呪術師じゃなくて、カースメーカーですけど   作:鳩胸な鴨

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例外はない。


華東家の女は怖い

「見たところ、帝国陸軍の人が多いよな」

「ホントだ。教科書で見たわ、あの服」

 

なんともグロテスクな死霊が、一挙して呪霊を捜索する中。

あまりにも暇なので、コンビニで買ってきたプリンを片手に、伏黒が呟く。

数人倒れても替の利く死霊は、今回の呪霊が潜んでいる際の炙り出しに適している。

ただ、死霊によっては攻撃力が皆無だったり、気分が乗らなかったり、勝手に財布を抜いてギャンブルしたりと…ギャンブルの該当者はほぼ一人…好き放題するので使い勝手に非常に難があるが。

今回の場合、遭遇してもそれなりに戦える死霊として、夢黒は帝国陸軍の軍人…夢黒の馬鹿さ加減を心配して付いてきた…を召喚していた。

 

「…あのギャンブルおっちゃんっての、使わねーのな」

「どーせ抜け出してお馬さん見に行くから、お姉ちゃんに抑えてもらってるの」

 

ほら、と夢黒が指さす方向に、虎杖たちは視線を向ける。

そこには、残った腕を掴まれ、何回も地面に叩きつけられる男の姿があった。

死霊は体が傷つくことはないが、痛覚はあるので、普通に痛い。

 

「ムシキングにあんな技あったな…」

「あー、なんだっけ?リバースダンク?」

「それバスケっぽいやつだろ。

えーっと…んー…っと、クワガタで使った記憶あんだよなぁ…」

「ガンガンスマッシュ?」

「そうそう、それ!!」

 

世代としては、未就学児の遊び盛りの時期にムシキングに出会った三人。

郷愁に浸りながら、ムシキングについて語り合う傍で、犬神家になった男を前に、カメコが埃を取るように手を払う。

と。カメコは思い出したように、突き刺さった男を引っこ抜いた。

 

「…思い出した。今月初め、私のお金を五十万くらい使ったの、あなただよね???」

『………ちょっ、まっ…、これ以上は…』

「はい、あと1セットね」

『ガキども助けてくれ!!!死ぬ!!!!』

「おっさん、もう死んでんじゃん」

「五十万でその程度なら安いもんよ。アタシだったら成仏するまで殴り殺すわ」

「もっかい死んで性根叩き治せカス」

『おい恵ィイ!!!テメッ…』

 

他でもない息子に辛辣な言葉を浴びせられ、挙句見捨てられた男は、思わずその正体を明かそうとする。

が。カメコははからずしもそのタイミングで、彼の顔面をフルスイングで地面に叩きつけた。

 

「あのゴミオヤジは放っておくの。今はほーこくを待つの」

「あのおっさんが可哀想になってくるわ…」

「いや、自業自得だろ。人の金…しかも学生の50万を勝手に使って断りもなしだったら誰だって怒る」

「伏黒も?」

「呪力込めたウッドチッパーに放り込んで玉犬のエサに入れる肉団子にする」

「ウッド…なに?」

「木を粉々にする機械」

 

知らぬとは言え、父親にとんでもない仕打ちである。

50万は大金なのだ。それが金銭感覚が身についてくる高校生あたりだと、余計にそう感じるのではないだろうか。

こっ酷くブチのめされている男を尻目に、夢黒はビニール袋からプリンのおかわりを取り出した。

 

「ん〜っ!はんざいてきぃ〜っ!」

「あれ?残りの一個って、カメコのやつじゃなかった?」

「んーん?お姉ちゃん、出来が雑なカラメルが底に溜まったプリンが大っ嫌いなの。

プリンは下手に買えないから、ロールケーキ買ってるの」

 

彼女は、ビニールから、コンビニスイーツの中でも少し値の張るロールケーキを見せる。

思えば、入学して数日。甘いものは食べるのに、プリンは見なかった気がする。

釘崎がプリンの入れ物をゴミ用のビニール袋の中に入れながら、夢黒に問うた。

 

「プッチンとかも?」

「あ、無理なの。最初は優しく断るんだけど、2回目から強めに睨んで、3回目に本気でブチのめしにくるの」

「…カラメルも美味しかったら?」

「にっこり笑顔なの!」

 

どうやら、カメコの仏の顔は、一度しか機能しないらしい。

仏すらも慈悲の心を説くのを諦めそうだ。

そんな会話を交わしていると、軍服を着た軍人が敬礼しながら声を張り上げる。

 

『第四偵察隊報告係、鈴木であります!!本隊が目標と見られる呪霊を発見、交戦中!!

我が隊の戦力では、戦況は厳しいものと愚考いたします!!』

「わかりやすくお願いなの」

『……………私の隊が戦ってますが、相手が強すぎます。来てください』

 

第二次世界大戦において、こんなにざっくりした戦況確認があっただろうか。

それを聞いた夢黒は、ぽわぽわとした表情を消し、鋭い目つきになる。

椅子にしていた棺を、呪力で浮かせ、そのまま立ち上がる。

 

「おっちゃん。戻って」

『……おー、こわっ。華東家の女は、揃って戦場で怖くなりやがる』

「無駄口叩くな。戻れ」

『……………へーへー』

 

夢黒がドスの利いた声で言うと、男は棺の中へと吸い込まれていく。

棺の蓋が閉まると、夢黒はその面持ちのままで、虎杖たちに向き直った。

 

「さ、行こっ。念のために、いつでも戦う準備はしといて欲しいの」

 

バカで可愛い顔して、本気になると頼りになるネクロマンサー。

その『本気』を演じるのが、華東夢黒の『縛り』である。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

カメコたちがそこに足を踏み入れると、居るだけで押し潰されそうなまでの凄まじい重圧が、肌を刺激する。

その中心には、死霊を退けた呪霊が、呪力を振り撒くでもなく、ただ佇んでいる。

特級に近い一級。呪術師歴の長い伏黒がそう判断を下すと、カメコに目くばせする。

 

「術式反転。《俊足の祝言》、《力滾の祝言》、《硬身の祝言》、《委ねよ、我に》」

 

ちりん、と鈴の音と共に、彼らの能力が増し、心に余裕が生まれる。

虎杖は拳に呪力を宿し、釘崎は槌と釘を手に、伏黒は影から剣と玉犬を呼び出す。

それに気づいた呪霊がカメコたちのほうを見ると同時に、虎杖が地面を蹴り、距離を詰める。

 

「早っ……、今っ!!」

 

危うくタックルになりかけたが、なんとか拳を放ち、呪霊を吹き飛ばす。

間髪入れず、釘崎がカメコの腕により投げ飛ばされ、そちらに先回りし、釘を放つ。

呪霊は無理やり地面を叩くことでバウンドし、釘を避ける。

 

「ちっ…!避け方上手すぎんだろ…!アレじゃ簪も共鳴りも使えない…!!」

「大丈夫だ。カバーする」

 

バウンドした先に、玉犬に跨った伏黒が剣を構える。

呪霊が防御態勢に入ろうとしたその時、地面から現れた男が、それを弾き飛ばした。

 

「《氷爆弾》」

『はぁっ!?おいちょっま゛あ゛ぁぁーーーーーーーーーーーっっっ!!!!????』

 

瞬間。男が派手に爆散し、冷気が迸る。

間近で受けた呪霊が、呪力の籠った氷によって拘束され、身動きが取れない状態になる。

なんにせよ、動けないならチャンスだ。

多少は面食らったが、特に怯むことなく、伏黒が剣を振り下ろす。

氷が砕け、呪霊の肩から腹にかけて、切り傷が出来る。

血か呪力かもわからない液体が散る中、解放された呪霊は、指を伏黒に向ける。

 

(まずいっ、元は一級…!!こいつには、術式がある…!!)

 

瞬間。指の爪が異常なまでの速度で伸び、伏黒へと襲いかかった。

体の一部分を伸ばす、シンプルな術式。

反応不可能な速度で襲い来る刺突に、伏黒が構えるも、ちりん、と鈴の音が鳴る。

 

「《ライフトレード》」

 

とん、と呪霊の背後に回っていたカメコが、その掌を呪霊に押し当てる。

術式に注いでいた呪力を吸い取ったことで、術式が強制的に解除。

カメコはそのまま蹴りを入れ、拳を構えた虎杖へと飛ばす。

 

「ブラザー、決めちゃえ」

「もう諦めた!!ブラザーでいい!!」

 

虎杖悠仁は、黒の火花に愛されている。

やけ気味なセリフとともに放たれた拳が、黒の火花を撒き散らす。

それでも呪霊を倒すに至らず、呪霊が雄叫びとともに、爪を呪力により硬質化、そして棘のように放つ。

 

「おわっ、あぶっ!?」

「……ヤケほど避けにくいのはない」

「痛ぅ…っ」

「伏黒っ、痛ァっ!?」

「伏黒、釘崎!!」

 

否。放つように、勢いよく伸びた爪が、カメコの頬、虎杖の腕に掠り、伏黒の掌を貫き、釘崎の肩に切り傷を付ける。

無傷なのは夢黒のみ。だが、彼女は動じることなく、棺を構える。

 

「《死霊召喚》」

 

彼女が爆弾用に所持している、夢黒が無理やり服従させた死刑囚の死霊が、恐怖に駆られるように真っ直ぐに呪霊に纏わりつく。

夢黒は冷酷に、そのサインを出す。

 

「《死霊大爆発》」

 

瞬間、火柱が上がり、呪霊が吹き飛ぶ。

手足がちぎれ飛び、宙を舞うのに、釘崎は逃さず釘を投げる。

釘は、爆炎を引き裂いてまっすぐ突き進み、呪霊の胸に突き刺さった。

 

「《芻霊呪法:簪》!!」

 

瞬間。釘から放たれた呪力が、呪霊を貫く。

そのまま落ちていく呪霊に、伏黒が剣を、玉犬・渾が爪を構える。

呪霊は即座に再生すると共に、そのまま伏黒に向けて爪を放った。

伏黒の肩に爪が突き刺さるも、彼は即座にそれを切り、残骸を無理やりに引っこ抜く。

 

「やっぱ、そう簡単にゃいかねーな」

「流石は、一級呪物と一級呪霊のハイブリッドってトコね」

「青になりかけの黄色F.O.Eくらい。勝てる」

「世界樹換算やめろって…。釘崎と伏黒知らねーんだから…」

 

カメコの世界樹脳に、虎杖が半目を向ける。

夢黒はそれでやる気を出しているようだが、釘崎、伏黒は、こてん、と首を傾げていた。

 

世界樹の迷宮には、『Field On Enemy』…通称『F.O.E』と呼ばれる、マップ上を彷徨う強敵が存在する。

マップギミックの一つとなっている存在でもあり、生半可なレベルでは太刀打ちできないが、倒した時の見返りも大きいモンスター。

その強さは、下画面のマップに表示されるアイコンの纏うオーラの色によって判断が可能である。

赤は、プレイヤーとのレベルの差が激しく、倒すのが困難とされる者。

黄は、プレイヤーとのレベル差がそこまでないため、工夫次第では倒せる者。

青は、プレイヤーの方がレベルが上で、余裕を持って倒せる者。

例外として、ボスは黒のオーラを纏っている。

 

要するに、カメコは「格下だから心配ない」と言いたかったわけである。

自身の全存在を世界樹の迷宮に捧げてるアホは、敵との実力差をその換算で測るらしい。

 

「《封の呪言:下肢》」

『!?』

 

両者とのあいだに実力差がなければ、カメコの呪言に制約はない。

足に鎖のような紋様が浮かんだ呪霊は、その場から動かなくなる。

続け様に夢黒が死霊を召喚し、カメコと同時に口を開いた。

 

「《軟身の呪言》」

「《死霊の呻き》」

 

悍ましい声と、カメコの呪言が、敵の呪力の密度を下げる。

動けない状態の呪霊に、三人と一匹が駆け寄り、それぞれの武器を振りかぶった。

呪霊がそれをガードするも、間に合わない。

結果、上半身のみがちぎれ飛び、夢黒の方へと向かう。

夢黒は棺に仕込んである刃を出すと、それを飛んでくる呪霊に向ける。

 

「串刺しの刑なの」

 

ざくり。

刃がその胸に突き刺さり、呪霊の血が舞う。

夢黒はそれを払うように棺を振りかぶると、呪霊がその勢いで伏黒へと飛ばされる。

 

「トドメはもらうぞ」

 

伏黒が玉犬を操り、その爪で呪霊を引き裂く。

断末魔の叫びが響き、呪霊がボロボロと崩れ、中からなにかのかぎ爪のような物が、地面に転がった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「いやぁ、楽だった楽だった!

怪我も、いつもと比べりゃ、あんま大したことなかったし!」

 

釘崎が笑いながら言うも、夢黒は何故か、不満げな表情を浮かべる。

格段に楽だったのは事実だが、夢黒としては不満の多い結果だったのだろう。

虎杖が「どした?」と聞くと、夢黒は頬を膨らませながら、ラジオで競馬を聞いていた男の首を万力のような力で締める。

 

「ギャンブルおっちゃん、途中で抜け出して馬見に行ったから、代わりの使ったの。

普段役に立たねーくせに戦闘中に逃げて馬見にいくとかお前本当いい加減にしろよ碌でなしのパッパラパーもっぺん殺すぞ」

『ぐぇえええ……!!』

「…………口調変わったな」

「怒るとああなる」

 

悲報。やっぱり華東家の女は怖かった。

天与呪縛という、呪力がないというハンデの代わりに、驚異的な身体能力を持つ男でさえも、完全に抵抗を諦めている。

口調が完全に不良のソレになっている夢黒に、カメコが声をかけた。

 

「……ネクロ。その、あなたの財布すっからかんだった」

 

ぷっつん。

何かがキレるような音ともに、男の首を締める力が強まる。

声すら出せない男がジタバタする横で、虎杖が呟いた。

 

「…………俺、絶対あんな大人にならんわ」

「「同じく」」

 

碌でなしの悲鳴にならない悲鳴が響く中で、伊地知が迎えに来たのは数分後だった。




華東家の姉は、怒るとカメコとネクロですら怖すぎて逆らわない。
母は机を握力だけで叩き割ったことがあり、もっと怖い。
家での序列は母→長女→カメコ→ネクロ→(超えられない壁)→父の順になっている。こんな家庭だが、家族皆仲はいい。

家訓は「女は逞しくあれ」。

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