すっかり真希の背中の砲剣が馴染んだ頃。
男連中が出張る中、女だらけの教室という、呪術師界隈では珍しい空間にて。
夢黒が菓子屋を営んでいる親戚から、と苺大福を皆が頬張る中で、注目を集めるように、真希が、ぱんぱん、と手を叩く。
「はいちゅーもく。カメコとネクロは…普段で慣れてっか。
残るは…、釘崎、お前ってコスプレできる?」
真希の問いに、釘崎は顎に手を当て、記憶を探る。
コスプレと言っても、町内会のイベントで、ハロウィンで悪魔のコスプレをしたくらいだ。
カメコたちほどガチガチで無く、既存品の猫耳カチューシャを頭につけるだけでいいのなら、そこまで難易度は高くない。
カメコとネクロは普段に加えて、イベントで客引きをしているので、釘崎ほどの不安要素はない。
「コスプレですか?…猫耳カチューシャくらいなら」
「うし、決まりだな」
真希は釘崎の肩を軽く叩くと、不敵な笑みを浮かべた。
「付き合え、お前ら」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「今回の依頼主は、『コスプレ喫茶:癒しの吟醸』っていう、実力のある術師御用達のカフェの店長っす。
店長も一級呪術師なんすけど、長期で別の仕事が入っちゃって。
依頼の詳細は、カフェに着いたら従業員が紹介してくれるそうっす。
今回は、破竹の勢いで実力を伸ばしてる真希さんに白羽の矢が立ったってわけっす」
補助監督、新田明によって、依頼の説明がされるものの、釘崎の耳には届かない。
真希も非常に申し訳なさそうな顔を浮かべ、窓を見つめながら缶コーヒーを啜る。
その背後では、ギャンブル中毒の男が腹を抱えてゲラゲラと笑い、二人を煽り散らかす。
カメコたちは二人の姿を見て、ぱちぱちと拍手をした。
「生インペリアル。やっぱり、作った甲斐があった」
「野薔薇先輩も、男勝りだからパラディン…ししょーで正解だったの!」
『ぶはははははははっ!!!はははっ、ひひっ、ひひひっ…、くくくくはははっ!!!』
「……………真希さん、恨みますからね」
「……………まじですまん」
血涙を流す釘崎に、彼女からも現実からも目を逸らす真希。
男と新田以外が、世界樹の迷宮のコスプレで固められているという、謎の集団。
せいぜい、ちょっと猫耳のカチューシャを付ける程度で済まそうとしていた矢先にこれだ。
真希は砲剣を背負ってるから、と、無理やりに鎧を着せられ。
釘崎は性格が似てるから、と、これまた無理やりに鎧を着せられ。
結果、約二名が羞恥で死にかけていた。
「死霊っていいよな。ネクロが許可した人間にゃ姿見えて、触れるし」
『それ以前にお前は俺に触れるほど強かねーだろ残念だったなブワァーーーーーカっ!!!』
あまりにも笑う男に、真希が折檻をしようにも、彼女が男に劣るのも事実。
その苛立ちをやる気として昇華しようとした矢先、夢黒の手が男の首を掴んだ。
「コイツシメとくの」
『あ゛ーーーーーーーっ!!!!????』
「ちょっとは溜飲下がったわ」
「同じく」
死霊であることをいいことに、まるでガラパゴス携帯のように折り畳まれる男。
やり過ぎな気もするが、この男は普段が最底辺のゴミカスのため、良心はこれっぽっちも痛まない。
「ってか、なんでコスプレ喫茶が呪術師御用達の店なんだよ」
「呪術師の方って、一見コスプレみたいなカッコしてる人もいるんで、馴染みやすいと思って立ち上げたらしいっす。
憩いの場でもあり、仲介役としても凄腕で、界隈の中でもかなりの高難易度の依頼の斡旋もしてるんすよ。
その依頼をちょっとこなしたってだけで、一級呪術師に推薦されるくらいなんすから」
「的確に需要あんの腹立つな」
最近の店のブームは、世界樹の迷宮らしい。
確実にカメコたちの悪影響が出てるな、と思いつつ、彼女らは到着を待つ。
その中で会話が途切れることはない。
「ってか、カメコらってメイク上手いな。
コスプレしてたら当たり前なのか?」
「ん。お姉ちゃん直伝」
「桐子お姉ちゃんって言って、嫁いでって沖縄に住んでるお姉ちゃんがいるの」
カメコらが言うと、釘崎たちは気の毒そうな顔を浮かべた。
「妹二人がこんなんじゃ苦労…いや、まさか姉貴もこんな感じだったり?」
「あり得るわ」
ひどい風評被害が、桐子を襲う。
その頃、沖縄では。ようやく寝かしつけた息子の前でくしゃみをしてしまい、大慌てであやす女性の姿があったとか。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「はいっ、じゃあ言った通りに」
「ぉ……、お…、おは…っ」
「お仕事に真摯にならないと、依頼料の取り分減っちゃうぞ☆…なの」
「お肌の悩みをフロントガード♡」
いっそ殺せ。殺してくれ。
釘崎は心からそう思いながら、客にせがまれたサービスを披露した。
あまりにも痛々しいその姿に、真希が同情の視線を向ける。
「アレ、なんだ?」
「ブックレットCDについてた、おまけ漫画の一コマ。『ししょー』って名前のパラディンで、釘崎さんみたいな性格してる」
「だから金髪のウィッグ被せたのな」
釘崎は心を無にしながら、淡々と作業をこなす。彼女らがこうして接客しているのには、とある理由があった。
「頑張れよ、釘崎ー。お前の責任だかんな、依頼聞くの遅れてんの」
「いや、アレは殴るでしょ、確実に…」
遡ること数分前。
到着した五人を案内する女従業員が訪れたのだが、その従業員があろうことか、釘崎の胸を鷲掴みにしたのだ。
聞けば「おっぱいが大好きで、コスプレすることで見えるおっぱいを求めて働いてる」という、呪術師界隈でも割とドン引きな理由で従業員兼呪術師になったという。
これで準一級なのだから、世の中というのは本当に終わっている。
無論、飛び交うセクハラ言語に釘崎が我慢できるわけもなく、従業員をアスファルトにめり込ませ、犬神家にした。
が。問題はその後。
その従業員は、女に対する態度はアレだが、ここの店長を除き、最大戦力であった。
無論、ソレが抜けるとなると、相当負担がかかってくる。
その穴を埋めるために、釘崎と、志願でカメコたちが働かされているのだ。
そのことを想起しながら、真希はすぐ隣の席に視線を向ける。
「ってか、なんで居るんだよ真依に…あと西宮と三輪」
そこには、真依と三輪霞、更には西宮桃の三人が、ホールのフルーツタルトを囲んでいる姿があった。
「「週三で通ってるけど、何か?」」
「私は久々に」
おかしい。ここから京都まで、どれだけの距離があっただろうか。
少なくとも、近所の喫茶店感覚で通うような距離ではないことはたしかだ。
頭痛がしてきたのか、頭を抱える真希に、悪意なき西宮が追い討ちをかける。
「真希ちゃんも、あのくっそ可愛くない一年の子もそうだけど、なんでそんな珍妙なカッコしてるの?」
「カメコだよ。コスプレ喫茶に行くから付き合えっつったら」
「殺すわ」
「ちょっ、真依!!判断が早い!!」
本当に、自分の妹はどうしたのだろうか。
口に銃を突っ込んできた妹を宥めながら、真希は遠い思考でそんなことを思うも、どうせアレが原因だとカメコを見やる。
カメコはカメコで、喫茶店員としての職務をしっかりと果たしていた。
「ってか、なんでショットガンなんだよ…」
「最近呪力量が何故か増えて、ショットガンの弾を出せるようになったの。素敵でしょ」
「理由明白な気がする」
殺意が高いにも程がある。
実の姉の口に散弾銃の銃口を突っ込むだろうか、普通。
呪術師になりたくなかったと叫んでいたこの女は、今や立派な呪術師である。
一歩間違えたら、術の部分が詛になるかもしれないが。
「お前、呪術師になりたくなかったんじゃねーのかよ…」
「過去形よ。カメコさんとパートナー契約結ぶって野望があるから辞めないわ」
「………人ってここまで盛大に掌ひっくり返せるんだな。初めて知った」
掌でドリルでも再現してるのだろうか、などと思いながら、机に置かれたエスプレッソを啜る。
あまりこういった嗜好品に興味のない真希でもわかるほどに、美味いと感じる一杯。
実力を誇る呪術師御用達というのは、伊達ではないらしい。
「カメコが来てからずっと頭痛いわ…」
「何よ、贅沢ね。幸せの極みの中でそんなこと言えるなんて」
「いや、アイツがどんだけトラブルメーカーか知らねーから言えんだよ。
地雷踏んだら即埋められるわ、トンデモ呪具作って押し付けるわ…」
「そういえば、メカ丸もなんか巻き込まれてるって聞いたよーな…」
「ああ、マイク越しの声に覇気がないのって、そういう…」
彼女らは詳しくは知らぬことだが。
メカ丸はその術式の特性から、呪具作成…主に砲剣やグラズヘイム兵器の類において、必要な知識を有している。
夢黒が死霊…映画を無料で見るくせに文句垂れる少年…を使い、敵側と通じているのをつい最近把握され、あろうことか五条にも歌姫にもバレ、好き勝手コキ使われている。
予想外の方法と早さでバレるとは微塵も思ってなかったメカ丸も、口を開けて驚いていた。
結果。「上にバラされたくなきゃ、俺たちの言うことも聞いてもらおう」と、破れば部屋にムカデを数百匹放つと言う、動けない彼にとってはこれ以上ないほどに嫌な縛りを施され、都合のいい労働力と化していた。
後に、京都校の面々にはこう溢した。
「アイツら最低だ」と。あの性格最低の五条悟とグルになって何かを企むような女だ。マトモなわけがない。
「おーい、ししょーちゃん!こっちにもやっておくれー!」
「お肌の悩みをフロントガード♡」
「………ノリノリだな、アイツ」
カメコが馬車馬のように働くメカ丸のことを想起する側で。
ヤケクソになったのか、ノリノリで客の要望に応える釘崎の痛々しい姿があった。
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「揉み心地は野薔薇ちゃんが一番ポヨンポヨンだったなぁ!!真希ちゃんのは…ちょっと筋肉あって、カチカチだったわ。
華東姉妹は控えめだからモミモミ揉みしだくほどないのが惜しかった!!」
「「「「コイツ殺していい?」」」」
「あとで店長に仕置きしてもらうんで、それでおさめてくださいっす」
それぞれが武器を構え、セクハラ従業員に殺意を向ける中、新田明が宥める。
重ね重ね言うが、従業員は女である。性的な興味が限りなくオッサンに近いだけで。
このメンツを相手に、犬神家にされるくらいで済んでいるのが幸運だろう。
「っとと、感想はさておき、依頼内容だったね。コレ、ホントは特寄りの一級にしか紹介しないマジヤバなヤツよ?行ける?」
「行けるも何も、指名したのそっちだろ。それに、特級だったら全員経験してる。
あんまナメんなよ?こちとら最強に扱かれてんだ」
「たっはー!!例年のヤツよりナマ言うくらいのクソガキっぷり!!
悟と傑のアホ以来だわ見るの!!
生い先短いクソジジイどもの地位がなくなるのも時間の問題だな!!」
どうやら、現代の呪術師の御多分に洩れず上層部が嫌いらしい。
ゲラゲラと笑い倒すと、セクハラ女は一枚の資料を出し、真希に渡した。
「『特級呪物:八尺様のおぐし』の回収な。
簡単に言えば、仙台の宿儺の指みたいなケースだ。雑に封印したせいでソレが風化してくる頃だから回収しよーってこった。
元は特級呪霊だったんだが、アホ二人が倒してっから、受肉しなきゃ楽だろ。
ま、アホほど呪霊が寄ってくるだろーが」
けけっ、と下品な笑いをこぼしながら、内容を語るセクハラ女。
特級呪物が受肉すればどうなるか。
それを身をもって体験している釘崎は、ごくり、と生唾を飲み込む。
対して、女は「堅くなるな。責任も感じなくていい、死ぬ時ゃ死ぬよ」と、よくわからないフォローを入れた。
「八尺様って呪霊…土地神みたいなもんだったか?ま、閉じ込めるための結界張ってた地蔵様壊されて、大暴れしてたんだわ。
ンで、ソレを悟と傑…お前らのセンセーと現実っつーデケエ敵に負けて呪詛師堕ちして挙句おっ死んだバカが、文字通り死にそうになりながら祓ったわけよ」
ウケる、と言いながら、谷間から取り出したシガレットチョコを噛み砕く女。
こっちもこっちでイカれてる。
真希と釘崎が微妙な面持ちになる横で、カメコは夢黒に耳打ちした。
「傑…?ネクロ、知ってる?」
「うん。げとーって難しいミョージの人で、説得中の人なの」
五条が聞いたら、茶と菓子をぶちまけてひっくり返りそうな情報である。
本人は、紆余曲折あって一種の責任を感じているらしく、五条の前には現れるつもりはないとのこと。
生憎と、その会話は女の下品な笑い声によってかき消され、真希の耳に届かなかった。
「で。ソイツがせめてもの抵抗に生み出したのが、バックアップの髪ってワケだ。
八尺様っつーのは、ネット経由で爆発的に広まって、そっから生じた畏れから生まれた…ま、養殖モンの特級だ。
一房だけしかねーが、その分籠ってる呪力がアホほど多い。
受肉したら確実に詰むだろォな。下手こいたらおっ死ぬぞォ?」
「受肉しても関係ねーよ」
真希は言うと、三人の肩に手を回した。
「私らナメんのも大概にしろよ、准一級『ごとき』が」
東京校の女子の団結力は、特級相当の呪霊ですら倒す。
五条悟のお墨付きなのだ。不安要素はない。
ソレを聞いた女は、不敵な笑みを浮かべた。
「頑張れよ、後輩」
その手は、釘崎の胸を揉みしだいていた。
「懲りてねーなテメェ!!!!!」
「へぶっ、へぶっ、ぶっ、へぶっ、ぶっ、へぶっ、ぶふっ、へぶっ、へぶぶぅっ!?!?!?!?」
作り物の盾が、女の脳天に何度も振り下ろされる。
この後、軒先にミノムシのようにして吊るされた女従業員は、辛い一夜を過ごす羽目になった。
メカ丸、弱みを握られてカメコと五条経営のブラック企業に就職。多分、一般ブラック企業の方がマシなレベルで働かされてる。
夏油さん、いろいろ思うことがありすぎて、自発的に棺の中で一番キツい牢獄部分(普通だったら精神死ぬ)に引きこもってる。
某映画好き、夢黒の偵察隊として大活躍中。善性のアホの子の刺激の強いカッコに未だテンパりまくる。
女従業員レギュラーにしたいくらい書いてて楽しかった。加茂よりちょっと強いくらいの准一級。コスプレしてたのは世界樹の迷宮に出てくるダークハンターのお姉さんっぽいキャラ。三十路になりたてほやほや。