「ほらタカオ! 独房でシコシコやってる間に弱くなったんじゃねぇかっ!? えぇ!?」
「ちぃっ、手前ぇ前歯砕いてやる・・・・・・!」
拳サポーターを着けているせいか、握っている掌がジットリと汗ばんでいる。
「いきがってねぇでかかってこいよっ!」
ウザったい挑発をかましてくるのは、分隊内で一番と言っても過言ではないほどの口減らず者である山崎だ。
畜生。
そんなに黙らされたいなら、お望み通りやってやる。
俺は、そう思って拳を固めた。
まず、上段目潰し。
「うおっ!?」
避けられた、が当てるのが目的ではないので別に問題ない。
上段に注意が逸れたところで、がら空きの下段前脚の膝を横から蹴り落とす。
「ぅぐっ」
崩れた。
とどめだ。そのウザい顔を平たくしてやる。
俺はその思いを込めて、固まった拳を山崎の鼻と上唇の間の部分にめがけて1発叩き込んだ。
「んがぁっ!?」
間抜けな断末魔と一緒に、ミシと嫌な手応えが返ってくる。
・・・・・・・・・・・・何本かやっちまったな、こりゃあ。
そんなことを思いながら、崩れゆく山崎を見た。
山崎は両の鼻孔から鮮血を噴き出しながら、マットの上に仰向けで倒れた。
横を向いた山崎の口から、3つ、白い小さなものが出てきた。
上顎の前歯3本だ。
4本いったかと密かに期待していたが、そうでもなかったので内心少しガッカリしている俺がいる。
「対人格闘で俺に勝てると思うなよ」
伸びている山崎を見据えながら俺は吐き捨てるように言った。
そう言って、周囲を見渡す。
俺にのされた男衆が、悔しそうにこっちを睨んでくる。
その言葉を皮切りに、俺と山崎の“喧嘩”を囲んで見守っていた分隊のメンバーから感嘆の声が漏れる。
「すげぇ」
「全然ブランクある感じがしないぞ」
「あぁ、今回なら俺勝てると思ったけど・・・・・・無理だ」
「山崎でえっと・・・・・・・・・・・・9人目だぞ、おい」
漏れ聞こえる声は、1週間のブランクを抱えた俺がまさか勝つものと思っていなかった、と遠回しに言っているらしい。
なめるなよ。
マットの上で構えを解いて立ち続けながら、俺は心の底から思った。
ったく、問題児に洗礼を敢行するのは文句ないが、もう少し骨のある奴を寄越せってんだ。
山崎を引きずろうとしたところでやっと山崎の歯が折れていることに気づいた男が、俺とその歯を交互に見ている。
その目の色は、明らかに驚愕のそれで、俺のことをまるで化け物を見るような目で見てくる。
「ソイツを医務室まで運んでやってくれ。
・・・・・・あと山崎の差し歯代、俺の口座から出しとけ」
山崎を運ぶ男が、こくこくと激しく首を上下に振る。
男は、逃げるように走っていった。
周囲が密かにざわつく。
どうやら、次は誰が出るかを決め合っているようだ。
まったく、何か問題をしでかした輩に対する隊内での洗礼がこんな対人格闘訓練とは、何だか滑稽な気がしないわけでもない。
熱がこもった両手をプラプラとふる。
「よっしゃぁ、俺が潰してやる。構えろ」
立ち上がったのは、分隊内1の身体兵器を自称する立川軍曹だ。
この男は、分隊最古参の兵士で、この分隊に来たときからずっと生き残ってきたらしい。
「荒れた小僧にはオヤジの鉄拳が効くってな」
そう言いながら、拳サポーターを着ける動作の時点で既俺がみる限りではほとんど隙が無い。
さすが、と言ったところか。
拳を強めに握る。
ギュウと皮が摩擦する音が聞こえる。
立川軍曹がマットの上に立って、構えた。
「どうせ、隊長に何か言われて腐貞腐れてんだろ」
一足一撃の間合いを取りながら、お互を睨みつつ回る。
「・・・・・・それもありますけど、ねっ」
左ストレートを1発、顔面に向かって迷わずに打ち出す。
「おっと」
ヒョイと間合いを取られて、俺の突きは空を切っただけだ。が、間合いを開くための牽制だったから、これはこれで問題はない。
むしろ、あのままの間合いでいたら何をされたか分かったもんじゃない。
「・・・・・・読まれたか、やるようになったな」
なるほど、思った以上に早く間合いをあけられたと思ったら、前脚で蹴り上げる準備をしていたわけだ。
迂闊に攻めたら、顎に良いモンを貰っていたところだ。
「ちっ・・・・・・」
正直、攻め倦ねる。
お互いに、牽制を掛け合いながらも、俺の方が少しばかり圧されている。
しばらく、短連発で腹をメインに狙い続けるとしよう。
たまに上段と下段を攻撃しながら、だが。
とりあえず中段の防御に気を向けさせるとしよう。
「せっ、はっ、せりゃっ!」
「むっ! お、ふっ! むぅ、速いな」
畜生、あっちにはまだ余裕かますだけの力があるのか。
まあ、仕方ない。落ち着いて攻め続けよう。
隙あらば何とやら、だ。
「しっ、せっ、はっ!」
目突き、中段蹴り込み、中段回し蹴り。
「やっ、そりゃ、せいっ」
上段2連ジャブ、中段蹴り。
「ふっ、はっ、おりゃっ」
中段蹴り込み、下段蹴り、金的蹴り上げ。
「む、おっ、危ねぇところ狙いやがる・・・・・・!」
口がきけてやがる。喋る余裕もなくなるほどかち込んでやる。
そう感じて、拳を固めた瞬間だった。
・・・・・・ビュオッ
「っ!?」
間一髪で避けた。
「甘いなっ!」
追撃の1発が俺の左顎を、2発目が首をそれぞれ捉えた。
3発目は顔面に飛んでくる膝だと、脊髄が悟り、身体が勝手に飛び退いた。
「ちぃっ! やるな」
「くっ」
顎にまともな1撃を食らったせいで、脳震盪はまだ起こしていないが、結構削がれた。
首筋が、ズキズキと痛む。
視界が、やんわりと歪んできやがった。
少し脳を揺らしたみたいだ。
だが、軸足に力は入る。
姿勢は、おそらくブレていない。
まだ、いける。
「っかしぃな、顎決めたはずなんだなぁ」
ふむ、向こうは決めたつもりなのか。
ならば、その気に乗ってやる。
そう考えて、俺は意図的に膝をカクカクと震えさせた。
脳震盪による痙攣の再現だ。ついでだ、頭もふって細かく演じてやる。
「お、何だフラフラかぁ?」
・・・・・・かかったか?
立川が構えた。
よし、上段左側面に隙を作ってやる。
俺は、構えを少し崩して、さっき良いモンを貰ったばかりの左半面を僅かに晒した。
・・・・・・来い
その瞬間、狙ったとおりの場所に立川の右ストレートが飛んできた。
かかった!
立川の右背面に身体を滑り込ましつつ、がら空きになった鳩尾に膝蹴りを1発。
崩れたところで、追撃のために頸部に蛇突き。
正中先がずれきったところで、立川の襟と袖をつかみ、大外狩りの要領で軸足を払った。
それは、思った以上にキレイにはまったようで。
立川が宙を舞った。
「がはっ」
とどめに、鳩尾にかかとを落とす。
ぐぅ、と弱々しい声を漏らして立川は沈黙した。
刹那、俺の視界が歪み始めた。
「っ!?」
平衡感覚が狂い、バランスを崩して片膝を付いた。
目に映る、全てのものが歪に変形し、ムンクの叫びよろしくグニャグニャにぼやける。
あぁ、あの顎に決まった1発がココで来たか。
俺はそう思いながら、倒れ込んだ。
・・・・・・・・・・・・暴れ散らしたせいか、結構スカッとした気分だ。
たまにはこう言うのも、悪くない。
「な? 効いた、だろ?」
弱々しいかすれ声に、俺は軽く手を振って答えるしかできなかった。