「虎杖くん、横にずれて」
「っ、おう!!」
東堂との戦いの最中。
別の殺気を感知したカメコは、虎杖に指示を出し、背中の巨腕でその背後を薙ぎ払う。
相当量の呪力を纏ったそれは、背後にいた京都校の面々を寄せ付けない。
続け様に、カメコは声帯に呪力を込め、相手全員に向けて呪言を放つ。
「《痺縛の呪言》」
「しびびっ!?!?」
「っ、くぅっ…!?!?」
四人中、三輪霞、真依の二人に呪言の効果があった。
残りの二人は、どうやら状態異常にかからないだけの実力があるらしい。
彼らも想定内だったのか、特に動揺することなく残った全員が虎杖に襲いかかる。
カメコは続け様に、呪言を放つ。
「《足違えの呪言》」
この呪言により、加茂憲紀と究極メカ丸の速度が二割程度下がった。
それだけ遅くなれば、特級呪霊と見えた虎杖にとっては、格段に遅く見える。
「あれっ?なんか遅っ」
その遅さに思わず口を開き、あっさりと攻撃を躱してみせる虎杖。
対して、京都校の三人は、驚愕に目を剥いていた。
「なっ……!?耳から脳にかけてガードしてるのに、何故……っ!?」
「……………」
「少しは答えろ!!あれだけ饒舌だったのに急に無口になるな!!」
『俺にも、効果があるのか……っ!!』
話す分には、速度は落ちないらしい。
しかし、これで五対二。いくら二人が痺れてるとはいえ、それでも三対二。
その上一人はかなりの実力者。不利なのは呪術素人の虎杖と、これまた呪術素人のカメコの二人だろう。
見つけ次第で追尾する上に、囲んでくるタイプのF.O.Eほどの絶望感はないが、厄介なことには変わりない。
「隙を作る。逃げる」
「親友よ、その必要はない」
と。カメコを押し除け、東堂が前に出る。
その顔は、心底呆れたような、またはイラついたような、少なくとも、味方に向ける好意的な感情ではなかった。
地面を砕くほどの力を込めた拳が、加茂に襲いかかる。
が。呪言の効果の中でも、加茂はそれを躱してみせた。
「言ったよな。邪魔すれば殺すと」
「違う。お前は『指図すれば殺す』と言っていた」
「同じことだ」
一触即発の空気が流れる。
東堂はこれ以上の牽制は無意味と思ったのか、彼らを無視して虎杖とカメコに向き直った。
「あっちの呪言師はどうでもいいが、器はしっかり殺せよ」
「呪言師じゃなくてカースメーカーだ糸目。瞼引きちぎってしゃぶしゃぶにすんぞ」
「さっきまで最低限の呪言しか放たなかったのに急に口悪いな!?」
「カメコさん…、カースメーカーって、呼ばないと…、怒る…」
「喋るな、真依。痺れが取れるまで待て」
地雷その3。カースメーカーのことを別の名称で呼ぶとキレる。
ミステリアスでクールな印象を受ける姿をしているのに、ここまでキレやすいのはどう言うことなのだろうか。
本人としては、全身全霊でカースメーカーをしているのに、ケチをつけられることに耐えきれないだけなのだが。
「はーい、真衣ちゃん、痺れが取れるまで空にいようねー」
「あー…!そんな、まだカメコさんと話してないのにぃ……」
痺れの取れぬ真衣を、空から降りてきた影…西宮桃が回収する。
「しびび…」と未だに痺れで呂律の回らない三輪霞は、メカ丸が担ぎ上げ、それぞれ別方向へと向かった。
「さてと、邪魔は消えたな。
続きを始めよう、親友たちよ!!」
「おう!!」
「………………うん」
虎杖の拳と、東堂の拳。更にはカメコの呪言が今、交錯する。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…………呪力の、反転?」
「そーそー。
カメコちゃん、呪力操作がアホみたいに上手いから、ちょーっと齧ってみなーい?」
遡ること1日前。
入学に差し当たっての諸々を終え、ホテルに荷物を置きに行った直後のことだった。
五条がやけにニコニコしながら、カメコにそう提案したのは。
カメコは少し悩むと、口を開いた。
「………メリットは?」
「いろいろできるよ。回復とか、あと術式の効果を『真逆』にするとかね」
「……………っ!!!!!」
天啓、降りる。
カースメーカーは生粋のデバフ職。
一時期は『ペイン砲』と揶揄されるほど、猛威を振るったスキルはあったものの、それを抜けば、ほぼデバフ全振りと言っても過言ではない。
話は変わるが、世界樹の迷宮Ⅲ、Ⅳ、Xには「サブクラス」というシステムがある。
これは文字通り、キャラクターの職業固有のスキルの他に、別の職業の技能が一部使えるというものである。
しかし、残念なことに、これらにカースメーカーは含まれない。
理由は単純。システムが登場した作品に、カースメーカーが存在しないからである。
カメコは夢想した。補助役として最高のカースメーカーを。
サブクラスさえあれば、どんなことが可能だっただろうか、と夢想し続けた。
しかし、夢想は夢想。呪言が使えるようになった今でも、その夢が叶うことはない。
カメコは泣いた。嫁が画面から出てこないならまだしも、新たな力を手に入れることがないことを嘆き、泣いた。
厳密にはXではカースメーカーは敵キャラとして登場してるので、カースメーカーのサブクラス取得も可能だったのだろう。
その事実に三度、カメコは泣いた。嗚咽が酷すぎてゲロぶちまけるほど泣いた。
すなわち、何が言いたいかと言うと。
カメコはサブクラスを持ったカースメーカーという、ついぞ実現することなかった嫁の理想の姿を、顕現することができると言うことに気づいたのだ。
「……………ありがとう…。神よ…」
「うわっ……」
膝から崩れ落ちながら、天を見上げ、滂沱の涙を流すアホ。
まるでヤバい宗教集団の狂信者みたいになっているその姿に、五条は素で引いた。
尚、呪力の反転は普通にできなかった。
理由は、『呪力の理解不足』である。
♦︎♦︎♦︎♦︎
(連携に無駄がない…。
呪言による重ねがけで弱体化が積み重なる…と言うことがないのが救いか)
東堂とカメコたちの戦い…否、稽古は、呪霊ですら近づけぬほどの威圧を放っていた。
カメコの呪言には、重ねがけでさらに弱体化する…と言う効果は存在しない。
原作でも同じで、重ねがけはどちらかというと、効果の延長として使うものだった。
しかし、東堂は削られても、かなりの威力を持つ攻撃と、素早さをしていた。
正直、変わっていないと言われた方が自然である。
「カメコ、今!!」
「《軟身の呪言》」
「……っ!いい一撃だ、友よ!!」
虎杖の合図に合わせ、東堂の筋肉を少しだけ軟化させる。
普段でもそれなりに痛いだろう一撃が、一割増になって響く様に、東堂は獰猛な笑みを浮かべる。
東堂には状態異常系の呪言が効かない。
彼が非常に健康的な生活を送っているのと、実力差があるため、かかる可能性は、ほぼ天文学的確率となっているのだ。
カメコとしては、ここまでやりにくい相手は経験したことがない。
正直、虎杖がいて初めて渡り合えている。
それでも、稽古をつける師範代のように、圧倒的な余裕をかまされているのだが。
「しかし、惜しい…。カメコ…。お前の呪力操作は完璧だ。正直、文句の付け所がない。
だが!それを本当の意味で活かせていないのが、本当に惜しい…!!」
「?」
「悠仁もだ。お前の拳、確かにいい攻撃だ。
だが、遅れてやってくる呪力…。二人ともが呪力の扱いにおいて、そこで満足している…。
それでは、お前たちは愛する者を守れないだろう…」
「っ………!!」
悠仁の脳裏に、救えなかった友人の顔が過ぎる。
一方でカメコは、先日聞いた「反転術式」のことを思い浮かべていた。
呪力の操作が完璧なのに、本当の意味で活かせていない。
導き出される答えなど、彼女の中ではそれしか無かった。
「言わせてもらう…。お前たちの持つ愛は、そんなものか…!?!?」
東堂が涙を流しながら、押し殺したような叫びをあげる。
本当に友を案じているからこその、忠告。
言わせて欲しい。彼ら、まだ出会って1時間も経っていない。
「呪力の核心に迫っていない…!!
だから、お前たちの愛の結晶が、格下か、あまり差のない相手にしか通用しないものになってしまっている…!!!」
致命的な欠点。
それは、「格上に一矢報いることすら出来ない」ということ。
悠仁は兎に角、カメコは相手を極限まで弱体化させる術式だというのに、実力差が絡んでくるのがそうさせている。
このままでは、特級クラスと遭遇すれば、間違いなく瞬殺される。
カメコが真人を追い返せたのも、彼に対する絶対耐性を持っていたからにすぎない。
「それでは、術式が…、攻撃が…、お前たちの愛した者が…、泣いてしまうぞ……っ!!!!
魂の親友たちよ…。本当にそれでいいのか…?お前たちは、弱いままでいいのか…っ!!!!????」
「「…………っ!!」」
その言葉に、二人が硬直する。
悠仁は人を救うために、カメコは愛した自分を守るために。
それぞれが拳を握った。
「よくねぇよ…っ!!」
「私の愛が、足りなかった…。なら、もっともっと、深くカースメーカーを…世界樹の迷宮を愛するまで…っ!!」
「よく言った!!」
三人の姿が交錯する。
見ていた呪霊は、知能もないはずなのに、口を開いた。
『ナンダアレ気持チ悪っ』
重ねて言おう。彼らは会ったばかりである。
なんなら、相手の性癖と名前くらいしか知らない。
他のバトルはそこまで変わらないのでカット。
東堂は多分、逆に気持ち悪いレベルでものすごく健康的な生活をしてると思う。
ふと思ったが、花御が世界樹のこと知ったらどーなるんだろうか。