幽霊が出ると噂される廃病院……そこに一人の〈影〉が忍び込む。
 おびた任務は愚か、人としての知性と理性をも欲に塗りつぶされた怪物が……


 設定変更やらでボツになった作品です。
 ネット掲示板とかにちらほら上げてそれを供養としていたけど、もうちょっと大々的にやろうということでここに投稿する運びとなりました。

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〜これまでのあらすじ〜

 自身の名誉、尊敬する両親、帰る場所である家……そのすべてを失い、挙げ句に庇う形でトラックとの交通事故に遭った少年は、一年後に半吸血鬼として目覚めた。彼の父親の血が影響したのだ。
 組織と名乗る謎の団体にそれを聞かされた彼だが、すぐさま裏社会の戦いへと駆り出されることとなる。
 なぜなら彼は、吸血鬼の生存に不可欠のものである血液を摂取すると、戦闘を通じて治めるしかないほどの昂ぶりに襲われてしまうからだ。
 いくつかの戦場を経た何度目かの任務……そこでも彼の様子は変わらないのだった。


【単発】イモータル【ボツ作品】

 足元を見ることも難しいような、ほんの僅かな明かりしかない通路。

 

 そこを駆ける人型の〈影〉は、暗さは愚か、散らばるガラクタをもまったく気にしていないようだった。

 影は自分の中の渇望に従って、ひたすら走る。不愉快な悪臭の中で、求めるものの香りを僅かに感じ取ればそちらに曲がった。

 

 影は、とにかく走った。常人の目には、文字通りの()以外の何物にも見えない速さで。

 

 やがて広間にたどり着き、そして、止まる。赤黒いシミがつく前は無機質な清潔感に満ちていた壁はブレーキの道具に選ばれ、摩擦の焼跡で更に汚れた。

 

 なぜ止まったのか? 求めるものが見つかったからか――違う。

 

 目前に、中世の騎士鎧と潜水服の間の子のような装甲を纏ったなにかが立ちふさがったからだ。少年のように子柄な影に比べ、一回りも大きい。

 

 新月の夜でも昼のように見通す影の目には、〈鎧〉が鈍い鉄の色をしているのがわかった。

 鎧の動きは、見るものに緩慢な印象を与えるゆっくりとしたものだった。

 

 体を覆うものの重量に振り回されているのか、それとも別の理由があるのか。

 影がそれを推理することはない。今の影は、ドラッグジャンキーのような渇望と焦燥に支配され、理性と知性を干上がらせているのだから。

 

『う、あ゛ぁ……』

 空腹に喘ぐような、しかし生者のものとは思えない不気味な呻きが広がる。

 くぐもった不快な音色は、影にふらふらと近寄る鎧から発せられたものだった。

 

 鎧は、確かめるような足取りで一歩、一歩と踏み出し、影を捕まえるように腕を伸ばす――刹那、鉄色の鎧がひしゃげ、吹き飛んだ。

 

 

『う゛、が、ああ゛……? あ゛あ…………』

 なにが起きたか、鎧には全く分からなかった。しかし、()()が無くなれば、自分は動かなくなる、動けなくなる。

 ()()が有るから自分は動いている。鎧の中身は、それだけは分かっていた。

 

 鎧は、歪んだ装甲の隙間から吹き出る白濁色の〈液体〉を留めようと手で必死に抑えるが、漏れ出す隙間は、手の一つや二つでは抑えきることができないほど大きかった。

 

 

 やがて液体を流し尽くすと、鎧は倒れ、死んだように動かなくなった。

 流れた液体は水に一滴の牛乳を垂らしたような色をしていて、大きな水たまりを作った。

 

 水たまりが放つ腐臭を優れた嗅覚で拾ってしまった影は、不機嫌に任せて鎧を踏みつけるように蹴り込む。鎧をひしゃげさせたものに似た一撃だった。

 

 強く蹴りを入れられた鎧は呻きの一つもこぼさない。こぼせない。物理法則に従って跳ねるだけだ。

「ぐうぅうう……!」

 

 ――これじゃない。こいつは持ってない。でも、欲しい、欲しい……っ!

 

 欲するものは、一滴も得ることができなかった。

 影は膨れ上がっていく苛立ちと飢餓感に苦しげに呻くと、再び疾走を再開した。

 

 ◯

 

 黒い塊が、むくむくと縦に伸びていく。うずくまるようにして待ち伏せていたものが、起き上がったのだ。

 嗅覚の代わりに直感に従って走った〈影〉の前に現れたのは、また鎧だった。

 

 しかし今回現れた鎧は、道中で何度か打ち倒してきた個体に比べてかなり大きい。中に巨人が入っているような巨大さだった。

 

 その体躯は影と比べて見れば、正に大人と幼児だった。それが三体、影の前に立ち塞がる。

 

 影は拳を握った。理性がなくとも、いや、本能が剥き出しになっているからこそ、目の前の大男どもが自分の邪魔になることが分かっていた。

 

 死臭混じりの風が吹く。鎧の内の一体が、巨体に見合わぬ素早いステップで影の目の前まで距離を詰めたのだ。

 そのままの勢いで、人間を床の赤シミに変える一撃が矮躯に向かって振り下ろされた。

 

 床に亀裂が走る。それが意味することは、その拳の威力は影に対して発揮されなかったということだった。影は、後ろに飛び退いて避けていたのだ。

 

「ううぅぅぅ……があぁあっ!」

 思考と胸の内を渇望に埋め尽くされ、生来の気性すら忘れ去った影は、壁を蹴る。

 その加速で目の前の――たったいま拳を振るった鎧に弾丸のような体当たりをしかけた。

 

 めちゃくちゃな金属音が部屋に響く。

 体格で大きく見劣りする体躯で繰り出した体当たりが、鎧を見事に押し倒したのだ!

 

「っ! ああ゛ぁぁ゛ぁっ‼」

 マウントを取った影は、咆哮と共に鉄拳を見舞おうとし、しかしその拳が鉄鎧にへこみをつくることはなかった。

 

 転ばせた鎧とは、別の個体に掴み上げられてしまったのだ。

 人の子供程度なら、丸めて肉団子にしてしまえるような大きさの手に力が籠もる。

「ぐ……!」

 影は数秒もすれば、骨ごとぐしゃぐしゃになった肉塊へと変えられてしまうことだろう。

 ……影の膂力が人外の中でも特に優れたものである、という事実を考慮しなければ――

 

「う、ぐぅ! ああああっ!」

 大人の脚一本ほどの太さの指に、握りつぶすための力がこもる。しかし鎧の指は、握り拳を作るどころか、力づくで平手に戻されようとしていた。

 

 影が、驚異的な膂力を発揮しているのだ。

 拘束が緩んだところで影は素早く抜け出し、兜の顔面に蹴りを食らわした。

 

 ごろつきが喧嘩で繰り出すような、脚を素早く無造作に突き出す蹴りは、鉄色の()()()()()()をひしゃげさせ、液体の漏れを引き起こす。

 

 影が着地した。

 握り潰そうとしていた鎧は、よろけて足元にできた水たまりを踏み、しばらく棒立ちでいたかと思えば、影の側に倒れ込んだ。

 

 押し倒したときよりひどい、金属が床材にぶつかる音と共にその鎧は動かなくなった。

 

 残りは二匹……押し倒された鎧とは別の鎧が影に迫る。

 開くようにスライドして露出した兜の中身は、薄く白濁した液で満たされた透明なメットだった。

 

 その中に、死体そのものの血色で、さらには人間としてはおかしくはない――しかし体躯と比べるとアンバランスに小さい顔が見える。

 

 唯一外気に触れている口元には、合金製の牙がピラニアのように並んでいる。凶悪なそれは、攻撃する武器であり食欲を満たすための器官なのだ。

 

 骨ごと肉を切り裂く牙が、放射状に展開されて獲物に迫る。

 理性と知性が残っていれば怯え竦んでもおかしくない光景を目の前にして、影はそこに、拳打を叩き込むことを選ぶ。

 

 強化手袋に覆われて大きくなった拳は、合金製の口をたやすく破壊し、肉を噛み千切る機能を完全に終わらせた。

 衝撃か、あるいは痛みに怯んでできた鎧の隙を見逃さず、影はそのままサポーターで保護された膝を叩き込む。今まで倒してきた鎧の後を追わせた。

 

 そこに起き上がった一匹が接近し、袈裟斬りのような手刀を打ちこむ。だがそれも、影の俊敏さの前では親切に作られた隙。

 好機でしかなかった。

 

 懐に潜り込んだ影は何度も拳を打ち込み、鎧をへこんだ鉄板へと変貌させる。液体は当然、ことごとく外へと漏れ出した。

 悪臭のする白濁液に浸かる三体の死体が生命の摂理を超越して動くことは、二度とないだろう。

 

 それは、これ以上冒涜されることもないということでもあった。

 影は、やっと眠ることができた死者を一瞥もせず、手術室の入口のような、というかそうであった扉を凝視していた。

 

 この先に欲しいものが有る。欲しいものを持っているやつがいる――影は、子供が楽しみにしていたプレゼントの包を慌てて剥こうとするような手付きで、扉に手をかけた。

 

「な、なんだ貴様は⁉」

 ――いた、三匹もだ!

 扉を開けた影は歓喜して、狼狽える男の腕を、着ている白衣の袖ごと素早く握りしめる。

 

 不幸にも、影から見てもっとも手近な位置に居たのが彼だった。

 捕まえられた男の瘦せた腕に、スナック菓子を開いて開けるような、綱引きの綱に加わるような、引っ張り合う力が働いた。

 

「や、やめろ! やめてくれ!」

 不健康な顔色をさらに青くした男は、このあと自分を主役に巻き起こるだろう惨劇から逃れようと、必死にわめき、抵抗の一環として懐に持っていた刃物を突き立てた。

 

 が、影は反応を示さない。強化繊維で編まれたコートが受け止めて、貫通しなかったのだ。

「ひ! ひいいっ⁉」

 男の耳にどこかで聞いたことのある音が聞こえた。

 

 どこで聞いたのか、パニック状態で思い出せないその音は、彼が戯れに実験動物(こども)の四肢を引きちぎらせたときに耳にした音だった。

「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛⁉」

 恍惚。影は悲鳴を気にすることなく、上機嫌な様子で流れ溢れる(あか)を手で掬い上げた。

 

「ああ……!」

 満を持して口元へと運ぶ。極上の甘露が、舌の上に、口中(くちじゅう)に、全身に! 芳醇に広がる――はずだった。

 

「あ、ああ?」

 影は、困惑に呻きながら、もう一度口元に運ぶ。だが影の口に甘美な血が入ってくることはなかった。それどころか、血が肌に触れる感触すらない。

 

「なんでだっ!」

 影は、機械的な加工が入った怒声を発すると同時に、這いずって逃げようとしていた男の足を捕まえ、吊り上げた――少ないからだ、だから俺の口に入ってこないんだ!

 

 蒸発した知性からひねり出したアイデアを試そうと、足首と膝を掴む。

 ――もう一回、もっとたくさん血を出させるんだ!

 そして影は、力を込めようとする。

 

「う、ぐ? なんだっ、これっ!」

 そうしようとした瞬間、目の前に霧が溢れて、影は視界を失った。

 爆竹や銃声に怯えた獣のように狼狽える影を、強烈な眠気が襲う。

 困惑より、渇望よりも眠気が勝った影は、あっさりと意識を手放した。

 

 ◯

 

「まったく……派手にやったもんだねぇ。道は〈死体蘇生液〉まみれで、ここは血塗れじゃないか」

 呆れたような呟きは、倒れ伏す影を見てのものか、それとも、道中の大暴れの痕跡を見てのものか……おそらく両方だろう。

 

 装飾の無い真っ白な仮面に、体格と手のサイズを隠すような土染め色のトレンチコートと手袋。

 仮面と同化するような頭巾の上から、更にソフト帽を深く被っている。

 

 影に続いて現れたその者は、正に怪奇なる人物だった。

「あー、キミキミ。助かりたかったらね、大人しくしてくれると助かるなあ」

 

 片腕を肘から失った男に、正体不明の怪人は、男とも女ともつかず、幼いとも年老いているとも言えない声で語りかけた。余裕に満ちた、不敵な声音だった。

 

「な、なんだ! なんだ、貴様は⁉」

「そこに転がってるのと君の後ろにいるものと同じで、君たちみたいなのを取り締まっているものだよ。話ぐらいは聞いてるんじゃないの?」

 

 親切に答えてみせた怪人は、腕を失った男とは別の男に、「だよねえ?」と気安く問いかける。

「応急処置をいたします、動かないでください」

 

「うん。立場上、殺すわけにはいかんからね。ここ一週間のスパイ活動、ご苦労さん」

 乱入者に怯えて失禁した醜い小男は、数年来の自分の助手。腕を失った男の記憶に間違いがなければ、そのはずだった。

 

 しかし現実では、今までが幻だったかのように小男から鷹を思わせる凛々しい長身の女に変わって、自分の止血を事務的にこなしている。

 

 いつ、入れ替わったのか。なぜ気付くことができなかったのか。男はひどい悪夢を見ているような気分だった。

「さて……」

 怪人が、この部屋にもともと存在していた三人目に視線を向ける。

 

 彼女は十代半ばの少女だった。

 ただし腕の代わりに猛禽類のような羽根を持ち、足は鳥類のそれであるにも関わらず、顔や胴体は人間と変わらない――奇怪な少女だった。

 

 全裸のまま、身体中のあちこちにチューブを突き刺された彼女の口が動く。ころして、と。

「声が出ないのかい?」

 少女にうなずく気力は残っていないようで、黙りこくるだけだった。無言を肯定と捉えた怪人は「情報通りか……」と呟いた。

 

 少女の喉は、過酷な環境の中で枯れ果てたわけではない。彼女の声帯は外科的な手段で摘出され、そのために声を出す能力を失っていた。男と同僚達がやったことだ。

 

「キミ、知っていることを全部吐いてくれないかな?」

 怪人の口ぶりは、敵であるはずの腕を失った男に対するものであっても気安かった。

 

「知っていることとは、なんだ……」

「そうだなぁ、君たちの元締めのいろいろなこと……とか? うーん、どうかなあ?」

 

 怪人に顔を覗き込まれた男は、なんとか自分の状況を理解していた。

『うん。立場上、殺すわけにはいかんからね。スパイ活動、ご苦労さん』

 気怠気な言い方が、逆に言葉の真実味を増していた。男は判断する。

 

 自分がこの場で殺されることはないだろう。情報を漏らすことなく、あえて捕まり助けを待つべきだ、と。

「私は知らな……っ‼」

 とぼけようとした途端、男の手に激痛が走る。

 

「ごめんねぇ、何を知らされる、教えてもらえる立場かってことぐらいは知っているんだよ、私達は……」

 怪人は、薬指と親指を愛おしいものを触るように優しく、艶かしくなで上げてから、男の耳元で囁く。

 

「次は順当に薬指……それとも、しぶいところで……親指、かなあ?」

 男の脂ぎった顔面に、さらに汗が滲む。

 

 声を出すこともままならない痛みにうずくまる男の残された片手の小指は、枯れた小枝のようになっていた。

 

 折られたのではなく、圧縮されたのだ。ちょっとした遊びで

他者の肉体を、手指を同じようにしてきた男にはすぐに分かった。

「どーちーらーにしーよーうーかーなー……」

 楽しんでいる――

 機械で不気味に加工された声にすら滲み出るほどの喜色に男は怯え、冷や汗を垂らす。

 

「わ、分かった、知っている限りのことは話す……だから私の指から手を離してくれ……っ」

 男の頭脳は悪意に染まってはいても、愚鈍ではない。

 

 だから彼は、シラを切ったところで殺されはしなくとも……死が救いに思える苦しみを味わうことになるかもしれないと、認識することができたのだった。


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