とある兵士が言った。
ヒトラーとチャーチルが直接殴り合えば、戦争は起こらない。
とある時期にその言葉を当てはめれば、世界がロシアに征服されていたかも知れない。
で、今だが。
こっちも向こうも、かち合うための代表がいない。
ヒト、と言う生き物はよく死ぬ。
人間関係で、誰かの都合で、どうしようもない運命的なことで、兎に角ヒトは何があってもよく死ぬ、否、死にやすい生き物だ。
かつて、俺が教育隊にいたころ、俺のいる小隊の監督官を受け持っていた鬼軍曹が言った。
人が生き残るために必要なものは何だ!?
たしか、俺が教育隊に配属されてから、8日目の朝礼が終わって各小隊がその日の課業を始めだす時だった。
俺達の教官は、俺達が整列した途端、前支えだ、と怒鳴り散らして、それから数分後だったと思う。
各列の間を、嫌みったらしく練り歩くこと、3周目に差し掛かったときだった。
件の質問を怒鳴り散らしながら、俺達全員に訊き始めたのだ。
貴様は、生き残るために必要だと思うものは何だ!?
誰が、何と答えようが、あの鬼教官はそいつを立たせて
殴り飛ばし、前支えに戻した。
ソレは、俺も例外ではなく。
「生き残る意志と武器であります、サー」
俺は、確かそんな意味のことを言ったはずだ。
回答はもちろん、理不尽な鉄拳だ。
俺も、みんなの中に漏れずしっかりと強かに殴り飛ばされた。
殴られる理由なんてものは、正直無いに等しい。
言ってしまえば、その日の教官の機嫌の良し悪しで、殴られるかどうかが分かれるのだ。
軍隊、特に脳味噌筋肉が集まる陸軍では、そんなことは日常茶飯事だ。珍しくも何ともない。
むしろ珍しいのは、あの教官の方だ。
あの教官はああ言うときだけは見事に皆を平等に扱う。
肌の色、目の色、髪の色、出身国、人種、性別、年齢、信教、そんな数々の隔たりを大きく飛び越えてみんなを等しく殴り飛ばすのだ。
馬鹿野郎、だから貴様等はいつまで立ってもクソッタレのクズ野郎なんだ、と怒鳴りながら。
殴られた後の俺達1人1人の態度は、ある程度分類できる。
泣きべそをかくか、黙り込むか、あるいは薄っぺらい復讐を誓うか、そう言うものだと早い段階で割り切るか、だいたいそんなものだ。
俺の場合はどれだっただろうか?
格好良く、割り切ってその後を過ごせたか、と訊かれれば答えはNOだ。
だが、特別殺意も沸かず、泣きべそもかかず、放心して黙り込むわけでもなかったのも確かだ。
俺はずっと考えていたのだ。
じゃあ答えは何なんだ、と。
仲間でもなく、武器でもなく、充分な後方支援でもなく、生き残る意志でも、何でもない。
命か、と悟りかけたこともあるが、違った。
教官の質問の原点は命であり、その質問に命です、と答えるのは、1+1=1+1と答えているようなものだ。
ずっと考え続けて、最近、やっとその答えを見つけた。
月並みの表現だが、無い、ソレが答えだ。
何があっても、無くても、ヒトは死ぬ。
あの教官は、その取り付く島もない、理不尽な事実を俺達に擦り込もうとしたのかも知れない。
あるいは、俺の深読みのしすぎか。
まあ、そんなことはどうだって良いのだ。
何があろうと、ヒトは死ぬ。
その、至極当たり前な、それこそ永久的に不滅な事実を、再確認する機会が、特別多い、と言うだけの話だ。
俺達は今戦争をしている。
いや、戦争と言うには語弊があるかも知れない。
生存競争、とでと言うべきか。
安い言葉だが、俺達人類は、いわゆる宇宙人と呼ばれる
それに侵略、あるいは生存競争を強いられている。
アイツ等が降ってきたのは、もう20年以上前の話だ。
そして、その20年で俺達人類はあっという間にその数を減らした。
人類の版図も、またしかり。
俺達、前線でソイツ等とやり合っている連中は、
「ミミズ人」と読んでいる。
むろん、正式な呼称ではない。
ただ、ピンク色に濁った体色とブニブニとした気色悪い表面の質感ことを揶揄してそう呼んでいるだけだ。
連中は、その手の小説や映画に出てくるような奴ほどチートじみた能力は持ち合わせていない。
体液は酸性ではないし、ハイテクステルス暗殺装備もなく、バスケットボールくらいの穴を穿っても死なない生命力も、生体レーザーなんて物もない。
特別知能が高いわけでも、有毒物質をバラ撒く訳でも、何でもない。
ただ、連中は何があっても死ぬまで突き進み、口に入る物は全て喰い、破壊する、至極単純なことしかしないのだが、いかんせん物量が凄まじいのだ。
その物量を前に、人類は南米大陸とアフリカ大陸を連中にとられ、ユーラシア大陸は6~7割が連中の手中に墜ちた。
オーストラリア大陸は、人類が、自らの力で、地図上から消し去った。
これを、人類の愚行と、俺達は罵った。
そして、当の俺本人は今どうしているのか?
最前線で、寿命を縮めながら戦っている。
バトルスーツにすっぽりと体を入れて、瓦礫の山を焦げた大地を、山を野を、川を谷を、ところ構わず駆けずり回り、敵を見つけては殺して廻る。
それが、今の俺がやっていることだ。
50口径の機関銃で蜂の巣にし、ロケット砲やグレネードで肉片や消し炭に変え、スパイクショットで中から破壊し、兎に角色々な手段を用いて敵を殺す。
殺して、殺して、殺し尽くす。
場合によっては、見方の死体を盾にして、死にかけの味方から銃を分捕ってまで、何が何でも生き残るために殺し続ける。
容赦という言葉は、そこには無い。
介在する余地すら、与えない。
自分が生き残るために、泥臭く足掻き廻るのだ。
殺されてたまるか、死んでなるものか、と、
そうやって、俺は今も何とか生き延びている。
死んだバディの数は、もうハッキリしない。
10人だったかも知れないし、それより少なかったかも知れないし、多かったかも知れない。
兎に角、よく死んでいった。
本当に、ヒトはよく死ぬ。
最初に死んだ奴のことはよく覚えている。
何せ、俺が介錯したのだから。
そいつの名前は、アレックス・サンダース。
最終階級が曹長の、気のいい若い白人だった。
足をもがれ、食い破られた左横腹から腸やら他のよくわからない臓器がズリュリと溢れていた。
長くないことは、一目でわかった。
だから、介錯を頼まれたときも、何となくすぐにやれた。
今まで、何度も銃を撃ってきたのだが、あのときのハンドガンの発砲音やリコイルショック、排莢音、全てが手に残っている。
こんなにも手に残っているのは、あの時のだけだ。
アイツの部屋を片付けていても、形見になりそうな物はほとんど無かった。
家族の写真も、恋人の写真もなく、特別な物があったわけでもない。
せいぜい、常に売店で買っていた紙巻き煙草の箱だ。
既に、何本かは吸っていたらしく、中を見るとその何本かが収まりそうな隙間がでいていた。
何を血迷ったのか、俺はそれを形見にした。
嫌煙な性分にも関わらず、だ。
吸うわけでもなく、捨てるわけでもないが、俺は常にその箱を左の胸ポケットに入れている。
数ある死人の中で、アレックスだけは俺が自分の手で分かって殺した奴だから、忘れるわけにもいかない、とでも思ったのだろうか?
何にせよ、ヒトはよく死ぬ。
俺も例外じゃない。
死に神達は、いつでも虎視眈々と人の命も敵の命も狙っている。
気を抜いていれば、どこであろうと奴等はその刃こぼれした鎌で俺達の首を刈り取りに来る。
それを振り払うために、俺達は戦い、殺していく。
人類のため、なんて言う大義名分は後からでも、どうにかなる。
死にたくない。
みんなが思っていることだ。
だから、必死になってみっともなくのたうち回るのだ。
「・・・・・・クソッタレが・・・・・・・・・・・・」
罵声も、相手がいなければ虚しい独り言だ。
さて、次の俺のバディは誰だ?
どれくらい保つ?
そんなことを思いながら、アレックスの使っていたスーツから腰を上げた。
火のついていない煙草をくわえて。