戦いにおいて最も避けたいことは、『普段通りの動きが出来なくなること』だ。
その点において、狗巻棘と華東芽衣子ほど、意識下におくべき存在はいないだろう。
特に後者は、呪霊特攻とも言える攻撃を習得している。
呪霊である花御としては、宿儺の器という、今しがたとんでもない爆発力を見せつけた存在も相まって、焦りが生じていた。
「シスター。あれが『黒閃』だ。
呪力の反転を会得するなら、アレを経験して真理に近づくのが手っ取り早い」
「ええ、分かってる。兄弟…悠仁の呪力操作が、格段に変わっている…」
「分かるか。流石は我がソウルシスター」
黒閃を決めた瞬間、呪力に対しての理解度は深い場所まで到達する。
発動条件は厳しいものの、決めれば絶大な威力かつ実力の増強もできる。
カメコは黒閃を決めなければ、呪術師として…否、カースメーカーとして一皮剥ける時は、永劫に訪れない。
すなわち、呪術師としても、カースメーカーとしても、頭打ちの状態に入っている。
東堂は、鍛え上げられた観察眼により、ソレを見越していたのだ。
「さあ、次はシスター、お前だ!
ブラザーがやれたんだ、お前もやれる!」
「うん」
東堂はまだ手を出さない。
よろけ、破裂した手を再生した花御が駆け出すカメコを警戒する。
一発撃った種子はカメコに防がれた。
なら、複数ならばどうだろうか。
そう判断した花御は、即座に地面から数発の種子を放つ。
カメコはソレを視認し、呪言を放とうと喉に呪力を巡らせる。
と、ここで花御は樹木を操ることで、カメコの死角から喉を締め上げた。
「がっ……!?」
「カメコぉ!!」
瞬間。服にある呪力を喰らった種子が芽吹き、カメコの体を貫く。
どう見ても重傷。
傷の回復を生業とする家入硝子でさえも、回復は難しいレベルの傷だ。
ソレを見て、花御はほくそ笑む。
『まずは一人…!!』
「ブラザー、止まるな!!シスターの目は死んでない!!」
実のところ、カメコはこの攻撃をわざと受けた。
黒閃を決める条件は、『打撃との差異をほぼ無くすこと』。
カメコはライフトレードで樹木の持っていた呪力を吸い取り、力技で握り潰す。
そのまま降り立ったカメコは、そのまま呪言を放った。
「《病毒の呪言》……がふっ…!!」
『自分自身の体液に、毒を発生させた』。
無論、カメコ自身も無事では済まない。
喀血しながら、朽ちていく種子を無理やり引き抜き、そのまま駆けていく。
(なんて判断力…!?まずい、アレは呪力を吸い取ってしまう…!!)
油断していた花御の土手っ腹に、拳と共に『呪力の塊を打ち出した』。
「《ペイントレード:黒閃》……っ!!!」
『な、ぁあっ………!?!?!?』
ペイントレード。
通称、『ペイン砲』。自身のダメージ量に応じて、威力が上がる攻撃。
条件を満たせば、カウンターストップするほどの威力を誇る一撃。
カメコは現在、はっきり言って、死にかけの状態にある。
内臓はズタボロ、血液は無理やり種子を抜いたことで、致死量ギリギリなまでに抜け落ち、更には自傷分の毒が体を蝕む。
死にかけの状態で放つペイントレードは、世界樹の奥に住まう魔神すら屠る。
それに黒閃による威力上昇が合わさり、凄まじい黒の閃光が花御へと襲いかかる。
慌てて花御は樹木でガードするも、その空間の爆裂が、確実にその体を抉った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
瞬間。カメコの視界が、赤と緑のマーブル模様で埋め尽くされる。
ここは、カメコの生得領域。
魂の周りに展開されたソレの中に、カメコの意識は訪れていた。
「ここって…、真朱ノ窟…?」
真朱ノ窟。記念すべき世界樹の迷宮の第一作目、その全ての終焉を告げる第六階層の名。
並の人間が立ち入れば、即座に死ぬだろう、魔神の臓物。
カースメーカーが一人で立ち入れば、それ即ち、死。
蠢くモノすらいないその空間の中、カメコは一つだけ、そこに佇む存在を見つける。
「…………そりゃ、いるか」
生物ならばありえない数の瞳。
全てに向けて、殺意を振り撒くかのような、重厚な威圧感。
あらゆる存在への冒涜と取れる出立ちをしたその『魔神』を、彼女は知っている。
「───────」
その名を呼ぶと共に、全身の激痛がカメコを現実へと引き戻した。
カメコは最後まで気づかなかった。
目の前のモノとは違う、化け物『たち』が、彼女を見ていたことに。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「げぼっ、げぼっ…!!」
「シスター!!呪力の反転を使え!!今のお前なら出来る!!」
「わ゛がっ゛でる゛…っ!!」
意識が戻ると共に、激しく喀血するカメコに、東堂が声を張り上げる。
あの時は理解できなかった呪力の反転も、今なら理解できる。
カメコは呪力を反転させ、術式を発動する。
「《治毒の祝言》」
毒が体液から消える。
それと同時に、反転した呪力がカメコの体を治し、無傷の状態へと戻った。
愛と共に、呪力の供給が止まらないカメコならではの治癒速度。
花御は傷を癒しながら、その様を驚愕の表情で見つめていた。
「すごい。これが、反転…!
まるでカースメーカーにサブメディック…」
細かな制限はあるのだろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
拍手しながら、滂沱の涙と鼻水を流す東堂が二人の間に入る。
「Congratulation…!
良くやった、二人とも!!特にシスター、アレは心臓に悪かったぞ!!」
「ホントマジだよ!!よく生きてたな、カメコ!!帰ったら飯奢ってやるよ!!」
「ああでもしないと、私の黒閃は決まらなかった」
わいわいと談笑する最中、花御の傷が完全に治癒する。
左腕を覆っていた布は、ペイントレードの黒閃により弾け飛び、呪力も相当量削られている。
祓うには、ここしかない。
「ブラザー、シスター!!いけるな!?」
「おうとも!!」
「任せて」
これほど可哀想な呪霊がいただろうか。
変態的な思考の持ち主二人に、ソレに当てられたバカが一人。
しかも、この場における、恐らく最高戦力の三人が、一斉に襲いかかってくる。
生きてさえいれば、花御を消し飛ばす威力のペイントレードを放つカメコ、無視できない爆発力を持つ虎杖、更には、何一つわからない東堂。
花御はというと、焦りに焦り散らしていた。
(聞いていない…!!なんなんだ、あの女は…!?あの現象を起こしただけでなく、今なお色濃く感じる『気配』…!!
森から生まれた呪霊の私だからこそ感じる、アレの中に感じてしまう、あの『得体の知れなさ』………っ!!!!)
花御の意識は、完全に未知への恐怖へ染め上げられている。
カメコはソレを見て、鈴と共にあの呪言を、増幅して放った。
「《畏れよ、我を》」
『!?!?!?』
「隙あり!!」
恐怖で花御が硬直する。
駆け出した虎杖の蹴りによる一撃が…否、黒閃が、決まる。
吹っ飛ばされた先に、東堂の拳が放たれる。
が。その直撃を避け、返り討ちにしようと、花御が攻撃しようとしたその時だった。
ちりん、と、あの鈴の音が響いたのは。
「《命ず、自ら滅せよ》」
『ぎっ……!?』
「ナイスだ、シスター!!」
花御が、自分自身の脇腹に、拳を放つ。
東堂はその頬に拳を突き刺し、思いっきり虎杖の方へと飛ばした。
(なんだ…?なんだ、これは…!?)
「《力滾の祝言》」
ちりん。鈴の音と共に、虎杖、東堂の二人が、力が滾るような感覚に襲われる。
力祓いの呪言の反転。
通常の二割増しの力の感覚に、虎杖が吠える。
「なんか、滾ってきたァ!!」
『がぁああっ!?! ?』
(なんだ…!?なんなんだ…!?さっきよりも、格段に…っ、重い…っ!!)
三度、黒閃。
同胞ならまず死んでる連携に、花御が地面を転がる。
そこへ、飛んできた東堂が襲いかかった。
「シスターの反転術式…。なるほど、弱体化の逆は、強化か!!
こりゃあいい、病みつきになる!!」
「そこへ、これとかどう?《軟身の呪言》」
東堂の拳が当たる寸前、ちりん、と鈴の音が響く。
柔らかくなった体に突き刺さった拳が、花御の体を大きく傷つける。
それにより、更に吹っ飛ばされた花御を追いかけ、全力で跳んだ虎杖。
「《命ず、言動能わず》」
(まただ…!!体が、思ったように…っ、動かない…!!)
花御は鞠を出して、浮遊しようとしたが、見越していたカメコの呪言によって防がれる。
数回転した本気のかかと落としの黒閃が、その目から生えた樹木の一つに突き刺さる。
地面を叩き割るほどの一撃に、花御は痛みに喘ぐ。
(一体、なんだと言うのだ、これは……!?
何故、私が、ここまで押されている……!?)
「さあ、兄弟たちが魅せてくれたんだ!!ここからは俺も、本気を出そうじゃないか!!」
東堂が掌を叩く。
と、ドロップキックの体勢を取ったカメコと東堂の位置が入れ替わる。
黒閃。カメコが起こした一撃に、花御が派手に吹き飛ばされる。
「俺の術式、《不義遊戯》を解禁した。
手を叩くことで対象の位置を入れ替える、シンプルな術式。
兄弟たちには軽く伝えただけだが、初めて使うのに、よく適応してくれている」
もはや言葉は無用。
魂で繋がったアホどもは、完全に互いを理解し、信じ、花御を殺しにかかっていた。
吹っ飛ばされた花御の位置を、虎杖の隣に立つ東堂と入れ替える。
(本当に、訳がわからない…!!なんなんだ、こいつらは……!?)
「分かんないって顔してんな、お前」
虎杖の黒閃が決まる。
東堂はその隙にカメコへと走り、カメコと花御の位置を入れ替え、蹴りを目の樹木に叩き込んだ。
『がぁあああっ!!!!』
「俺たちが強い理由。それは、たった一つ。
単純明快、シンプルでいて、絶対的な真理がある」
吹き飛ぶ花御の向こう側には、拳を構えた虎杖と、巨腕を構えたカメコ。
三人は息を吸い込むと、叫んだ。
「「「『愛』があるからだ!!!!」」」
黒閃。花御の体が、天高く舞う。
その姿を見届けながら、祓われた呪霊は、残穢ながらも呟いた。
『イヤ、気持チ悪スギン…?』
花御が死にそう。まだ殺すつもりないけど、アホどもの殺意が高すぎる。富士山だったら6回は死んでる。
ペイントレードの黒閃、直撃しなかったからあの程度で済んでるけど、直撃したらまず死んでると思う。早い話木っ端微塵。
宿儺と六層ボスを同格にしてみた。文明一つどうこう出来るバケモンどもだし、いいでしょ。
感想欄で常識人呪霊くんの人気が凄くてびっくりした。今回は残穢でなんとかしたけど、なんかの形で復活させた方がいいかなぁ…?