惚れた相手は、百合な幼馴染   作:まさきたま(サンキューカッス)

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2話

 夏休みは明け、新学期。

 

 俺とニカは、あの忌まわしい事件のせいで疎遠になっていた。

 

 小さな頃から蜜月だった俺達の関係は、たった一度の誤解にして儚くも壊れ去った。

 

「テルっち、どしたの? 目とか雰囲気とか死んでるよ?」

「ああ、死にてぇ」

 

 何故俺は、あの写真を迂闊に部屋に放り出してしまったのか。

 

 正直、ニカに対する怒りで頭一杯になっていて、あのブツの危険性に気付かなかった。

 

 ニカは自称男とは言え、可愛い女子。あんだけエロい自分の写真を持っている相手に、警戒しない訳がない。

 

 ……終わった。俺の恋は、完膚なきまでに終わりきった。

 

「輪廻転生して貝になりてぇ」

「駄目だなこりゃ。まーたどっかに遊びに連れてくか?」

「良いね、私も付き合うけど」

「あー。俺はこの前も遊んだし、例の宴もあったし。そんなお金、残ってないかも」

 

 俺は甘ったれていた。失恋したくらいで、俺は何を凹んでいたのか。

 

 例え付き合えなくても、近くにニカが居て一緒にバカをやれただけで幸せだったじゃないか。

 

 今の俺はもう、ニカと仲良く遊ぶことすらできないのだ。

 

「……打ち捨てられた貝になりてぇ。ヒビの入った貝になりてぇ」

「重症ね」

 

 ニカが話しかけてくれなくなって一週間。

 

 ……俺は、生きたまま死んだような生活を送っていた。

 

 

 

 

 

「ニカちゃんは、またどっか行ってるの?」

「教室にはいないな」

 

 普段、俺はニカと学校であまり連るんでいなかった。

 

 ニカは校内だと興味の向くまま他人に話しかけ、趣味の人間観察ノートを充実させているからだ。

 

 俺とニカが仲良くしていたのは、主に放課後帰宅してからだった。

 

「じゃ、ちょうど良い。聞きたかったんだけどさ」

「あん?」

 

 なので幸いにも、学校の面々はまだ俺とニカが避けあっている事を気付いていない。

 

 片思いしてる子に、その子のエロ写真を見られました。そんな恥ずかしい話、誰にも話せん。

 

「テル、朝星となんか有ったの?」

「うぐっ!」

 

 ……気付いていないハズである。

 

「な、何もないぞ!?」

「あー、喧嘩したなこりゃ」

「お前ら、分っかりやすいなぁ」

 

 おかしいな、どうしてバレたのだろう。

 

 俺とニカは、普段通りの生活を送っている筈だが。

 

「お前ら喧嘩し始めると、ろくに目合わさなくなるからな」

「今回の原因は何? 朝星が鉄壁スカートになった事は関係してんの?」

「ノーコメント! お前らには関係ない!」

 

 級友たちの好奇心旺盛な視線が俺に突き刺さっていた。

 

 くそ、気付かれていたとは。

 

 まずい、どうやって誤魔化そう。女子の前でニカのエロ写真買ったとか絶対に言えんし。

 

「早めに仲直りしなよ? ニカちゃん、テル君の監視が無いと危なっかしいし」

「子供から目を離すなよ、監督不行き届きの責任を問われるぞ」

「ねぐれくとー」

 

 あんなバカの親になったつもりはない。

 

「人間観察だーって、割かしやベー人にも平気で話しかけるからな朝星」

「A組の不良を着け回した時とか、マジで一触即発だったよね」

 

 涼加瀬さんの言葉で、俺の思い出したくなかった記憶が甦る。

 

 ああ、あの時は怖かった。

 

 その日ニカは、突然『不良の生態を知りたい!』とか言いだし、校内で有名な不良をストーキングし始めたのだ。

 

 最初は歯牙にかけなかった不良も、やがてニカのしつこい付け回しにキレて殴りかかってきて。

 

 俺は間一髪で不良のニカの間に割って入り、代わりに殴られつつ必死で土下座する羽目になった。

 

『命懸けで女を庇うアンタの男気に免じて許してやる。二度とそのアマを俺に近付けるな』

 

 結局、俺の必死の説得の甲斐あって不良さんは納得してくれた。後にも先にも、あんなに肝が冷えた経験は無かった。

 

「テルっちの目がないと、また変な事をしでかすよニカちゃん」

「そりゃあ、心配だけど」

「……てか、現在進行形で危ないと思うぞ。朝星がさっき『チャラ男の生態を知りたい』とかいって3年の槍岡先輩にアポ取ってた」

「ちょっ!?」

 

 ちょっと目を離したスキに、何しでかしてるんだあのバカ!

 

「槍岡先輩って、女食いまくりで有名だよな」

「ニカちゃん、自分がカモがネギしょってる状態だって分かってるのかな……」

「絶対分かってないだろ」

 

 俺も、その先輩の名前は聞いたことがあった。

 

 ナンパの達人でジャニ顔のイケメン、一週間に10人以上の女を食う生粋の女好き、その名も『槍岡抱彦』。通称ヤリヒコ先輩。

 

 彼に口説かれた女は即座に股を開き、身も心も彼に委ねるという。

 

 呼吸するのと同じ感覚で女を家に連れ込む性豪ヤリヒコ先輩。

 

 そんな歩くチン●相手に、ニカは何考えてアポ取ったんだ。

 

「……それ、本当か?」

「あ、テルっち保護者スイッチ入った」

 

 絶対にアイツは、何も考えていない。

 

 ただ何となく興味をひかれたから、俺の居ない間に好き勝手を始めただけだ。

 

 嫌われてしまったとか関係ない、ちょっと説教してやらねば。

 

「今ニカの奴、何処にいる?」

「知らんけど」

 

 ニカは無防備だ。自分がソコソコかわいい容姿とは思っていない。

 

 あんな据え膳バカ、チャラ男の口車にホイホイ騙されて、最後まで美味しく頂かれるに決まっている。

 

「探してくる」

「行ってらっしゃーい」

「保護者してるねぇ」

 

 俺は、ニカの行先に思考を巡らせた。

 

 昼休みにニカが居る場所は、誰かの席で人間観察してるか、屋上で人間観察ノートを纏めているか、体育館で踊っているか。

 

 パッと見た感じ、周囲のクラスにニカは見当たらない。

 

 ……まず、屋上を探すか。

 

「本当にバカ、あのバカ!!」

 

 俺は級友の温い視線を感じ、ゼェゼェと肩で息しながら、校舎の階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ」

「ニカ、此処にいたか!」

 

 屋上で正解だった。

 

 ニカは、いつもの指定席で人間観察ノートにあれこれメモ書きをしている最中だった。

 

「何だいテル。……ボク、あんまり君と話したくないんだけど」

「うるさい、ちょっと聞かせろ。お前、槍岡先輩にアポとったってマジか?」

「何故君がそれを知っている。……関係ないだろ」

 

 ニカは、まだ俺に警戒心をむき出しだった。

 

 まぁ、それは良い。想定の範囲内だ。

 

「知ってるか知らんが、その先輩は女好きで有名な先輩だぞ」

「だから話を聞くんじゃないか」

「どこで、どんな風に!? ……まさか密室じゃないだろうな」

「槍岡先輩、ボクを部屋に入れてくれるって言ってたけど」

「完全にロックオンされてんじゃねぇか!!」

 

 そして、ニカの頭も想定通りゆるゆるだった。

 

 ナンパ男の部屋にホイホイついて行くってバカなのか。

 

「お前、速攻でヤられるぞこの馬鹿!!」

「ヤら……っ!? へ、変な事を言うな!」

 

 危機感が足りていないようなので一喝すると、ニカは顔を真っ赤にして激怒した。

 

 やーっぱり、想定してないよコイツ。

 

「ボクなんかに手を出す奴がいるもんか!! それこそ、ドスケベな君くらいじゃないかな!!」

「アホ抜かせ、ヤリヒコ先輩がどんな噂か知ってるだろ!」

「それに先輩、ボクには変な事をしないと言ってくれたし!」

「ナンパ男の常套手段!」

 

 久しぶりのニカとの会話は、やはり喧嘩腰だった。

 

 話が出来て嬉しい気もする反面、やはりコイツの考えなしな行動には腹が立つ。この女は本当に、本当に……。

 

「ボクはまだ学生だぞ。先輩ほどのナンパの達人なら、ボクみたいなのの相手をせずとももっと良い女性を抱くだろう」

「何でそう決めつけるんだよ、マジで襲われたらどうするつもりだ」

「その時は引っぱたいて帰るだけさ」

「お前の貧相な体格で、逃げられる訳ねぇだろ」

 

 その時ニカは、間違いなく意固地になっていた。

 

 俺が何かを注意すると、ニカは頬を膨らませて屁理屈をこねる。

 

 それはいつも通りの、俺達のやり取りだった。

 

「うるさいうるさい、もうボクに関わってくるな」

「おいニカ、マジでその先輩と会うのはやめとけ。俺から断わりを入れておくから」

「君は関係ない!」

 

 そして今、俺とニカの関係は最悪だ。

 

 きっと俺が何を言っても、ニカから譲歩してくる可能性はない。

 

 ────このままだとニカは、本当に先輩に美味しくいただかれてしまう。

 

 

「……襲われたら引っぱたいて逃げる、んだったな」

「何だよ。それがどうした」

「やってみろ」

 

 

 その時の俺は、少しヤケになっていた。

 

 自分の身の安全を軽んじ、好き放題に行動する大好きな女の子。

 

 俺はニカに、嫌われてしまった。じゃあ、もうどうなったっていい。

 

 

「オラっ!」

「ひっ!?」

 

 

 ……少しは危機感を持ってくれ。

 

 そんなつもりで俺は、ニカを突き飛ばして壁際に追い詰めた。

 

「……っ!!」

「どうした、引っぱたくんじゃないのか」

 

 こんなに乱暴な口調で、ニカに話しかけたのは生まれて初めてだ。

 

 一回り小さなニカの腕を掴み、俺は見下ろす様に彼女を睨みつけた。

 

「……このっ! 離せっ!」

「どうした。身動きも取れない様だが」

 

 ニカは抑えられた腕を振りほどこうと体を捻っているが、俺に筋力差で封じ込められている。

 

 無理もない、これが男と女の筋力差だ。

 

「や、やめろ。何をする気だ」

「何をされるんだろうな? 怖いかニカ」

 

 俺は無表情に、ニカを見下ろす。

 

 それと同時に、強烈に後悔し始めた。

 

 

 ……俺は、何をやっているんだろうか。

 

 

「こういう体勢になって。お前はどう抵抗するんだ、ニカ」

「……はな、せよぉ」

「どうした。そんな力じゃ、何もできないぞ」

 

 ニカの顔が、恐怖に歪んでいる。

 

 俺が、ニカを怖がらせている。

 

「やめ、やめて」

「……男と二人っきりになるってのはこう言う事だ」

「お願い、離してくれ」

「分かったか、ああん!?」

 

 

 ポトリ、と。

 

 俺の恫喝を受けて、とうとうニカが泣き出した。

 

 

「……」

 

 

 無言で、手を離す。

 

 これは、明らかにやり過ぎだ。女の子を泣かせるなんて、本当に俺は最低な奴だ。

 

 

「────死ねっ!!」

 

 

 自由になった手で、ニカは俺を思いっきり引っぱたいた。

 

 ボロボロ涙を流しながら、親の仇でも見つめるような目つきで。

 

「死ね、死んでしまえ! バカバカ、ばーか!!」

 

 

 その後、屋上には尻もちをついて頬を擦る俺だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで、少しはニカも男の怖さを理解してくれただろうか。

 

 力で勝てない相手に強引に迫られる恐怖を、植え付けることが出来ただろうか。

 

 ソレで少しでも、ニカが警戒心を持ってくれれば幸いである。

 

「……ふぅ」

 

 もうこれで、俺とニカの縁は切れた。

 

 今からどんな謝罪をしようと、俺がニカと今まで通り仲良くする事は不可能だろう。

 

「これで、俺の仕事も終わりだな」

 

 俺は最期の仕事として、ニカの無謀さにちょっとした警鐘をならした。

 

 これが、少しでも良い方に働いてくれれば万々歳である。

 

 

 

 

 

「さて死ぬか」

 

 

 

 

 俺はそのまま屋上の柵を越え、靴をきれいに並べてメモ帳に遺言を書き残し、アイキャンフライの体勢を整えた。

 

 拝啓父上母上、不肖の息子で申し訳ありませんでした。こんなゴミみたいな男をこの年まで育ててくれてありがとうございます。

 

 好きな女の子相手に暴走し、暴行まがいな事をして死ぬ。ああ、本当に俺は不出来な息子でした────

 

 

「ちょ、ちょっとテル君!?」

「アイキャンフラ────」

 

 

 そんなこんなで慙愧に耐え切れず身投げをしようとした俺を、後ろから抱え込む誰かが居た。

 

 ふと振り返るとそこには、

 

「ちょ、ちょっと何があったの!? ニカちゃん大号泣して走ってったから問い詰めようとこっちに来たんだけど」

「殺せー、殺してくれー」

「あーもう落ち着きなさい!」

 

 俺とニカを心配して屋上まで様子を見に来てくれた、クラスのマドンナ涼加瀬さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうちょっと他にやり方あったんじゃない?」

「仰る通りです」

 

 そして俺は、ニカとの間に会ったことを全てつつがなく話した。

 

 エロ脇様から写真を買い切った事、その写真を見られて距離を置かれたこと、今日襲い掛かってニカを死ぬほど怖がらせたこと。

 

「はー。それはもう修復不能ね」

「……、ニカ。ニカァァァァ!!!」

「あ、やっぱり君の失恋相手ってニカちゃん?」

「うわああああああん……!!」

 

 涼加瀬さんに背中を擦られながら、俺は鼻水を撒き散らし号泣していた。

 

 全て自業自得、俺はニカとの関係を完全にぶっ壊してしまった。

 

 もう彼女と、共に遊びに出かける日は二度とこない。

 

「……テル君も、ニカちゃんに負けない馬鹿ねぇ。はいハンカチ」

「ズピー……」

「それ返さなくていいから、あげる。汚いし」

 

 涼加瀬さんは、呆れた顔で俺の顔を覗き込んでいる。

 

 うう、ハンカチ申し訳ない。新しいのを買って返そう。

 

「ま、そこまでやっちゃったらもうニカちゃんと話するのは無理でしょ。私の方からも、ソレとなく先輩の件注意しといてあげる」

「お願いじましゅ……」

 

 俺はこの涼加瀬さんの優しさに心底感激した。

 

 女神だ。俺はしばらく、涼加瀬さんの信奉者になろう。

 

「ま、今は無理でも時間が経てば前みたいに話が出来るようになるかもね。君自身、やり方がまずいだけでニカちゃんを想っての行動だったわけだし」

「はい……、そうなってくれればそれに越した事は」

「失恋に関してはどうしようもないけど。完全に脈は無くなったと思うわよ」

「びえええええええん……!!」

 

 ですよね。死にたい。

 

 煮込まれて破裂した貝殻になりてぇ。

 

「女の子なんて一杯いるわ、新しい恋を探しなさい」

「……うううぅぅぅ」

「やれやれ」

 

 彼女から吐息が漏れる。

 

 完璧鬱モードの俺を見かねたのか、少し恥ずかしそうな顔で涼加瀬さんは俺に向かって話を始めた。

 

「……じゃ、私の失恋話でも聞かせてあげる」

「えっ?」

「気晴らしにはなるでしょ」

 

 それは意外な話だった。

 

 クラスでは一番モテる女、涼加瀬さん。そんな彼女の事だから、男子をとっかえひっかえとはいかずとも失恋なんてしないと思っていた。

 

「テル君、ニカちゃんと幼馴染なんだってね? 私も、小さなころからずっと好きだった人が居たの」

 

 

 クラスのマドンナはそう言うと、少し寂しそうな顔をして語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼加瀬さんは幼少期、引っ込み思案な性格だったという。

 

 人と話をするのが苦手で、幼稚園ではクラスの輪に入って行けず、よく虐められたのだとか。

 

「もう少しハキハキ喋った方がいいぜ、お前」

「できないんだよ」

「そりゃ、じしんがないからだ」

 

 そんな中、その男の子はいつも幼少期の涼加瀬を庇ったという。

 

 そして、ニコニコと笑ってこう言ったのだとか。

 

「私みたいなちんちくりんじゃ、じしんなんかもてない」

「バーカ、お前クラスで一番かわいいと思うぜ」

「え?」

「だから男子からイジめられてるんだよ。もっとじしんもて」

 

 その言葉に顔を赤くし硬直していると、男の子は彼女の頭を撫でてくれたという。

 

「おれがほしょうする、お前はカワイイ!!」

 

 その男の子は、幼い涼加瀬さんのヒーローだった。

 

 しかしその男の子は、親の都合でその数か月後にその幼稚園を離れてしまった。

 

『いつか、あの人のお嫁さんに』

 

 幼い涼加瀬は、彼に見合う女性になると自分を磨き始め、徐々にクラスでも人気者になっていった。

 

 そして。幼稚園での別れの日、男の子から貰った餞別の『鶴の折り紙』は、今も彼女の部屋の窓際に飾られているという。

 

 それが、涼加瀬さんにとってはそれが初恋だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……意外だな。涼加瀬さん、昔はそんなキャラだったのか」

「意外? そう思ってくれるなら、私も変われたのかな」

「うん、変わったんだと思うよ」

 

 そう言って恥ずかしがる涼加瀬さんは、何だか新鮮な表情をしていた。

 

 クラスのマドンナたる彼女がフラれるなんてありえないと思ったが、成程。

 

 幼稚園時代の失恋か。それなら、まぁ理解はできる。

 

「……てか涼加瀬さんの失恋、幼稚園までさかのぼらないと無いのね」

「そうでもないわよ?」

「え、最近の失恋話もあるのか」

「ええ。まぁ、さっきの話の続きになるんだけどね」

 

 そう言うと、何やら涼加瀬さんは遠い目になった。

 

 それはニカに『男友達でいましょう』宣言を受けた俺みたいな顔だった。

 

「……最近、その男の子と再会したのよ」

「お、マジか!」

「相変わらずカッコいい感じだったし、ちょっとアタックしてみようかと思ったのよね。そしたらどうなったと思う?」

「……実は、もう彼女が居たとか?」

「大体正解ー。はぁ」

 

 ……それは何とまぁ。

 

「ちょっとその話も聞いてくれない? 結構酷いのよ」

「お、おう」

「最初はね、昔話でもしようかと話に行ったんだけど。ソイツ、私のコト完全に忘れてたのよ」

「うわぁ」

「腹立って知らない振りしてたら、ソイツ私に普通にアプローチしてきたのよね。誕生日はいつだとか、好きな食べ物は何かだとか聞いてきて。あー、コイツ私に脈あるなってすぐ分かる感じに」

「え、ソイツ彼女いたんじゃないの?」

「うん。でも私そんなの知らないじゃん? だからシメシメと思って待ち構えてたわけよ。早く告白してこい、そしたら昔話して驚かせてやるって」

 

 そう愚痴る涼加瀬さんの瞳が、ドンドン黒く濁っていく。

 

 彼女は、かなり思うところがあるらしい。

 

「そしたらビックリ。告白してきたのは、その男の子じゃなくて『男の子の知り合いの女の子』」

「……え?」

「何でも私の事を好きだったのは女の子の方で、『男の子』はその女子に首ったけって話。目が点になったわ、もう」

 

 

 

 ……。その話、どこかで聞き覚えがあるような。

 

「ねぇテル君。……幼稚園の頃とは言え、友達の顔と名前を忘れる男ってどう思う?」

「え、あ、えっと」

「酷いと思わない?」

 

 ……。

 

 

 幼稚園の頃。

 

 ああ、そうだ。そういや、妙に地味な女子と仲良かった時期が、有った様な。

 

 そう、名前はシノ。地味っ娘シノ、三つ編みメガネのオドオドした女の子。

 

 

 よく一緒に遊んだけど、俺は親の都合で転園する事になり。

 

 その先で俺はニカと出会って。そっからの日々が輝き過ぎていて、すっかり忘れていたけど。

 

 そうだ、確か俺はその子に鶴の折り紙を渡して────

 

 

『お前が、じぶんにじしんのあるびじんになったらケッコンな!』

『う、うん!』

 

 

 ……そんな約束を、した事があった様な。

 

 

 

「……あの、涼加瀬さん?」

「はい」

「下の名前、シノだっけ?」

「はい。ちっちゃい頃はシノちゃん、シノちゃんって呼ばれてましたね」

 

 ……。

 

「私の失恋話、どう思った?」

「ひ、酷い話と思いました……」

「本当ね」

 

 ジトっとした目で、涼加瀬さんは俺を睨んでいる。

 

 落ち着け、冷静になれ。よく、涼加瀬さんの顔を見ろ。

 

 この、目の前にいるクラスの誰もが憧れる美少女が……地味っ娘シノ?

 

「本当だ……。面影、が」

「私は顔と名前を見た瞬間、君に気付いたけどね。ふーん、本当に忘れてたんだ」

 

 額から汗が、タラタラ垂れてくる。

 

 涼加瀬さん、怒ってるかな? そりゃあ怒るよな。

 

 お、俺はどう対応すればいいんだ? とりあえず謝れば良いのか?

 

「まぁ、思い出してくれたから一旦それは良しとして」

「あ、その」

「で、どう?」

 

 涼加瀬さんは、俺を流し見たまま妖艶に笑った。

 

「私、美人になったと思う?」

「へ……」

「……言ったでしょ? 私、君のことが好きだったんだよ」

 

 ソレは、もうグチャグチャになっていた俺の頭を更にかき乱すのに十分な破壊力だった。

 

「テル君。……私と付き合ってみない?」

 

 涼加瀬さんは、少し照れた顔のままはっきりとそう言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツがあんな男だとは思わなかった」

 

 少女は、激怒していた。

 

 ボクと男友達でいてくれと、そうお願いしてから即座にこれだ。

 

 朝星ニカはテルの事を親友と思っていたが、彼は自分を妙な目で見てくる変態だった。

 

「先生に言い付けて停学にしてもらおうか。いっそ警察に通報してやろうか」

 

 以前よりしばしば、彼女はテルと喧嘩する事は有った。

 

 しかし、今回ばかりは……信頼関係を根こそぎぶち壊された。そんな事件だった。

 

「もう二度とアイツと口を利いたりは────」

「む、朝星。ちょうど良い、時間は有るか」

 

 朝星ニカが目を赤く腫らしたまま教室に戻り、テルにどう報復しようか考えていると。

 

 菩薩の様に神妙な顔をした、1人の男子が彼女に声をかけた。

 

 エロ男子の総大将、エロ脇様だ。

 

「何だい。ボクは今、機嫌が悪いぞ」

「売り上げのキャッシュバックだ。少し大金になるが、受け取れ」

「む。あー、ボクの写真がって奴か」

 

 ニカは、エロの権化『脇田』と話して少し不快な気分になった。

 

 考えてしまったのだ。自分のあのような写真が、テルだけでなく多くの男子にも求められているのかもしれないと。

 

「……売れてるのか、ボクなんかの写真」

「ん」

 

 以前までのニカであれば、そんなモノを気にしなかっただろう。

 

 しかし、テルの部屋に合った写真や彼の行動を見て、それが心底気持ち悪いものに感じた。

 

「……すまない。やはり、ボクの写真を取り扱うのはもうやめてくれないか? 凄く、不快な気分になってきた」

「ふむ。それは構わないが……ちょっと遅かったな」

「遅かった、だ?」

「鉄の掟により買い手の名前は言えないが、とある客の要望で君の写真は買い切られた。今後、販売される事はない」

 

 そのエロ脇様の言葉に、ニカは目を丸くした。

 

「……へ?」

「5万円だ、受け取れ。それが、その客が君の写真を買い切るのに使った金額の半分だ」

 

 呆然と、朝星ニカはその金を受け取った。

 

 買い切り。それはつまり朝星ニカの写真は全て、とある客に買い占められたことを意味する。

 

 ニカの頭に、親友の部屋に乱雑に投げ捨てられた写真の束がフラッシュバックした。

 

「その客は、もしかして」

「買い手の名前は、何があっても出せない。すまんな朝星」

 

 ニカは知っていた。親友のテルが、とある野球選手のサイン入りシューズを買うためにずっとバイトを重ねていたことを。

 

 彼は夏休みに10万円を貯め、あと少しで注文できると喜んでいた。それまで彼が食費を切り詰めゲームを諦め、様々な努力を続けていたことを知っていた。

 

 

「じゃあ、10万円払ったのか。その客」

「ん。君の写真が出回るのが不快だからと、そう言ってな。他の客からもすべて、買い戻していたぞ」

 

 

 ……そうだ、テルはそう言う男だった。

 

 何時もおせっかい焼きで、頼んでも居ないのに色々な所に手を回し、裏から朝星をフォローし続ける。

 

「それと、槍岡先輩の件聞いたぞ。あの先輩はマジで止めておけ、この『エロ脇』なんかよりはるかにエロい化け物だ」

「え、あ、う」

「級友が悲しい目に遭うのは心苦しい。警告はしたぞ、今からでも断わっておけ。……まあ」

 

 ぐるぐると目を回しながら、手に渡った5万円を握りしめていたニカは、

 

「どうせ、もうテルから警告は有っただろうがな」

 

 その言葉を聞いて、ストンと何かが胸に落ちた。

 

 

 

 

「……本当に、あの男は」

 

 朝星ニカは、ゆっくりと階段を上り始めた。

 

 親友のいる、屋上を目指して。

 

「あれだけ、シューズ欲しがってた癖に」

 

 朝星ニカは気が付いたのだ。彼は決して、朝星ニカを変な目で見ていたわけではないと。

 

 純粋に、テルはニカを守ろうとしただけだった。

 

 自分が死ぬほど欲しがっていたサインシューズを諦めてまで、ニカの写真を買い占めて。

 

「よく考えれば。そう言う目的だったらボクの写真を隠すわな、普通」

 

 今日の恐喝も、前の写真も。全てテルなりに、朝星ニカを守ろうとした結果。

 

 その男はバカ過ぎて、やり方があんな事になっただけ。

 

 10年来の付き合いである幼馴染ニカは、それを理解した。

 

「……口下手にもほどがある」

 

 彼女は思った。無二の親友テルは、バカで愚かなお人好しだ。

 

 だから、もう一度話をしよう。ちゃんと自分の幼馴染を信じてみよう。

 

 彼女だって、ずっと一緒にいた『親友(テル)』を失うのは辛いのだ。

 

 

「まったくテルの奴め。幼馴染が物わかりの良いボクでなければ、本当に絶縁だったぞ」

 

 

 ふぅと一息、呼吸を整えて。

 

 朝星ニカは、再びゆっくりと屋上の扉を開けた。

 

 

 もう一度親友と話をしよう。そして、その馬鹿すぎるやり方を説教してやろう。

 

 そして、もう一度彼と仲良くなろう。そんな心積もりで─────

 

 

「私、君のことが好きだよ」

 

 そして少女は見た。

 

 ニカの想い人『涼加瀬シノ』が、親友(テル)と吐息のかかり合う息で声を交わしている光景を。

 

 

「テル君。……私と付き合ってみない?」

 

 

 そう言って笑う涼加瀬シノは、見たことない幸せそうな顔をしており。

 

「……」

 

 ……そんなクラスのマドンナの告白を聞いた朝星ニカは、そのまま無言で静かに扉を閉めた。

 

 




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