隻腕の奴隷巫女神“ヒルコ” ~八願の神様スサノオとゆく、古事記冒険譚~   作:みかみ

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第十話:巫女送りの儀。ヒミコじゃなくてヒルコですっ!

 関所出口で地面に両手をつき、お人形さんのように動かなくなったボク。当然、一体何が起こったのか分からないカヤお姉さんとワクお兄さんは、とりあえず宿まで連れて行こうと判断した。

 

“犬のように四本足で立て” “命令がない限り、決してそこから動くな”

 

 その場から命令の通り、一歩も動けないボク。奴隷として心に刻まれた命令は、たとえ此処に村長がいなくとも変わることがない。

 周りを見渡せば、他の奴隷もまた同じように主人の帰りを待っていた。その光景は決して人らしいものではない、まさに犬そのものだ。

 

「なんだい突然。ヒルコちゃんはどうしちまったんだ!」

 

「俺とて医者ではないのだから、分かるわけがなかろう。拙いな、“巫女送りの儀”はもう明日だぞ。……時間がないっ」

 

 混濁した意識の中で、慌てる二人のそんな会話が聞こえてくる。奴隷ではなく人として認め、優しく接してくれた二人。そんな二人へボクは恩返しすることもできないのだろうか。

 自然と瞳から涙があふれる。

 無性に情けなかった。身体が動くなら自分の頬をひっぱたいてやりたかった。

 ボクは一体どうすればこの奴隷根性から抜け出せるのだろうか。

 

 いっそ、神様の言うとおり。

 

 人を殺めてみれば、良いのかな?

 

 でも、それだけは……。

 

 

 

 せっかく用意してもらった、柔らかすぎる寝床の感触。そんな宿の醍醐味も、今のボクには楽しむ余裕なんてなかった。

 一睡のできずに翌日の朝を迎えたボクは、今だ生まれたばかりの小鹿のように足腰をガクガクと震わせている。このままでは何をするにしても、悪い結果にしかならないのは明らかだ。

 お人形のように動かず、カヤお姉さんのされるがままに身支度を整える。

 

「頼むからしっかりしとくれよヒルコ! アタシらはもう、後には引けないんだ。この革命が失敗したら全てが終わり、みんな死ぬんだよ!!」

 

 必死なカヤお姉さんの声が、更にボクの心かき乱す。

 

「非常事態だ。本当ならやりたくはなかったが、……ミカを呼び戻すか? いや、それではこの美好は何とかなっても都で全滅だ。くそっ、どうする。……どうするっ!?」

 

 ワクさんはこれから始まる“巫女送りの儀”をどう切り抜けるか、それだけに頭をひねり続けている。

 ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。

 こんなボクを優しく迎え入れてくれた二人なのに。なんとか恩を返したかったのに。仇で、かえしちゃう。

 

 神様。ボク、どうしたら良いのかな。

 

 教えてよ。

 

 ねぇ、かみさま。

 

『――――――――――。。。。。。き○ぇ○?』

 

 だれ?

 

『――――――――。。。。きこぇる?』

 

 だれなの?

 

『―――――。。きこえる?』

 

 きこえるよ、聞こえる。

 でもこの声、貴女はだれ?

 

「ん~そうねぇ。女神樣かな? キミが今、お望みの」

 

 カヤお姉さんでも里の奥様方でもない声だった。透き通るようで高く清らかな声。それはまるで、性別こそ違えどスサノオ(かみさま)の――。

 

 唇に、焼け付くような感触。

 

「何者だっ!?」「ヒルコちゃんっ!」

 

 突然の乱入者に、慌てた二人が声を張り上げる。しかし彼女の興味はボクにしかないみたいだ。

 まるで生気の感じられない表情のボクの額に、ツンと人差し指を突き立てる。たったそれだけの行為なのに脳天へ喝をいれられたようだ。

 

 そしてボクは、女神樣のお告げを授かった。

 

「――っ、キミの嘆きは聞き届けたわ。まだやらなければならない使命があって。そして、やり遂げたいのでしょう? ならば過去のしがらみなんて吹き飛ばしちゃいなさい。

 それでも許しが欲しいなら、そうね。この“ヒハヤヒメ”お姉さんが許してあげましょう。

 

 さあ、立ち上がりなさい。命の炎を燃やして。

 本来の貴方は、人間ごときの指図など焼き尽くして当然の御方なのだから――」

 

 まるで神様に、全てを見透かされているようだった。同時に不思議と震えが止み、耳も周囲の声や音を拾い始める。

 

「ヒルコちゃん!」

 

 これはカヤお姉さんの声だ。本当にボクを心配してくれて有難う。

 

「ヒルコくんっ!」

 

 これはワクお兄さんかな。お兄さんはボクの容態よりも他に気になることがあるみたいだ。ごめんね、迷惑をかけちゃって。

 

 なんだろう。これまでが嘘のように心が落ち着いている。そんなボクを見届けると、女神樣はニッコリと笑顔を見せてくれた。

 

「…もう大丈夫みたいだね。神社で待っているから早くおいでよ。もっと、もっと女神樣()と楽しく遊んでね」

 

「まって、貴方様はいったい――――」

 

 長い一日になる予感がした。

 

 巫女送りの儀。

 

 そこで待つという女神さま。

 

 そして、ボクの信念。

 

 

 ◇

 

 

 なんとか正気を取り戻したボクは、カヤお姉さんに連れられて街の中央にある神社へやってきた。

 一体何を祀っているのか皆目検討もつかないが、つまりは此処が儀式の会場なのだ。ならば色欲にだらしない神様であることだけは間違いない。

 中を覗けば、これから始まる最初の試験に向けて準備に余念がないお姉さん達がいる。新しい参加者であるボクに、ぎろりと突き刺すような視線が襲いかかってくる。

 つい先ほどまで呆けてしまっていたボクには、なんとも心地よくない空気だ。

 

「みんな、家族や里の運命を背負ってきている女達だろうね。この“巫女送りの儀”で一番になって都へ行き、王の後宮に入れれば、一生遊んで暮らせるほどの金をもらえるのさ」

 

 コソリと、付き添いの小姓となったカヤお姉さんが耳打ちして教えてくれた。

 

「なるほどね。でもでも、なんかお姉さん達みんな、ボクを睨めつけているような気がするのは、何故かな?」

 

 しかも敵意とか、殺意っぽい感じなんですけど。

 

「そりゃあ、よりにもよって何故、自分達と一緒の儀式にヒルコちゃんみたいな可愛い子が居るんだと。そういう意味だろうね」

 

 そう言ってカヤさんはシメシメとばかりに笑っている。自分達の優位を確信したんだろうね。どうやらこの会場に、ボクの味方は一人もいないようだ。

 

「大丈夫、ウチのヒルコちゃんが一番さ。他の女なんか問題にもならないねっ!」

 

 カヤお姉さん、こえっ声大きいっ!! ってか、わざとでしょ!?

 もしかして今朝のボクの体たらくに怒ってます!??

 

 ギラリ。

 

 ああ、お姉さん方の視線が痛いよお……。その中にいる、一際すっごい美人さんがにこにこ笑ってるよぉ。逆に怖すぎるんですけど……。

 しかもこっちに歩いてくる!? なに、何ですか戦線布告ですかっ、それとも今のうちにボクを暗殺しちゃおうとか!?

 

 って、あ。

 

「どうも、先ほどぶり~。キチンと正気に戻れたみたいね、良かったわぁ」

 

 ゆっくりまったりな、この口調。間違いない、今朝ボクを助けてくれた女神樣はこの人だ。近づけば近づくほど、赤く、チリチリした熱さを唇に覚える。対する女神樣の顔には、少々疲れの色が見えるのは気のせいだろうか。

 

 そんなボクへ微笑みながら、女神樣は更に言葉を紡ぐ。

 

「今日もまた、とっておきの良い夜ね。運命(さだめ)の明りを燈すには、良い頃合だわぁ」

 

「はっ、はひっ。良い日デスね!」

 

 思わず変な受け答えしちゃったじゃないの。

 

「今夜は私の一人舞台だと思っていたんだけど……。燃えるわ、キミみたいな娘がいて。分かりきった勝負なんてつまらないものね」

 

 おおっ、すごい自信だ。けど、それも頷ける。

 今朝とは違う意味でドキドキしている。とてもじゃないけど物事を冷静に考えられないぐらいだ。

 

「私の名はヒハヤヒメ、今朝も名乗ったわよね。それで、お嬢ちゃんのお名前は?」

 

「ヒィリィこ、でしゅ!」

 

 ああ、ほら。言葉を口にするのもおぼつかない有り様だもん。

 

「……ヒリコ? ああ、ヒミコ。卑弥呼ね。日巫女とかけているのかしら。良い名だわ、赤い髪の貴女にまっこと相応しい」

 

「いえっ、あのっ!」

 

「卑弥呼。貴女に勝って、都に行く。私にはそれが必要な事なの。そしていつかは……、月の神であらせられる三貴士の、あのお方の元へ……」

 

 正直まごまごしている今のボクじゃあ、お姉さんが何を言っても耳に入ってこない。

 じゃあ何をしているんだと言われれば、ほへ〜〜っとヒハヤヒメお姉さんを見つめているだけだった。

 

 だってだって、この女神さま。ホントにほんとの美人さんなんだもん。

 年の頃は十代の後半ぐらい。持ち前の妖艶さも相まって、まさに今がもっとも見目の良い時に違いない。

 さらには山と谷がはっきりとしている身体つきは踊り子のようで、手足が大胆に露出した白装束が良く似合っている。黄金の輝きを放つ装飾の髪飾りも、不思議と下品に見えない。

 顔なんてもう、化粧なんかいらないんじゃないの? と言いたくなるほどの白さだ。

 しかしてしかして、それ以上に一番見惚れちゃうのは女神樣の御髪だ。

 まるで、数年の時を墨磨りに費やした末に得た墨汁のように。黒く、深い。まるですべての月明かりが、女神樣の御髪に吸い込まれるかのようだ。

 

 こんなの、目を離せというのが無茶だ。

 女の子のボクでさえこうなのだから、舞台上にあがれば男共がどうなるか想像もつかない。

 

「むむむ、思わぬ伏兵がいたわね。この娘は手強いわっ!」

 

 隣では、強敵登場とばかりにカヤお姉さんが唸っている。

 

「この儀式、二番じゃ都に行けないのかな? ボク、あのヒハヤヒメお姉さん(めがみさま)に勝てる気が全くしないのだけども」

 

「何を言ってるの。キミにはみんなの希望と願いを背負っているのよ!」

 

 確かに希望と願いは背負ってるけれどもね。拾ってもらった恩もあるし、一度情けない姿を見せたからには奮起したい。

 それでも人間、出来る事と出来ない事があると思う。

 

「がんばれええええ、ヒルコちゃあああああん!!」

 

 カヤお姉さんの声援を背に受けて。これより進むは舞台裏、頼るは己の力のみ。

 なればこそ、少しくらいの溜息と弱音くらいは許してね。

 

「はぁ、

 

 ボク、本当に勝てるのかなあ?」




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 今回のお話で、主人公のヒルコにもう一つの名前ができました。はい、有名すぎますね。邪馬台国の女王:卑弥呼です。

 邪馬台国は古事記の時代とは微妙にずれていたり、そもそも中国の魏志倭人伝にしかでてこない国だったりで本来、つながりはありません。
 しかしてヒルコが巫女であるという設定をもった時点で、一文字違いの卑弥呼という名は使おうと決心しておりました。女王になったり、祈祷して占いをするかはまだ不明ですが、なんとか違和感のないよう進めて生きたいと思います。

 さあ、物語は第一部前半の山場である“巫女送りの儀”へ突入していきますよぉ!

 また明日っ。
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