屑に心を折られるか、その手前まで行く奴も屑の数と同じ数かそれ以上にいる。
それは、俺たちの今にも言えることだ。
敵は絶えない。
屑もまた然り。
結果として。
件の大隊の本部は戦略的な条件を優先した結果、いつの間にやら名前が変わった姫路準要塞に置かれることになった。
配下の部隊は全て、この場所に放り込まれる。
それは、播磨防衛戦の各即応連隊から出てきた、身よりのない部隊を、大隊と銘打ってこの場所につっこむという事で。
もちろん、新しく入ってくる奴等は身知らずの奴ばかりだ。
俺の同僚の中に、新しく入ってきた連中のうちの何人かを知っている奴がいたが、基本的に何だコイツ等、である。
来る者を拒む気はないが、しばらくは少し居心地が悪くなるのだろう。
まあ、お互いが慣れるまでの我慢だ・・・・・・
そう考えて、8日目の頃だ。
俺は、分隊の事務室のすぐ前の廊下を階段へ向かって歩いていた。
屋上へ上がって、火無しのタバコを吸うためだ。
階段まできて、さあ上ろうかとしたときだ。
悲鳴が聞こえた。女の。
流石に無視するわけにもいかずに、下の方を覗く、が、何も見えない。
空耳かと思って、確認がてら、しばらく耳を澄ます。
するとどうだろう。
ナンダオジョウチャン、ナンデコドモガコンナトコロニイルノカナ? ママトハグレテサビシインダヨナァ?? ソーカソーカ、ジャアオレタチガアイテシテヤロウカ サワルナ!! オ、イセイガイイナコノアマ・・・ ヤリガイガアリソウダ
これは・・・・・・・・・・・・いただけない状況臭い。
せめて確認だけでもしておこう、そう考えて俺は階段を静かに降りた。
「いってぇぇ!」
急にその悲鳴が聞こえて、俺は素早く身を低くした。
「畜生此のアマ! 俺の手ぇ噛みやがって!!」
「触るなと言ったはずですが!?」
こんな形で今までのツケを返さなくても良いでしょうに、いるかどうかも分からない神様。
やりとりの声を聴いて、俺は心底うんざりした。
何で手前ぇはこんなところで絡まれてやがる。
「ナメた真似しやがって・・・・・・分かったよ、雰囲気楽しむ気がないんなら、さっさとキメて愉しくしてやるよ」
おっと、それは聞き捨てならない言葉だ。
「こ、来ないで下さい・・・・・・!」
「黙りな!」
パシ、と小さな音が1つ。口を塞いだらしい。
「ヤるならやっぱり手前ぇくらいの締まりの良さそうな女とじゃなきゃな・・・・・・」
「中には出すなよ、俺が楽しめなくなる」
分かってるよ、そう言いながらジッパーをおろす音。
ジタバタと暴れる音。
「キレイなままじゃなきゃ気持ち良くねぇよな」
ネットリと絡み付くような、不快な声。
悲鳴がこもる。
ここまでが、我慢の限度ってやつだ。
「おい」
「!?」
思ったよりも、さらに低い声になって、俺自身が少し驚く。
なるほど、俺はかなり怒っているらしい。
「そこの彼女、俺の部下で生徒な訳だが・・・・・・」
目をつぶって、しばらく沈黙。
目を開き、男を睨む。
「・・・・・・殺すぞ」
おぉ、俺ってこんなにも冷たい声が出せるのか。
そう思うくらいに、抑揚と温度がない声が出てくる。
睨みを利かせたまま、階段の踊り場まで降りる。絡まれていた、ローレンツにも目配せをする。
「それとも何だ? 力ずくで俺を倒してから楽しむか? そうだな、俺が負けたらそこの女は好きにしとけ」
言いながら、構えた。
「・・・・・・極小boy」
「てめぇ!」
男は顔を真っ赤にして激昂する。
コイツ等も、装甲歩兵か・・・・・・・・・・・・
まっすぐに突き進んでくる男を見据えながら、俺はそう推測した。
まるで馬鹿だ。
振り上げられた拳を認め、何もガードのない腹部に蹴りを1発。
「ぅごっ!?」
相手が体をくの字に折ったところで、合気を用いて男体を宙に回す。
追撃に、喉部に突きを叩き込む。
最初に突っ込んできた男はこれで沈黙した。
何と容易い。
「で、ヤバくなったら女を盾にして自分は逃れようってか? どこまで落ちぶれてんだ」
ローレンツを盾に身を隠す男に、俺は言った。
「どうした? 俺を倒せたら、その女を好きに出来るんだぞ? ほら、かかって来いよ」
わざとゆっくりに、俺は西洋風の手招きをした。
「それとも何だ? 実は男を掘る方が趣味の異常同性愛者か? 溜まりすぎて、致し方なく女のやつで我慢しようって口か」
嘲るような口調で俺は言う。
それを聞く相手の顔は、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。羞恥ではなく、怒りで。
「・・・・・・ば」
「ば?」
「馬鹿にするなぁ!!」
男は、イリスをこっちへ突き飛ばした。
「おっ!?」
避ける、と言うよりも受け止めない方が悪い気がしたのでそのまま受け止める。
男は、さらにタックルを仕掛けてくる。
「手荒くするぞ」
俺は、そう告げてイリスの体を軽くいなし倒した。
真正面に男を捉える。
衝撃。
だが、俺は吹き飛ばされずに、男と組み合っている。
なるほど、この男はかつてラグビーかアメフトをやっていたのだろう。
組んで初めて分かるのだが、三角筋と胸筋の張り具合が、半端でない。
そして、アーチ状になるように組もうとするあたり、恐らく元アメフト選手で前衛を務めていたのだろうと、さらに推測する。
お互いに、ピクリとも動く気配を見せない。
が、コイツ普段の徒手格闘訓練をサボってやがる。
足の開きかたと言い、重心の位置と言いあまりにもガタガタすぎる。
ここは、いったん引き身をとる。
すると、相手と拮抗していた力が途端に抜けたために、男はバランスを崩した。
それに乗じて、俺は男の足をかけて男を投げた。
吊り込み足だ。
床に叩きつけられた男は、肺の中の空気を全部抜かれたようで、うまく呼吸が出来ていない。
搦め手をとって手首を固定したまま、俺は男の鳩尾と股間に1発ずつ踵を落とす。
この男も沈黙した。
しばらくして、通りかかった誰かが知らせたのか、憲兵が3人来た。
「貴官の名前、階級、所属は?」
憲兵の1人が聞いてきた。
「天城・タカオ。軍曹で、特設機動大隊第1中隊所属だ」
「何がどうなったのか、説明しろ」
その憲兵は、面倒臭そうな声で訊いてきた。
「そこの・・・・・・・・・イリス・ローレンツ兵長がそこで寝てる男2に襲われていた現場を目撃。仲裁に入ろうとしましたが、実力で沈静化せざるを得なくなった次第で」
「ふん・・・・・・・・・・・・ローレンツ兵長、事実か?」
憲兵はジロリとイリスを睨んで訊いた。
「・・・・・・間違いありません。事実です」
よほどショックだったのか、イリスはその睨みにも気付かずにそう答えた。
「・・・・・・そこの2人は、勤務中の問題行動で有名な輩でな、今までこんな事しなかったからしょっ引ききれなかったが、今回はいける」
何回かこういう状況を相手にしてきたことがあるのだろう、この憲兵は場馴れした雰囲気を放っている。
「まあ、兵長。無事で何よりだ」
そのねぎらいの言葉は、同情らしい同情の色も、恩着せがましい色も含まない、至って本心の声だった。
「あとで事情聴取に付き合ってもらうことになる」
憲兵はそう言ってその場を離れた。
「ああいう輩は、案外どこにでもいる」
特に含むところもなく、俺は言った。
「今回ばかりは、手前ぇが完全に被害者だ」
そう言って、慰めるように肩を何度か軽く叩く。
何でそうしているのか、自分でも分からなくて驚いてはいる。
が、普段泣かないコイツの姿を見ると何故かそうせざるを得なかった。