Abissale solitudine -海の底に消えた鍵- 作:紅 奈々
「君……僕にまだ嘘吐いてる事があるでしょ?
例えば……君が女だって事」
雲雀の突然の言葉が耳に突き刺さって、璃王は動揺する。
(いや、まさか。 恭は確かに勘が良い。
それこそ、ボンゴレの超直感並みだ。 だけど……)
動揺しながら璃王は外見では平静を装う。 落ち着け、俺。
「何のことだよ? 俺は男だ」
力の入らない腕で雲雀の胸を押しながら、璃王は突っぱねるように言った。
しかし、怪我人が健常者に勝てる筈もなく、頭を肩に押し付けられてよりキツく抱き締められた。
「君は、僕に嘘を吐き通せると思っているの?」
確信めいた雲雀の言葉に、璃王は押し黙る。
「今、君の手当をして確信したよ。
男にしては手足が細いし肩幅狭いし、肩は薄いし。 これで「男です」って言われても正直、信じられないね。
そもそも、初めて会った時から君は不自然だったんだ……全部ね」
雲雀の言葉に璃王は目を見開く。
(嗚呼、こいつは初めから全部勘づいていたんだ。 気付いていて、それでも何も言わずに傍に居てくれたのか……)
そう思った時、璃王は雲雀になら話しても良いかな、と降参した。
ここで否定し通したとして雲雀はその後も食い下がってくるだろう。 そうなると、こっちが恭に会いづらくなるし、哲にも余計な心配を掛けそうだ。
「解った、降参だ。 そうだよ、俺は女だ。
尤も、日本に来てからは性別どころか名前も捨てたがな」
一言一言言葉を紡いで、璃王は徐に話し始めた。
「俺は――いや、僕は、イタリアのとある一族の末裔として生まれた。
母はその当主、父は騎士団の団長だ」
静かに璃王の話を聞く雲雀は、内心で驚く。
母親が一族の当主で、父親が騎士団の団長という事は彼は――、否、彼女は実はお嬢様なのでは?
そんな事を考える雲雀を他所に、璃王は続きを話す。
「一族の中でも特異の存在だった僕は、生まれた時から一族から迫害を受けていた。
僕を庇ってくれていたのは、一握りの人だけ。 両親と遠縁の親戚、一部の親戚だけだ。
特に、その遠縁の親戚は僕をとてもよく可愛がってくれたよ。 だから、僕も良く懐いていたと思う」
親戚の話をする璃王の目は、何処か温かみを感じた。 いつもの陰鬱な表情とは違い、優しげな表情。
璃王がその親戚の事を好いているのは、容易に想像が付いた。
下手したら自分よりも気難しい彼女にそんな表情をさせられるその親戚とやらは、一体どのような人物なのか。
そして、その人物へ何処か苛立ちを感じる。
璃王がこの状態なのに、その人物は一体何をしているのか、と――。
「その人は、今の璃王の状況を――」
「知らない……というか、その人はもう、居ないんだ」
雲雀の問いに、璃王は首を振る。
そして、その瞳は再び、昏い海の様に沈むのだった。
「ある日、両親が突然死した。 その人も昏睡状態。
本当は、僕が守らないといけない人だったんだ。
僕に力がなかったから、守れなかった……。
絶望で何も見えない僕を見かねたその人の兄が、僕を日本に連れてきてくれたんだ。
それが僕が半独り暮らしをしてる理由。 だけど……」
そこで璃王は、言葉を切った。 そして、深く息を吸って、ふーっ、と息を細く吐くと、自嘲するかのような表情を浮かべて、俯いた。
「ダメだな。 環境を変えれば、心も強くなるだろうと、生まれ変われるような気さえしていたけど……、結局は昔と変わらず弱いままだ。
そればかりか、たった一人の女の策に嵌ってこのザマだ。 情けない」
話しきった璃王は、自嘲と哀惜が混ざった様な複雑な表情で涙を堪えていた。
深い海の底のような瞳の奥に悲しみの色が見えた気がした。
「璃王、大丈夫かい?」
「大丈夫。 もう、泣かないって……決めてるから」
雲雀の言葉の意味を察すると璃王は、瞼をキツく閉じて言った。 涙を堪えていることが易々と解り、雲雀は璃王の髪をそっと撫でる。