Abissale solitudine -海の底に消えた鍵-   作:紅 奈々

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標的3【過去:虚偽と断罪】

 その時は唐突に訪れた。

 

 ある日の昼休み、璃王は保坂に呼び出されて屋上へと足を運んだ。

 屋上の鉄扉を開ければ、凄い勢いで風が璃王の蒼い腰辺りまでの髪を掠う。

 

 屋上には既に保坂が来ていて、近付いてくる璃王の姿を見るなり、いきなり質問してきた。

 

 「ねぇ、あんた。 嫌がらせされてるの知ってる?」

 

 何だ、その話か。と、璃王は来るんじゃなかったと思いながら踵を返した。

 それについては話すことは何も無い。

 こちらは気にしていなければ、興味もないからだ。

 

 「ちょっと待ってよ!」

 

 呼び止める保坂に璃王は「何だ」と溜息を零した。

 面倒くさい奴だな、おい。

 

 「私の質問に答えなさいよ!」などと睨みながら喚いているが全く怖くねぇ、と璃王は思いながら保坂を指指す。

 

 「どーせ、お前の仕業だろ」

 「あ……アンタが悪いんだからね! あんたが私を振るから!」

 

 まさか、嫌がらせをしていたのが自分だと気付かれていたことに驚きながら、保坂はやけくそに言い募る。

 まるで幼児の言い訳の様な保坂の言葉に呆れながら璃王は言った。

 

 「くっだらねぇー……。 振られたからって俺に当たるのは筋違いも良い所だ」

 

 振られることを想定していないとかどれだけ自意識過剰ですか、と璃王はうんざりする。

 

 (こいつは脳内快適系か? 面倒なヤツに絡まれたもんだな、おい)

 

 そんな事を思っていたら、保坂がまた何かを喚いた。

 

 「ちょっと格好いいからって調子こいてんじゃないわよ! まぁ、いいわ!

 あたしを振るなんて誰だろうが許さないんだから!」

 

 ヒステリックに叫んだ保坂は自分のシャツの襟元に手を掛け、シャツを一思いに破く。

 ブチブチ、とボタンが弾け飛ぶ音がやけに響いた様な気がした。

 

 何をする気だ、と璃王が思う暇もなく、保坂はシャツから肩を出して両腕を抱き締め、何処からそんな声量を出しているのかと疑いたくなるほどの叫び声を上げた。

 

 「きゃぁぁあっ! やだ、璃王く……っ、やめてぇっ!」

 

 いや俺、何もしてないのだが。 こんな演技に誰が引っ掛かるというのだろうか。

 金切り声で叫ぶ保坂に璃王がそんな事を思っているとバァン!と荒々しく扉を開く音が聞こえ、数人の足音が聞こえた。

 

 暫くすると、「理絵奈ちゃん!?」と、一番に屋上に来た沢田が驚いたような声を上げる。

 その後をゾロゾロと野次馬が集まってきた。

 

 「ツナくぅんっ、助けてっ!」

 

 駆け寄ってきた沢田の背中に隠れながら、保坂は泣きじゃくる。

 それとは反対に「状況が理解できん」と璃王は頭が真っ白になった。

 

 「何があったの、理絵奈ちゃん?」

 「グズッ……あたしね、璃王君に呼ばれたから、屋上に来たの……っ!

 そしたら……そしたらね、告白されて……っ!」

 (はぁ!? ちょっと待て!?)

 

 璃王は保坂の言葉を聞くと、驚愕して言葉を失う。

 

 告って来たのはお前で、それはもう何日も前じゃねぇか!?

 そんな事を思っている間にも、保坂の現状説明が続く。

 現状に頭が付いて行けず、口を上手く挟めない。

 

 「まだ……璃王君の事、よく解んないし……っ、友達から始めましょ、って……言ったら……っ、いきなり、襲おうとしてきたのぉ……っ!」

 

 璃王は漸く現状を理解する。

 

 (それで俺を貶めるつもりか)

 

 保坂の言葉を聞いた沢田は徐に璃王へと視線を移した。

 ゆっくりと向けられたそのオレンジの目には、疑惑の色が見え隠れしている。

 

 「ほ……本当なの……? 神谷君?」

 「告白してきたのもフラれたのも保坂。 しかし、それは前の話だ。

 そして今日、保坂に呼び出されてここにきたら突然、「私を振るなんて誰だろうが許さない」とか言って自分のシャツを引き裂いて、その有り様だ。

 俺はそいつに触れてもいない」

 

 璃王に猜疑的な視線を向けて問うてくる沢田を見据え、どうにか璃王は言葉を絞り出した。

 すると今度は、保坂が懐疑心を孕んだ目に晒される。

 

 まさかこうなることを想定していなかったようで、保坂はこの場を切り抜ける為の策を頭をフル回転させて考えた。

 

 「嘘よ、あたしが嘘を吐くワケ……っ、ないじゃない……っヒグッ、……、皆は……、理絵奈を信じて、くれる……?」

 

 保坂が目に涙を浮かべて沢田達に問う。

 

 (いやいや、おもっくそ嘘吐いてンじゃねぇかこの野郎!)

 

 璃王が心の中で毒づいたその瞬間、男子の一人が璃王を殴り飛ばした。

 その瞬間、璃王の脳裏に一つの光景が過る。 思い出したくもない記憶。

 殴られた時に璃王は悟った。

 また、同じことが繰り返されるのか、と。

 

 午後の暑さすら感じる屋上に、バチン!という、肉が打ち付けられるような音がやけに大きく響いた。

 突然の事に受け身を取る事を忘れた璃王は、仄かに熱を孕んだコンクリートに身体を打ち付ける。

 

 「お前最低だな!」

 「恥を知れよ!」

 

 男子達の浴びせる罵詈雑言を璃王はただ、聞いていた。

 何をしようにも何も思いつかないし、考えるのも面倒だ。

 

 璃王に罵詈雑言を浴びせる者たちの目は、明らかな敵意を孕んでいる。

 “こちらが絶対的な正義だ”とでも言うかのように。 璃王に断罪の糾弾をする。

 

 「……、「俺を信じろ」とは言わない。 俺を信じるか信じねぇかはお前らの自由だ」

 

 ただひとつ、璃王が言えることはこれだけだった。

 今の彼らに「俺はやってない」と言った所で信じられないのは目に見えている。

 

 むしろ、余計にヒートアップさせて殴られるのがおちだろう。

 自分の無実を証明する術もない。 その証拠はないのだから。

 

 痛む身体を無視して璃王は屋上を出て行った。

 剥がれかけた傷跡を見ない振りをして――。

 

 

 

 

 それから、璃王の噂は直ぐ様学年中に広がり、保坂を信じる者とそれに関わらないように見て見ぬ振りをする者とで分かれた。

 

 

 今では保坂を信じて璃王を痛めつける者の方が圧倒的に多くなっている――。

 

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