Abissale solitudine -海の底に消えた鍵- 作:紅 奈々
いつの間にか寝落ちしていた彼は、首元にくすぐったさを感じて意識を浮上させる。
閉じた瞼の裏に感じる光に彼は、朝が来たのだと憂鬱を感じた。
眠たい目を擦って薄く目を開けるが、そのぼやけた視界には何も映らない。
気の所為か、と彼はまた眠りに入る。 まだ起きなくても良い時間だ。
まだ、お布団と仲良くしていたい。
「ンッ……」
眠りの闇に落ちようかと言う時に彼はまた、首元でモソモソと何かが蠢くのを感じた。 それは首全体を這いずり回るかのように蠢いて、その気持ち悪さに彼は寝返りを打つ。
しかしそれは、いつまでも纏わり付いてきた。
「っ……擽ったい……ってば!」
あまりの擽ったさに彼が飛び起きてみれば、彼の首が横たわっていたであろう場所にアリゲータが居て、アリゲータは主人である彼を黒豆のような円らな目で見上げている。 その目は「早くエサを寄越せよ」と訴えかけていた。
(毎回思うが、どうやってケースから出てきてんだ?)
昨日は確かにケースに入れて寝た筈だ。
ケースは大きめの金魚の水槽を使っており、天井まではおよそ二十センチ、掌サイズの鰐が脱走しようができない筈である。
アリゲータの脱走は今一番の彼の悩みだった。
それはさておき、彼はアリゲータの好物、キャットフードを紙皿に盛ってアリゲータを机に乗せた。
漸くお待ち兼ねの朝食にアリゲータは待ってましたと言わんばかりに紙皿まで這っていき、キャットフードの山を裾から頬張っていく。
この姿のなんと可愛い事か。 凄く癒やされる。
そう思った所でふと、“あの人”のことを思い出した。
別の召喚獣を買っていた時にそれを言ったら、彼に可哀相なモノを見る目で返されたっけな、と、いつぞやの記憶を思い返す。
“あの人”が居なくなって相当な時間が過ぎたな。 あれからもう、6年が経った。 自分だけが成長し、ここに居るのだと思うと、とても複雑な心境になる。
そんな思いを払拭するように彼は、学校へ行く準備を始めた。
―― ――
学校へ向かって歩いていると、目の前にそこそこ大きな建物が見えてきた。
ここからはその建物の敷地だという様に門が建っている。 ここは、彼――
今は誰もその門を潜る人間は居ない。 それもそうであろう、今は授業中である。
璃王が校門を潜った後、「ねぇ」と、低い声が聞こえた。
声の方を向けば、1人の男子生徒が立っていた。
短めに整えられた髪は漆黒で、髪と同色の瞳は鋭く光る。 肩に学ランを羽織り、その袖には風紀委員会の証である「風紀」と刺繍されている腕章が着けられている。
両手にはトンファーを持っており、今にも襲いかかってきそうな雰囲気だ。
メンドイ奴に絡まれた。 璃王はその顔に陰鬱な色を見せる。
「君、今日も遅刻だよ」
璃王に声を掛けると、彼は璃王に近付く。 璃王はその場に立ち止まった。
「キョウ……」
雲雀恭弥。
並盛最強にして最凶の不良の頂点に君臨する、並盛中学風紀委員長。 「並盛の不良風紀委員長」が彼の代名詞だ。
尤も、璃王に言わせれば唯の戦闘狂だが。
不良で風紀委員ってどんなだよ。 不良の時点で風紀もクソもあるかよ、真面目な不良かよ、と言うのが璃王の雲雀に対する第一印象だった。
今では互いに気を許している仲だ。 少なくとも、クラスメイトよりは。
「学校は遅刻する為にある。
そもそも俺には、義務教育なんざ必要ない」
「遅刻する理由としてはマイナス点だよ。
まぁ、君だけは遅刻もサボりも許している僕は甘いんだろうね」
璃王の言葉に雲雀は眉を顰め、その後でふっと軽く笑う。
変な奴だ、と璃王は思った。
普段はサボっている生徒を見ると、直ぐにそのトンファーで「咬み殺しに」行くクセに。
「だから……」と、雲雀は言葉を続けた。
「いつでも応接室に来なよ、璃王」
「気が向けば、な」
やっぱ変な奴だ。 璃王は雲雀とそんなやり取りをすると、校舎へ入っていった。
(初めて会った時から何となく気にしてたけど……やっぱり、まだ警戒されてるみたいだ)
「ミードリータナービクー ナーミ―モーリーノー♪」
遠ざかっていく璃王の背中を暫く見つめ、思考に耽って肩を落とす雲雀。
そこに、飛んできた黄色の小鳥が歌いながら、彼の肩に止まった。
彼はそれを気にする事もなく、校内の見回りの為に歩き出す。
―― ――