呪術師じゃなくて、カースメーカーですけど   作:鳩胸な鴨

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ソレを人は魔窟と呼ぶ


ようこそ!華東家へ!

「高専って、お淑やかな女の人いないよな」

「「「「ふんっ!!!!」」」」

「げぼぉっ!?!?」

 

虎杖の体に、四方八方から容赦ない蹴りと拳が叩き込まれる。

まるでムンクの叫びみたいだ、などと伏黒が眺めていると、撃沈する虎杖に、パンダが呆れたように声をかけた。

 

「悠仁、いいこと教えてやるよ。お淑やかな女はな、呪術師なんてやらないんだよ。

あと、それ見え透いた地雷だったろ」

「うん…。今思い知ったわ……」

 

ぴく、ぴく、と痙攣する悠仁に、黙祷を捧げる狗巻と伏黒。

実際に、現代の呪術師界隈では虎杖の言うような「淑やかな女性」は、殆ど存在しない。

その希少性は、ダイヤモンドよりも貴重とまで言われるほどで、見かけるのは洋画ヒロイン並みの胆力と豪快さを持ち合わせたモンスターのみ。

ひどい場合はここに腹黒さと性格の悪さがミックスされるため、呪術師界隈の結婚事情は割と悲惨なのである。

 

現代で男尊女卑がまかり通っている家庭など、御三家や上層部程度なものである。要するに、時代遅れな家庭なのだ。

 

五条も入学当時は、「女性は淑やかなもの」と、素行にそぐわず可愛らしいイメージを抱いていたものの、家入硝子によって夢を木っ端微塵にされた過去を持つ。

夏油と合わせ、「お前は女として見れん」と言ったため、三日連続で食事にブートジョロキアを混ぜられたのは苦い思い出らしい。辛いのに苦いとは、日本語とは不思議なものである。

 

「ブラザー。それは私たちに喧嘩売ってる。

慎まないと、ブラザーがシスターになる」

 

カメコの脅し文句に、激しく震えながらも、赤べこのように頷く虎杖。

と、そこへいつぞやのように、カメコのローブから着信音が響いた。

 

「ん?…………夢黒、ママから」

 

画面を覗き込んだ瞬間、カメコの顔が恐怖に引き攣った。

夢黒もソレを聞き、ただでさえ色白の肌をさらに真っ白にして、ガタガタと震え始める。

二人とも、そろそろ肌寒さを感じる時期だと言うのに、滝のような汗をダラダラと流していた。

 

「え?……タイトルマッチの測定っていつだったっけ…?」

「来週だったような…」

「階級は?」

「………………忘れた」

 

コール音が響く中、沈黙が走る。

二人は意を決したように頷くと、通話ボタンを押し、スピーカーモードを起動した。

 

『もしもし芽衣子?お仕事中だった?』

「ううん、休憩中。なに、ママ?」

『明日、桐子が孫見せに帰ってくるから、あなたたちもどうって思って』

「………ママ、測定までの減量は?」

『?今回のはナチュラルウェイトだから、別にやってないわよ?』

 

スピーカーからの言葉に、二人はへたり込み、深いため息をつく。

心底安堵し切ったカメコは、スマホに向かって答えた。

 

「うん。明日は帰る。お土産欲しい?」

『んー…。お友達でも連れてきて』

「………………わ、わかった」

 

その言葉に、カメコと夢黒が、女子としては避けるべき表情を浮かべる。

それを人は顔芸と呼ぶ。

普段絶対にしないその表情に、皆がギョッと目を剥く中で、通話を切る二人。

二人は暫し悩んだのち、皆に顔を向けた。

 

「お願いしまーーーーすっ!!!!一緒に実家来てくださーーーーーいっ!!!!」

「お願いしまーーーーすっ!!!!」

 

二人は普段のキャラ付けすら忘れ、数回宙転した後、勢いよく地面に頭を叩きつける。

それはそれは、綺麗な土下座だったという。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

華東家は、ごくごく普通のとは言わないが、呪術師界隈の認識で言えば一般家庭である。

母のファイトマネーと父の給料で建てたという、東京郊外としてはかなり立派な一戸建てを前に、虎杖は感嘆の声を漏らす。

 

「はぁー…。立派だな、この家」

「…帰ってきてしまった。よりにもよって、試合前に…」

「仏説摩訶般若波羅蜜多心経…」

「ネクロ、なんで般若心経を唱える?」

 

かつてないパニックを起こしている二人に、真希が呆れたように指摘する。

見たところ、二人が恐れるような要素は、家からは見えない。

二人が家の扉を開けるのを躊躇っていると、ガチャ、と扉が開いた。

 

「おー、アホ妹、おかえりー。沖縄帰りのお姉様だぞー…って、どちら様?」

 

扉の奥に居たのは、染めた金髪をツインテールにして、なんとも脱ぎにくそうなゴスロリ衣装を着た女性だった。

その腕には、興味深そうに東京校の面々を見つめる赤ん坊が抱えられている。

女性が視線を右往左往させると、パンダの奥に隠れたカメコと夢黒を見つけ、「何やってんの?」と問う。

その声を聞いた二人は、観念したように前に出た。

 

「その、こ、高専の友達。え、えへへ…」

「高専?アンタ行ってる高校って、普通科だったでしょ?

……ああ、転校したとか言ってたわ。

一人?や、一匹?とにかくツッコミどころ満載なのいるけど」

 

赤ん坊がパンダに向けて、手を伸ばす。

パンダはと言うと、その手を優しく包み込み、ふわっふわな毛に触れさせた。

 

「どーも。オレ、パンダ。カルパス大好き」

「あうっ、あうう〜っ!」

「………………ちょっ……っと待って???」

「ま、そうなるわな」

「しゃけしゃけ」

 

女性が目頭を押さえ、目の前の現実の整理を始める。

対するパンダはと言うと、赤ん坊に気に入られたのか、毛を離してもらえなかった。

なんなら、割と容赦なく噛まれてる。

歯が生えそろっていないため、吸い付いている、と言った方が正しいが。

 

「柔らかいだろー?しっかりとダニとか埃とか落としたばっかだからなー」

「うー!あうっ、んーっ!」

「パンダ先輩、めちゃくちゃ子供の扱いに慣れてるな…」

「あの見た目だから、子供がめっちゃ寄ってくんだよ。依頼者の孫に会わせたいって理由で、任務期間伸びたことあるしな」

 

パンダが赤ん坊をあやしている光景を目の当たりにし、女性は酷く取り乱す。

その際に、赤ん坊を落とすのはまずいと判断したパンダが、優しく抱き上げた。

もはやベビーシッターである。

その光景を尻目に、カメコは凄まじい勢いで女性の肩を掴んだ。

 

「お姉ちゃん。取り乱してるとこ悪いけど、ママは?」

「……………機嫌はいいけど、殺気立ってる。

あんま刺激しないでよ、バカ妹。私、旦那をシングルファーザーにする気ないからな?」

 

なんと恐ろしい会話なのだろうか。

伏黒が身震いしていると、扉の奥から「帰ってきたー?」と優しげな声が聞こえる。

その声に、カメコ、夢黒、女性…桐子がビクッ、と肩を震わせ、恐る恐る奥を覗き込んだ。

 

「あら!芽衣子ったら、こんなにたくさんお友達居たのね!

どうも初めまして、母の鹿夜子です。気軽にカヨコさんって呼んでね?」

 

そこにいたのは、女性としても小柄でいて、童子と言われた方が信憑性のある面持ちの女性だった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「いい!?ウチのママの戦闘意欲刺激するような言葉は絶対に慎んでね!?

特に野薔薇ちゃんと真希さん!!」

「キレた時以外に素出すんだな、お前」

 

カメコの実家に移動する前。

いつになく焦ったカメコの怒鳴り声に、釘崎が、珍しい、と感想を口にする。

彼女らにとって、母は敬愛の対象でもあり、畏怖の象徴でもある。

砲丸を素手で握り潰すカメコを、握力一つで黙らせると言えば、その凄まじさが伝わるだろうか。

普段は淑やかで優しい女性なのだが、今回ばかりは勝手が違った。

 

「試合前のママは範馬○次郎並みの凶暴生物なの…。刺激したら最後、死を覚悟するの」

「地上最強の生物か何か?」

「いくつかの階級制覇してる世界王者だし、あながち間違いでもない」

 

減量中はまさに地獄だった、とぼやき、カメコは遠い目で虚空を見つめる。

スパーリングの相手をしろと言われた時は、死刑宣告された死刑囚のような気分だった。

現在はギャンブル依存症の男という、ちょうど良い生贄…スパーリング後は顔面が陥没している…がいるからいいが、それでも飛び火してくる可能性は高い。

カメコたちがそんなことを想起していると、伏黒が口を開いた。

 

「帰らないって選択肢出さない時点で、お前ら母ちゃん相当好きだろ」

「「好きだけど何か?」」

 

華東家の家族仲はとてもいい。ただ、地雷原で生活してるだけなのだ。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「へぇ〜…。カメコん家って、こんな広かったのね…」

「夫と建てた自慢の家よ。任務のこととか忘れて、ゆっくりしていって」

 

玄関前で屯するのも迷惑だと思い、皆は未知の魔窟、華東宅へと踏み入れる。

流石は一軒家というべきか、廊下ですら広々とした空間を見渡し、声を漏らす釘崎。

伏黒と虎杖は、女子の実家に入るのが初めてなのか、付き合っているわけでもないのに緊張していた。

 

「ここがリビングよ。ペットもいるから、ちょっと騒がしいかもだけど」

「うっす。お邪魔しまー………は?」

 

鹿夜子が扉を開け、皆がゾロゾロとリビングに踏み入り、その存在を視認する。

可愛らしい水玉模様のエプロン。パンダに負けず劣らずの、ふわふわとした毛並み。

首に下げたスケッチブックには、丸みを帯びた文字で「ようこそ!」と書かれている。

爪が目立つその前足は、出来立てのホールケーキが載る皿が鎮座していた。

 

「…………………熊ァア!?!?」

「ツナマヨォ!?!?」

「おい、カメコのお姉ちゃん。あれ、俺よりツッコミどころ満載だろ」

「お前も十分ツッコミどころの塊だわ」

 

熊である。そう、熊である。

大事なことなのでもう一度。熊なのである。

その熊は、皆の困惑をよそに、スケッチブックのページを器用にめくる。

『ボクの名前はゴローです』と書かれたページでその爪を止めると、英国紳士のようなお辞儀をして見せた。

 

「めちゃくちゃ上品だ…」

「カメコ、お前ペットが熊ってなんで言わなかった!?」

「え?普通じゃないの?」

「シンプルに常識知らず!!!!」

 

意外に知られていないが、熊は許可さえ取れば、ペットとして飼うことが出来る。

無論、日本人の熊のイメージと、それに当てはまる危険性があるため、滅多に飼う人はいないが。

だが、今目の前にいるのは、前世で貴族の執事でもしてたのかと言いたくなるほどに、きびきびと家事をこなし、上品な立ち振る舞いをする異常な熊。

その異常さに、異常の塊であるパンダでさえも困惑が隠せなかった。

 

「コイツらの家のペットなんだから、普通なわけがないだろ」

「伏黒、お前結構ナチュラルに毒吐くよな」

「ドスフロギィか何かか、俺は」

「や、どっちかというとG級のギギネブラ」

 

失言をかました二人に、カメコのゲンコツが下される。

直後、カメコは凄まじい形相で二人に迫り、ドスの利いた声を出した。

 

「テメェら死にてェのかウチのママの戦闘意欲刺激すんなっつったろその口コンクリで繋ぎ止めるぞ???」

「「すみませんでした」」

 

なんとまあ情けない脅し文句だろうか。

それでも普段と威圧は変わらないため、二人は素直にカメコの言うことを聞く。

と。その時だった。カメコの背後に、鹿夜子が音もなく立っていたのは。

 

「その口の悪さと暴力癖、直しなさいって口酸っぱく言ったでしょう?」

 

カメコが壊れた歯車のような挙動で、背後を見る。

そこには、恐怖の象徴が威嚇である笑顔を浮かべていた。

 

「ひぇっ…。ご、ごめんなさ…っ」

「おしおきよ。歯、食いしばりなさい」

 

全く見えもしない速度で放たれた拳が、まるでナイフのような軌跡を描く。

カメコの顔面にソレが放たれると共に、衝撃波が固定されたもの以外の物体を吹き飛ばし、全ての窓を叩き割る。

吹っ飛ばされたカメコは、完全に気を失い、コンクリートの塀に突き刺さった。

 

「………ああなるから、失言はやめたほうがいいの」

 

夢黒が言うそばで、熊が「あーあ、片付けしなくちゃ」とスケッチブックでぼやき、散乱したものを片付け始める。

その中で、虎杖は顔を引き攣らせながら、つぶやいた。

 

「……お前らの母ちゃん、怖いな」

 

因みに、この街の元祖災害である。




カメコパパはお仕事で裁判所に行ってる。事務所持ってるくらい有能な弁護士。口論最強で、口の悪さはパパからの遺伝。

華東鹿夜子…三姉妹の母。ボクシング漫画オタク。愛読書ははじめの一歩。ボクサーでいくつかの階級を制覇している世界王者。アホみたいに速い移動速度とパンチが特徴。最近、マーカー付けようと思ってやって来た偽夏油を盗人と思って隣町まで殴り飛ばした。偽夏油が報復のために呪霊を何体かけしかけるも、五条がよりにもよってこの女に真希メガネと呪具渡したことによって失敗。どーせ狙わなくてもいーやと諦めた。ナイトシーカーになってと娘にせがまれるが、刀が速度に耐えきれなかった。今回のタイトルマッチ後に四人目の子供を召喚する予定。

華東ゴロー…ペットの熊。カメコが必死こいて世話した結果、世界樹のペットのスキルが使えるようになったが、呪術師ではない。家事とダンスと因数分解が得意。執事っぽく振る舞うが、実はメス(パパ以外全員オスだと思ってる)。パンダに一目惚れした。

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