Abissale solitudine -海の底に消えた鍵-   作:紅 奈々

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第1楽章 Prologo
標的1 【悪魔の猫】


 昼の住民が寝静まって月が南の空を少し過ぎ、真っ暗な夜の街を見下ろしている頃にそれは行われた。

 

 ここは、日本某所の港。

 停泊している船から二人の男が姿を現す。 その時を待っていたかの様に倉庫の陰から一つの影が躍り出た。

 月明かりに照らし出された髪は長く夜の背景に溶け込む様な深い蒼、顔には黒猫の面を着けている。

 月明かりが反射しててらてらと鈍色に光るクナイを持つ手は闇に居ると白く際立ち、顔が見えなくともそれだけでその人物が美しい事は想像ができた。

 

 「ディ……っ、悪魔の猫(ディアーヴォロ・ガット)!?」

 

 男の1人が狼狽した声を上げる。 もう1人の男は急いで銃を取り出し、悪魔の猫(ディアーヴォロ・ガット)と呼ばれた人物に向けて弾丸を放つ。

 夜の海に銃声が高く鳴り響いた。

 その瞬間、月が雲に隠れ辺りは闇に覆われた。 悪魔の猫(ディアーヴォロ・ガット)と呼ばれた人物は、殺し屋の攻撃をひらりと身一つで避ける。

 

 (コイツ、雑魚だ。 三流か)

 

 そんな事を思いながら彼はクナイを取り出し、銃弾を撃ってきた男の脳天に目掛けて投げた。

 まるでダーツの矢の様に真っ直ぐな軌道を描いた後、クナイは音も立てず男達の脳天に命中して、彼らは頭から紅い液体を撒き散らせて崩れ落ちた。 即死だ。

 

 悪魔の猫(ディアーヴォロ・ガット)は肩に乗っている普通の鰐よりも明らかにサイズが小さな鰐――アリゲータを放す。

 アリゲータは、胡麻粒の様な小さな目で主人である()を見上げてきた。

 

 「そいつ、食べて良いぞ」

 

 初めて出した声は、声変わり前の少年の様なやや低い声だった。

 彼がしゃがんでアリゲータを撫でると、アリゲータはそそくさと今は動かない肉塊となった男に近付いて、それを食べ始めた。

 生の人肉を食べる様なグチャッという様な音や骨を砕く様なボキッといったグロテスクで嫌な音を立てながら、アリゲータはまるで美味い物を食べているかの様に満足げな顔でそれを食べる。

 

 アリゲータは、彼がとある実験中に召喚してしまった小さな雑食獣。 雑草から樹木や動物は勿論、人間や機械、家、鉄筋コンクリートetc.何でも食べる事が彼の実験で解っている。

 人間や動物に関しては生きてようが死んでようがお構い無しに食べる様だ。

 

 性格は従順で大人しい且つ標的に対しては獰猛で凶暴。 法律に目敏い日本では大層役立つ。

 そして何故か、アリゲータは鰐の癖にキャットフードを好む。

 思い当たる理由は一つしかない。 それは、彼が初めてやった餌がキャットフードだったからだ。

 

 いつのまにやらアリゲータは2人目をを完食して、満足そうな顔で彼を見上げていた。

 あれ、もう2人を食べた? 気付かなかったんだが……つーかお前、毎回思うがそんな小っせぇ体で何処に大人二人分入ってんだ?

 お前は掌サイズだろうが?

 

 アリゲータの体の構造がよく解らない。 と彼は思う。

 初めはあまり好きじゃなかったアリゲータも、飼い慣らしていく内に愛着が出てきたのか、今となってはいい相棒だ。

 

 彼が手を地面に付けると、アリゲータはトタトタと彼の手に乗って腕を伝い、定位置となっている主人の肩にちょこんと乗る。

 

 「さて、クライアントん所に行って報酬貰って、キャットフードでも買いに行こうか」

 「クルックー」

 

 彼の言葉にアリゲータは彼の首筋に顔を擦り寄せ、肯定するかのように嬉しそうに鳴く。

 

 いや、鰐って鳴いたっけ? 俺の記憶じゃ、鰐は鳴かなかった筈だ。

 しかもそれは鳩の鳴き声だ。 お前は鰐じゃなかったか?

 

 アリゲータと過ごして3年。 未だにその生態が解らない。 と、彼は首を傾げた。

 

 ―― ――

 

 彼はクライアントの所に報告に行き、報酬を貰って帰宅した。

 とある事情から彼は家を出て、日本で半一人暮しをしている。

 

 親の遺した遺産と後見人からの援助はあるが、彼らにあまり頼りたくない彼は殺し屋として報酬を稼いだり、賞金首を捕まえて賞金を貰ったりで金策をしていた。

今日の報酬はいつもより良かった。 と、彼は微笑む。

 

 今回のクライアントはいつもの常連で毎回思った以上に報酬をくれるが、今回はいつも以上に報酬を弾んでくれた。

 ヤクザは払いが良いからその点では嫌いではない。 人情深い所もあって自分から見れば変人でしかないが、そこもなかなか気に入ってたりする。

 そんな事を思いながら彼はアリゲータをケースに仕舞うと、風呂に入って寝た。

 

 (明日は学校か、面倒くさいな)

 

 いっその事、世界から“学校”なるものが消えてしまえばいいのに。 と言うか“明日”が来なければいいのに、と彼は眠たい意識の中で思う。

 

だが、どんなに願っても“明日”は必ず来る。 それは、既に午前一時を指す時計の針が“今日”はとっくに“昨日”になり、“明日”が来たのだと言う事を示していた。

 

 

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