Abissale solitudine -海の底に消えた鍵- 作:紅 奈々
そうこうしている間に授業が終わって璃王は保健室へ行く為、教室を出ていた。
「おい」
廊下を歩いていると、後ろから声が掛けられる。
その攻撃的な声に「めんど……」と思いながら璃王が振り返ると、茶髪のサイア人と銀色のタコ頭と黒髪の男子が居た。
3人の男子たちが璃王に対して友好的でない事はその態度からも明らかに分かる。
「ちっ」と舌打ちすれば、サイヤ人が璃王に寄ってきた。
「お前、また理絵奈ちゃんを泣かせたんだってな!」
ふーっ、またか。 璃王は毎度毎度のお決まり文句に溜息が出る。
三人の後ろを見れば、ピンクのロングヘアーに髪と同じ色の上目遣いの女子生徒が隠れるようにして付いてきていた。
――保坂理絵奈。
璃王が虐めを受けるようになったそもそもの根源。 自分の事を可愛いと思っているらしく、璃王から見れば相当イタイ人。
そして、某サイヤ人の様に重力を無視したような髪の男子とタコ頭の男子、黒髪の男子はそんな保坂を「守る」騎士気取りのイタイ連中、と言うのが璃王の認識だった。
沢田綱吉、獄寺隼人、山本武。 いつも何かと絡んでくる暇人だ。
「お前、女子を泣かせるとかサイテーだよな」
山本が突っ掛かってくるが璃王は意に介さず、その場を後にした。
そんな璃王の背中に三人から罵詈雑言が投げられるが、璃王は知ったこっちゃないと無視をする。
それよりも、こいつらの下手な芝居を見ている方が反吐が出る。
そんな事を思いながら璃王は、保健室へ急いだ。
―― ――
「入るぞ」
璃王は一声掛けると、ノックも無しに保健室に入る。 保健室の中には、白衣を着た黒髪に無精髭の男が居た。
養護教諭が男って、この中学以外でそうそうないような気がする。と、璃王は思う。 余程人員不足だったんだろうな。
「よぉ、璃王。 今回は珍しく早く来たんだな。
いつもはギリギリで来るか、呼び出さねぇと来ねぇのに」
璃王の姿を認めると、養護教諭――Dr.シャマルが棚を漁りながら璃王に声を掛けてきた。
璃王はソファーに座ると、慣れたような手付きで体温計と入室記録を取って、体温を測る。
暫くして、体温計が鳴って画面に体温が表示されると璃王はそれを入室記録に書き込む。 思った通り、体温が平熱よりも高い。
通りで今日は特に身が軽く、嗅覚がいつも以上に敏感なわけだ。
「あぁ、今回は思ったより早く切れそうだったからな」
袖を捲ってみれば璃王の腕には黒い痣が広がっており、それが手首まで差し掛かっていた。
(長袖のカッターシャツを着ているから見えたりはしないが、一応包帯を貰っておこうか)
そんな事を思っていたら、捲り上げた袖の下の痣を見てシャマルが「うわっ」と、驚いた様な声を上げた。
「酷くなってんじゃねぇか……何だ? 今回もまた、無茶振りしたんだろ。
どうせ「ザコがあまりにもしつこいから」とかつって。
お前、自分の体のこと少しは解ってるか?」
シャマルは持ってきた紙コップを璃王に手渡しながら、呆れた様に言った。
それを受け取って、中の透明な液体薬を一気に飲み干す。 口の中に広がる苦みに璃王は顔を顰めた。
相変わらず不味い。 昔、「不味い、もう一杯」って青汁を飲んだ後で白髪のおじいさんが言う青汁の宣伝があったな、とどうでも良い事を思い出す。
一時期、「不味い、もう一杯」という言葉が流行ったが、こんな薬、もう一杯もしたくねぇわ、と璃王は思う。
「本来なら、ドクターストップ掛けてるくらいなんだからな?
殺しの依頼や任務はご法度だつっても聞きゃしねぇんだから」
如何でも良い事を考えながらシャマルの説教を聞き流していると、シャマルが袖を捲り上げている方の二の腕にゴムの管を巻き付けて肘の裏をエタノールに浸らせた脱脂綿で消毒した。
これから来る痛みに身構えて、璃王の表情が険しくなる。
「解ってるって。 今回は、中々骨のある奴が居たからな。 まぁ、本気を出した俺の相手じゃなかったけど。
依頼も任務も受けてんのは、たまに力使ってないと暴走するんだよ……っつっ」
璃王が腕から目を逸らした時に肘の裏に突き刺すような痛みが走って、璃王は顔を顰めた。
その様子を見て、シャマルがからかう様に璃王に言う。
「お前、相変わらず注射はダメなんだな、ガキん時から。 もう注射とは友達みてぇなモンだから、ちったぁ馴れろよ」
「地味な痛みはいつまで経っても馴れねぇモンなんだよ。
つか、10年以上も経つんだからいい加減、痛くない注射器か、注射に使えるような塗布型の局所麻酔開発しろよ……天才医なんだろ」
シャマルの言葉を璃王はげんなりして返す。 「無茶言うなよ」と苦笑しながらシャマルが返すと、璃王は舌打ちした。
自身に掛かっている呪いの進行を抑える薬は、幼少の頃から服用・投与している。
本来、そんな事をしなくても良いのだが、璃王の場合は呪いが特殊な為その処置が必要だったのだ。
「ま、昔よりかぁマシだな。 小っせぇ頃なんか注射の針を見ただけでボロボロ泣いてたもんなぁ?」
ニヤニヤ笑いながら揶揄うように言うシャマルに殺意を覚えたが、本当のことなので璃王は何も言えない。
苛つきながらも、薬の副作用で怠くなってきた璃王は「ベッド使うぞ」と言って、カーテンを開けるとそのまま、ベッドに倒れた。
白くて清潔なシーツに体を埋めると、シャマルが「あー、早く寝た寝た!」とカーテンを閉める。
「麗しの仔猫ちゃん達~! 授業サボってセンセーと課外授業しな~い?」
恐らく、体育の授業中でグラウンドにいる女子生徒に向かってナンパをしているであろうシャマルの声が聞こえた。
(よくやるよ、相手にもされないクセに。 つーか、こんな奴が教師で大丈夫か、この学校は?)
璃王はそんなどうでも良いようなことを思いながら、誘われるままに眠りに就いた。