華東 芽衣子…通称「カメコ」は、「世界樹の迷宮」というゲームに登場する、とあるキャラクターが好きだ。
自身の愛称と被っている「カメ子」と呼ばれる、おさげの女の子を、本気で愛してる。
あの拘束具とボロボロのローブに覆われ、鍛えてないし、食べてないだろう細い四肢。
更には、お世辞にも健康的とは言えない、あの幸薄そうな顔。
カメコは「カースメーカー」と呼ばれる彼女を、心の底から愛していた。
齢八歳にして、自作で抱き枕を作り、本気で抱擁し、キスをする程度には愛していた。
彼女の性的嗜好が歪んだのは、遡ること十数年。
2000年代後期に、カメコが古本屋を歩いていた時のことだった。
今ではどこぞの子役が「本屋なのに本ねーじゃん!」と強烈なテンションで言い放つコマーシャルで有名なその本屋にある、中古のゲームソフトが並ぶ場所にて。
カメコは出会った。出会ってしまったのだ。
自分の性的嗜好、性格、健康、全てを捻じ曲げたゲーム、「世界樹の迷宮」と。
最初は、それこそパッケージの絵柄に惹かれただけだった。
子供特有の「気になり出したら欲しくなる症候群」が発症し、誕生日プレゼントとして、そのゲームソフトを両親にねだった彼女。
誕生日プレゼントを古本屋で売られてた中古ソフトで済ませるという、親としては子供に若干の申し訳なさを感じることになってしまったが、当の本人は全く気にしていなかった。
意気揚々とゲームを進め、いざ、「冒険者」と呼ばれる自分だけの仲間たちを選ぶときになって、それは現れた。
皆様ご存知、カースメーカーである。
そのカメ子と呼ばれるデザインの少女が、年端もいかない女子の心に突き刺さった。
これが、史上類を見ないアホ呪術師…いや、カースメーカーの誕生のきっかけである。
幸い、両親が典型的なオタク気質であったため、幼稚園児の娘が「将来の嫁です」とゲーム画面を突きつけても、避けられることはなかった。
それどころか、「お前もこちら側に来たか」とばかりに抱きしめられた。
アホとアホに育てられたアホのサラブレッドが、その性的嗜好を歪ませるのに、そう時間はかからなかった。
そんな人生全てが楽しそうなアホ女にも、絶望が訪れる。
十歳になり、彼女は教師の言葉に悟った。悟ってしまった。
画面から出てこない彼女と、結婚できないことに。
教師の残酷な「この世界にいない人とは、結婚できないよ」という一言は、カメコの心を木っ端微塵に打ち砕いた。
彼女は泣いた。泣けど泣けども、画面の中の嫁が慰めることはなかった。
全てに絶望し、食欲がなくなり、日に日に細くなっていく彼女。
流石に両親も心配し、経緯を聞いたところ、「誰もが通る道だ」と慰めた。
現代社会であれば、確かに多少の差はあれど通るのだろうが、彼女の場合は落ち込みようが顕著すぎる。
その慰めに空元気を出しながら、とぼとぼと洗面所へと歩き、自分の顔を見た。
その瞬間、全てが変わった。
似ていた。いや、瓜二つどころではなく、そのものだった。
自分が恋焦がれて止まないカースメーカーと、全く同じ女が、そこにいた。
やつれ気味の四肢に、目のクマ、更には白い肌に、ぎょろりとした目。
彼女は狂喜乱舞した。全ての答えを見つけた、探求者の目をしていた。
「彼女そのものになれば、彼女は自分のものである」という結論に至ったのだ。
アホ、ここに極まれりである。
翌日から、彼女のカースメーカー化計画がスタートした。
正直言って、その道のりは困難を極めた。
苦手な裁縫の会得、金属加工、脳内にいた彼女と瓜二つなミステリアスな立ち振る舞い、etc…。
それら全てをクリアするのに、彼女は3年を費やしていた。
そして出来上がったのが、ヤバいコスプレイヤーである。
別にイベントでもないのに、年がら年中、更には校則を堂々と破りながら、その衣装を着ていた。
因みに、バカにはされなかった。
もともと頭のネジが全部吹っ飛んだアホとして、地元に浸透していたのだ。
アホがアホなことをしていても、何ら不思議ではなかった。
だが、カメコはこれに満足していなかった。
カースメーカーの代名詞、「呪言」が使えないことに憤ったのだ。
最早、菩薩でさえも、彼女を谷底に突き落とすレベルのアホさである。
しかし、当の本人は中学一年生にして、本気で呪言の習得を試みた。
カメコは一般家庭の出なので知らないが、世の中には「呪術」というものが存在する。
中には彼女のいう「呪言」も含まれているのだが、正直に言えば、生まれついての才能があるか無いかで大きく変わってくるため、希望はないに等しかった。
が。アホの愛は、その定説をポッキーのようにいとも容易くへし折った。
「《畏れよ、我を》」
『ひっ、ひ、ひひひ、ひぁぁぁぁぁぁああああああっ!?!?』
出来た。習得に2年もかからなかった。
訓練を始めて1ヶ月あたりで、変なバケモノが見えたし、なんなら襲いかかってきたが、習得した呪言を駆使することによって、普通に倒せた。
カメコは知らぬことだが。愛が強すぎるあまり、彼女の魂は変わっていた。
アホの愛は凄まじかった。それはそれはもう、神が作りし魂を粘土が如く捻じ曲げるくらいに凄かった。
結果、彼女は『生まれながらに持つ力である《生得術式》を後天的に会得した』という、本職の人間が聞いたら茶をぶちまけて転びそうなことをやってのけたのだ。
アホの愛を舐めてはいけない。
では、その術式を作動させるために必要な負の感情の力、『呪力』をどうやって捻出しているのか。
彼女が利用している負の感情は、「愛故の不満」である。
簡単に言えば、「違う!まだまだ私が残ってるじゃ無いか!カメ子になりたいんだよ私ァ!!」という、なんともまあアホ丸出しな願望が力になっているのだ。
因みに、彼女の魂がこれ以上愛によってねじ曲がることはない。
愛というブレない芯がある限り、彼女は呪言の力を使える。
その力の源となる呪力も、有り余る愛の分だけあるし、その愛故に、彼女の不満が解消されることはないのだ。
愛は全てを可能にする魔法のエネルギーなのである。
これは、そんな愛の魔法使い、略してアホが呪術師界を、良くも悪くも引っ掻き回す物語である。
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「……………」
「………華東。その、指名したんだからせめて喋れ。わかるとか、わからないとか」
とある高校の教室にて。
ボロボロのローブを纏い、拘束具を体につけた少女が、教師の言葉に微妙な表情を浮かべる。
無論、こんなぶっちぎりでイカれた女は、一人しかいない。カメコである。
このイカれた女は、地元の高校に進学し、ここでもその愛を発揮していた。
最早、見知った顔であるために、皆がそれを黙認する。
指名してしまった教師も、カメコの圧に押され、「あ、うん…。も、もういいよ…?」と諦めてしまった。
「カメコのやつ、今日も飛ばしてんな…」
「や、いつもだろ…」
こんなアホなコスプレイヤーがいる教室も、最早日常である。
内申点が酷いことになっていそうだが、カメコは気にしない。
頭のネジがほぼ全て吹っ飛んでいる致命的なアホだが、勉強はそこそこできるのだ。
この時点で、模擬試験にて中堅の大学にB評価をもぎ取れる程度には。
「……ほんと、人生ってわからんよな」
「こんな見るからにヤバいコスプレイヤーが学年3位とか、マジかよ…」
ヤバいコスプレイヤーを舐めてはいけない。
当の本人は、気にすることなく、授業に集中した。
因みに、フードの先端が後ろの席にかかって邪魔になってしまうため、席は必然的に最後尾である。
情熱は、人に迷惑をかけないようにしなくてはならないのだ。
いくら度を過ぎたアホとは言え、その線引きはしっかりしていた。
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「未登録の呪術師?」
「うん。ここ一年、とある地域の呪霊が軒並み同士討ちして全滅してるんだよー。
上が始末なりなんなり判断下す前に、悠仁みたく僕の生徒にしちゃおーって思って」
同士討ち、という言葉に、寝巻きを着た少年は「えぐっ」と引き気味に言葉をこぼす。
呪霊…即ち、カメコが虫を潰す感覚で、呪言で軒並み倒したバケモノ。
人が目にすれば、確実に吐き気を催す程にグロテスクなソレが、同士討ち。
想像しただけで、気分が悪くなってくる。
その本人は「原作再現!原作再現!」と、見ていた小鳥ですらもゲロをぶちまけるレベルで気持ち悪い小躍りを披露していたのだが、彼らが現在、知るはずもない。
「……ホントの理由は?」
「面白そーだから!」
少年の問いに、目隠しをした青年は、まるで玩具を目の前にした子供のように言い放つ。
もうすぐ三十路だというのに、少年の心を忘れていない男に、少年は神妙な面持ちで問いかけた。
「………男?女?」
「女」
「釘崎みたいなの?」
「アレほどドギツくはないかな」
「っしゃあっ!!!」
青年の言葉に、少年がガッツポーズを披露する。
彼が在籍する学校で、同級生の女子は、良くも悪くも男勝りで、自己意識がエベレスト並みに高すぎる少女くらいしか存在しない。
一緒に居て楽しいことには変わりないものの、出来ることなら普通の女の子と触れ合いたい。
そう思う程度に、少年は思春期だった。
が。彼は知らない。その女が、別ベクトルでドギツく、とびっきりイカれたコスプレ女だということを。
「じゃ、二人で迎えにいこっか。
同級生いた方が、向こうも気が楽だろうし」
「オッケー!いつ行くの?」
「2秒後」
「え?」
「1秒後」
「いや俺パジャマ、ぁぁああああああっ!?」
「そんじゃ、レッツラゴー♪」
少年は、青年に襟首を掴まれて引っ張られていった。
時系列的には、真人との戦闘が終わってすぐくらいです。
華東 芽衣子(カトウ メイコ)が本名ですが、家族以外は親しみと畏怖を込めて「カメコ」と呼びます。