に、一つ一つ丁寧に好きになった切欠や、いま好きでいる心境、今後も好きであろう理由を説明されたそうです。また、このプロポーズが受け入れられない場合に自身が受けるだろう精神的ショックや、予想される事務処理能力の低下、職場の空気の悪化などを数値で示され、一方のプロポーズが受け入れられた場合に予想される士気高揚、信頼と信愛の向上、練度制限解除による戦力の増大などを主張されたそうです。

 叢雲さん、それプロポーズじゃなくてプレゼンテーションです。

 さらに、指揮官としてこの提案は鎮守府の為にも魅力的なはずであり、戦力・事務能力の低下が予想される拒絶を選択する場合、有用な代替案の即時提出が求められるとしめられ、積極的否定が出来ないことを理由に消極的受容と見なされ、ケッコン指輪を強奪されたそうです。

 完全にカツアゲです。

 司令官さんはその後も痛飲を重ね、しかし日頃から蟒蛇呼ばわりされるくらいにはお酒に強いのでいつまでたっても酔いつぶれることが出来ず、正しくくだを巻いていました。

 そんな司令官さんを見かねて、間宮さんがにっこりと尋ねました。

 それで、いやなんですか、と。

 司令官さんは蛇がのたうつように暫く身もだえして、それから顔を隠してもごもごと何やら仰いました。よく聞き取れませんでしたけれど、しかし、いくら飲んでも顔色変えないのにこんな質問で真っ赤になった耳と、薬指にしっかり嵌った指輪が何よりの答えでした。

 

追記

 人の口に戸は立てられないというか、年頃の女の子たちの噂好きというものは抑えられないというか、司令官さんがくだを巻いている内にケッコンの話はあっという間に鎮守府中に知れ渡り、通信回線はえらいことになっていましたけれど、間宮さんは問題発言以外はチェックしませんでした。私もそうです。

 なぜなら、適度なお喋りを許しておいた方が精神衛生の維持によいからです。だって、女の子なんですから。ね?

 

 

七月七日(土) 快晴 記録者:伊良湖

 

 今年はよく晴れて、天の川が綺麗に見える良い七夕でした。

 北海道では八月が七夕だそうですけれど、鎮守府の方々は北海道出身者は少ないので七月にさせて頂きます。ローソク出せとか面白そうですし間宮さんも気に入りそうなんですけれど、説明が手間ですし、仕方ありません。

 先月無事ケッコンして開き直った叢雲さんが司令官さんに織姫の格好を強要して鎮守府中を追いかけっこしたり、艦娘相手に一時間は逃げ続けたものの最終的に生まれたての小鹿の様にプルプルふるえる足で捕縛されたり、いざ着替えさせようとしたら織姫は彦星と別れさせられるから嫌だなどと存外乙女な発言を受けて諦めたり、実に元気でいいことですけれど、片付けするの私たちなので止めてください。

 今日は笹を飾って皆さんに好きに短冊を吊るしてもらう様にしました。私は知らなかったんですけれど、動揺で歌っている五色の短冊って、五行思想の五色なんですね。緑、赤、黄色、白、黒。まあ間宮さんも拘りは無いようで、皆さん楽しめるように色とりどりの短冊を用意していて、とてもきらびやかです。

 中国ではお願い事は芸事の上達に限られているそうですけれど、勿論艦娘の皆さんはそう言った細かいことは一切気にせず欲望の限りを尽くしています。言い方が悪い気もしますけれどざっと見た感じ正しくこの表現であっているように思います。

 駆逐艦の皆さんは大抵もっと強くなりたいとか背が高くなりたいとか、そういった愛らしいものが多いですね。巡洋艦の皆さんはもう少し即物的になってきて、あれが欲しいこれが欲しい、なにがしたいかにがしたいという風になってきます。戦艦の皆さんは武運長久や世界平和といったもののほか、皆の安全や来年も無事でなど、他の人の事を気にかけるものが多い印象です。駆逐艦になりたいと書いた大戦艦に関しては管轄外です。

 それで、問題は空母勢です。

 空母の皆さんの書いた短冊が吊るされている一角だけ異次元です。「皿うどん」「カレーライス」「ごはん(大)」「焼肉定食」「Kieler Sprotte」「Mandilli de saea al pesto」「Pork roll with hash browns」「Fry Up, three times a day」など、定食屋のメニューのようです。酷いのになると「冷やし中華はじめました」などというネタか本気かわからないものもあります。海外艦の皆さんが勘違いなのか悪乗りなのかのっかちゃってるじゃないですか。

 私も折角なので一枚書かせてもらいました。

 平和でありますように、と。

 皆さんが無事に帰ってこれるように。

 皆さんが笑顔でいられるように。

 そして、私が間宮さんの不正を見つけることがないように。

 

 

八月十五日(水) 快晴 記録者:伊良湖

 

 この日は厭戦的な空気が色濃い。

 仕方の無い事だとは思います。私たち艦娘は、艦の記憶や、艦の気持ちと俗に呼ばれているものに引き摺られやすいものです。私たち艦娘は実際にはあの戦争には関わりのない存在です。私達は艦娘。戦う相手は深海棲艦で、護るべき存在は人類全体なのです。

 けれどやはり、気分は滅入ります。目に痛いほどの夏の強い日差しが、まるであの日のようで、蝉時雨ばかりが響いていて、そのほかはぞっとするほどに静かでした。艦娘皆が、私のような気持だったのかもしれません。この日にはもう、多くの艦は沈んでいました。だからこの日のことなんて知らない筈なのに、しかし、ラヂオの音が聞こえてくるような気さえするのです。

 満身創痍のこの国は、あの日、ついに折れたのでした。

 私たちがもっと頑張っていれば、あの時私たちが勝っていれば、そういった後悔の念もあります。しかしそれ以上に私達の中にあるのは、蝉時雨の中で呆然と抱く、それでは私達の戦いはなんだったのだという空虚な思いでした。私たち艦娘はただ艦の記憶らしきものを持っているだけで、直接的にあの戦争を経験したわけでは全くないのだということも併せて考えれば、これは二重に空虚な思いでした。

 私のモデルである給糧艦伊良湖も終戦の前年に沈んでしまって、あの日の日差しも蝉時雨も、知る筈などないのです。けれど目を瞑れば確かに燃えるような太陽と、しきりに鳴く蝉の声とが幻覚されるのでした。かすれ気味のラヂオの声が、聞えてくるような気がするのでした。

 艦娘達も多くこの倦怠感に襲われるようで、表向きは元気に振る舞っていても、無線通信には弱音が増え、戦う事の、戦い続けることの意義に疑問を投げ合う声が聞こえます。はっきりと大本営への疑問を口にするものもあります。

 こういった発言は士気を下げますし、思想に問題ありとして報告する義務があります。この日に限っては致し方なしとして大本営も注意にとどめる程度ですけれど、それでも報告はしなければなりません。

 しかしこの日間宮さんは、一切の無線通信に関して放置を決めこみ、異常なしの一言で報告を済ませてしまいました。

 いま、私の手元には白紙の報告書があります。

 私はここに、通信監査艦間宮の職務放棄、報告義務違反、もっと言えば上層部に対する欺瞞工作を並べ上げ、報告する義務があります。

 しかし私には結局、同様に異常なしと記して報告する事しかできませんでした。

 監査艦を監査するべき私は、しかしいま私情ゆえにその職務と義務を放棄したのでした。

 私の報告があるいは間宮さんへの処罰や更迭の理由になるかと思うと、とてもそんなことはできないのでした。

 私はもうあの人に非情に徹することが出来ませんでした。

 馬鹿げた話です。監視対象に入れ込んでしまうなんて、本当に。

 

 

 

 

 

八月十五日(水) 快晴 記録者:間宮

 

 以上、デコードした伊良湖日誌より抜粋。

 なのですが。

 これは、どうしたものでしょう。

 伊良湖が私の監査についているのは承知の上でしたけれど、まさか監査されている私の方が伊良湖の監査について考えなければならなくなるなんて。

 それともこの伊良湖日誌自体が私に対するデコイなのかしら。

 そもそも偽装も暗号化手法も全部私が教えた通りのままというのは、見てくれと言っているようなものではないかしら。それとも本当にただの天然?

 私が見ることを前提で書いているのだとしたら、この日誌はブラフ? でもそんなことをする意図が読めません。伊良湖が私に情を傾けている事を認識した私が伊良湖に対してガードを甘くすることを想定して……うーん、そんなややこしいことをするかしら。反応を見るために今日一日の報告を後日修正可能な形で提出した私が言うのもなんだけれど。

 まさか直接私に告白するわけにもいかないから遠回しに気持ちを伝えてきた、とか。さすがにロマンチックすぎる考え方かしら。

 困りました。

 全く判断がつきませんから、明日から伊良湖へのアプローチをもう少し積極的なものに切り替えて反応を見てみましょう。

 ぼろが出るならそれでよし。本当に天然ならますますよしだわ。

 早速明日から試してみましょう。



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