「悟みてーにバカみたいなロマン火力を実際にブッパしたい」
嵐が過ぎ。
虎杖たちが出張っている中で、真希が机に突っ伏しながら、吐息と共にそんなぼやきを漏らす。
天与呪縛の影響で、呪力の『じ』の文字すらない真希にとっては、夢物語に等しいレベルの願望である。
家のことや、気を許した同級生が海外にいること、更には妹の暴走と、ストレスが一気に溜まったのだろう。
その様子を見て、夢黒、パンダ、狗巻の三名がひそひそと話す。
「真希のやつ、どうしたんだ…?」
「高菜、明太子。いくら、ツナマヨ、昆布」
「ストレスが溜まりすぎておかしくなってんじゃないか…って言ってるの」
「しゃけしゃけ」
「ネクロ、お前も染まって来たな…」
狗巻のおにぎりの具しかない語彙を、完全に理解してみせるネクロ。
彼女は普段、頭がもげた死霊とも意思疎通…特殊能力ではなく、ただの感覚…が可能なのだ。
おにぎりの具のみで構成された文を訳すことくらい、わけない。
「はぁー…。手っ取り早く、特級呪霊木っ端微塵にできる呪具とか出来ねーかなー…」
「そんなのあったら苦労しねーよ」
「同志五条と砲剣を作った」
「お姉ちゃんが『作った』って」
「おーそうかそうか。それはす…………ん?」
がらっ、とスライド式の扉を勢いよく開けたカメコが告げた言葉に、パンダが固まる。
狗巻も目を向き、「高菜?」と首を傾げていた。
「ちょっ…と待て。今何つった?」
「同志五条と、呪具、作った」
「意味がわからん。呪具って作れんの?」
「作れなかったらこの世にない」
「や、そりゃそうだが…。狙って作れるモンでもあるまいに…」
カメコの言葉をわかりやすく翻訳しよう。
『国宝を作った』だ。
それがどれだけ無謀なことか、よく分かるだろう。
呪具。呪力を宿した武器のことを言い、術式無効、監禁道具、その他もろもろなんでもござれな、最低金額でも一億は行く代物。
無論、狙って作ろうとしても、思った通りの性能にならなかったり、微妙に使いにくい制約があったりと、あれば助かるものの、そこまで便利なものでもない。
これが呪術師界隈は定説であった。
そう。つい先日までは。
「いやぁ、驚いたよ。カメコちゃんのローブ、一つ残らず呪具になってたんだよね。
しかも、全部特級。ただ、下は全裸でないと真価を発揮しないって制約はあるけど」
「「は???」」
「明太子???」
カメコに続き、訪れた五条が衝撃のカミングアウトをかます。
夜蛾と伊地知はこれにより、胃に穴が空いたため、先程硝子の所に搬送された。
呪術師にとって、呪力の元となるストレスは必須である。
だが、度が過ぎればこのように、全く関係ないことで搬送されるというのも、よく見られる話であった。
「ほら、カメコちゃん、四六時中ローブに呪力通してたでしょ?
それがとうとう定着しちゃったみたいでさ。
今や念じるだけで、背中の腕が自在に動くってわけよ。下全裸じゃないとダメだけど」
「真希さんも着る?」
「アタシはお前みたいに恥じらいってもんがねーわけじゃねーんだよ」
着たら女として終わる気がする。
そう直感した真希は、食い気味にカメコの提案を断る。
が。それを聞いたカメコは、頬を膨らませた。
「失礼な。私も恥ずかしいことはある」
「下全裸のくせによく言うわ…。躊躇いもなくドロップキックやるのに」
「同志五条のことを『五条先生』って呼んだ時は恥ずかしい」
「先生を『お母さん』って言っちまう時のアレじゃねーか!!!」
それと全裸を比べるな。
ツッコミを担当しすぎたせいで、真希は疲労に限界が来たのか、へなへなと机に突っ伏す。
東京校一の女傑である彼女に、今やその面影は全くない。
ただ疲れ切ったサラリーマンのような、一時期の七海健人を彷彿とさせる目をしていた。
「で、何作ったの?」
「今のところは、アリアドネの糸、砲剣。作る予定なのは、ギムレーとかのグラズヘイム兵器。
そーゆーのに詳しいのが、僕が後ろ盾してる呪術師の中に居てね」
「グラズヘイム兵器はダメだと思うの…。暴走して街一つ吹っ飛ばない…?」
「流石にグングニルは抜くよ。呪具込めた弾撃ちまくる戦車作るくらいさ」
「それもだいぶヤバいと思う」
説明しておくと。
新・世界樹の迷宮の一作目には、グラズヘイムと呼ばれる古代遺跡が、世界樹とは別の迷宮として存在する。
古代遺跡とは名ばかりで、中にあるのは明らかにこの時代でもオーバーテクノロジー扱いされる超兵器たち。
その中でも『グングニル』という兵器は、世界樹ごと街…規模で言えば国レベル…を丸々一つ吹き飛ばした。
無論、暴走すれば確実に世界が滅びそうになる兵器は作らない。
精々、五条が片手間にスクラップに出来る戦車くらいなものだ。
「ってか、悟はなんでまたそんなことやろうとしてんだよ?」
「面白そうだから」
「…………そうだった。こう言うやつだった」
ピースサインをこれ見よがしに見せつけながら、堂々と言い放つ五条。
前々から思ってはいたが、今回ばかりは幼児がそのまま大人になったみたいな野望を打ち立てている。
止めるのも億劫になった真希は、「好きにやればー?」と投げやりに言った。
「パンダ先輩、とりあえず、砲剣の試作品をゴリラモードで使ってみて欲しい」
複雑だし重いし反動すごいけど、と付け足し、カメコがローブの中から何処にしまっていたんだと思わずには居られない巨剣を取り出す。
無骨さと、機械的な意匠のあるその剣を受け取ったパンダは、マジマジと手に持ったソレを見つめる。
「砲剣って、Ⅳのアレだろ?ロマン砲。
こういうロマン兵器に憧れあったんだー。
知ってるか?パンダはロマンと現実をちょうどいい塩梅で受け入れてるから、こんなキレーな白黒なんだぞ」
「その理屈はわかんないけど…」
パンダ特有のパンダ理論を振り翳しながら、ポージングしてみせるパンダ。
外見も相まって、絶妙にダサい。
剣の格好良さが半減…いや、少なくとも八割減はしてる。
そんなことを言えば、パンダが機嫌を損ね、面倒なことになるので誰も言わないが。
パンダは一通りポージングを終えると、真希に向かってその柄を差し出す。
「ほれ、真希も持ってみるか?」
「…………まぁ、ちょっとだけ」
高校二年生の真希に燻る童心は、目の前のロマン溢れる武器を拒めなかった。
パンダからそれを受け取ると、他の呪具とは比べ物にならない重量がのしかかる。
持てないほどではないが、流石に片手だとバランスを崩す。
これ一本だけで戦うとなると厳しいな、と思っていると、カメコが怪しい笑みを浮かべ、口を開く。
「真希さん。あなたも実験台。
武器の扱いに一番長けてるし、雰囲気も何処となく強者っぽいし、『インペリアル実現化計画』に相応しかった」
「は?」
本人の預かり知らぬところで、変な計画が進められてた。
真希がぽかん、としていると、ネクロが死霊…ギャンブル依存症の中年…を呼び出し、羽交い締めにさせる。
「はっ!?ちょっ、はなっ…」
『同じ天与呪縛同士、仲良くしようぜ?
大丈夫大丈夫、強くしてやるから』
「お、おまえらっ、ア゛ァァァァァァァアアアッ!?!?!?」
まるでホラー映画のワンシーンのように、何処かへと連れ去られていく真希。
その姿を見届けていた彼らは、揃いも揃って悪い顔をしていた。
「ごめんね?私たちもグルなの☆」
「くくく…。しゃけしゃけ」
「パンダは清濁合わせ飲むのが得意なんだよ。白と黒が同棲してるから」
言おう。コイツら、最低である。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ごろ゛ずっ………!!!」
「似合ってる。インペリアル特有のダークかぼちゃパンツ」
「言゛う゛な゛っ…!!!」
数分後。
散々好き勝手された真希…カメコの呪言によってしっかり拘束済み…は、羞恥心で死にそうになっている。
顔を真っ赤にして、涙を堪えながら、自らの姿が映る鏡から目を逸らす。
彼女は現在、カメコとネクロ、そして五条が呪力を注ぎ込んだ鎧を着ていた。
鎧、と言っても呪力によって硬度が上がったくらいの軽いプラスチック製で、そこまで重量はない。
真希ほどの身体能力があれば、普通に動けるくらいだ。
だが、問題は別にある。
「コレもどーせ世界樹の迷宮に出てくるやつだろ…!!アタシまでお前らの仲間入りさせんなよ…!!」
「一緒に堕ちよう?抜けられない沼に」
「い、や、だ!!妹の痴態見た後でハマると思ってんのかこんちくしょう!!」
カメコ、野望に一直線である。
何一つ承諾していない真希が抗議するも、持ち前の聞く耳の持たなさで完全にスルー。
やりたい放題のこの女と、自由という言葉が人の形をした五条悟を止められる存在は、この世にいない。
ウキウキで砲剣を用意したカメコは、笑みを浮かべながら説明する。
「この砲剣、銘を『呪術式機巧剣:真希』って名前で作ってる。
パンダ先輩に言ったテストはフェイク。
アレはただの模型で、モノホンのテスト用はもう別の呪具に変えられてる。
今、真希さんが持ってるのは、現時点で最高品質を誇る砲剣。
一級呪霊をアサルトドライブ一発で消し炭にできる、まさにロマン溢れる呪具」
いろいろとツッコませろ。
胸ぐらを掴んで殴ろうかと思っていたが、真希はふと、最後の言葉にピクリ、と表情を変える。
「一級呪霊を…なんだって?」
「一番弱い攻撃で倒せるって言ってる。もちろん、当てれば、の話」
カメコの言葉は、全て真実である。
砲剣は、非常に使い勝手が悪い。
重い上に予備動作にも時間がかかり、後手に回りがちになってしまう性能をしている。
だが、決まれば強力というのも事実。
それを聞いた真希は、心底不本意そうな表情を浮かべた。
「…条件付きで受ける」
鎧は却下された。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「今回のターゲットは一級呪霊の『くねくね』です。
討伐記録のある七海さんによれば、農村に頻繁的に現れる呪霊で、人々を引き込み、自らの仲間としてしまう術式があるとか…」
三日後、車内にて。
胃潰瘍から回復した伊地知が軽く説明を終えると、ミラー越しに真希が背中に背負う、布越しからでも無骨さを主張するそれを見つめる。
あの情けない父が憂さ晴らしとして、真希に当てた依頼。
これで自分を殺して笑い者にでもしようと思ってるのか、とぼやきながら、腰にあるケースに入った機械を整理する真希。
伊地知はその様子に戸惑いながら、おそるおそる真希に問うた。
「あの、真希さん。本当にその…、その武器でいいんですね?」
「試しだ、試し。
コイツを扱えるのって、聞けば『めちゃくちゃ筋力あって』、『体幹が半端ない』、『どんなにテンパっていても、冷静な判断ができる』奴だけらしい。
つまり、コイツを扱えたら、その三つは完璧ってこったろ」
あの自由人の思惑にハマるのはムカつくが。
そんなことを思いながら、説明書を広げ、動作の復習を始める真希。
伊地知は少しだけ笑みを浮かべ、揶揄うように口を開いた。
「聞きましたよ。『後輩からのプレゼント』って、はしゃぎながら乙骨くんに写真送ったのでしょう?」
がっしゃん。
車内で器用にすっ転んだ真希の脳裏には、ノリノリで自撮りした自分の姿が思い浮かぶ。
曲がりなりにも、初めての後輩からのプレゼントなのだ。
面倒見のいい真希にとって、後輩からのプレゼントは嬉しくならないわけがない。
真依に送れば、確実にまた暴走するので黙っていたのだが、せめて後輩に会えない乙骨に、と思い立ったのが裏目に出た。
十中八九、乙骨が仲のいい狗巻あたりに、その写真を横流ししたのだろう。
帰ってきたらシメる、と思いながら、真希はふと、浮かんだ疑問を口にする。
「……もしかして、悟や真依にも?」
「知られてますね」
「だぁぁぁぁぁあぁぁあああああ゛あ゛あ゛ぁあああーーーーーーーーーーーっっっっ!!!???」
黒歴史、確定。
そして真依の暴走も確定。
羞恥と何かよくわからない恐怖とのダブルパンチに、真希は悶絶した。
くねくねは憂さ晴らしに放った一撃で、木っ端微塵になった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「後輩かぁ。僕も早く会いたいなぁ」
その頃、乙骨憂太はというと。
狗巻に送った写真を見つめながら、まだ見ぬ後輩に想いを馳せていた。
乙骨がこの後輩たちに会ったら、戸惑いのあまり言葉を無くすと思う。
真希さんって、砲剣とか重そうな武器も普通にブンブン振り回せそうなイメージある。
久々に世界樹Xやってたら遅くなりました。