Abissale solitudine -海の底に消えた鍵- 作:紅 奈々
応接室に着くと、そこには雲雀が居た。
彼が応接室の主なので、そこに居る事は何ら珍しいことではない。
噂では、委員会の部屋割りで他の委員会の人間を黙らせた上で勝ち取った部屋だとか。
そもそも、この学校で――否、この街で彼に逆らえる人間はいない。
その委員会の集会で何があって応接室を手に入れたのかは大体の想像が付く。
その応接室の主である雲雀は、珍しく璃王が授業中に応接室に来たことに驚いていた。
「ワォ、君がこの時間にここに来るなんて、どういう風の吹き回しだい?」
「本当は帰ろうかと思ったんだがな」
応接室に入って璃王はソファーに座るとそのままゴロン、と横になった。
ふぅ、と息が漏れる。 なんだか今朝から色々と疲れた気がするのは、飲んだ劇薬の副作用なのか。
何気なくポケットに手を突っ込むと、先程渡された紙切れの存在を思い出した。
それをポケットから取り出すと、ノートの切れ端の様なそれをじっと眺める。
見たところ、何も仕掛けはないようだ。
見た目はノートの一部を切り取って丁寧に折り畳んだもののように見える。
「何を見てるの?」
暫くボーっとそれを眺めていたら雲雀の声が聞こえてきたのでそこに目をやると、雲雀がティーカップを持って立っていた。
「さぁな」
璃王は気だるげに起き上がって、雲雀からティーカップを受け取る。
その中には、優しい飴色の液体が入っている。 ティーカップに口を付けてそれを口に含むと、ほんのり温かい紅茶とミルクの味が口の中に広がった。
仄かに感じる蜂蜜の味に肩の力が抜けていく。
知らない内に肩に力が入っていたようだった。
昔から人見知りをするような性格ではあったが、ここまで悪化しているとは思わなかった璃王は、人知れず溜息を吐く。
何が原因なのか。 それは考えるまでもない。
暫く紙切れと睨めっこしていた璃王は、いつまでもそれを睨んでいても仕方がないと割り切り、紙切れを開いてみた。
紙切れには、小さいが丁寧な文字が綺麗に列んでいた。
“璃王君へ
お話があります。 昼休みに屋上へ来て下さい”
読み終わると、璃王は紙をぐしゃっと潰してゴミ箱に投げる。
(如何しようか……)
笹川自体は害はなさそうだが、周りが如何かは知れない。
この呼び出しも罠とも限らない。
のこのこと呼び出しに応じて行ってみれば、実はリンチ大会でした~!な展開もありそうなわけで。
というか、実際、保坂からの呼び出しにのこのこ応じた所為でこの事態に陥っているわけで。
(そうなれば、本当にマヌケじゃねぇか……)
流石に璃王もそこまでマヌケではない……。 保坂の策略には嵌ってしまってはいるが。
紅茶を飲みながら、暫く考える。
シャマルに安静を言い渡されているが、笹川一人なら何とかなる。
非力そうな女子に遅れは取らない。 保坂の策略には嵌ったが。
笹川が羊の皮を被った狼なら、この呼び出しは罠という事にもなるし、そうならばまた敵が増えるだけだ。 現状何も変わらない。
逆に本当に何もないならそっと胸を撫で下ろせばいい。現状に変わりはないが。
どちらも現状的に変わらない。
それなら、一応行ってみるのもまぁ、ありっちゃありじゃないか?
(あー……、もう、考えるのも面倒だ)
どうせ、現状もどうしようもないのだ。
それならもう、如何にでもなれ、と。
璃王は考える事を放棄した。
「恭、昼休みになったら起こしてくれ」
「良いけど……大丈夫?」
雲雀の問いに無言でこくりと頷くと、璃王は眠気に誘われるように瞼を閉じた。
何にしてもまずは、体力を回復させてからだ。