呪術師じゃなくて、カースメーカーですけど   作:鳩胸な鴨

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その一撃は災害と呼ばれた。


禪院直哉、ノックアウト

『あなたの子供を産ませてください』

「いや、あの、その…種族の違いが…」

『愛に種族は関係ないと思う』

「パンダが熊に口説かれてるゥ〜…」

「字面だけ見るとカオスっすね」

 

ゴローの熱烈アタックに、パンダがタジタジしながら必死に説得を試みる。

が。どうやらそれも謙遜の美徳として捉えられたようで、火に油を注いだだけだった。

二年生の面々からすれば、珍しいにも程があるこの光景に、狗巻は動画撮影を始める。

 

「棘、憂太に送れよ」

「くっくっくっ…。しゃけ…」

「棘ェ!!お前のそんな悪そうな『しゃけ』初めて聞いたわ!!ってか助けろ!!誰に需要があるんだパンダと熊の恋物語なんて!!!」

『需要なんて関係ない。愛さえあれば、それが一番の宝だから』

「えっ…。アタシ、心臓バクバク…。これが恋…!?って、なるかーーーい!!ときめいちゃったよ不覚にもぉ!!!」

 

たしかに、とんでもなく特殊な状況でもない限りは、需要がなさそうな物語である。

パンダが断ろうにも、アタックを繰り返すゴローを見つめながら、夢黒が呟く。

 

「…………え?ゴロー、メス…!?!?」

『あ。ヤバっ。バレちった。…いや、マジで知らなかったんだ』

「知らないの!!小熊の時からずーっとオスって思ってたの!!!」

「えっ!?ゴローってメスなの!?!?」

「メス!?え、マジでメス!?!?」

「家族全員知らなかったの!?!?」

 

虎杖のツッコミに、気絶したカメコ以外の皆が頷く。

ゴロー自身は知られていないことを自覚していたようで、面倒だから黙っていたとか。

だがしかし、そこは愛に生きる華東家のペット。ゴローは面倒や価値観など気にせず、愛に生きる肉食系女子だった。熊だけに。

 

「……あれ?そういや真希さん、砲剣は?」

 

と。混沌とした空間から目を逸らした釘崎が、真希が普段背中に背負っている砲剣が見当たらないことに気づく。

真希はと言うと、歓迎用のケーキを頬張りながら、割れた窓の外を差した。

 

「車に置いてきた。カメコが『母ちゃんの戦闘意欲刺激すんな』っつーから」

 

そちらを見ると、五条が手配した車が二台、広めの駐車場に駐車してあるのがかろうじて確認できる。

真希が指していたのは、右に泊まっている、黒塗りの車だった。

 

「………盗まれたりしないですか?」

「はははっ。ねーって、あんな重いの。

もし盗まれても盗難対策バッチリだしな」

 

真希は笑うと、ゴローが用意した紅茶に口をつけた。

瞬間。口腔に広がるえもいわれぬ美味に、真希は目を丸くする。

 

「美味っ。え、なに?ゴロー、前世執事とかメイドでもやってたりしてた?」

『前世はビーバーだったよ。飼い主の手伝いでバーテンダーやってた』

「情報量でいきなり殴ってくんのやめろ」

 

知れば知るほど謎が深まる。それがゴローなのである。

因みに、パンダを口説くゴローの動画を送られた乙骨は、30分ほど五条の領域展開に巻き込まれた時のような顔をしていたらしい。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「……真希が対象から離れてます。獲るなら今かと」

「おし。ほな、ちゃっちゃと奪ってまおか」

 

直哉が言うと、彼の護衛を務める青年が、誰もいない車に近づく。

この車を運転していた男たちは、近場にある喫茶店で時間を潰している。

真希の持つ砲剣を奪うなら、ここしかない。

 

「鍵はどうやって開けるんや?」

「鍵屋でバイトしてましたので、このくらいは容易いです」

「おお、そっか。ほな頼むで…!!」

 

車の鍵穴に針金を突っ込む青年と、ソレを見守る直哉。どこからどう見ても、ただの盗人である。

人は野望のためなら、ここまで汚くなれるものなのだ。

一つだけ、不幸を挙げるとするならば、彼らは知らない。

この街は、犯罪率が他の地域とは比べ物にならないほどに低いことを。

狙っている砲剣には、その要因たる『街の災害』が関わっていることを。

だが、悲しいかな。

非術師を見下す悪習のせいで、ノーリサーチで来てしまった直哉たちには、ソレを知る術はない。

 

「……よしっ、開きました」

「っし、さっさと盗ってとんずらするで」

 

本当に、ただの泥棒としか思えない。

直哉が持ち去ろうと、砲剣の柄を握る。

これで真希は元の出来損ないに戻る。

公的な呪術師資格を持ち、後継に足る…というより、大きすぎる功績を遺した人材が、アイデンティティの一つを失う。

これにより、真希は禪院を継ぐことは、再び夢と消える。

その未来を描きながら、砲剣を抜こうとしたその時だった。

 

『掌紋認証にて要注意人物《禪院直哉》を確認!!盗難防止機構《ギムレー》の起動を要請する!!……承認確認!!!

3秒後、対象の排除を開始する!!!!』

「「は???」」

 

警報音と共に、かつてないほどにハイテンションな五条の声で放たれる物騒なワードに、目を丸くする二人。

二人が目を合わせるとともに、天空から暴虐の光が降り注いだ。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「わっ。なに、あの煙?」

 

爆発音と共に立ち上る煙を見つめ、鹿夜子が心配そうにその発生源を見つめる。

いつもならば、爆発音は大抵、夢黒によるギャンブル依存症への折檻か、呪霊との戦闘が起きてる証。

が、その発生源は今、この場でケーキを頬張っている。

 

「……夢黒じゃないってことは、爆破テロかしら?年に数回起こるものねぇ」

「ホント、ここって物騒なの。どこの死神が住んでるんだか…」

 

悲報。この街の治安、最低だった。

犯罪率は確かに低い。低いのだが、起きる事件が毎度の如く規模がでかいのだ。

大体、何かしらでキレた華東一家により、犯人の企みは粉微塵と消えるが。

そんな噂話が流れて尚、生まれて間もない夢黒が消えない傷を負うくらいには、治安は悪かった。

 

「……五条先生ってホント適当だよな。絶対一般人じゃないだろ、この家族」

「呪術師関連の血筋が皆無だからな。『呪術師から見たら一般人』なんだろ」

 

ちなみに、治安の悪さに呪霊は全く関与していない。カメコや夢黒が定期的に根こそぎ祓ってしまうため、住み着かないのだ。関与できないと言った方が正しい。

単にものすごく悪い人間が屯しやすい土地柄というだけである。

屯しては露と消える運命だが。

ひどい時は酔っ払った鹿夜子により、国家転覆クラスの悪巧みが粉微塵となったらしい。

だが今回は、そのような事件とは一切関係がない。

 

「……………えっ?あんな威力あんの?」

 

ダラダラと滝のような冷や汗を流しながら、真希が呟く。

何を隠そう。先ほどの爆発は、真希の砲剣に備わった、五条がメカ丸を死ぬほど働かせて作った防犯機能によるものなのだ。

ただの盗難から、禪院家の陰謀に至るまで、幅広く迎撃できるように、メカ丸が五徹したことで完成した掌紋認証機能。

それに加え、五条が「かっこいいから」という理由で再現した戦車《ギムレー》の遠隔射撃により、鉄壁の盗難対策が為されている。

正直、メカ丸は違法労働で訴えた方がいいレベルで働かされている。

 

それを聞かされていた真希も、「こんなバカ重いモン盗もうって思うやつ居ないだろうし、気にすることないか」と考えていた。

そのため、まさかそんな馬鹿をやらかすバカが、よりにもよって身内にいることに気づかなかった。

 

『催涙ガスの類だね。爆発は派手だけど、見た目だけだ』

「そんなこともわかんの!?ハイスペック過ぎるだろゴロー!!」

「高菜」

「え?『パンダより妻のが優秀』…って、棘テメェ!!オレはまだ未婚だぞ!?!?」

「学長に『パンダに結婚前提で付き合ってる彼女がいる』って言ってあげますよ」

「恵ィイ!?!?」

 

着実に外堀が埋まりつつあるパンダの絶叫を皆で無視し、煙が立ち上る方向を見つめる。

真希が目を凝らして見ると、爆風と共に空に舞い上がる直哉の姿が見えた。

居た堪れなくなった真希は、観念したように告げた。

 

「…………その、マジでごめん。アレ、私の持ち物の防犯…。多分、身内…」

「芽衣子が作ったんでしょ、どうせ」

「ウチのクソ教師も共犯なんだよなぁ…」

 

桐子の言葉に、寝巻き姿で寝転んで裏ボス三ターン撃破チャレンジをしている五条の姿を、皆が思い浮かべる。

打ち上げられた直哉の顔は、遠目からでも涙と鼻水とよく分からない液体で溢れており、その催涙ガスの強力さが垣間見える。

あの教師といい、気絶してるカメコといい、容赦がない。

 

「ん…?身内?なんかあんの?」

「相続争い」

「だってさだからウォーミングアップやめてママ頼むから」

 

桐子の言葉に真希らがそちらを見ると、怪物がシャドウボクシングを始めていた。

早口で鹿夜子を制す桐子だが、それで止まるくらいなら苦労していない。

どんな事情があれど、どんな酷い目にあっていようとも、盗人として『災害』鹿夜子に目をつけられたのだ。

逃れられるわけがない。

 

「え?盗人でしょう?それにあそこ、ウチの所有してる敷地内じゃない」

「いや、確かにウチの私設駐車場だけどさ、限度ってものが…」

「防犯は管理人の務めでしょう?」

「……本音は?」

 

つらつらともっともらしい理由を述べる鹿夜子に、夢黒が問う。

元々、鹿夜子は夢黒と同じく、あまり頭が強くない人種である。

夫によりある程度は改善されたものの、隠し事は下手だった。

 

「あの男の人、ガタイ良かったから手応えあるかなって」

「「うわぁぁぁぁあああっ!!!完全にボクシングスイッチ入っちゃってるぅぅぅぅううううっっ!!!!」」

 

サンドバッグを見つけた時のように、爛々とした目で告げる母に、娘二人は抱き合って絶叫をかます。

最悪の場合、こっちにまで飛び火してくる可能性もあるため、夢黒はまるで携帯のバイブレーションのように小刻みに震える。

普段ならギャンブル依存症を盾にしているのだが、残念ながら今は機械と銀の玉と戯れているため、役に立ちそうもない。

鹿夜子は軽くウォーミングアップを済ませると、地面を蹴って、天高く飛び上がった。

 

「………いや、絶対一般人じゃないって」

「確実に五メートルは飛んでる…よな?」

「おかか…」

 

催涙ガスの残滓が舞う駐車場に、爆風が巻き起こる。

その中心には、鹿夜子の右ストレートが決まった直哉が居た。

 

因みに。真希は後日、包帯だらけだった直哉に菓子折を持っていったらしい。




直哉くんがとんでもない目に遭ってしまった。ギムレーに催涙弾死ぬほど打ち込まれた挙句、世界王者の心折パンチ(心が折れて棄権する者が多いための通称)が炸裂。普通だったらトラウマになっているが、特技の「都合の悪いことは忘れる」でなんとかなった。

謎多きハイスペックベア、ゴロー(前世に人間はない)と呪骸パンダの愛物語が今、始まらない。

メカ丸逃亡(真人たちから)作戦、カミングスーン。ブラック企業からは逃げられなかったようだ。

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