呪術師じゃなくて、カースメーカーですけど   作:鳩胸な鴨

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世界の守護者であると同時に、脅威でもある。


華東芽衣子がフォレスト・セル並みの爆弾だった件について

「逃げやがったな、あのキモ顔…。

ネクロ、今どんな調子だ?」

「すっごい勢いで死霊が減ってるの。

なんらかの術式…しかも即死クラスのが付与されてるのは間違いないの。

ここから再生サイクルと減少速度を考えると…保って6分なの」

 

領域展開。対策を持たずにそこへ足を踏み入れば、死を意味する空間。

付与された術式を必中とする、呪術の最高峰とも呼べる絶技。

その対処法としては、術式に対応した術式で対抗する、こちらも領域展開をするの二つ。

今回取っているのは、夢黒の棺にある死霊全員に受ける術式を肩代わりしてもらう方法。

棺の中にいるのは、余程の悪人か、夢黒の術式に納得している死霊のみ。

その総数は十万ほどだが、その数が目まぐるしい速度で減っていく。

死霊がいくら再生するとはいえ、この減り様はまずい。

 

「6分がタイムリミットってことでしょ。

なら、全力で殺しにかかりゃあいい」

「だな。展開中は術式が使えねー。ネクロがいて助かった」

『俺も生贄側に回った方がいーか?』

「戦力ダウンになるからダメに決まってんだろボケ殺すぞ」

『……おー、怖っ』

 

男の確認に、夢黒は無表情でにべもなく罵倒を浴びせる。

余裕がないらしい。その額には冷や汗が滲んでいる。

術式を発動していると言うことは、減っているのは死霊のみではない。

無尽蔵とは言えない量の呪力が、桁違いのスピードで減少しているのだ。

夢黒はこの戦闘において、ほぼ動けないと見ていいだろう。

状況確認を済ませた真希と釘崎は同時に駆け出し、八尺様に迫る。

 

『ぽぽぽぽ』

「キメェんだよ声が!!!」

 

釘崎は言うと、袖に隠してあった釘を取り出し、流れるように投げ飛ばす。

が。それは確実に当たる軌道にあったにもかかわらず、八尺様をすり抜け、地面に突き刺さった。

 

「はぁっ!?!?」

「釘崎、一歩前!!」

 

真希の声に、釘崎は即座に一歩前に出る。

瞬間。『背後にいた八尺様』を、真希の砲剣が穿つも、またしてもその姿をすり抜けた。

ここは相手の領域内。

何かしらの術式を付与してあるのだろう、その脅威に、真希たちは唾を飲む。

 

「ッソ…!」

「真希さん、左!!」

 

あの男か女かも分からない、合成音声のような声が左耳を揺らす。

真希は反射的に砲剣を薙ぐも、その姿は透け、八尺様の手が彼女の左手に触れる。

瞬間。真希の手に刺青のようなアートが刻まれ、凄まじい激痛が襲った。

 

「っ、てぇな、おい…!!」

「このアマっ!!」

 

釘崎が直接釘を刺そうと迫るも、八尺様は即座に振り返り、その手を釘崎へと伸ばす。

と。そこへ男が割り込み、釘崎を蹴り飛ばし、その手を受けた。

 

「オッサン!?」

 

男の右手にも、同じように模様が刻まれる。

死んだとはいえ、天与呪縛はそのまま。

その痛みの種類から、男は八尺様の術式の正体を看破する。

 

『っ…、分解とかじゃねー…!!

ちんまい呪力の塊が、棘みてーになって体内からめちゃくちゃにしてやがる…!!』

 

まだ表皮の部分が荒らされているだけだが、口や目など、デリケートな部分を触られたら終わりだ。

先ほどからの攻撃の無効化から考えると、即座に正解に辿り着く。

これが八尺様の付与した術式。

自身を細かい粒に分解し、相手に吸着して文字通り『憑り殺す』。

 

「まだ表皮ぐらいで蠢いてんのは、死霊の肩代わりとカメコのバフの分か…!!

ちっと痛いが、我慢できねーほどじゃねぇ」

「共鳴りが露骨にメタられてンな…!!

ッソ、マジで役立たずじゃねぇか!!」

 

八尺様の手を避けながら、効かないとわかってながらも攻撃を試みる三人。

よく見れば、攻撃が当たる瞬間に、八尺様を構成する呪力が動いており、それにより効かないように見せていたことが伺える。

一気に消し飛ばせば解決なのだろうが、生憎とその攻撃手段を持つのは、動くことの叶わない夢黒のみ。

釘崎の共鳴りも、模様を打ち抜けど、相手にそこまで大したダメージを与えないのは目に見えている。

釘崎がそれに弱音を吐くと、男が笑みを浮かべた。

 

『いや、そうでもねぇぞ嬢ちゃん。アンタの術式が一番、奴にとってマズい』

「あ?どーいうこった?」

『あーいうタイプにゃ、絶対に「叩かれたくねー部分」ってのがあンだよ』

 

あのクソ家で取った統計だけどな、と付け足し、槍を構える男。

死霊になったことで呪霊が見えるようになった男の超視力には、ハッキリと映っていた。

今なおすばしっこく動き続ける、膨大な呪力の塊が。

 

『そこを嬢ちゃんが叩けばゲームセット。

でなきゃ、統率の取れねー呪力が散り散りになって俺らに襲いかかる…可能性大だ』

「……っ、責任重大じゃねーか…!!」

 

こちらの勝利条件は、釘崎がタイムリミットまでに八尺様の本体(仮称)を叩くこと。

それがどれほど困難か分からないほど、釘崎野薔薇の経験は浅くない。

だが、ここで諦めるほど、釘崎野薔薇という女は死にたがりと言うわけでもなかった。

 

「やってやろうじゃん、激ムズミッション!

ンなクソゲー、あンのクソババアと山ほどやったわ!!」

 

釘崎の啖呵と共に、八尺様が襲いかかる。

夢黒の死霊のストックが切れるまで、あと四分。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

その頃、領域の外では。

ハッキリ言うと、呪力の壁を前に、カメコは立ち往生していた。

カメコの呪力感知は、気持ち悪いレベルで正確なもの…五条悟談…である。

無論、八尺様の正体も看破しており、釘崎の術式が必要なことも理解している。

しかし、無策のまま入れば、夢黒の負担を増やすだけ。

まずやるべきことは、相手に有利な状況を覆すこと。

カメコは自身の持つスキルを分析し、何が出来るかを思考する。

 

「領域展開擬き…は、使わない方がいい。皆まで巻き込む。

領域を完全にうち消す方法は…、すごく疲れるけど、これしかないか」

 

ある程度整うと、カメコは深呼吸し、鈴を手に取る。

ちりん、と音が鳴り、カメコの喉に術式により生み出された、全く意味を持たない呪言が顕現する。

 

(《術式順転:呪言》)

 

もう一度、鈴を鳴らす。

喉に反転術式により生み出された、同じく全く意味を持たない祝言が、呪言のすぐ横に顕現する。

 

(《術式反転:祝言》)

 

カースメーカーにプリンセスのサブクラス。

世界樹におけるプリンセス、もといプリンスのスキルは、バフに加え、強化と弱体の同時解除による攻撃などのサポート。

彼女が再現しようとしているのは、『強化と弱体の解除』。

本来ならば同時に顕現することのない二つが交わることによって、カメコの喉に《虚》が完成する。

 

これは攻撃ではない。まして、サポートでもない。術式だろうが領域だろうが、ただ平等に『無』へと還す言葉。

鈴による安定効果により、あり得ないはずのその言葉は完成を迎える。

 

────《虚式:無ノ言》

 

カメコの喉からは、言葉は紡がれない。

その言葉は存在しないにも関わらず、目の前にて展開されていた領域を、障子紙のように吹き飛ばした。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「やっ、歌姫待ったー?」

 

庵歌姫は、人生最大とも言えるほどの苛立ちを隠せていなかった。

貧乏ゆすりでタイルの舗装が禿げ、纏う怒りが周りを寄せ付けない。

まるで爆発寸前の爆弾のような彼女に、五条は臆することなく声をかける。

無論、最大のストレス要因たる五条にそんなことをされ、怒らないわけがない。

歌姫は声を荒げ、五条の胸ぐらを掴もうとして無限に阻まれた。

 

「待ったわよ!!以前は怒る気にもなれない遅刻癖程度だったのに、今回は何時間遅れたか言ってみなさい!!!」

「えーっとぉ、一日と2時間?」

「50時間よ!!二日と2時間!!1日誤魔化すんじゃないわよこのタコ!!!!」

 

そう。歌姫は、二日も待ちぼうけを喰らっていたのだ。

連絡がなければ「忘れてるのかな」程度の苛立ちで済んだのだが、あろうことがこの男、メッセージアプリで「図鑑埋めたいから明日ねー♪」と宣ったのだ。しかも二日とも。

歌姫がキレるのには十分な出来事であるが、そこから更に2時間待たされ、やって来たのは、ゲーム片手に部屋着姿のダメ男。

キレないわけがない。

 

「いやぁ、ごめんごめん。急ぎの用件じゃなかったからさ」

「大急ぎの案件でしょうがバカ!!!」

 

これが一般術師ならクビにしてる。

歌姫が未だ怒り足りないのか、カリカリしていると、五条がそれを煽るように「街中でヒスはやめたら?」とゲームを再開する。

もうこれ以上怒る気にもなれない歌姫は、はぁ、とため息をつくと、五条に何枚かの資料を渡した。

 

「獄門彊について調べといたわよ。

その、アリアドネの糸って呪具が通用するとは思えないけど…」

「大丈夫大丈夫。引っ張れば、どんな閉鎖空間だろうと脱出できるモンだし。

呪具にゃ吸収効果効かないのは、上のクソジジイボコって聞き出したから大丈夫大丈夫。

自宅に戻るのが欠点だけど」

「…封印されないように気をつけりゃいい話じゃないの」

「計画立てるってことは、僕を封印する手立てがあるってことだし、一応ね」

 

悲報。五条悟封印計画、頓挫していた。

アリアドネの糸は、原作通りに脱出機能を持つ呪具。

どんな状況下だろうが、引っ張れば自動的に自宅に戻る。

つまり、アリアドネの糸さえ持ち歩けば、封印を破れるということだ。

使い方の容易さを考えれば、領域展開からも逃げられる代物。

これにより生存率が桁違いに上がるのだが、量産の目処が立っていないので、五条が繋がっている特級と、実力ある一級術師のみに配られている。

 

「どうやって作ったのよ、そんなの…」

「カメコちゃんの生得領域から情報抜いてぱぱーっと。領域展開まではいかないけど、現実世界に持ってくるくらいには出来てるし」

 

その言葉に、目を開く。

領域展開。そこに至る可能性を秘めたのは、つい先日まで伏黒恵ただ一人だったはず。

しかも、九月まで呪術のことを微塵も知らなかった女が、だ。

今年の東京校の一年は出来がいいな、と呆れと感嘆が入り乱れた息を漏らした。

 

「……正直、びっくりしたんだよね。彼女の領域を見て」

「何かあったの?」

「あったというより、ありすぎた」

 

五条の声に、なんの悪ふざけの感情も込められていないことを疑問に思いながら、歌姫が問いかける。

未知を恐れるような、好奇心がかきたてられているような、そんな顔。

五条はある程度整理をつけると、その事実を告げた。

 

「『一人歩きしてる』んだよ、領域が」

「はぁ?」

「歌姫にわかりやすく言うと、『領域が一つの世界になっていて、カメコちゃんはその住人の一人』なんだよね。

つまり、『現世と同等の世界を、中に創り出してしまっている』んだよ」

「…………?ん?えっと、え?」

「やっぱ歌姫じゃわかんないか。この話題の危険性は」

 

庵歌姫には、呪術師としての地位がない。

実力ではなく、血筋を重視し、更には男尊女卑を根幹に置いてしまっている、前時代的にも程がある界隈。

停滞に停滞を重ねた結果が人手不足だと言うのに、これっぽっちの進歩もない。

呪術師という界隈は、正直言って限界ギリギリと言っても過言ではなかった。

そんな情勢の勢力だ。

重要な情報の殆どは、上層部のみが握っていると考えていい。

 

「人一人が、世界を創っちゃったんだよ。

世界ってのは、人には過ぎた代物だ。現に僕らは『生得領域を《世界》とは呼ばない』。

制御しきれるわけがないんだよ、一人の人間に世界一つが。

今はああやって彼女の中に収まってるけど、もしぽっくり逝かれたら…」

「逝かれたら?」

「その世界が顕現する。顕現する場所を押し出す形でね」

 

推測でしかないけど、と付け足すと、五条は先日の出来事を思い返す。

制御下にはないが、顕現の鍵を握っているカメコ。

彼女の変わらない「カースメーカーを愛する魂」が、ある種の堤防の役割を果たしているのだろう。

それがなければ、彼女がカースメーカーになったその瞬間に、この世界は世界樹の迷宮の世界へと作り替えられている。

 

「……つまり?」

「わかりやすく言う。カメコちゃんは、触れちゃいけない爆弾なんだよ。

下手すりゃ、宿儺の何億倍も危険な」

 

誇張表現など一切ない。

宿儺の対処法は既に得ている。虎杖が指を全て取り込んだ後に死亡する。これだけだ。

だが、カメコの対処法はわからない。

殺せば即ゲームオーバー。

一人歩きしている世界が堤防を失い、この現世を書き換えていく。

封印しようにも、カメコには呪術師界隈の中では強力無比な《虚式》がある。

本人に制御を覚えさせようにも、現世を好き勝手に支配する行為と同等の所業を、ただの一個人が出来るわけがない。

 

「だから、カメコちゃんの研究を兼ねて、できる限りの対策を立ててるわけ。

アリアドネの糸とかはその副産物。

上には報告したよ。『んな話信じられるか』で終わったけどね」

「……本人には?」

「教えた。隠しても意味ないし。本人が微塵も気にしてないのがアレだけど」

 

五条は、カメコにこの事実を包み隠さずに話している。

当の本人は、「死んだ後のことまで知ったことか」と言ったスタンスだった。

そもそも責任の取りようが無いのだ。考えるだけ無駄である。

 

「厄介ごとには困らないわね、今年」

「去年もでしょ」

 

その頃。アフリカにて、一人の少年がくしゃみをしてライオンに襲われ、返り討ちにしたとか。




乙骨、ライオンを返り討ちにする。
虚式がやりたかったから反転を《祝言》にしてました。アリアドネの糸と合わせて、封印計画が即終わる気がする。

八尺様の話で、明らかに分裂してどんどんドアと窓同時に叩いたり声帯模写したりしてたので、術式を分裂にしてみました。展開された時点で終わってたけど、夢黒がいたからなんとかなった。
実は生贄として頑張ってた夏油さん。五回くらい釘崎を庇って死んだ。親友の生徒はほっとけないらしい。

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