「げぼっ、げぼっ…。や゛っば、ぎづい…」
障子紙のように吹き飛んだ領域に、皆が目を剥く中。
真希は目敏く、カメコが激しく喀血しているのを見つけ、咄嗟に駆け寄る。
「カメコ、お前がやったのか!?」
「ゔん゛。虚式…げぼっ、げぼっ…。発動した術式を強制的に解除…、する、げぼっ!!げぼっ!!」
咳き込みながら血を吐くカメコ。
虚式の負担は凄まじい。存在しないはずの言葉を生み出し、放出する。
これにより、カメコの喉は、普通であれば修復不可能なほどに傷つく。
彼女の膨大な呪力の反転によって、回復はするものの、時間がかかる。
その痛々しい姿を目の当たりにした真希は、カメコを男に預け、釘崎に目くばせする。
「…………………釘崎」
「…………………っす、真希さん」
『ぽ?』
八尺様が首を傾げた、その瞬間。
二人の顔が、般若でさえも生ぬるい、明王が如き顔に変化した。
「「殺す」」
『祓うって使わなくなったよな、お前ら…』
男が呆れながら言うと、真希が砲剣のトリガーを引き、赤黒い光を纏わせる。
黒閃も似た煌めきが迸るが、性質的には違う。
剣に纏わせるには膨大すぎる呪力が、赤黒く見えるだけである。
「《イグニッション》」
イグニッション。
ドライブスキルを使うと、一定時間オーバーヒートし、ドライブスキルが使えなくなるという、砲剣最大の弱点を数分の間だけ克服する機能。
普通ならば肩が反動に耐えきれず、良くて脱臼、下手すれば腕がもげるのだが、真希の身には、以前とは比べ物にならない力が込められていた。
「「首置いてけや、クソアマ」」
もはや蛮族である。
顔中に青筋を浮かべ、口腔から蒸気のような吐息を漏らす二人。
怪物以外の何者でも無い。
八尺様にはそう言った恐れがないのか、二人に襲いかかるも、真希の一撃によって八尺様を構成する粒子の多くが霧散した。
「本体、見えてっぞテメェ」
「よく見りゃちんまい女がウロチョロしてんじゃん。シルバニアかよ。
藁人形みてぇに五寸釘刺してやるよぉ…♡」
『………やっぱ女って怖いわ』
彼女らが特殊すぎるだけである。
高専の女性陣は、非常に仲睦まじい。
それこそ、誰か一人が大怪我を負えば、その元凶を完膚なきまでに殺しにかかる。
八尺様の目の前にいるのは、ただの呪術師ではない。
自身の不甲斐なさに怒り狂い、暴虐を振り撒くただの怪物である。
「文字どーり、ハートにズッキュンってなァ!!」
釘崎が叫ぶと共に、弾丸のような速度で釘が放たれる。
男に鍛えられたスナップによる投擲。精度は低いが、速度が八尺様の反応を超え、幾つかの呪力の塊を貫く。
先ほどから削れているあたり、領域展開で相当量の呪力を消費したため、下手に分離できないのだろう。
先ほどと比べれば、最大の特徴であった細かさは、ほぼないと同じだった。
「《芻霊呪法:簪》!!」
『ぽぽっ…!?』
突き刺さった部分に呪力が放たれ、八尺様の脇腹が大きく削れる。
しかし、まだ再生分の呪力を残していたのだろう。
八尺様の脇腹が即座に埋まると共に、凄まじいスピードで動けない夢黒とカメコへと迫る。
脅威なのは、先程の虚式。
それを理解しているあたり、流石は特級と言える。
ただ。狙う状況が最悪すぎた。真希が既に砲剣の準備を終えていたのだ。
「《アクセルドライブ》」
赤黒い斬撃が、五回連続で放たれる。
真希の腕力で、脱臼程度で済んでいるが、普通であれば腕がもげている。
それでも激痛だと言うのに、真希は涼しい顔をしていた。
八尺様の体が大きく削れると共に、駆けていた釘崎はそこへ手を伸ばし、本体をその手に掴み取る。
『ぽっ!?』
「捕まえたぁ♡」
これ以上ないゲス顔である。
釘崎は即座に藁人形を取り出すと、それを投げ飛ばし、八尺様の本体を解放する。
その瞬間。落ちてきた藁人形と八尺様が重なる時、釘崎はその二つに釘を打ち込んだ。
「くたばれ!!《芻霊呪法:共鳴り》ッ!!!!」
『ぽぽぼぉっ!?!?!?』
八尺様の体のあちこちから、まるで花火のように棘が突き出る。
それを目の当たりにし、釘崎は鼻で笑いながら呟いた。
「似合ってんぜ、死化粧」
八尺様の体が、砂のように崩れ落ちた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……報告する。真希は生還、八尺様は倒されたそうだ」
「はぁ!?クズが、あの最強二人を殺しかけた八尺様相手に!?」
禪院家の別邸にて。
本邸にて、当主が酒を浴びるように飲みながらアニメを見ているのに乗じて、秘密の集会が開かれていた。
ギャンブル依存症の男曰く、「禪院家は今の当主のジジイ以外は脳が平安」と揶揄される前時代的家庭。
呪術師としての使命感などかけらも持ち合わせないどころか、家の頂点に立つという野望を叶える未来の自分のこと…叶うとは限らない…しか考えない人間が殆どを占めるという腐敗っぷり。
今回、この集会にて話題に出ていたのは、当主の座を狙う真希の生存状況だった。
「なんかの間違いちゃうんか?」
「私もそう思っていた。あの出来損ないが、八尺様を倒せるとは思えない。
だが、信じられる筋から情報が来たのだ。信じるしかあるまい…」
真希の実父…ネグレクトで訴えられたら確実に負ける碌でなし…の報告に、当主の息子たる禪院直哉は舌打ちする。
特級呪霊『八尺様』。その名を知らぬ呪術師は、殆どいないことだろう。
領域展開の初見殺しに、攻撃は当たらない、更には触られたら死が確定すると言うクソ仕様にも程がある能力を持つ八尺様。
最強の名を欲しいがままにしていた五条悟と夏油傑の二人を、瀕死にまで追い詰めた、呪霊の中では唯一の存在。
それを、禪院家で人権を持つことすら許されなかった真希が下したのだ。
平安時代のまま進化しない家系に生まれた彼らが信じられないのも、無理はない。
「何にせよ、これで一級昇格は確実だろう。
妨害しようにも、功績が大きすぎる」
「倒したんは、ほんまにあのカスなんか?」
「いや。それでも、多大な貢献はしていたらしい。見たこともない呪具で、八尺様の本体を引き摺り出した…とか」
それを聞いた直哉は、不気味な笑みを浮かべる。
八尺様を引き摺り出せたのは、呪具のお陰。
ならば、その呪具を取り上げればいい。
「なんや、簡単な話やんか」
彼は知らない。砲剣の製作者が、性格面で見れば最低の五条悟と、保険に保険をかけまくるどころか、全力で厄介ごとの要因を殺しにかかるボウケンシャー精神あふれるカメコだということを。
彼らが上層部や御三家の手出しを予測してない訳がないことを。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「真依ちゃん、どうかした?」
「…実家のクソどもがカメコさんに関わる何かを狙ってる気がする……」
「エスパー?」
急に露骨に機嫌が悪くなった真依に、西宮たちが心配そうに声をかける。
最近、第六感とでも言うべき感覚が発達しており、時折こうして、面倒ごとの気配を察知していた。
愛は人を狂わせるとは言うが、人体すら改造してしまったようだ。
カメコという前例がいる時点で、この程度は生ぬるいが。
「そういえば、実家の方はどうなの?こないだ、なんか嫌そ〜な男の人来てたじゃん」
「カメコさんとのツーショットの額縁壊して踏んだからデンプシーロールでブッ飛ばしたけど何か?」
「…真依、最近いろんな意味で逞しいよね」
「可愛いからズレてる気がする…」
禪院直哉、真依の殺意マシマシデンプシーロールを食らっていた。
同じ術式を持つ父が、最速の呪術師と呼ばれるほどに術式に恵まれていたにも関わらず、直哉は常軌を逸した真依の怒りに負けた。
すれ違った楽巌寺がギョッとして、「トマトの擬人化だ」とバカにするくらいには、酷い目にあっていた。
それでも全然懲りていないあたり、その芯の図太さは見習いたいものである。
「お陰で額縁買い直す羽目になったわ。
碌でなしのアッパラパー家系に生まれると、物の価値すら分からなくなるのね…。
揃いも揃って、脳みそがダンゴムシみたいなミニマムサイズなのかしら」
「わぉ…。罵倒が次々出る…」
「だ、大丈夫なの?禪院の人が聞いたら、めちゃくちゃ怒りそうだけど…」
怒りそうなのではない。怒っている。
禪院蘭太という、なんとも爽やかそうな印象を受ける少年…ただし脳は平安…が、木陰で怒髪天を衝く勢いでキレ、激しく地団駄踏んでいる。
ソレでも手出ししないのは、真依がたびたび殺気を込めて睨むのに、無意識に怖気付いているからか。
「今年の高専生は短気で困る」と、楽巌寺はぼやいていたものの、生徒の成長が嬉しいのか、それに対処していない。単に地雷を踏むと面倒なだけとも言うが。
「大丈夫よ。こないだ勘当されたし」
「「へ?」」
「あのアニメじじいの息子の息子蹴ったのがダメだったらしいわ」
「「情報量!!情報量の暴力!!!」」
速報。禪院真依、息子の息子(隠語)を蹴り飛ばし、勘当されていた。
経緯としては数日前、いつものように、直哉が真依をいびり倒していたことが始まりであった。
その際に、真依が願掛けとして持ち歩いていたカメコ、夢黒、桐子の写真…どれもツーショット…がポケットから落ちる。
慌てて拾おうとするも、直哉は面白がってこれを踏み躙り、さらには破いた。
結果。大魔神となった真依が全力で股間を蹴り飛ばし、撃沈したところをあらゆるプロレス技を駆使して殺しにかかったそう。
父の扇も止めに入った…娘の醜態で自分の価値を下げるのが嫌だったという情けない理由…ものの、即座に刀を奪われた直後、股間をゴム弾で打ち抜かれ、撃沈した。
最早、カメコと同レベルである。エアガンを駆使するあたり、余計にタチが悪い。
結局。暴走が終わったのは、本邸が半壊した後で、当主に勘当を言い渡された。
本人はとてもスッキリした顔をしていたそう。
「……ま、大方、真希の砲剣でも狙ってんでしょ。八尺様倒したみたいだし」
「あれ?なんで知ってるの?」
「自慢げに脱臼した肩、写真で送ってきたわよ」
ほら、とチャットアプリを見せる真依。
そこには、脱臼した肩を押さえながら、満身創痍と言った後輩たちと自撮りをした真希が映っていた。
「ホント、妬まし過ぎて殺したくなるわ、あのバカ姉貴」
その頃。真希はくしゃみをしたせいで脱臼が悪化し、悶絶していた。
真依さん、思った以上に逞しいことになっていた。
最近の趣味は格闘技。本人は知らないが、カメコの母…女ボクサー…と同じジムに通ってる。逞しくなり過ぎて、カメコ化が進んできた。キレる要因が多いせいで登場するたびキレてる気がしてくる。頑張れ真依ちゃん、君も「歩く地雷」という名の災害になるんだ。
真依ちゃんガンナー化計画、立案中。採用するかは不明。
パパ黒、「あいつら脳が平安で止まってんだわ」って嬉々として息子に吹き込んでそう。
書いてて思った。序盤の戦闘シーンが完全にお飾りになってしまった。