惚れた相手は、百合な幼馴染   作:まさきたま(サンキューカッス)

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9話

「何食べる?」

「……ハッピーセット」

「本当に?」

「玩具、良いネタになるのよ」

 

 日が暮れた後の夜道、()()にも西姫良子と出くわした俺は、そのまま流れで彼女にファーストフードを奢ることになった。

 

 西姫には明らかに泣いた跡があるし、明らかに部屋着だし、俺に彼女を放っておくという選択肢はなかった。

 

「テルと言ったかしら。この私と二人きりでご飯できるなんて、幸運と思いなさい」

「ああ、嬉しいよ」

「分かってるなら良いけど」

 

 良子はまだ赤く腫れた目を擦りながら、バニラシェイクを静かにすすった。

 

 泣きながらも強がる彼女は、何処か痛々しかった。

 

「で? 俺は西姫さんの、事情を聴いても良いの?」

「……うん、話す。助けてもらったわけだし」

「俺は道を案内しただけだよ、別に恩に着なくていい」

「ううん、聞いて」

 

 時刻は19時前、そろそろ学生は補導される時間だ。

 

 早いうちに事情を聴きだして、彼女のために動きたい。

 

「パパに、ね」

「おう」

 

 か細い声で絞り出された西姫良子の、その事情を。

 

 俺は、うんうんと頷きながら静かに聞いてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あまり人の親のことを悪く言いたくはないが。そりゃ、西姫さん……」

「うん。酷いよね、パパ」

 

 紙ナプキンで鼻を嚙みながら、嗚咽をこぼす西姫良子。

 

 俺に話して改めて、辛くなってきたらしい。

 

「私ずっと、好きだったのに。人を笑顔にする仕事って、誇りに思ってたのに」

「そっか」

「あの人は、私やママを裏切っていたの。そして悪びれもせず、あんな、あんな……」

 

 顔を伏せて、ボタボタ涙をこぼす姫。

 

 俺は、そんな彼女にどう声を掛けたら良いか分からなかった。

 

「事情は分かった。西姫さんの言う通り、今日は母親の家に向かった方が良い」

「……うん」

 

 セクハラにならない程度に肩をさすってやりながら、同時に俺のやるべきことを整理する。

 

 今の西姫さんには何が必要で、どうしてやるべきなのか。

 

「どうしてパパは裏切ったのかな、私達が嫌いになったのかな」

「……」

 

 俺は、そのまま西姫さんが泣き止むまで、ずっと背をさすり続けた。

 

 

 

「じゃあ西姫さん。俺、金下して来るから、ちょっと待ってて」

「え、お金?」

 

 少し彼女が落ち着いてきたあたりで、俺は静かに席を立った。

 

 幸い、近くにはコンビニがいくつもある。適当な場所で、貯金を下ろせるだろう。

 

「タクシー呼ぶよ。今日はそれで、実家に帰りな」

 

 こういう場合は、金を惜しんじゃいけない。

 

 聞けば西姫さんの実家は2駅ほど隣、タクシーで1万円もあれば十分足りるだろう。

 

「え、そんな勿体ない。私、普通に駅から電車で行くわよ」

「いやだめだ、危ない。こういう時こそ、タクシーだ」

 

 マスコミに捕まったら、どんな目に合うかわからない。

 

 家から飛び出しているところを見られただけで何を書かれるかわからないのに、万一にも遭遇したら写真付きでネタにされてしまう。

 

 そういって説得すると、彼女は少し呆れた顔になって折れてくれた。

 

「……あなた、結構な世話焼きなのね」

「おお。こう見えてクラスでは『保護者』とあだ名される男だ」

「へぇ、的確。私、保護されちゃったもの」

 

 そこまで言うと、西姫は俺に肩を預け、

 

「……ありがと、後でちゃんと返すわ。これでも私、結構稼いでるのよ」

「そうなのか?」

「最近は動画サイトで、お金稼げるの」

 

 そのまま抱き着くように、体重を預けてきた。

 

 ……ん?

 

「に、西姫さん……?」

「ごめん、もうちょっとだけ傍にいてくれないかな」

 

 彼女の言動は、何処か甘えるような仕草で。

 

 それでいて、押せば折れてしまいそうな危ない雰囲気を纏っていた。

 

「私、何してたんだろうね」

「どういう意味だ?」

「パパに憧れて、いっぱい頑張って動画作って。そうまでして目指した人が、あんな酷い人だった」

「……」

「私ね。パパの娘であったことが、とっても誇らしかったんだよ。本職の芸人になってTVに出られなくとも、動画サイトで誰かを笑顔にできたらいいなって」

 

 そう愚痴をこぼす西姫は、俺にしなだれかかって来るのをやめない。

 

 さっきから距離が近い、これは完全に浮気の距離だ。今この瞬間を誰かに撮影されたら、俺の命はない。

 

「西姫さん? ちょっと、さっきから胸が、その」

「……イヤ?」

「まさかとんでもない」

 

 愚痴に夢中になって気づいていないのかと思いきや、どうやら西姫さんはワザと胸を当てているらしい。

 

 うん。シノよりデカいな、コレ。

 

「私。大切なものいっぱい失って、……どうしたらいいか分かんなくて」

「……西姫さん」

 

 え、ナニコレどういうこと。女心わからん、俺と西姫さんって1回話したきりでほぼ面識ないよね。

 

 なんでさっきから、俺にそんなに密着を……。

 

「テル。君、かっこいいね」

「え、その。どういう事?」

 

 そんなのシノ以外から言われたことないぞ俺。

 

 これ何? 何なのこれ?

 

「君なら良いよ。私を、滅茶苦茶にしてみない?」

 

 

 そう言うと、姫はゆっくり俺に顔を近づけてきた。

 

 完全にキスの態勢である。

 

「……」

 

 ……。アカン、これはちょっと浮気でしかない。何でいきなりこんな展開になった?

 

 俺、そんなイケメンなの? ちょっと女の子に優しくしただけで、ここまでモテちゃう感じ?

 

 自信持っていいですか俺。いや、そんなことを言っている場合じゃ────

 

 

 

 近づいてくる西姫のその瞳には。

 

 シノが向けてくるような、親愛の情は無く。

 

 

「私を壊してよ」

 

 

 それは自暴自棄になって、泣き出しそうに潤んでいる子供の瞳だった。

 

 

 

「却下」

「あたっ!!」

 

 とっさに冷静さを取り戻した俺は、指で西姫さんのおでこを弾いた。

 

 あ、危なっ。完全に流されかけた。

 

 キスの一つでもしてみろ、シノに申し訳なくて腹を切らなきゃならなくなるところだった。

 

「……何、私じゃ不満って訳」

「違う」

「ふん、失礼な人」

「……失礼なのはどっちだよ」

 

 少し腹も立ったので、そのまま西姫さんのオデコをビシビシ追撃しておく。

 

 思わぬ反撃に彼女は眼を丸くして、そのまま逃げるようにオデコを手で覆った。

 

「私が、失礼ですって?」

「だってお前さっき、俺の事なんか見てなかったろ」

 

 今の雰囲気のまま俺がその気になれば、普通に最後まで行ってしまった気がする。

 

 それくらい、西姫の誘いは積極的だった。しかしそれは、彼女が俺に惚れたわけではなく、

 

「姫さ。体よく、自分を傷つける道具が欲しいだけじゃないか?」

「……」

「西姫さんは知らんが、俺はまだそういう経験ないんだ。人の初体験を、リスカのナイフにしないでくれ」

 

 自棄になった彼女自身が、俺という男を使って破滅を望んだだけに過ぎない。

 

「私だって、無い、わよ」

「だったら大切にしろよ、自分」

「でも、もう、私。何を目標に生きたらいいのか」

 

 あるいは、寄りかかかる先が欲しかったのかもしれない。

 

 彼女の今まで、憧れの父親に宿り木して生きてきたのだ。

 

 ちょうどよく、寄りかかっても大丈夫そうな俺を見つけて誘ってきた可能性もある。

 

 いずれにせよ、

 

「そんなの知らん、お前の人生までは面倒見切れん」

「……」

 

 そんな愛のない関係など、願い下げである。

 

「貴方、結構酷い人ね」

「あんまり、他人を甘やかしすぎても良くないと最近反省したんだ」

 

 先ほどからの妙に煽情的な雰囲気が掻き消えて、不満そうに西姫は口を尖らせる。

 

 どうやら、正気に戻ってくれたらしい。俺にはシノという大事な恋人がいるのだ、そんな爛れた関係を持つわけにはいかない。

 

 いや俺に恋人がいなくても、先ほどの雰囲気のままやることをやってしまったら、俺も西姫さんも不幸になるだけだったと思う。

 

「たださ。西姫が何か目標を見つけて、そのために力を貸してくれって話なら全力で支えるよ」

「……」

「それは別に俺だけじゃない。きっと、西姫さんのクラスメイト達も全員、一丸となって力を貸してくれるはずさ」

 

 だから、俺は西姫良子の体を突き放した後、そのまま頭を撫でてやり。

 

「そん時はいつでも、声かけてくれ」

 

 無言になって俯く彼女が、落ち着くまであやしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、金は下ろしてきた。もうすぐタクシーも来るはずさ」

「……ありがと」

 

 こうして、俺は西姫良子を何とか宥めることに成功した。

 

 西姫は、少しばかり前向きになったように見えた。このまま、ぜひ立ち直ってもらいたいものだ。

 

 シノは、西姫の動画のファンだしな。

 

「じゃ、また明日。学校来いよ?」

「うん」

 

 俺はそう言って、西姫に手を振った。

 

 これで西姫との偶発的な出会いは終わり、再び俺は夜の道へと歩き出す、

 

 その筈だった。

 

 

 

「────良子っ!!」

「へ?」

 

 タクシーが着いたのを確認し、西姫に運賃を貸したその直後。

 

 俺達に向かって叫ぶ、野太い男の声があった。

 

「お、おお! こ、ここに居たか!!」

「……パパ?」

 

 それは何と。

 

 今朝にニュースサイトで見た、お笑い芸人であり西姫の父親でもある男、その人であった。

 

「すまんかった、この通りや! ワシが悪かった!」

 

 その男は、往来にもかかわらず西姫を見るなり土下座を始めた。

 

 涙と鼻水でグチャグチャになり、みっともなく髪を振り乱して。

 

「本当なんや、本当にワシはなんも浮気なんかしてへんのや……なのに、誰も信じてくれんで」

「……」

「嫁は出ていくし、メディアはボロクソに叩くしで。ムシャクシャして、娘にまで当たってしもうて、最低や。最低なんや、すまんかったぁあ!!」

 

 まるで懇願するように、男は西姫良子に媚びていた。

 

 

 

 女性と二人きりで食事に行った。

 

 それ以上のことはしていない。

 

 

 そんな言い分が果たして通るだろうか。いや、そもそも家族のある男が男女二人で食事に行くこと自体がおかしいのだ。

 

 今の彼は絶体絶命のピンチ。芸人というのは人気商売だ、娘に対し恐喝したなんて事実がメディアに報じられたら彼は完全に詰む。

 

「西姫さん、行って」

「え?」

「これ以上、この男の話を聞く必要はない。俺が相手しとくから、西姫さんは早くお母さんのところに行って」

 

 コイツは、目の前の中年オヤジは、これ以上自分の世間体が悪くなることを恐れているのだ。

 

 しかし、西姫良子にとって彼は実の父親。泣きつかれれば、情も沸いてしまうかもしれない。

 

 俺は西姫を、こんな男にこれ以上関わらせるべきではないと決めた。

 

「何じゃい、お前」

「……そうだな、姫のファン、かな」

「何やと」

「悪いが、アンタをこれ以上姫に近づける気はない。……酷すぎんだよお前、いくら何でも」

 

 俺は西姫を庇うように、男との間に割って入る。

 

 どうせ乗り掛かった舟だ、最後まで力になってやろう。

 

「ふざけるな、良子はワシの娘だ! 貴様、何処の誰だ!」

「あんたの娘の同級生。そんで、お前なんかよりずっとこの娘を幸せにしてやれるさ」

「お前、まさか良子の……っ!! いつからだ、そんなの聞いておらん!」

 

 あ、今なんか変な勘違いされた気がする。

 

 後で訂正しないと。

 

「うるさい、最低野郎。お前は姫の傍にいるのにふさわしくない」

「貴様、ワシの何が分かる!!」

「少なくともあんたよりは、この娘の気持ちが分かる!」

 

 とうとう、男は力任せに殴り掛かってきた。

 

 この野郎、道端で乱闘騒ぎなんて起こしたら目立つだろうが。

 

「このガキィ!!」

「や、やめてパパ!」

「今そんな事してる事こそが!! 姫の迷惑になってるって分からねぇのかよ!」

 

 中年のおっさんとはいえ、本気で殴り掛かられたら結構痛い。

 

 俺は腕で顔を守りつつ、何とかそのオッサンを突き返した。

 

「何してる西姫、早く逃げろ! 無理やり連れ戻されるぞ」

「え、で、でも」

「良いから行け!!」

 

 そのまま俺はオッサンを取り押さえにかかる。

 

 西姫が逃げ出す時間さえ作れれば、俺の勝ちだ。

 

「やめてくれ、帰ってきてくれ良子!」

「うるさい、今更見苦しいぞオッサン」

「お前にまで見捨てられたら、ワシは、ワシはぁああ!!」

 

 その男は、あまり体格が良いとは言えなかった。

 

 高校生で体力もある俺には、筋力差的に敵わぬらしい。

 

 俺は見事、西姫の親父を地面に取り押さえることに成功した。

 

「悪かった、悪かった、捨てないでくれ」

 

 男は見苦しく、泣きわめき続けた。

 

「裏切ってないんや、全部記者が適当吹かしただけで!」

 

 取り押さえられてなお、父親はすさまじい筋力で抵抗していた。

 

 まるで、この機会を逃したら二度と娘に会えないというほどの、凄まじい気迫を感じた。

 

「信じてくれ良子、俺が愛しとるのはお前らだけなんや~!!」

「だったら娘に当たるなドアホゥ!」

 

 あまりに暴れるので、俺はその男の顔を地面に叩きつけた。

 

 それでもなお、抵抗は全く弱まらなかった。

 

「良子ぉ!!」

 

 

 

 

 

 やがて。

 

 ゆっくりと、タクシーは走り去っていった。

 

「……あのさ、西姫」

「うん」

 

 しかし、その座席に西姫の姿はない。

 

 西姫良子は、何とタクシーをそのまま返してしまったのだ。

 

「ごめん、テル。気遣い、無駄にしちゃって」

「……それがお前の選択なら、仕方ねぇけどよ」

 

 ゴメンネ、とかわいくウインクする西姫を見て、俺は男を解放した。

 

 これ以上、拘束する意味がなくなったからだ。

 

「良、子ォ。うっ、ヴぅ、うおおん」

 

 俺の手を離れると、男は一目散に娘に向かって駆け出して行った。

 

 先ほどまでやりあっていた俺には目もくれず、まっすぐに。

 

「なあ西姫、失礼を承知で言うが。その男は、ゴミクズだ」

「……うん」

 

 鼻水を垂らしながら、娘の腰に抱き着く親父。

 

 俺は、そんな男の情けない様を見て、何とも言えぬ気持になった。

 

「俺は友人であるお前を、ソイツの下に返したくない」

「……ありがと」

「今からでも、もっかいタクシー捕まえる。母親のもとに行けよ、西姫」

「ううん」

 

 一応は最後の説得を試みるも、西姫は微笑んで首を振った。

 

 どうやら、彼女の心は決まっているらしかった。

 

「確かに、今日のパパには幻滅だった。お酒臭いし、愚痴ばっかりでウジウジしてるし、怖かったし」

「すまん、すまん、ワシが最低やったんや」

「でも。小さなころからずっと、愛情込めて育ててくれたのも知ってる。だって、ずっと一緒にいた私のパパだから」

 

 西姫良子は、笑顔でそう言い切った。

 

 そこまで言われてしまっては、俺に出る幕はない。

 

 自らの父親に手を差し伸べている西姫を見て、俺は何とも言えぬ気持になった。

 

「なあ、西姫の親父さん」

「……何じゃ」

「もし姫がまた、お前に泣かされることがあったら問答無用で攫って行くからな」

 

 西姫が父親を信じるなら、俺も信じる。

 

 この男のことを一番よく知っているのは、俺ではなく西姫良子なのだから。

 

 ただし、級友としてこれくらいの念押しはさせてもらっても良いだろう。

 

「じゃあ、今度こそまた明日」

「うん。テル、またね」

 

 こうして、俺と西姫の妙に長い夜が終わった。

 

 結局俺は、西姫の親父と喧嘩しただけで何も彼女の力になれなかった。

 

 しかし西姫自身が自力で立ち上がり、前に進むことが出来たのだ。

 

 それはきっと、俺が西姫を助けるよりずっとずっと素敵な結末といえたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「はよう帰るぞ、良子。マスコミにまたいろいろ書かれてまう」

 

 二人はこっそりと、夜道を歩いて帰っていった。

 

「お前は知らんかったかもしれへんが、すごい治安悪いんやぞここ」

「パパ、そうなの?」

「ああ。ワシは、お前がなんかに巻き込まれてへんか心配で気が狂いそうじゃった」

 

 父親は、周囲を警戒しながらゆっくり歩いていく。

 

 その顔は、確かに娘を心配した父親の顔だった。

 

「……腹立つけど、あの男に会っててよかった。何やその、今夜は迷惑系? 配信者とかがワシらの家に悪戯しまくってたんやぞ」

「えっ」

「お前のチャンネル知ってて、荒らしに来たんやろ。そんな連中に見つかってたら、何されてたか」

 

 そして西姫良子は、マスコミ以外にもすごく面倒くさい敵がいたことも知った。

 

 迷惑系生放送者。それは、他人の不幸などを興味本意で面白おかしく動画に垂れ流すネットのチンピラ。

 

 それは父親というより、自分が動画投稿しているからこそ起きた問題であるともいえた。

 

「有名になるっていうのは、それだけ危ない目にあうってことや。だからワシは、お前のチャンネルにそこまで乗り気になれんかった」

「……ごめんなさい」

「ただ幸いにも、その迷惑系なんちゃらは迷惑系同士で潰しあったみたいやけどな」

 

 父親はそう言うと、投げやりな表情で「そんなに人の不幸がおもろいか」とぶつくさ呟いた。

 

「潰し合った、って何?」

「ああ、ほれ」

 

 少し気になったので西姫は父親にその詳細を訪ねると、彼はあるまとめサイトを開いて見せてくれた。

 

 それは生放送のまとめ速報サイトで、

 

「迷惑系をつぶす迷惑系?」

「何やら正義マンとかいう奴が、迷惑系の配信に現れて、生放送全部潰したらしい」

 

 

 ─────そこには虎の仮面をかぶった、高校生くらいの男の画像があった。

 

「ま、迷惑系にも色んな奴がおるってことやな。ラッキーと言えばラッキーか」

「……」

「ただ、コイツが毎日出てくるとは限らん。今日は大丈夫だったみたいやけど、明日以降は気をつけんと」

「……」

 

 その虎の仮面には見覚えがあった。

 

 それはつい先ほどまで一緒にいた、テル少年の袋に有った仮面。

 

 そして、その服装は────完全に、テルと一致していた。

 

「あい、つ……」

「ん、どうした良子」

 

 そう。この日テルと西姫良子は、たまたま出会ったわけではなかった。

 

 テルは西姫の家へと凸ろうとしている配信者の存在を知り、殆ど誼などもないままに、こっそりとその窮状を救うべくおせっかいを焼いていたのだ。

 

 だからこそ、彼はあんなにも西姫の家の近くにいた。

 

「……で、良子。あの男何なんや」

「……」

 

 

 その全てを悟った西姫良子は、静かに頬を噛んだ。

 

 一度話をしただけだった、隣のクラスの少年。

 

 彼に受けた恩は、想像以上に……大きいようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、テル」

「……おっ、姫か!」

 

 翌日。

 

 西姫良子は、昼休みにその少年を呼び出した。

 

「良かった、元気そうじゃねぇか」

「おかげさまでね。改めて、昨日のお礼を言おうと思って」

「お礼? 結局俺、何もしてないけど」

 

 少年は、元気そうな西姫を見て満面の笑みを浮かべた。

 

 その嬉しそうな顔がまた、西姫の心を掻き乱した。

 

「……馬鹿言いなさい、昨日はすっごく助かったわ。ありがと」

「参ったな。結局西姫さん、自力で解決してたじゃん」

「自力? ……君が背中を支えてくれたからでしょ」

 

 それは、紛れもない西姫の本心だった。

 

 昨日テル少年に出会えていなかったら、きっと西姫は前に進めていなかった。

 

 自棄になった自分を叱咤して、立ち直らせてくれた。

 

「お礼くらい、ちゃんと受け取ってよ」

「分かった、受け取っておく」

 

 テルは諦めたようにそう答え、照れ臭そうに頭を掻いた。

 

 西姫にはその仕草が、またどうにも好ましかった。

 

 

「話ってのは、それかな」

「……」

「それじゃ、またね。西姫さん」

「……」

 

 そして、少年は西姫に手を振って別れる。

 

 その背から、少女は目を離せない。

 

「……ちょ、ちょっと待ちなさい」

「ん?」

 

 気付けば西姫は、テルを呼び止めていた。

 

 きょとん、とした顔で少年は振り返った。

 

「あの、その、えっと」

「どうした?」

 

 その時、西姫良子は何かを考えて彼を呼び止めたわけではない。

 

 ただ反射的に、彼に声をかけてしまったのだ。

 

「……。すー、はー」

「西姫さん?」

 

 しかし、こうなっては仕方がない。西姫は、もう彼を呼び止めてしまった。

 

 薄ら薄ら、気付いてはいたのだ。昨日の夜からずっと、西姫の心の中から彼の顔が消えてなくならないのだから。

 

「い、1度しか言わないからよく聞きなさい」

「……?」

「その、あの、えっと実は私っ!」

 

 一目惚れ? それも何か違う気がする。

 

 しかし何にせよ。西姫良子は、目の前の少年が気になってならなくなった。

 

「わた、し────」

 

 やがて西姫良子は、意を決して顔を上げると。

 

 

 

 

「あ、テル君。こんな所で何してるの」

「おお、すまんシノ。ちっと野暮用でな」

 

 

 

 いきなり少年の隣に、自分を差し置いて男子人気No.1の座に輝いたA組のマドンナが現れていた。

 

 

「えっ? あ、その」

「あら西姫さん、こんにちは。テル君、何の話してたの?」

「ああ、昨日ちょっとした事が有ってな」

 

 

 涼加瀨シノ。

 

 西姫にとって男子人気のライバルにして、宿敵。

 

 そんな彼女は、妙にテル少年に馴れ馴れしかった。

 

 と言うか、

 

「紹介するよ西姫さん。涼加瀨シノ、俺の恋人」

「どうもー」

 

 恋人の距離であった。

 

 

 

「え、え、ええ? 涼加瀨さん、恋人、居た、の?」

「先週くらいから付き合い始めたんだ」

「うっふっふー、幸せ絶頂期です」

 

 イチャイチャ、ウフフ。

 

 バカップルは西姫の目の前で、突然にラブラブし始めた。

 

「……へー。おめでとうテル」

「ありがと。何だ、俺ってば世界一の幸せ者だぜ」

「私もよ、テル君」

 

 西姫の目から光が消えたのに、少年はまったく気付かず。

 

「それより西姫、何の話だったんだ?」

「お礼に、また今度私の動画にでも出てもらおうかなとー」

「お、おお? そっか、どうしよう」

「テル君。私、テル君の勇姿見たいかもしれないわ」

 

 西姫良子は淡々と適当な言い訳を並べ、そして。

 

「前向きな返事期待してるわねー」

「おう、またな姫!」

 

 

 その二人の繰り出す熱烈イチャイチャ空間に耐えきれず、戦略的撤退に追い込まれた。

 

 

 

「……」

「お、姫。どうしました?」

「む、姫? 何やらお顔の色が……」

 

 トボトボ。

 

 西姫良子はそのまま自分のクラスへと帰り。

 

「……姫?」

「……また、か」

 

 自分の席に座ると、そのまま頭を抱えて絶叫した。

 

 

 

 

 

 

「また涼加瀨シノかぁぁぁぁぁぁあ!!!」

「ひ、姫ェ!?」

 

 

 

 西姫良子。

 

 彼女は所謂、不憫系の少女である。

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