やっと、この独房から出られる日が来た。
それが今日だ。
「ほら、今日の朝飯と水だ。残すなよ?」
そう言って、決して美味いとは言えない飯を置いていった警衛がココを離れたのが、30分前の話だ。
ベーコンを挟んだ黒パン、トマトが1つしか入っていないサラダと、色だけが濃いスープ、栄養剤が混ざったヨーグルト。
それぞれを、モソモソと口にしながら、俺はココを出るその瞬間を心待ちにしていた。
やっとだ。
やっと、このカビ臭い独房から出られるのだ。
嬉しくないわけがない。
あまり美味くない飯も、そんな希望が同封されていれば普段よりも幾分美味く感じるのは、やはり俺が人間だからか?
頬が僅かに緩むのを感じながら、俺は次の飯を口へと運んだ。
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どうやら、俺が独房にぶち込まれている間に、この駐屯地は大幅に改造されていたようだ。
陣地内への進入を阻むための防護壁が周囲に巡らされ、そこに10mおきに設置された砲台がある。
155mm榴弾砲が、その砲身を空へと突き上げている。
まるで、あらがいの象徴の如く、だ。
さらには、固定型の多連装ロケットシステムまで陣地内に設置されている。
おそらく、この間の作戦の反省点に挙がったであろう支援砲撃の弱さを補うためだろう。
兵器保管庫や弾薬保管庫、燃料保管庫なども増設されているようだ。
前まではなかった、戦車用の臨時格納庫まで出来上がっている。
他にも、ヘリ用のエプロンにはいつもよりも多い攻撃ヘリコプターが待機している。
聞けば、地下に待避及び脱出用のシェルターまで建設したらしい。
見た限りでは、この駐屯地は近い内に準要塞陣地として稼動することになるだろう。
なるほど、よっぽどこの間の作戦の結果が堪えたのか。
そう思って、俺は皮肉を込めてクスリと笑った。
仲間の死を目の前にして、初めて腰をあげる“気”になる人類は、一体どこまで保つのだろうか、と。
それを見咎めたように、隣の女が俺に言った。
「・・・・・・何か可笑しいですか?」
「いや、少し笑えただけだ」
含めるところもなく、俺はそう返した。
「こんなんじゃ、人類はもう後がねぇな、とかそんなことを思っただけだ」
「人類は負けません」
ソイツは強い口調でそう言った。
「人類が負けるなんて・・・・・・有り得ません」
まるで、陵辱を受けたプライドの高い女みたいな口調で、ソイツは言った。
「そうか?」
冷めた思考で、俺はそう言った。
「人が一杯死んだことで、初めて重たい腰を上げる気になる人類だぞ? いつ倒れてもおかしくない」
俺は、独房にいた1週間で、ずいぶん変わったらしい。
前の俺なら、こんなことは思っても口には出さなかっただろう。
荒れてるな、俺は。
「まあ、そんなことはどうでも良い。俺達が戦って勝ち続ければ、上の連中の手を煩わせることもなく、自然と人類が勝つんだ」
言うだけ言って、俺は歩き出した。
「どこに行くんですか?」
「大河原のオッサンのところだ」
俺は、分隊の事務室が置いてある建物へ向かった。
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「お前も随分荒れたことをしでかしたな」
咎める風でなく、かといって面白がる風でもない口調で大河原少尉は言った。
「一番分かりやすい教育を施そうとしたら、ああなりました。後悔も、反省もしていません」
「まあなぁ・・・・・・あれ位堂々とやってのける奴じゃないと、俺も教育係を任せん」
数枚の書類を机でならす大河原は、俺が独房から出る前の日に少尉へと昇進したらしい。
何でも、この間の作戦の功績を踏まえて云々らしい。
「と言うよりも、教育隊の怠惰が問題なんじゃないですかね?」
俺は嫌味たっぷりの口調で、大河原に訊いた。
「俺はこの分隊の教育係を、貴方から任されています。いろんな新人を見てきました、淵田しかり川上しかり。その分、たくさん死にましたよ、確かに。
確かに、今までの死人は俺の責任でした」
そこで切って、一息ついた。
「ですが、今回のアイツ・・・・・・ローレンツ兵長は、例えあの作戦に限らず例えどこで死んでも、俺のせいじゃない。
アイツは命令を聞くという、兵士として当たり前のことが出来ていない、あれで死んでも誰も変な顔をしない」
「・・・・・・」
「アイツのことを・・・・・・私はバディと認めたくありません」
困った、と言いた気な顔をして大河原はため息をついた。
机に両肘をつき、手を組む。
「・・・・・・似たことを、前に本人に言われたことがある。お前のバディをしたくない、とな」
俺は、正直に驚いた。
アイツが、そんなことをこの男に直談判しに来てたとは、思ってもいなかったのだ。
「理由、何だったと思う?」
「・・・・・・分かりません」
「あんな腰の引けた戦い方をするようじゃ、すぐに殺される。あの男に教わるのが苦痛です、だそうだ」
今俺は、極めて不愉快そうな顔をしているだろう。
実際、今の俺は極めて不愉快な気分をじっくりと味わっている。
「あっちからそう言ってきたんですよね?」
冷めた声色で俺は訊いた。
「・・・・・・まあな」
・・・・・・・・・・・・なるほどな。
「それでは、アイツを私のバディから外して下さい。
で、他のところから再度の補充要因を呼んで下さい。
そうしたら、こっちも幾分マシになる」
あっちがそのつもりなら、俺もそれ相応の態度で接してやる。
そう心の内に宣言したときだった。
「ふざけるなよ」
有無を言わせぬ声がした。
一瞬の沈黙。
「天城・タカオ軍曹。本日1030をもって、原隊復帰を命ずる。なお、本日をもって貴官を軍曹に昇格することを認める。以上、退室してよし」
まくし立てるように言われ敬礼をされた。
反射で敬礼を返す。
「天城・タカオ軍曹。本日1030をもって、原隊に復帰します。加えて、軍曹への昇任を拝命します」
怪訝さと不機嫌さを極力隠したつもりの声で、俺はそう言った。
回れ右をして歩き、俺はドアノブに手をかけた。
「履き違えるなよ。教育隊に責任転嫁するな、お門違いだ」
ドアを少し開けたとき、後ろからそう言われた。
「・・・・・・失礼します」
俺はそう言って、静かに退室した。
盛大に湧き出てくる不愉快さを腹の中に閉じこめて。