なお、このフジキセキは、『ウイニングポスト9』という競馬ゲームをやっていたら、たまたま無敗のフジキセキができたのでそれをモデルとした。
僕──フジキセキは、自分が思うよりも速くて、強いのかもしれない。
そんな考えを小学生の頃から抱き始めた。
走れば必ず大差をつけた一着であり、それは僕と同じウマ娘相手であっても変わらない。
あるとき、小学生のウマ娘限定の競走大会があった。
僕はその大会に出てみることにした。自分自身の実力を試すために。
結果としては、僕はその大会で相まみえたウマ娘全員に大差をつけ、周囲を唖然とさせ──優勝した。
会場にいた全員が信じられないという表情を浮かべていた。僕に敗れたウマ娘たちは、感情が死んでいた。
してやったり、と当時の僕は拳を空へ突き上げた。
そして──自分の速さと強さは、ただの妄想じゃなかったとも、確信してしまったのだ。
中学生に上がる頃。僕は親からの勧めで、東京にある中央トレーニングセンター学園、通称トレセン学園に進学することにした。
受験も特に問題はなく、実技の競走のほうも大差をつけて合格した。
このときまでは、僕の心は熱く滾っていた。
──自分よりも強い、格上のウマ娘たちと競える。当時は、そんなことを夢見ていた。
ある日に、トレセン学園が新たな入学生に対して毎年行う、選考用のレースがあった。
簡潔に説明すると、そこでは僕たち──ウマ娘につくトレーナーを決める、という内容だ。
レースには、数多の未来のスターウマ娘たちがいた……と思う。今となってはあまり覚えていないが。
そこでも僕はぶっちぎりだった。いつものように勝ちたい、と思いをぶつけながら走った結果だ。
僕と競ったウマ娘たちは、全員が絶望していた。
そして、あるウマ娘が息も絶え絶えに呟いた。
「ば、化け物どころの、話じゃない……」
たまたまその言葉を耳に入れた僕は、思わず苦笑しながら──
「いやいや、僕よりも強くて化け物なウマ娘は星の数ほどいるさ」
いま思えば、言ってはならない禁断の言葉を紡いでしまった。
その時点から、僕のライバルなど存在すらしなかったのだ。
選考レースを終えたあと、ある男性トレーナーについてもらった。
理由としては彼の志と熱意に惹かれたからだ。
──最高のウマ娘を創る。そんな単純明快な志。しかしその言葉には明瞭な熱意が籠っていた。
だからこそ、契約した。
迎えた競走ウマ娘としてのデビュー戦。心は滾りに滾っており、身体を流れる血は舞い踊っていた。
高揚を隠せない面構えでゲートに入る。その時点で勝負は決していた。
僕が二着から十二バ身も離してゴール。それだけであり、敵う者などいやしなかった。
その後のレースも、僕と競うどころか、僕から離される者ばかりだった。
日本最高峰のレースであるGⅠ──朝日杯フューチュリティステークスもそうだった。
その頃からだろうか。
──ライバルが欲しい。自分と競っても壊れないようなライバルが。
そのような思いが芽生え始めていた。
続く弥生賞。そこでも僕の圧勝。トレーナーは唖然としていた。
なんでも、非常に有力なウマ娘が出走していたらしい。僕が叩き潰してしまっていたようだが。
GⅠである皐月賞でライバルを見つける。自身の中で目標を決めていた。
──だが後日。運命の悪戯か、僕は屈腱炎を発症してしまった。
医者からは「皐月賞は難しいでしょう」と宣告され、トレーナーも回避の方向で進めていた。
悔しかった。初めて挫折というものを味わった。
ふと読んだ新聞には『音速のフジキセキ、屈腱炎を発症。皐月賞を回避どころか、このまま引退か』と見出しに記されていて、思わず投げ飛ばしそうになってしまった。
あまりにも屈辱で、悔しすぎた。
僕は宛もないままふらりと三女神像が目印の広場にいた。
僕の瞼から初めて涙が零れていた。
もう走れないかもしれないし、ライバルを見つけることも叶わないかもしれない。
──そんなとき、僕の視界が暗転した。
気がつけば真っ暗な場所。しかし──身体は今まででいちばん軽く思えた。
眼前には、一筋の光。直感的に、それへと手を差し出し──駆けていた。
光との距離はどんどん縮んでいき──それを掴んだ途端。
視界に映るのは、元の広場だった。
なにひとつ変わらない、三女神像がある広場。
けれど、変わっていたことがひとつあった。
重りが除かれたように身体は軽く、足の痛みもない。
とても現実とは思えない、不思議な現象。
けれど──これで皐月賞に出走できる。
トレーナーにこのことを告げると、舞い踊ってしまうほど喜んでいた。
そして──皐月賞当日。
結果は──僕の圧勝だった。それも大差の。
ライバルを見つけ出すことなど叶わなかった。
だがひとつの達成感はあった。挫折という壁を乗り越えた感覚が。
翌日、新聞には『フジキセキ、奇跡の復活! 皐月賞を圧勝!』と見出しに載せられていた。
ふとそのとき、トレーナーから問われた。
「フジキセキ、米国の芝三冠に挑んでみないか?」
少々動揺してしまった。米国の芝三冠は、日本のクラシック三冠以上のレベルだ。
「お前なら距離適性的にも三冠いけるぞ!」とトレーナーは後押ししてくれる。
だからこそ──ライバル探しも兼ねて、米国の芝三冠に挑むことにした。
結論からいくと──僕は米国の芝三冠を獲ってみせた。全て大差をつけて。
唯一残念だったことはやはりライバルを見つけ出せなかったこと。それだけが心の取っ掛かりだった。
日本の空港に入ると、熱烈な歓迎が僕を待っていた。
日本のウマ娘が米国の芝三冠を制覇──これが偉業だという自覚はある。
その後、トレーナーも「凄いじゃないか!」と何度も連呼し、称賛してくれた。
「これからどうする?」とトレーナーが問うてきたので、僕は一拍おいて答えた。
「日本のみんなには申し訳ないけど、米国に武者修行に行きたい。そこで更に強くなりたい」
それを聞いたトレーナーは頷き、「なら、俺も行くぜ!」と言ってくれた。
正直、トレーナーがついてきてくれることは非常に頼もしかった。
そして秋。僕とトレーナーは米国に旅立った。
そこでも連戦連勝。米国最高峰のレースのひとつであるBCマイルも圧勝してみせた。
だけどやっぱり、ライバルはできなかった。
ここまでライバルができないとなると、自分の強さが呪いに見えてきてしまう。
だがトレーナーがある情報をもたらしてくれたことにより、一筋の希望が開けたように思えた。
『日本の三冠ウマ娘・ナリタブライアン、有馬記念制覇! ここに王者が君臨した!』
それは昨年の新聞だったが、僕の興味を惹くには十分なものだ。
「……ナリタブライアンが次に出走する予定のレースを教えてくれ」
トレーナーは頷くと、すぐさま教えてくれた。なんでも、天皇賞(秋)を予定しているのだとか。
「日本に戻る。そして天皇賞(秋)で、ナリタブライアンに挑む」
今まで以上の闘志が僕の身体に宿る。ようやくだ、ようやくライバルができるかもしれない。
そう考えると血が騒ぐ。
日本に帰国した直後、多くのメディアが空港で僕を待ち侘びていた。
だからこそ、僕は告げる。
「ナリタブライアンよ! 観ているか!? どうやら、次は天皇賞(秋)に出走するらしいじゃないか! そこでキミを打ち破ってみせよう!」
明瞭な絶対王者への宣戦布告。それに湧き立つメディア。
最高の気分だった。出せなかった真の力が出せる相手が見つかったかもしれないからだ。
時は進み、天皇賞(秋)当日。観客席はぎゅうぎゅう詰めで誰もがみな、僕とナリタブライアンの競走を待ち望んでいる。
「お前がフジキセキ、とやらか」
「──そう言うキミこそがナリタブライアン、かな」
漆黒の長髪に、長身。何より、威圧感。その者こそが日本の絶対王者・ナリタブライアンだ。
「キミとの競走、楽しみにしてるよ」
その一言、たった一言で一瞬だけナリタブライアンの双眸が揺らぐ。
「こちらも、米国のマイルの絶対王者に負けるわけにはいかんな」
「……へえ?」
僕のライバルに能うか、ナリタブライアンの力量を確かめる──だが全力で勝つ。
そう決意し、そして──
勝負は一瞬だった。
残り百メートルでナリタブライアンが先頭に立ち、このまま決まりかと、みんなが一様に思っていた。
『フジキセキだ! フジキセキが凄まじすぎる速さで追い上げてきた!』
残り五十メートル。全身の血管が身体に浮かび上がり、足は限界を超え、一歩一歩で地面を抉るほどの末脚でナリタブライアンを抜かす。
しかしナリタブライアンも差し返しに図ろうとする。けれど、無駄だった。
どんどんナリタブライアンが遠退いていく。
──ああ、彼女も僕のライバルにはなれないか。
ゴールした直後に思い浮かんだ感情は、複雑なものだった。
『フジキセキ、独走! まさかのナリタブライアンから大差をつけ、そのままゴールイン! 凄まじい! 凄まじすぎるぞ! フジキセキ!』
ナリタブライアンは息を絶え絶えとさせながら、僕の前に膝をつく。
「なんて、強さなんだ……」
僕はこの時点で確信してしまった。
──僕のライバルは、生涯現れないのだと。
心はぐちゃぐちゃだった。空に目を向けても、僕のライバルなどどこにもいない。
ナリタブライアンを破ったあとからは、何も期待せずに走り続ける毎日となった。
熱く燃えるような闘志も、今ではすっかり冷え切ってしまった。
ふと夜空を眺める。
そこで輝く星には、どこか煌めきがないように見えた。
まるで、僕のように。
久しぶりの投稿なのでかなり緊張しながら書いた……。