「どもどもっ、呪術高専の皆〜!お姉ちゃんの妹、ネクロちゃんで〜すっ!」
「ってことで、見習い呪術師の華東夢黒ちゃんだよー。カメコちゃんみたく地雷あるから気をつけてねー」
ぴょんぴょん、と見た目とは裏腹に、元気いっぱいに跳ね回る夢黒。
こうして見る分には、普通の女の子なのだが、いかんせん格好が過激すぎる。
狗巻は顔を赤くして目を逸らし、虎杖は親のような目線で心配そうな表情を浮かべる。
きちんとシールを貼ってガードしてはいるのだが、正直、意味を成してなかった。
「ここも女っ気増えたなぁ。アタシと釘崎しか居なかったのがウソみてー」
「この子、中学生よね?中学大丈夫?」
「はいっ!通いながらじ…じ…、じ?」
「呪術師ね」
「そうそうそれそれ!じゅじゅつし?ってのをやるの!」
「………アンタの妹、性格似てないわね。見た目にもあってないし」
「よく言われる」
不健康そうな見た目に反し、溌剌に振る舞う夢黒を見て、皆がほっこりしていると。
五条は三作目のマッピングをしながら、なんでもないように言った。
「そうそう。ネクロちゃんの職場体験ってことで、一年とネクロちゃんに新宿の花園神社付近に向かってもらうから。
伊地知がファミリーカーで待ってるから、よろしく」
「「「「「は?」」」」」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「恵先輩、凄いの!あーんなに重い棺を、影の中にしまっちゃったの!」
「ファミリーカーに押し込もうとして、天井壊そうとした時はビビったけどな…」
伏黒恵は、華東夢黒に懐かれた。
きゃっ、きゃっ、と童子のように興奮しながら迫る夢黒に対し、伏黒は迷惑そうに顔を抑える。
食べてるとは思えない肋が浮くほどの細身の体からは、想像もつかないほどに筋肉が詰まっている。
怒らせれば、この筋肉でのドロップキックが飛んできてもおかしくない。
この女なら、確実にやる。何故なら、カメコの妹だから。
「ほほっ、仲睦まじいことで何よりですね。
折角の体験です、お互いの術式についても、把握されてはいかがですか?」
「伊地知さん、今日は見学させる程度で…」
運転を担当していた伊地知が、人の良さそうな笑みを浮かべて、提案する。
それに対し、伏黒が否を唱えると、鈴の手入れをしていたカメコが口を開く。
「大丈夫。華東家の女は逞しいから」
「此間、富士山みたいなの『みんな』が飛ばしてくれたんだ〜」
「富士山…!?!?」
富士山。その特徴に聞き覚えがあった虎杖が、目を剥く。
思い出すのは、五条相手に領域展開を使ったあの呪霊の姿。
結局のところ、五条には返り討ちにされたのだが、先日襲ってきた呪霊によって逃げてしまった。
それだけ見れば弱く見えるが、正直なところ、あの呪霊と同じほどに強いというのが、虎杖の感想だった。
五条の話によれば、おそらく、殺傷能力に特化した呪霊。
だというのに、目の前の女は、それをアッサリと退けたという。
虎杖が唾を飲み込む傍で、釘崎が夢黒に問うた。
「で、どんな術式なの?周り巻き込むやつだったら教えろよ」
「んー…。みんなの気分による、としか」
暫し悩んだのち、彼女は少しだけ控えめに言ってみせる。
みんな。普通なら、意思ある生物に向けて使うような言葉に、伏黒が問うた。
「術式が自我持ってるタイプか?」
「術式が…っていうよりは……、んーっと、ギャンブルおっちゃん、出てきてなの」
『あ?どした?』
なんとも不名誉な名称とともに、伏黒の影から、ぬっ、と、左腕と脇腹が円形に抉れた男が姿を現す。
皆がソレに驚いている最中、夢黒は特に動じることなく、男に話しかける。
「今日ってみんな機嫌いい?」
『……俺以外な』
「ありゃ?どーしてなの?」
『テメェが毎度毎度俺を爆弾役に選ぶからだろうがテメェ殺すぞ』
「だって、おっちゃんの爆発が一番強いし、復活早いから効くんだもん」
『受肉したら覚えてろブチ殺すぞメスガキ』
「私に死霊の攻撃効きませーん」
ここでネクロマンサーについて語ろう。
世界樹の迷宮Ⅴに登場する職業の一つで、長い耳と豊富な知識、そして細身の体が特徴の種族『ルナリア』の生業の一つ。
文字通り死霊を操るのだが、正直なところ、死霊は「道具」である。
それこそ、しょっちゅう攻撃のために爆発させられたり、回復の生贄になったりと、割と散々な役回りなのだ。
ここで、世界樹の迷宮Ⅴ独自のシステム…「二つ名」について解説する。
ある一定のレベルに達すると、用意された二つ名の中から、どちらかを選び、育成方針を決めるシステムである。
ネクロマンサーの場合、万能型の「召霊のネクロマンサー」と、攻撃特化型の「破霊のネクロマンサー」の二つに分かれる。
夢黒の場合は、そのどちらのスキルも駆使して、呪霊を祓う。
特に、彼女が『ギャンブルおっちゃん』と揶揄しているこの死霊は、異常に身体能力が高く、夢黒も重宝している。
これで『等価交換』を使えば、一級呪霊をも消し炭にすることも容易いだろう。
ただ、死霊自身も痛みを感じるので、生贄として使うのは、使っても全く良心の痛まないこの男だけなのだが。
「あー、なるほど。把握。死んだ奴召喚できんのね…」
「うん。爆弾とか壁役とかにできるけど、ギャンブルおっちゃん以外は普通に戦ってもらってるの!」
『テメェあの富士山の攻撃防ぐ時俺のこと盾にしたの許さねぇからな』
あれ熱かったんだぞ、と付け足すと、男は影の中にあった棺から、競馬新聞を取り出す。
と。夢黒はこめかみに青筋を浮かべ、ソレを引ったくるように奪った。
「うっさいの!だったら、道ゆく人に取り憑いて財布のお金全部注ぎ込んでギャンブルさせて大散財させるのやめるの!!」
「「「「うわっ…」」」」
ソレを聞いたカメコ以外の皆が、半目で男に視線を向ける。
これほど清々しいまでにクズを発揮する男が、この世にいるだろうか。
いや、もう死んでいるのだから、この世にいるかどうかという表現は正しくないのだが。
「ってことで、この人類最底辺のクズ男は、完全に爆弾か肉壁と思っていいの!大丈夫、他は皆優しいの!」
アイアンクローをかまされた男が、幽霊なのに「痛い痛い痛い!!」と悶絶する中、屈託のない笑顔を浮かべる夢黒。
「やっぱ、カメコの妹だわ…」と、引く三人と伊地知。
と、そこへカメコが、優しく夢黒の手を掴んで、やめさせた。
「アレじゃ甘い。アイアンクローは頭蓋骨割るイメージで握るもの」
『あ゛ーーーーーーーっっ!!!???』
と。間髪入れず、カメコは死霊に向けてアイアンクローをかます。
明らかに先ほどよりもヤバい音が響く中、虎杖が小さく溢す。
「……………一瞬でも『ちゃんとお姉ちゃんしてるな』って感動した俺がバカだった」
それに、皆がうんうんと頷く。
カメコのアイアンクローに撃沈した男を、影の中に押し込むと、車が止まる。
「着きましたよ」
「よしっ!じゃ、お仕事といきますか!」
「おー、なの!!」
虎杖のノリに合わせて、夢黒が拳を上げる。
釘崎は「面倒臭いノリが一人増えたな」と思いながら、道具の調子を確認した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「んー…。ちょっと緊張するの」
「そんなに気負わないでも大丈夫でしょう。五条さんの斡旋ですからね。
あの人、普段はチャランポランでパワハラ気味でとんでもないろくでなしだけど、生徒を見る目は確かですから」
「大丈夫、伊地知さん?五条先生が聞いたら、またビンタされるよ?」
つい先日、「ゲームのお供にポテチを選んだ罰」という、理不尽な理由でマジビンタされ、吹っ飛ばされた伊地知に、虎杖が心配そうに声をかける。
伊地知は慣れているのか、乾いた笑いを浮かべながら、大丈夫だと宥めた。
「では、依頼内容の確認をいたします」
内容としては、呪術界隈ではありふれたものだった。
神社に呪霊が立ち寄らないように安置していた呪物の封印が解け、あろうことか近くの呪霊を媒体にして、自我を持ってしまった。
しかも媒体になった呪霊が、一級だったという、これまた最悪の状況。
その呪霊を追っていた二級の呪術師が返り討ちにされ、その実力と誕生の経緯が判明。
目的はその討伐と、呪物の回収。
本来であれば、経験豊富な二年生に回すのだが、今年の一年は豊作だから大丈夫だろうと五条が斡旋したのである。
「依頼内容として、不明な点は…」
「はらひれほれはろ………??」
「……すみません。ネクロは底抜けにバカなせいで難しい長文が分からないので、二十文字程度にまとめてください」
「…強い呪霊倒して、出てきたもの回収」
「わかった!!」
先が不安である。
皆が心配そうな顔を浮かべる傍で、夢黒は二つの棺桶に手を掲げ、小さくつぶやいた。
「《死霊召喚》。出てきて、みんな!」
瞬間。棺桶が勢いよく開き、グロテスクな傷を負った人間や動物がゾロゾロと現れた。
夢黒はポケットからホイッスルを取り出すと、ソレを鳴らして指示を飛ばす。
「強いじゅれーを見つけてタコ殴りだー!!」
『『『おーーーっ!!!!』』』
「いやざっくりしすぎだろ!!!」
本当に、先が不安である。
その光景を見て、伏黒は呟いた。
「……バカはバカでも、ああいうバカは相手にしてて疲れるな」
「ね」
パパ黒、死霊としてこき使われていた。夢黒にもカメコにも、完全にパパ黒=爆弾と思われてる。下手したら「爆弾おやじ」とか呼ばれる。
等価交換すると派手に爆散して敵諸共木っ端微塵になる。尚、爆散すると、死霊だろうが死ぬほど痛い。パパ黒は折檻も兼ねて1日に6回は爆散させられる。
名乗り出ると面倒なので、パパ黒は伏黒に正体を明かさないつもり。
これを知った五条は、パパ黒が殺意抱きすぎてとんでもない顔になるくらいに大爆笑したせいで横隔膜捻れて硝子に診てもらう羽目になった。
反転術式のことは感想欄でよく言われますが、カメコの虚式やろうとすると、反転が他の名前だと非常に面倒なので《祝言》にしてます。