「華東芽衣子について?……ぶっちぎりでイカれた女、だな」
「薬でもやってんのかってくらいの妄想女」
「地雷多過ぎて喋れねー女」
「あの女とだけはやりたくない」
「あの女の処女貰うくらいだったら死ぬ。
…ってかなんでお前パジャマなの?」
「………五条先生。散々っすね、その…華東芽衣子って子の評価」
「呪術師云々抜きにしてコレだからねぇ。
逸材なんだろうけど、俄然会いたくなるよね、あんなこと言われたら」
まだ見ぬ少女の話に、少年…虎杖悠仁は冷や汗を流す。
彼が担任教師の五条悟と地元民…ガラの悪い者も含む…の話を調査したところ、こぞって「ヤバい女」という評価が下された。
呪術が使える云々を抜きにして、である。
呪術師としては、イカれている方が好ましいが、ここまでイカれてる認定される人間は、そうそういない。
特に、「薬やってんのか」という評価は、人を小馬鹿にすることが趣味と言っても遜色ない五条でさえも、同情を抱かずにはいられないほどあんまりなものであった。
「もしかすると、とんでもない原石拾っちゃうかもね」
「俺みたいな?」
「悠仁、ジョーク上手くなってきたね」
「………あれっ?馬鹿にされてる?」
キメ顔で問うた虎杖は、五条の言葉に、少し不満げな表情を見せる。
たしかに呪術に関してはズブの素人であるものの、もう少し褒めてくれても良いのではないだろうか。
尚、虎杖も理解しているが、五条は割と頻繁に褒めている方である。
と、二人が話していると、視界の端に見慣れたものが映った。
『わ、わぁああああっ!!??ぴゃややぁぁぁああああっ!!!!????』
呪霊。人の負の感情が溜まりに溜まったことで、自然発生する災害のようなバケモノ。
ただ周りに呪いを振り撒き、人に害を与える厄介な存在。
だと言うのに、その呪霊は、人に危害を与えるどころか、酷く怯えていた。
「呪霊…?や、でも、なんか様子が…」
「三級くらいかな?もしかして、僕にビビって…はないね、うん」
五条は呪霊が抱く恐怖が、自身に向けられていないことに気づく。
呪霊は公園のど真ん中でキョロキョロとあたりを見渡し、誰かに助けを求めるように、視線を右往左往させる。
その足は、生まれたての子鹿でもまだ大人しいと思えるほどに、ガタガタと震えており、立つことすらままならない。
一体何だ、と二人が思っていると。
ソレは唐突に姿を現した。
「……………」
ボロボロのローブに、拘束具。
幸薄そうな顔に、いかにも不健康そうな、やつれた手足。
ローブの背後が掌のように蠢いている、そんな特徴的な少女。
ソレを見て、虎杖はぎょっと目を見開いた。
「うわっ!?え、アレなんて格好!?」
「へぇ。服まで呪力通ってる。それだけ呪力量多いってことか。エグっ」
自分には劣るな、と思いつつ、五条はことの成り行きを見守る。
呪霊は少女の姿を視認すると、身体中から汗を吹き出し、その場から逃げ出そうとする。
ソレを止めるように、少女は口を開いた。
「《封の呪言:下肢》」
『ぴっ!?』
と。呪霊の足に鎖のような模様が現れ、派手に転ぶ。
逃げられない。ガタガタと恐怖に怯え、涙を流す呪霊に、少女は告げた。
「《命ず、自ら滅せよ》」
『やだぁぁああああああああああががががががががががぴっ!!!!』
少女の言葉に呼応するように、呪霊は自らの首に手を運び、くびり切った。
ボロボロと崩れていくあたり、切る際に呪力を込めたのだろう。
虎杖があまりの光景に目を剥いていると、少女が二人の方を見た。
「………もしかして、さっきの見てた?」
「見たよー。エグい術式だね」
少女が控えめな声で問うと、五条が揶揄うように、探るように問いかける。
それに対し、少女は、こてん、と首を傾げた。
「じゅつしき?…呪言の間違いじゃない?」
「や、それを術式って言ってんの。ってか、呪言は知ってんのね」
「今さっき使ってたし」
認識の違いとは恐ろしいものである。
五条の言っている「呪言」は、「術式の一つである呪言」。
一方で、少女…我らがカメコが言っているのは、「カースメーカーのスキルとしての呪言」である。
無論、効力は似たようなものであるが、内容は全然違う。
「……あ゛ーーーっ!!」
「ん?」
「どったの、悠仁?」
と、虎杖が思い出したように声をあげる。
何を隠そう、彼は世界樹の迷宮のライトプレイヤーだったのだ。
流石に全要素回収とまではいかないが、取り敢えず裏ボスを這々の体で倒す程度の、そんなライト層。
カースメーカーのことを知らぬはずがない。
「どっかで見たことあると思ったら、カースメーカーのコスプレじゃぶっ!?!?」
「今コスプレっつったかクソガキィ!!!」
「うわっ、痛そ」
コスプレ、と言った虎杖に、ドロップキックが炸裂する。
体が細いだけで、別に鍛えてない訳ではないカメコの一撃は、虎杖に少なくないダメージを与えていた。
何しろ、彼女はカースメーカーである前に、冒険者であると考えているアホ。
その気になれば、1ヶ月のサバイバル生活を鼻歌混じりにこなすくらいには、体力も行動力もあった。
「何すんだよ!!」
「テメェコスプレっつったろ殺す。殴り殺す。蹴り殺す。山に埋めて殺す。海に叩き落として殺す。とにかく殺して殺して殺しまくる」
「怖っ!?五条先生、こいつ釘崎よりヤベェ女だよ絶対!!」
「カースメーカーって何?」
五条悟は世界樹の迷宮を知らなかった。
普段、多人数用のゲームをやり込み、相手を完封して煽るのが常のこの男。
因みに。これにより、彼の親友である夏油傑がブチ切れ、彼と呪術無しのリアルファイトを起こした回数は数え切れない。
一人用のRPGの経験など、メジャーどころのドラクエか、ファイナルファンタジーが関の山であった。
五条は気になり出したら知りたくなる、人間の悪いサガが発動し、ボコボコにされる虎杖を尻目に携帯を取り出す。
「あ゛だだだだだだだだだっ!?!?
痛い、痛いってマジで!!ちょっ、タンマタンマタンマタンマァァア゛ァァァァァァァァァァァァァァアアアッッッ!!!!!」
一方で、虎杖は力はあっても技術が無さすぎるため、数々のプロレス技になす術もなく負けていた。
一応、本職のカースメーカーの名誉のために記載するが、カースメーカーはプロレスをしない。
むしろ、力は弱いし、打たれ弱い。
しかし、デバフや状態異常をこれでもかとばら撒ける、完全にデバフ特化の職業である。
結論を言えば、カメコがおかしいのだ。
気が済むまで殴り終えたカメコは、顔中が腫れ上がった虎杖に、唾を吐きかけた。
「復唱しろ、クソガキ。『アナタはカースメーカーです』と」
「………あ、あなたは、カースメーカーです」
「よろしい」
カメコの拘りは、何人たりともケチをつけてはいけないのだ。
どんな手を使ってでも、顔中が腫れ上がるまで殴りにくる。
地元民は完全にカメコのことを、『コスプレ』と言っただけで襲いに来る災害か何かだと認識していた。
前話の「コスプレイヤーが学年3位」と言っていた少年も、無論襲われた。
ただし、陰口であっても『コスプレ』と言わなければ、無害な少女なのだが。
因みに、対処法は非常に簡単で、即座に「アナタはカースメーカーです」と言えばいい。
満足げに笑顔を浮かべた後、去っていく。
因みに、殴る際に呪術等は、一切使用していない。
理由は「怒ってるのは、嫁をコスプレと言われた華東芽衣子だから」である。
ちなみに、彼女はコスプレした自分自身と結婚してるため、薬指に指輪をしている。
ここまで気持ち悪いコスプレイヤーが、かつていただろうか。
閑話休題。意識の高いコスプレイヤーは、演じる時のオンオフがしっかり出来るのだ。
「あー…。ほうほう。『世界樹の迷宮』…。
悠仁、これどんなゲームなの?」
「……、難易度高めな、RPGです…」
「RPGかぁ。やってみようかな。
最近スマブラとかストとか、学長ボコボコにしたあたりで飽きちゃって!」
結論から言うと、彼はハマる。
元より、彼は実力的な問題で、呪術師関連で楽しめることは、生徒の育成程度。
考えても見て欲しい。常時チートの状態で、勝てる敵と戦って燃えるだろうか。
答えは否。五条悟の『戦闘』には、張り合いというものがない。
だから、心のどこかで求めているのだ。その『張り合い』を。
世界樹の迷宮は、初心者が手を出すにはハードルの高いゲームである。
拡張性のある…いや、ありすぎて複雑なキャラ育成に、他のゲームでは体験できないマッピング要素。
たとえ雑魚戦でも、油断すれば死を招く、気の抜けないRPG。
クリアするまで、何度ゲームオーバー画面を見るか分からない程の高難易度。
彼の求める『張り合い』が、そこにあった。
五条悟はこのゲームにドハマりし、夜通しプレイするようになるのだが、それは別の話。
「おっと、本題忘れるところだった。
キミが、華東芽衣子だよね?」
パン、パン、とコートの汚れを払うカメコに、五条が問う。
カメコは首肯するも、訝しげに五条の目隠しした顔を見た。
「そうだけど、宗教勧誘とかなら断るよ?」
「ノンノン。もっと楽しいコト♪」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「華東芽衣子…と言ったか。…その、非常に聞きたくないが、もう一度聞こう。
お前は、呪術高専に何しに来た?」
「嫁になるために来ました!!」
「…………指輪をしているが」
「私の嫁は私なので!!」
「……………何こいつ怖っ」
夜蛾正道は現在、非常に戸惑っていた。
予定外の転入生はまだいい。
いや、よくはないが、良いことにしておかないと、胃に穴が開く。
問題は、「彼女が入学する理由」である。
ここでカメコは、「より強いカースメーカーになって、理想の嫁を自分の中に作り上げて自分と結婚する」という野望を語った。
コレを聞いた学長、夜蛾正道は、思わず二度聞したのだ。
結果は見ての通りである。
イカれた輩がデフォルトな呪術師界隈でも、ここまでイカれたアホがいるだろうか。
「学長もそう思う?僕も引いたんだよね。
自己愛って訳じゃないけど、コ…演じてる自分を愛してるとか言っちゃうアホ」
「お前はゲームばかりしてないで仕事をしろ」
連れてきた本人も、コレには困っていた。
こんな理由なら、金のためとか言われた方が遥かにマシである。
しかも、カメコは口が悪かった。
五条悟を1時間で5回怒らせ、萎えさせる程度には、それはそれはもう口が悪かった。
カースメーカーを演じてるときは無口なのだが、カメコが表に出てくるとなると、途端に饒舌になる。
「じゃ、もう質問はないですかね?」
「…………あ、ああ」
「では!…………」
「ではって何だ急に黙るな怖いから」
今年、問題児が多すぎやしないか。
最強の呪い、両面宿儺に加え、このぶっちぎりでイカれた女。
先の京都姉妹校交流会でどんな問題が飛び出してくるか、想像したくなかった。
「しかもこの子、話によると『後天的に《生得術式》を会得した』っぽいんだよね」
「おいちょっと待て今なんて言った???」
爆弾、投下。
下手すれば核爆弾並みの威力のあるソレに、夜蛾は五条に詰め寄る。
本来、《生得術式》は、生まれながらに持つ力であり、有無は早期に判明する。
だと言うのに、カメコはその定説を捻じ曲げてしまった。
ソレがどんなことを意味するか、わからない夜蛾ではなかった。
「上への報告どうするんだ!?」
「や、家系図見たけど、何もなさすぎてビックリするほどパンピーだったよ?
ソレがめちゃくちゃ強い《呪言》を自由に扱えてる時点で、誤魔化し利かないっしょ」
《呪言》は、込める呪力量によって、より効果が大きくなる。
カメコの呪力は、有り余る愛が呪力として自動変換、さらには補填されてしまうため、実質底無しなのだ。
一定の効果を持つ呪言しか使えないものの、それでも相手にしたくない、というのが、五条の正直な感想であった。
因みに言えば、防御系のスキルでは状態異常、デバフは防げない。
これは世界樹の迷宮をやる人間ならば当たり前の知識である。
無論、こんなデバフに極振りした呪術なんぞ、一般家庭から出るわけがない。
「面白そうだし、悠仁みたく僕の庇護下に置こうかなーって思ってんだけど」
「……認めるか?上が?」
「大丈夫っしょ、悠仁ほどヤバくはないし」
「十分ヤバいぞ。気をしっかり持て」
どうやったらこんな地雷案件ばかり持ち込めるんだ、このアホは。
上がどんな手を使ってくるか、不安が山ほど押し寄せてくる夜蛾。
しかし、当の本人はどうでも良さそうに、五条の持つゲーム機を覗いていた。
「あれ?宿賃なんか高くね?バグ?」
「レベル×5enずつ高くなる。
回復するなら、必要なコストって割り切るしかない。あと、帰った後は素材売却忘れずに」
「売るとなんかあんの?」
「品数が増える。基本的に、敵を倒して素材集めて売るしか金を稼げない。
雑魚でもボスでも、条件を満たすことでレアドロするから。売るとソレなりにたまる」
「へぇ。レアドロは祈るんじゃなくて、自分で条件満たして手に入れるのか。いーねぇ、すっごく面白い」
夜蛾のこめかみに青筋が走る。
その喉から「ガァッッデェムッッッ!!!」と何処かで聞いたことある怒号が飛び出すまで、5分と時間はかからなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ってことで、芽衣子ちゃんは悠仁の復学と同時に入学となりましたー!」
「芽衣子じゃない。カメコって呼んで」
ぱんぱかぱーん、と口で言いながら、クラッカーを鳴らす五条。
それを無視し、虎杖は馬鹿正直にとある事実を言った。
「名前の方が可愛い!芽衣子ちゃんの方が合ってるって、絶対!」
「あ゛?」
「………はい。ごめんなさい」
カメコの地雷、その2。愛称を馬鹿にするとキレる。
五条でさえもショックでしばらく寝込むレベルの罵詈雑言が飛び出るため、即座に謝ることを推奨する。
虎杖は、地雷わかんねーから喋れねー、と思いながら、微妙な表情を浮かべた。
「で、カメコちゃんはいきなりで悪いけど、明後日の京都姉妹校交流会で投入ってことで。大丈夫っしょ。強いし」
「第六層行っても、大丈夫くらいには鍛えてる…つもり」
デバフに極振りしてるため、決まらなければ、単体としての戦力はどうしても弱いが。
前に遭遇した、つぎはぎの変態…襲ってきたので返り討ちにした…のことを思い出しながら、カメコはフードの背中部分を覆う掌を動かし、ピースを作って見せた。
「こっちの技を完全に無効とかじゃない限り、勝てる。…と思う。
寝かせたら勝ちなら、大丈夫」
「あ、そっか。デバフ役だから、睡眠とかも入ってんのか」
これほど敵に回したくない呪術師は、そうはいないだろう。
彼女の先輩にあたる狗巻棘という呪術師も、同じような《呪言》を扱うが、使い勝手で言えばカメコに軍配が上がる。
が、狗巻のような強制力はないため、どちらが上かなどは判断できない。
カメコの呪言は、相手に耐性があれば、普通に防がれる。
例えば、10時間寝た相手に《睡眠の呪言》を使っても、効果がない。
しかし、狗巻はそんな相手にも『眠れ』と言うだけで眠らせることができる。
彼はデメリットとして、強い言葉や格上相手に呪言を使うとダメージを負うが、カメコにはそう言ったデメリットはない。
デメリットと言えば、コートの中が全裸…秘部は専用シールで隠してる…という、女子としては非常に恥ずかしい格好でなければ気分が乗らないくらいだ。
「俺は殴る、蹴るくらいしか出来ねーしな。
伏黒とか釘崎とか見てて、そうやっていろんなことできんの素直に羨ましいって思うわ」
「私はそういう火力はないから。適材適所。守って欲しい。サポートは任せて」
「おっしゃ任せとけ!」
「デバッファーとアタッカーって、地味に嫌な組み合わせだなぁ」
虎杖悠仁がクラスメイトと再会するまで、あと1日。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「真人、どうした?」
「…オタクって、怖いね」
「……………本当にどうした???」
カメコと狗巻先輩の違い
デメリット
カメコ…無し。その分呪言の強制力が弱め。特に状態異常系は実力差や相手の健康状態に左右される。また、封の呪言は実力差が開くほど成功確率が低くなる。特級相手にはほぼ運頼み。
狗巻先輩…強い言葉や使う相手によって反動がある。
強み
カメコ…デメリットが無く、また消費する呪力もそこまで無いのでバンバン使える。能力を下げる呪言は確実に当たる。実力差によって振れ幅が左右する。保険として使える。
狗巻先輩…呪言の強制力が強い。特級でもある程度は効く。
結論。どっちも強い。