雨が止んだ。
所々にできた雲の割れ目から、光が射し込んでくる。
その光が照らす足下は、地獄だ。
死体、死体、死体。
どこを見ても死体ばかりの、ある意味平等な景色。
人種、性別、年齢、信教、肌の色、目の色、髪の色、髪質、果ては生物学的種族の違いを通り越した、死体で彩られた景色が、俺達の目の前に広がる。
大地には、いくつものクレーターが穿たれ、そこに血液や、雨、オイル、敵の体液がごちゃ混ぜになって溜まる。
上半身がかじり取られた死体。
右腕を大事そうに抱える、焼死体。
前半分が千切れ飛んだ、敵の死体。
どこからか、乾いた銃声が響いた。
誰かが自殺したか、ないしは介錯をしたのか。
まあ、どっちでも良いことだ。
とりあえず、死亡判定者が1人増えただけの話だ。
俺達、つまり生き残った連中は今、死体確認のために、
歩き回っていた。
空に向かって、何かを求めんとするように無い腕を伸ばす死体。
「・・・・・・・・・・・・眠れ」
俺は、その死体を地面に寝かせた。
バイザーを上げて、その死体の顔を確認する。
俺の知らない、他の分隊の誰かだった。
その死体は、腹の部分にバスケットボールが通るくらいのデカい穴があいていた。
流れ弾か、そうでなければ誤射か介錯の結果か、兎に角ソイツは敵じゃなく、味方にとどめを刺されていた。
戦場で、仰向けの死体は珍しい。
基本的にうつ伏せた状態で死体になることの方が、圧倒的に多いのだ。
なにせ、自分が殺された瞬間に倒れ込むのだ。
そのとき、人間の体の構造上、前に倒る。
仰向けになった死体は、ソイツが死亡するまでのごく僅かな時間を、ソイツは死に神の影を見ながら過ごしたことになる。
怖かったろう。もう安心して眠れ。
俺は、その意を込めて死体の瞼を、そっとおろした。
その顔が、偶然にも安らいだ表情になってくれたのは、せめてもの救いか。
死体の胸の上に、マーカーを置いてその場を離れた。
「沢山死んだみたいですね」
後ろから、突然声をかけられた。
新入りだ。
「そうだな」
俺は、心ここにあらず、と言った気の抜けた口調で返す。
「増援が、あと1分でも遅れていたら、私達は全滅していたんでしょうね」
「そうかもな」
増援のヘリ部隊の猛攻は、正に修羅の如き、と言う形容がぴったりなものだった。
容赦を知らない、ミサイル、ロケット弾、機関砲の弾の、雨、雨、雨。
当たったものは、皆等しく砕かれた。
だが、あれらが着いたとき、地上にいた俺達の残存数は32と言う、ほぼ壊滅の状態だった。
本当に危なかった。
「使えない素人ばかりを寄せ集めただけの部隊に、一体上は何を望んでいたんでしょうか?」
「知るかよ、そんなこと」
使えない素人、か。
俺は、その何とも言えない、滑稽で無慈悲な響きを聞いて、自嘲気味に笑った。
何がおかしいのか、自分でも分からない。
ただ、その言い方に笑えた。
「こんな時に笑うなんて、不謹慎ですね」
「そうか?」
呆れたように言ってきた小娘に、俺は即答した。
「俺は不謹慎なのか?」
自分でも以外に思うくらいに、低く硬い声を聞いて、新入りは黙った。
それにしても。
今、この場で殺し損なった敵に襲われたら、俺は恐らく殺されるだろう。
何せ、残弾数は12発。
たったこれだけで、一体どう足掻けと言うのだ。
「伍長、向こうに死体が複数あります。マーカー無し」
「ああ・・・・・・あれか。分かった、行くぞ」
その場所を、俺は知っていた。
左翼、第4分隊が全滅したポイントだ。
「1、2、3、4・・・・・・・・・・・・全部あるな。よし、俺は右側のにマーカー置いていく。手前ぇは左側のをやれ」
「・・・・・・分かりました」
この分隊の兵士達は、一体どんな戦い方をして、こんな死に方をしたのだろう?
1つ1つの死体を見るにつき思ったことだ。
四肢がバラバラになった死体や、左右半身がかじり取られた死体、上半身が千切れ飛んだ死体・・・・・・
どれもこれも、いたぶられたような、無惨な死体ばかりだ。
目も当てられないようなそれらに、俺はマーカーを置く。
こういう時、改めて俺は思う。
なんて死にやすい生き物なんだ、ヒトは。
本当にそう思う。
そこにある、全ての死体にマーカーを設置し終えた。
小娘が、その死体の山を見下ろしながら言った。
「この人達もやっぱり素人か・・・・・・・・・・・・能無し」
「・・・・・・・・・・・・」
いい加減にしろよ、このクソッタレが。
口にこそ出さなかったが、俺は強くそう思った。
お前が馬鹿をしたせいで、一体どれだけの人間が犬死にしたと思ってる。
ここでは、お前が一番能無しで、ついでに言えば足手纏いの邪魔な奴なんだ。
フツフツと、ため込んでいた怒りが溢れ返ってくる。
「おい新入り」
「いい加減、苗字が階級で呼んでくれませんか?」
「手前ぇなんざ、新入りで充分だ。ところで、周辺の大気状態はどんな感じだ? 俺のは故障していて測れねぇんだ」
「どうしてですか?」
「良いからさっさとしろ」
怪訝そうな態度をとる小娘に、俺は脅すような低い声で返した。
渋々、向こうの方も言われた通りにした。
「・・・・・・・・・・・・窒素74弱%、酸素11弱%、二酸化炭素15%弱、硫黄始めその他ガス類微量。有害物質もありますが、人体に影響はありません」
「そうか」
「一体何なんです?」
新入りが、苛立たしげにこちらに近づいてきた。
その瞬間。
俺は、新入りの「高い棺」の襟元の装甲板を掴み、死体の山へ投げ飛ばした。
地面に何度か弾かれたせいで、頭部パーツが取れた。
泥水が飛び散る。
新入りが、死体の山に埋もれて呻く。
「何をっ!?」
俺は何も言わずに、頭部パーツを外し、地面に捨てた。
バチャンと音を立てて、それが地面に落ちる。
「何のつもりですかっ!?」
「黙れ」
そう言って、俺は銃口を新入りに向けた。
「っ!?」
「さて、お前には分かるか? これが戦場の臭いだ。
クソと油と血と硝煙と金属の臭いが入り交じった、クソ溜よりもクソッタレな空気だ」
そう言って、短くトリガーを引いた。
1回の銃声とマズルジャンプ。
それは、新入りの左にそれた。
「伍長どういうつもり・・・くっ!」
有無を言わさず、発砲。
「手前ぇ言ったよな、戦場で死ねるなら本望だって」
更に発砲。
「っ!」
「で、ココの臭いを知った後も同じことが言えるか?」
発砲。
「くっ」
「これは重大な軍規違反・・・・・・っ!!」
発砲。
「黙れっつってんのが聞こえなかったか能無し」
威圧的な冷たい声で言い放ち、発砲。
「この・・・っ!」
「ここで死んだ奴らの中に、一体どれ位お前と同じことを言う奴がいたと思う?」
歩み寄りながら、発砲。
「っ」
「1人、たったの1人だっていやしねぇ」
発砲。
「ぐぅっ」
肩部装甲に弾かれ、火花が散る。
「誰も、兵士なら戦場で死ぬのが本望、なんて考えちゃいねぇ」
発砲。
「うっ」
「照準機無しだとなかなか当たらねぇな。動くなよ」
発砲。
「きゃっ」
「死ぬのが怖くねぇんだよな?」
発砲。
「ひぃっ」
顔のすぐ右側に穴があいた。
新人の真正面まで来て、そこで止まる。
狙いを胸部装甲に合わせる。
その顔は、恐怖で青ざめ、ひきつっていた。
「や、やめ・・・・・・て」
小さくうずくまり、泣きそうな震えた声で懇願してくるが、聞く耳など持たない。
「ここで死ね」
“赤”が飛び散った。