隻腕の奴隷巫女神“ヒルコ” ~八願の神様スサノオとゆく、古事記冒険譚~   作:みかみ

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第一部:北志国編
第一話:本日の夜は朧月夜、ときどき鉄の剣、ところにより武神が降臨するでしょう。


「オラ出来損ないっ! さっさと(クワ)を振り下ろさねぇか!」

 

 一つしかない腕が、手が、寒さと疲労でブルブルと震えている。

 

「何処のウマの骨とも知れねぇお前を、誰が村に置いてやってると思ってんだ!」

 

 ツルを編み込んで作られたムチが、バシリと背中に焼け付けるような痛みをもたらしてくる。

 たとえ空を見上げたって、冷たくも黄色いお月様があるだけだ。

 ここには、愛情という名の温もりなんて存在しない。

 

 当然だ。

 

 この身はきっと、神様にだって見捨てられているのだから。

 

「ヒルコっ!」

 

 そう、それがボクの名前。

 

 他人の血を吸ってしか生きられない、(ヒル)の子。

 

 それが――、ボク。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 この世界に、希望の二文字は存在するのだろうか。

 獣を狩って肉を喰らい、地面に落ちた木の実を拾うだけの生活は、当の昔に過ぎ去った。今は田という名の沼で、イネとよばれる草を育てるのが流行りらしい。

 

 え、美味いのかって?

 

 そんなの知るもんか。

 イネから取れる僅かな実は、村長一家しか食べられない高級品だ。

 もし、ちょろまかそうなんて企てたら村を追放されてしまう。それは確実な死を意味するんだ。

 村のはずれ、昔の人が住んでいたという天井の(すす)けた洞窟が、ボクの家。

 扉さえない我が家は今日も冷たい風が容赦なく吹き込んでくる。出来る事と言えば、黒く汚れた長い髪を首に巻きつけて寒さを凌ぐくらいだ。

 

 愚痴ったって、何が変わるわけでもない。

 さぁ、明日も忙しくなる。早く晩御飯を食べて休もう。

 

「……ごはん」

 

 食べ物だって、ボクみたいな奴隷では自由なんてない。

 親代わりの村長からもらえるのは、僅かな豆類と腐りかけの苦瓜だけ。

 これでは腹を膨らませることなど、夢のまた夢だ。

 それを証明するかのように、ボクの体はなんともみすぼらしい。

 全身は痩せこけているくせに、お腹だけはぷっくり膨れていて酷く滑稽だ。

 

「……それでも、たべなきゃ」

 

 ガリ、ゴリ。

 石のように硬い豆を、焼くことも煮ることも出来ずに生のまま丸かじり。

 村長からすれば、火を焚く薪すらもボクにはもったいないらしい。 

 マズイ。いやそれ以前に食べ物を口にしている実感さえない。

 でも食べないと、体力をつけないと。明日の畑仕事が、……できなく、……なっちゃう。

 

 時々、思うことがある。

 ここまでひもじい思いをして、惨めに生き延びて。この先の人生に、一体何の希望があるのだろうかと。

 一生、ここで村長に使われ、老いて、のたれ死ぬだけの運命だというのに。

 なぜこんなにも、必死に生きようとしなければならないんだろうか。

 ボクの心に、すさんだ想いが荒れ狂う。

 

 ――でも、

 

「それでもっ、ボクには帰るトコロが…………。――っ?」

 

 自分で口して、自分で驚く。

 ボクは今、どうしてそう思ったんだろう??

 帰る場所なんて、何処にもありはしない。

 生きる場所は、此処しかない。

 ボクにはここ以外の家もなければ、家族もいやしないのだ。

 

「ムグムグッ、――――んぐ」

 

 ムリヤリ喉を動かし、唾液で豆を胃の中へと流し込む。

 さあ、後はもう寝るだけだ。

 気が付けば朝になり、またムチを打たれながらの田んぼ仕事が始まる。

 とても億劫だけど、仕様がない。

 

 そう、しょうがない……んだ。

 

「……………………っ?」

 

 枯れ草をかき集めて作った寝床でゴロンと横になったボクは、疲れからくるまどろみに逆らわず、目蓋を降ろそうとした。

 

 思えば、ここからだった。

 ボクの人生が、濁流のごとく荒れ始めたのは。

 

 暗闇が支配する朧月夜の世界の中で、閉じかけたボクの視界にキラリと何か光るモノが映り込む。

 そこは戸さえない洞窟の入口から見た森の向こう、見上げるほどに高い土壁の下の下。今日、ボクが田にすべく木の鍬で耕していた辺りだ。

 明らかに土とも草とも、そして木とも違う、月明かりをギラリと跳ね返す。

 見た事もないはずなのに、どこか懐かしい、そんな黒光りだ。

 

「もしかして、鉄? ……崖の上から、落ちてきたのかな」

 

 そう呟いて、それでも馬鹿なと思いなおす。

 鉄は、海の向こうからやってくる“ 神の鉱物”だと村長が言っていた。

 あの崖の先に何があるのかは知らないけれど、おいそれと落ちてくるものでもない。数年にも及ぶ奴隷生活で初めての事態だ。

 

 不思議とソレに興味を掻き立てられ、ボクは疲れ切った腰を持ち上げる。

 もし、万が一にも鉄だったらどうしよう。それこそ鍬の刃にもなるし、剣にだってなる。

 それこそ、何かが変わるかもしれない。

 この生きてるとも、死んでいるとも言えない生活から。

 

 何か、が。

 

 フラフラと裸足のまま泥を踏みしめ、田を横断し、ペタンとそこで膝をつく。

 土の色がぬけなくなった五本の指を使って、埋めた骨を探す犬のようにソコを掘る。

 ああ、ボクにも他の人みたいに、もう一本の手があればっ。

 そんな悪態をつきながらも、不思議な高揚感によって口元が歪む。

 気づけば、ボクは声を上げて笑っていた。

 

「へへ、……ははっ。生まれ変わるんだ。ボクは、ボクは生まれ変わるんだっ!」

 

 どれだけ土を掘っても、指先の爪が剥がれても。土中に埋まった鉄の先端は見えてこない。

 もはや狂喜の言った方が相応しいほどに、ボクの顔はさらに歪んでいく。

 これはそうだ、山芋を掘り返している時の感覚に近い。

 掘っても掘っても、先端が見えなければ見えないほど。長大なお宝は値打ち物になってゆく。

 

 そして、ついに。

 

 ボクの人差し指が、鋭利な鉄の先端を捉えた。

 

「やっぱり、やっぱりだ。これは本当に、まぎれもない……鉄の剣だっ!!」 

 

 ボクの声が歓喜に染まる。夢中になって柄を握り、地面から引き抜くと見事な鉄剣が姿を見せたのだ。

 と同時に、妙な幻が声をかけてきた。

 

『オイオイ、随分みすぼらしい餓鬼に掴まれたもんだな? 俺は』

 

「え?」

 

 条件反射のように、肩が跳ねた。

 

 すぐさま感じたのは、恐怖。

 この人生に一度きりしかないであろう奇跡を、奪われるかもしれないという絶望。

 その誰かは、そんなボクのゆがんだ顔が見えたらしい。

 可笑しそうに笑いながら、話しかけてきた。

 

『なんて顔だよ、相棒』

 

「あい、ぼー?」

 

 ボクの周りには誰もいない。

 

『そう、お前は俺の相棒だ』

 

 いや、居た。見上げた先の崖に写ったその姿は、酷くおぼろげで霞んでいる。

 

「キミは、誰?」

 

 ボクは問うた。

 

『俺か? そうさな、相棒のお前には、俺がどう見える?』

 

 ボクは反射的に、心のままに答えた。

 

「神様」

 

『…………』

 

 ボクの答えに、目の前の人は無言だった。

 嘘じゃない、本当にそう見えるんだ。

 だって、目の前に突然現れた人は。

 ボクとは違って、とても立派な服を着て。

 

 ボクとは違う、何でも叶えてしまいそうなほど。

 

 強い瞳を、輝かせていたから。

 

『やはり、俺の目に間違いはなかったか。光栄に思えよ? 一本腕』

 

 その言葉には、さすがにカチンときた。

 いくら神様でも、言っていい事と悪い事がある。

 

「誰も好き好んで、一本腕なワケじゃないっ!」

 

 ボクの左腕は、最初からなかったんだ。

 

『ようやくヒトらしい感情を見せたな。怒るでないわ。だからこそ、俺が相棒になってやろうと言うのだ』

 

「そもそも、相棒って一体何なのさ!」

 

 ボクの問いかけは、この世界にはありえない暖かな日差しによって返される。それはまごう事なき、神の祝福だった。

 

『か弱きヒトよ。お前に、神の左腕を授けよう。

 

 我が名はスサノオ。建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)

 この大地を創生せし主神、伊弉諾神(いざなぎ)の嫡子。

 

 さぁ、兄に代わり夜海原の大地を共に治めようぞ』

 

「え、ウソ? 本当に神様だったの!?」

 

 そんなボクの叫びも聞く耳持たず。

 

「――――――ギッ!??」

 

 ただ、燃えたぎる枝を肛門から刺し入れられたような激痛が走る。

 これからボクは、どうなってしまうのだろうか。

 ちょっとの不安と、不確かな高揚感が沸き立つなか、意識を手放してゆく。

 そんな状況のなか、一つだけ言える事があるとすれば。

 

 自称ボクの相棒である神様は、実は中々な“せっかちさん”だと言う事のみだった。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 第一話は定番の主人公イジラレ回です。一度どん底におちた主人公が再び立ち上がるカタルシス、本当に定番中の定番ですね(笑
 しかしてウチの主人公は少々、意気地がないようです。

 よろしければ今後ともお付き合いください。よろしくお願いします。
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