隻腕の奴隷巫女神“ヒルコ” ~八願の神様スサノオとゆく、古事記冒険譚~   作:みかみ

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第二十三話:平等とは平穏とは、そして自由とは。

「――だから、ヒルコちゃんもどうか里の死に……ミイの死に責任を感じないでおくれよ。これは誰が悪いわけでもない。言うなれば、天の采配ってヤツなんだからさ」

 

 ボクの脳裏に、そう言って寂しそうに微笑むカヤお姉さんの顔が焼きついていた。

 やっぱりあの人は強い。娘の死に直面して、それでもなおボクの為に微笑んでくれている。それには一体どれほどの覚悟が必要なのだろうか。

 もうすぐ夜が明ける。話の決着は着いたとはいえ、ボクはカヤお姉さんとの話にあまり時間を割けなかった。下遊郭でヨシさん達との会話に時間をかけすぎたんだ。もう城の自室へ戻らなければ根折と石折に迷惑をかけてしまう。

 ボクは早々に上遊郭を離れ、足早に城への帰途についていた。

 

 ボクは城下へ降りる前「男が女を虐げた上での平等に、平穏に一体なんの価値がある」と憤慨した。それは決して平等ではなく、偽りの平穏だと信じて疑わなかった。

 けど城下へ降りれば、遊郭で逞しく生きるヨシさんやムギちゃん、そしてカヤお姉さんの姿に覚悟をみた。

 確かに平等じゃないし革命は失敗に終わった。けど彼女達はそれさえも踏み越えた上での平穏を、愛する一人娘の死さえものりこえて、自らの力で作り出している。ボクはそこに女性という存在の強さをみた。

 

 分からなくなった。

 カヤお姉さん達、が今でも革命を諦めていなければボクも迷わなかった。けど彼女達は大王の支配する街で生きることを選択したんだ。そしてそれを責めれる者など、誰もいない。

 

 ならボクは、どうしよう?

 もう革命軍の神輿は必要ない。姫巫女としての役割も終わりだ。では今のボクはなんなのか。カヤお姉さん達も必要されないボクなんてただの奴隷だ。なら北志国の奴隷側妃、それが今のボク?

 これからボクは、カヤお姉さん達みたいに逞しく自信をもって生きてゆけるのだろうか。

 

 誰か、ボクに教えてほしい。

 

 誰か、ボクに命令してほしい。

 

 村に居る頃は自分で考える必要はなかった。村長にムチで叩かれながらも、命令にさえ従っていれば一生が終わる。それだけの話で済んでいた。

 

 ボクに命令してくれる新しい主人が欲しい。……ああ、幸いにも今のボクは側妃だ。

 

 つまりはもう新しい主人が居るじゃないか。

 

 北志国の大王である雷神:タケミカズチ。その正妃:ヒハヤヒノカミ。

 

 この二人なら、ボクに命令してくれる。

 

 ボクが自分で考えずに済む悩むこともない。

 

 それが奴隷であるボクに相応しい人生だろう。

 

 うううん、きっと。……ボクは、それ以外の生き方が出来ないんだ。

 

 

 ◇

 

 

 幸いにもボクは、誰にも見られることなく側妃専用の自室へと戻ってこれた。寝床に寝転び、遊郭で再び着込んだ側妃の衣を一枚脱ぐ。それを体にかぶせば掛け布団となり、昨日の夜からぐっすり寝ているボクが完成した。

 

 やがて部屋の外に人の気配が現れる。ここ数日繰り返された、朝の支度が今日もはじまるのだ。

 

「卑弥呼様、朝にございまする」

 

 この声は側女長さんだ。

 

「っ、……ふああぁい」

 

 ボクはあくまで今起きたというふうに、ワザとらしくならないよう気をつけながらも寝ぼけ声をだしてみる。

 

「お返事も気品よくなさいませ」

 

 何事もなかったかのように、毎朝恒例の会話を今日もくりかえす。よかった、なんとか誤魔化せたみたいだ。

 

「……、朝餉だよ」

 

 続けて先輩側女さんがボクの食事を運んできてくれる。

 ちょっと前まで新米側女さんだったボクが、いきなり側妃へと出世しちゃったもんだから今だに違和感がぬぐえない。とは先日、苦笑しながらもこっそり耳打ちしてくれた先輩側女さんの言葉だ。

 最初はボクが側妃になったことでよそよそしい態度をしていたんだけど、なんとか頼み込んで二人きりの時には普通に話してもらえるようになっていた。

 

「………………??」

 

 けど、なぜか今日の二人は様子がおかしい。二人の言葉にヒヤリとした冷たさを感じる。側女長さんも先輩側女さんも何かあったのだろうか?

 聞き出せない雰囲気のまま用意された朝餉に箸を伸ばし、朝餉に口をつける。もう少しで全て食べ終わるというところで、ボクは一つの違和感に気づいた。

 

「ねえ、根折(ネサク)石折(イハサク)は? あの二人がボクから離れるなんて、珍しいね」

 

 ボクの問いに、先輩側女と側女長さんの背中がビクンと跳ねる。あの双子はボクのお世話という役目以上に、監視の意味合いが強い。そういえば城下から部屋に戻ってきた時から気配を感じなかった。これほど離れ離れになったのは、側妃となってから初めてだ。

 

「珍しいも何も、……アンタのせいじゃない」

 

 えっ?

 喉元の奥から搾り出したかのような声だった。

 すぐさま口を閉じた先輩側女は、それでもキッと上目遣いでボクを睨んでくる。昨日まであんなに優しく親しい関係だったのに、今朝の先輩側女はまるで別人のようだ。

 その答えは側女長が教えてくれた。

 

「根折、石折の二人は貴方様の側役を免ぜられました。昨夜から牢に移されてございます」

 

「免ぜられた? それって、辞めさせられたってこと? なんで!」

 

「大王曰く、目付けさえ出来ぬ役立たずは要らん。とのこと」

 

「………………えっ?」

 

 もしかして、最初からばれていた? ボクの城下への脱走が?? その上で、泳がされていた???

 今という現実を知るためにボクが払った犠牲が、結末が……コレ?

 

 ガチャリと食べかけの椀を床にぶちまけながら、ボクは立ち上がる。向かう先なんて決まりきっている。大王が居るであろう奥殿だ。今ならきっと、正妃にさせたヒハヤお姉ちゃんに世話をさせながら朝餉を食べているはずだ。

 

「どこへ、行かれるおつもりですかな?」

 

 ボクの行く手を遮るように、厳しい表情の側女長が立ちはだかる。

 

「言わなくても分かるでしょ。罪を負うべきはボクで、あの二人じゃない」

 

 この時代における役職の解任は重罪だ。働かなくてはご飯が食べられず、その先に二人の未来はない。なんとしても罪を取り消さなければ。

 

「いいえ。主をお止めできなかったのは(しもべ)の咎です」

 

 そう言いきる側女長は、真正面からボクの前に立ちはだかった。側女時代ならすぐさま頭をさげていたのだろう。けど、こればかりは曲げられない。不等な裁きには、断固として抗議しなければならないからだ。

 しかしてそんなボクの独りよがりな考えは、この大王の城で通用しなかった。側女長は断固とした態度でボクを諌め、懇々と説き伏せる。

 

「卑弥呼様、上に立つとはこういうことなのです。たとえ貴方様がどれだけの大罪を犯そうとも、その罪が自身に降りかかることはない。雨を遮る大木がごとく、その雫は周囲へと散ってしまい……根元の若木を枯らしてしまう」

 

「そんなこと、ボクは望んじゃいないっ!」

 

 側女長の隣に控えた先輩側女からも嗚咽が漏れる。その涙からも理解できる。

 根折と石折の双子は、側女達からも可愛がられていたんだ。彼女達から見れば、ボクの暴走は裏切り以外のなにものでもない。

 

「そうでしょうとも。ですがそこに貴方様のご意志は関係ないのです。……まだお心を痛めるお優しさがおありなのでしたら、今後はどうか軽挙な行動はお慎みくださいますよう。

 ……次は、私共が罪の受け皿となりえましょう」

 

 頼むから勝手にうごくな。少しでも私達のことを想うのなら、この城でお前は一生を終わらせろ。側女長の言葉はそういう意味だ。

 

 もうボクは奴隷のように、馬車馬のように働かなくていい。

 

 ただ生きているだけでいい。

 

 それが国の奴隷となった、ボクへの最初で最後の命令だった。

 

 けど、それって。

 

 本当に、生きていると言えるのだろうか?

 

「それと本日は大王からの命がございます」

 

 命? なんだろう。

 

「今宵、身支度を整えたうえで奥殿へと参るようにと。――伽をせよとのご命令です」

 

 ――――――えっ?




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