隻腕の奴隷巫女神“ヒルコ” ~八願の神様スサノオとゆく、古事記冒険譚~   作:みかみ

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第十六話:後宮のひみつ(後編)

 長すぎる廊下を黙々と、ただ歩く。

 冗談に聞こえるかもしれないけど、この木板で作られた廊下は先が見えないほど続いている。ただでさえ神社(しろ)の最奥にある後宮なのに、この先にはいったい何があるのだろうか。

 先輩方曰く、新入りの通過儀礼だそうなのだけど……。

 

(お化けでも出てくるのかな?)

 

 と適当な推測をすれば、

 

『この充満した神気の中で、化物など存在できるわけがなかろう』

 

 神様から的確な指摘がやってくる。

 

(まぁ、そうなんだけどね。そもそもボクの中に一人、とびっきりのがすでに居るわけだし)

 

『おい、ちょっと待て。俺を化物と一緒にするな。聞いているのかっ……』

 

 無視むしむし~♪ 

 いい加減、神様との共同生活にも慣れてしまった。今でもまだ、お風呂だったり廁で用を足す時は恥ずかしいけど人だと思わなければ何でもない。

 

 それに比べて、こっちは無視できないよね。

 そうこうするうちに、ようやく扉が見えてきた。これまでの道のりでもご立派で、手をかけることすら躊躇(ためら)われる戸が続いていたけれど。

 

 これは……、一等やばい雰囲気が漂ってる。

 

 ゆっくりと、無礼のないように。

 元奴隷のボクは礼儀作法にうとい。側女となった今だって、まだまだ側女長の指導を受けている最中だ。ならばせめて、気持ちだけでも。

 

 トントン。

 

「何者ですか?」

 

「先日後宮入りしました、卑弥呼と申します。ご挨拶に伺いましたっ!」

 

 うう~、本音を言うなら走り去りたい。さっきも言ったけどボクは元奴隷なのに、なぜこんな事態になっているんだろう?

 

「……………………」

 

 うう、返事がない。もしかしてもう礼儀知らずだと怒ってしまったんだろうか。

 

「……………………入りなさい」

 

 ようやく許可がおりたみたいだ。

 なるべくゆっくり、音をたてないように。例えるなら、寝ている獣を起こさぬがごとく……。

 

「しっ、失礼しま~~~す……」

 

 ボクがゆっくり戸を開けると、そこには見事な双峰が連なっていた。

 

「えいっ」

 

「むぎゅっ!?」

 

 一瞬にして視界を奪われてしまうボク。暖かくも柔らかい双峰は、顔面を埋め尽くしてしまうほどだ。

 ん? ちょっとまって、なんかこの抱かれ心地。前にも味わったような??

 

「また綺麗に磨かれちゃったもんね。うん、やっぱり女の子は清潔が一番よね。かわいい可愛い」

 

「ヒハヤ、お姉ちゃん?」

 

「はいはい、ご存知のとおり。キミのヒハヤお姉ちゃんですよ~」

 

「どうしてここに?」

 

「それはね、私がこの後宮の主人だから」

 

 えっ、後宮って妾候補の側女達が住む場所だよね?

 そしてヒハヤお姉ちゃんは女神樣で、大王であるタケミカズチのお姉さんだよね?

 先輩達の噂話が、ボクの脳裏を駆け巡る。

 

「まさかホントなのっ、兄妹同士で結ばれた禁断の愛は!?」

 

「な、わけないでしょっ……」

 

 ナナメの方向に暴走しそうになったボクを、ヒハヤお姉ちゃんが嗜める。

 そうだよね、神様が率先して禁忌を犯すはずないよね。ボクは一度、ホッと胸を撫で下ろす。けれど、それより更に前の記憶が頭の中で異議を唱えた。

 

「……とも、言えないのが困ったちゃんなのよね。ウチの弟は」

 

 そう、だって最初の謁見で、タケミカズチ様は姉であるヒハヤヒメお姉さんの美しさを褒め称えた。

 字面だけを見れば、兄妹愛のなせる業に見えなくも無い。でもあの場に居たボクには、まったく違う印象を受けていた。

 冗談でも親愛でもなく、本気に見えたのだ。異性を口説き落とす文句にしか聞こえなかったのだ。弟が、実の姉にっ!

 

「ほんき?」

 

「ええ、本気もほんき。だいほんき。ウチの弟も、生まれてからこれまで武一辺倒だったからね。免疫がないのよ、女の子に接する免疫が」

 

 近すぎる血の交じり合いは、血族の消滅をもたらす。それは元奴隷のボクでも知ってる常識だ。そしてヒハヤヒメお姉さんの反応を見るかぎり、神様であっても違いはないみたい。

 

 そして、そのこじれ具合は相当なものだとお姉さんの反応が言っている。

 

「せっかく私が心配して、これだけの後宮を造ってあげたのに。まったく手をつけようとしないんだから」

 

 へ?

 

「ちょっとまって。じゃあ、巫女送りの儀も?」

 

 これだけの女性達が喘ぐ地獄を生み出したのは、もしかしてっ。

 

「ええ、そうよ。私が考えた」

 

 ヒハヤヒメお姉さんは、あっさりとその事実を認めた。

 

「じゃあ街で大変な目にあってる女の人達も、ヒハヤヒメお姉さんのせいなの!?」

 

「そう、言えるのかしらね」

 

「――――っ!」

 

 まるで他人事のような言葉に、ボクの神経が逆立つ。

 神社(しろ)に入るまでの道のりで、あれだけの下品な商売を見せ付けられた。それを引き起こした張本人だと、本人が認めているのに。

 それなのになぜか、お姉さんの瞳は一切の陰りもない。

 

「確かに私は巫女送りの儀を主催し、あの遊郭を作り上げた張本人よ。でもね、ヒルコちゃんはこの北志国が何と呼ばれているか知ってる?」

 

 そう問われ、里に居た頃の奥様方が口走った言葉を思い出す。

 

 “淫姦の国”。

 神が定めたっていう、八つの罪のうちの一つ。母子姦淫の罪。

 それがこの国では善とされ、女性達は男共の欲望のままに翻弄されている。

 

「私達が来る前は酷いものだったわ。女性の妊娠率は高いくせに、婚姻率は極端に低い。それが何を意味しているか分かる?」

 

「……っ、まさか」

 

「その、まさか。この北志国が建国される前の此処は、まさに蛮族の地と言ってよいほど荒れていた。力自慢の男共は、まるで戦利品のように女性達を扱っていたの」

 

「そんな……」

 

「いくら私達が神でも、人間の欲というものは完全に抑えられない。

 ならば、商売としての代価を払わせることで賃金を得、女性達に最低限の生きる術を与えようとした。それが今の“鳴戸”の娼婦制度ってわけ。

 これなら少なくとも、奴隷のごとく使われた末に飢え死にすることはない。それどころか男共を手玉にとる技を身につけ、少しづつではあるけど立場を高めることもできる。

 ……混乱を呼ぶほどの見目麗しい娘達は、この後宮へ招待してるけどね。それが国のあちこちから美人を集めた“巫女送りの儀”ってわけ」

 

 したたかな娘は、遊郭の中で逞しく生きている。けどそんな娘ばかりでもない。

 だからこその後宮なのだ。雷神:タケミカズチは姉であるヒハヤヒメにしか興味を持たない。だが彼女達とて大王の所有物だ。世の男共はこの後宮に忍び込もうものなら、弁解の余地もなく首を跳ねられてしまうだろう。

 ヒハヤヒメお姉さんはこの後宮を「美人さんを匿うための避難所」にしたのだ。わざわざ“巫女送りの儀”なんて制度をつくったのもそのためだ。

 

「神だって、決して万能というわけではないのよ。かの三貴子と呼ばれる方々なら、別なんだろうけどね」

 

 それはボクが始めて聞く、ヒハヤお姉ちゃんという女神樣の弱音だった。




 最後までお読みいただきありがとうございます。
 すこしずつネタバレが始まっていますね。なるべく一部完まで毎日更新を続けたいのですが、少し難しいかもしれません。
 その時は少々お時間を頂くことになろうかと思います。よろしくお願いします。
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