「なんか、東京校に中学生の呪術師が入ったみたい。スカウトだって」
事の発端は、西宮桃が告げた一言だった。
可愛いを重視する彼女としては、東京の新入生のカメコはイマイチ…本人に言ったら確実に地面に埋められる…だったが、歌姫から貰った写真の女の子は気に入っていた。
ここまで顔の傷が「可愛い」に直結している人間は少ないだろう。
見た目とは違い、溌剌な姿を見せる少女の写真を皆に見せながら、西宮はぼやく。
「ウチは霞ちゃんを除けば、めちゃくちゃ捻くれた子ばっかだしね」
「自覚があったのか。驚いた」
「加茂くん、殴るわよ」
加茂の余計な一言に、ぎろり、と目を鋭くして睨みつける。
その傍らでは、任務に出てる真依以外の皆が西宮の持ってきた写真を覗き込んでいた。
「そうか、我がソウルリトルシスターは、ソウルシスターと共に居るのか…。いつしか、共に任務に挑む日が楽しみだ」
「東堂さん、この子知ってるんですか?」
「ソウルシスター、華東芽衣子の妹の華東夢黒…ネクロだ。清水寺の任務の帰りに、加茂と共に奇跡の邂逅を果たし、兄妹の契りを結んだ仲よ…」
東堂の脳裏に、存在しない記憶がよぎる。
無駄に回転の速い脳での妄想は、どこかリアリティがある。
ありもしない郷愁の念に、滂沱の涙をこぼす姿は、不審者極まりない。
慣れている皆が東堂を無視し、写真に写る夢黒の姿をまじまじと見つめる。
「いやぁ、露出すごいなぁ…。
シール貼ってるみたいだけど、あんまり意味ないんじゃ?」
「でも、色っぽいって言うよりは、可愛いと思う。あーあ。なんで東京なんだろ。
絶対にこっちの方があっちより楽しいのに」
「ですよねー。メカ丸はどう思います?」
『………そういうのハ、疎イ』
皆がわいわいと盛り上がる中、「ただいま」と疲労した真依が帰ってくる。
どうやら任務を終えたらしい。
ふらふらとおぼつかない足取りで席に座り、持っていた缶コーヒーを煽る。
「おつかれ、真依」
「ホントよ。何が『お前でも倒せる』よ。厄介払いで一級呪霊と戦わせるなんて…。
歌姫先生が助けてくれなきゃ、死んでたかもしれないのに…」
どうやら、家の策謀に巻き込まれてしまったらしい。
どっとストレスの溜まった真依は、疲れを払うように、机の上で伸びをする。
それに対して、空気が読めなかった加茂が夢黒の写真を見せた。
「東京の中学生が呪術師になったそうだ。
今後とも付き合いがあるだろう、姿だけでも覚えておいたらどうだ?」
「そんなの覚えなくたって」
ぴしり。最後まで言い終わる事なく、真依が石化したように固まる。
ソレに追い討ちをかけるように、東堂の空気を読まない紹介が炸裂した。
「我がソウルシスター、華東芽衣子の妹!!
そして、我がソウルリトルシスターでもある華東夢黒だ!!どうだ、俺の兄妹に相応しい、頼もしい笑顔をしているだろう!?」
ぴしっ。石化した真依に亀裂が走る。
この中で、コスプレイヤーのカメコとネクロを知っているのは、真依のみ。
それが災いし、東堂と加茂を止める人間は、この場には居なかった。
ソレを理解していないと勘違いした…あながち間違いではない…東堂は、矢継ぎ早に自らの魂の兄妹がいかに素晴らしいかを熱弁。
無論、何一つ理解できていない…否、受け入れられない真依は、言葉すら無くしていた。
「東堂くん、ストップ」
「へぶぅっ!?」
ソレを見かねた西宮が、自らの持つ箒で東堂を殴り飛ばす。
撃沈した東堂を尻目に、西宮が真依の方を見て、「ひっ」と声を漏らした。
「ふ、ふふっ、ふふふふふ」
「真依ちゃん…?」
怪しい笑いを漏らす真依に、西宮が声をかける。
それが悲しくも、溜まりに溜まった鬱憤が爆発するサインとなってしまった。
「東堂そんなに死にたいのならお望み通り殺してやるわブートジョロキア1キロ平らげさせてケツに竹刺して無惨な姿にして殺してやるから覚悟しなさい殺すから」
「ま、真依ちゃんが壊れたーーーーっ!!」
「メカ丸、加茂先輩、手伝って!早く止めてってうわっ嘘なんで力強ぉぁだだだだだだだっっ!?!?」
『…………女の嫉妬ハ怖いナ』
「全くだな…」
♦︎♦︎♦︎♦︎
禪院真依と華東芽衣子、華東夢黒の出会いは、完全に偶然であった。
夏に行われるイベント。負の感情が溜まりやすいその場にて、少なくない呪術師が駆り出されるのは、もはや風物詩となっていた。
真依はその一角の担当を任されたものの、呪霊があまりに多く、祓うのに手間取った。
やっとの思いで終わらせると、真依はふらふらと帰路に就くも、あまりの疲れで、往来の真ん中で寝落ち。
その往来に、たまたま華東芽衣子が通りがかったのが、真依が抜け出せない沼にハマるきっかけとなった。
真依が目を覚ますと、彼女はカメコに膝枕をされていた。
最初こそは素っ気ない態度を取っていたものの、無表情からは想像もできないような優しい言葉の数々にノックアウト。
更には夢黒の天真爛漫さにノックアウトし、完全に沼に落ちた。
他人から労われると言う経験の少ない真依は、名前まで覚えてもらうという、ファンからしたら嫉妬で炎が出せそうな体験をしてしまった。
結果。真依は他に類を見ない、コスプレイヤーファンの鑑になってしまったのだ。
因みに、彼女はサークルの新刊は欠かさず買っている。万年胃痛の桐子にも名前を覚えられている始末である。
あらゆる意味で、東堂を馬鹿にできなくなった真依。そんな彼女が、最も憎らしい姉のいる東京校に推しが通い、その推しが、自身が最も嫌っている男と兄妹の契りを交わしたことを知れば、どうなるだろうか。
「ねぇ、あの…その、本当に向かうの?」
「あ゛???」
「はいっ。役立たず三輪、口答えいたしません。はいっ」
結論。大魔王になっていた。
その目的は、華東芽衣子、華東夢黒の奪取。
すなわち、京都校への転入手続きを記入させることである。
学長の楽巌寺も、流石に無茶だろ、と止めようとしたものの、いつにない迫力の真依に押され、渋々同意した。
新幹線の中でとんでもない顔を見せる真依を隣に、三輪はガタガタと震えながら、口を閉じようとする。
しかし、震えすぎて口を閉じることができず、カチカチと歯を鳴らす音が響いていた。
『三輪でよかったのカ、隣…?』
「三輪が一番起爆剤にならん。必要な犠牲と割り切ることも大事だ」
「うん。霞ちゃんには、悪いけど。……それよりも」
「高田ちゃん…。声だけでも姿が見えるとは、流石だな…」
「この気持ち悪いのどうする?」
「『ほっとけ』」
ラジオを片手に、涙を流す東堂から目を逸らし、コーラを呷る加茂。出で立ちが平安のくせに、飲み物の好みはガッツリ若者だった。
メカ丸は、新幹線の窓から見える景色を覗くことで、目を逸らした。
「なんだあの席気持ち悪っ…」
乗客の一人が、ぽつんと呟いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「カメコちゃん、Ⅲのストーリーがキツすぎて進めらんないんだけど……」
「あー…。アガタかカナエ、どっち?」
「カナエ…………」
「推してたの?」
「うん……」
五条悟は、涙腺がブッ壊されていた。
三作目のストーリーを進めたことにより、推していた少女が死んでしまったらしい。
グラサン越しでもわかるくらいに涙を流す五条に、カメコは残酷な真実を告げる。
「アガタかカナエ、どっちかが死ぬ未来」
「そんなぁ……」
五条、撃沈。
ちなみにカメコはどちらのルートも経験しており、同じく涙腺を壊されている。
尚、これは世界樹の洗礼の中では、序の口である。
最悪の場合、自分の手で推しを殺す羽目になったり、兄妹が殺し合うと言う悲劇の引き金を引くことになったりと散々なことになる。
尚、カメコはカースメーカーのツスクルというキャラクターを屠った…尚、死んでない…後、ショックすぎて三日間寝込んでる。
五条もまた、カナエの死により、2日も寝込んでいた。
親友…夏油傑の離反と死の際はもっと酷かったが、ソレに匹敵する落ち込みようである。
死んだ夏油が見たら、助走をつけて殴り飛ばしにくるレベルだ。
「同志五条。『虚式』を教える約束は?」
「………そうだったね。
わかった、教える…って言っても、カメコちゃん呪力操作上手いから、僕の見たら分かると思うよ?」
ま、おっかないからやらないけど、と付け足し、へらへらと笑う五条。
それに対し、カメコはこてん、と首を傾げた。
「ブラザーから聞いてる。五条先生の虚式は、ビームみたいなの。
空に向かってやれば、どこにも当たらない」
「……………あ」
盲点だった。
どうせ怒る人間もいないし、と五条はやる気になり、ソファから立ち上がる。
『怒る人間は居ない』のではなく、『怒っても聞かないから諦めてる』が正しいのだが。
それだけ五条悟の存在は、規格外なのだ。
それが気まぐれに動くのだから、上や五条家の面々からしたら迷惑極まりないのだが。
「よーしっ、じゃあ久々にやっちゃおう!
コツ忘れちゃうといけないし、教えるついでに憂さ晴らしだ!!」
「おー」
憂さ晴らしで放たれる最強の一撃とは一体。
夜蛾が聞けば、最近発症した神経性胃炎の発作が起き、その場に蹲るであろう。
無論、そんなことなど1ミリも眼中にない五条とカメコは、スキップしながら部屋を出た。
その数分後、くしゃみで誤射した《虚式:茈》が、校舎の一角を半壊させた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「着いたわ。敵陣」
(来ちゃったよ…。真依の暴走、早く治らないかなぁ…。早く来て、コスプレの人…!)
「いや、敵陣とか言うな。どっちかと言うと迷惑かけるのこっちなんだぞ」
ふしゅう、ふしゅう、とまるで獣のような吐息をする真依に、加茂が冷や汗を流す。
負の感情の爆発により、呪力がとんでもないこと…弾数で換算すると三十発は余裕で行ける…になっているのだが、指摘すると怖いので皆が黙っていた。
と。そこへ、訓練を終えた虎杖が通りがかる。
「会いたかったぞ、マイソウルブラザーーーーーっ!!!」
「おわっ、東堂!?ちょっ、怖い怖い怖い勢いよく抱きついてくんなあ゛ばら゛あ゛ぁあああーーーーーーーーーーっっ!!!!!」
「アレはほっときましょ」
「『「賛成」』」
虎杖の肋が、東堂に抱きつかれたショックにより、ミシッ、と音を立てたものの、西宮たちはソレを無視する。
一人厄介なのを体良く押し付けられた一行は、ずん、ずん、と一歩ずつ重々しい足取りで歩く真依に続く。
と。そこへ釘崎が、学校帰りの夢黒と話してる姿が視界に飛び込んできた。
「だーーーっ!!強すぎんだろこの鹿!!
変身アリでも勝てねーし!!」
「そりゃあ赤F.O.E相手は無謀なの。きちんと対策するか、レベル上げを勧めるの。
黄色くらいになったら、状態異常とか使って何もさせなきゃ普通に勝てるの」
「状態異常って大事なのね…。ポケモンと一緒だわ…」
まずい。この光景は非常にまずい。
ぎ、ぎ、ぎ、と錆びた歯車のように、皆が一斉に真依の顔を見る。
そこには、修羅がいた。
「あ、真依ちゃんなの。
あの子も呪術師だったの?……あれ?でもなんか、すっごく怖い顔してるの」
「アイツあんな顔だっけ?」
無論、気づかれる。
とんでもない表情になった真依は、手早く釘崎の頬を掴み、その口の中に銃を押し込む。
あまりのことに夢黒が驚いているのにも気づかず、真依は矢継ぎ早に口を開いた。
「アンタ殺す私ですらやったことのない『推しと一緒にゲーム』なんて随分とまぁ立派な御身分ね今すぐ殺すから殺すわ」
「ふぁひふぉふぁへほははふへーほほほ」
「訳すと、『何を訳のわかんねーことを』って言ってるの」
「わかるんだ…」
釘崎からしたら、いきなり口に銃を突っ込まれたのだ。そういうのも無理はない。
キレて完全に情緒が彼方に行ってしまった真依は、更に銃を取り出し、こめかみにも銃口を押し付ける。
「真依ちゃん、ちょっと落ち着くの」
「ちょっと待って今こいつ殺すか」
「ネクロちゃんからのお願い☆殺しちゃ〜、めっ!なの!」
「はい!!」
真依は即座に銃をしまい、敬礼する。
それに対して、皆が眉間に皺を寄せ、目頭を押さえていた。
「…やっぱり、転校には反対すべきだ。真依の情緒が不安定になる」
『いや、どっちもどっちダロ。高専にいる限り、多分ずっと続くゾ』
「嫌だなぁ…」
呪術師界隈の未来は、わかりきっていたことではあるが、想像以上に暗いらしい。
「こんなことで自覚したくなかった」と未来を背負う若者筆頭、加茂憲紀は後の呪術史学論文『明るい未来はやってこない』の後書きにて記した。
因みに。この論文は呪術師界隈で受賞し、長きにわたり愛されることとなるのだが、そんなことは本人の知ったことではなかった。
ちなみに。この校舎が数分後、茈が激突する校舎である。
アガタもカナエも救えない未来なんて…。アタイ、絶対に認めないっ!(五条悟談原文)
新世界樹Ⅲ期待してるんですが、まだですか…?
今日お休みで早めに書けたので投下します。