隻腕の奴隷巫女神“ヒルコ” ~八願の神様スサノオとゆく、古事記冒険譚~   作:みかみ

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第二十四話:神吸い蛭の願い(その1)

 ながい、長い廊下に可憐な音が鳴り響く。

 それはボクの髪に飾られた、金の髪飾りの鈴から発せられていた。

 

 凜っ。

 

 一歩、足を踏み出す度に。

 

 凛々っ。

 

 まるで邪なるモノを祓う巫女のごとく。

 

 巫女の、……ごと、く。

 

「……どうせ、ボクの事になんか興味もないくせに」

 

 ぼそりと、これから身体を預ける男に対して毒づいてみる。

 ボクは陰鬱な気分を隠しもせずに廊下を歩いていた。出発前、側女長に口すっぱく言われたお淑やかさを一応は取り繕い、重い足を前へと運ぶ。

 進む先は後宮奥にある正妃の殿、つまりヒハヤお姉ちゃんの部屋だ。女のボクにはよく分からないが、男という生物は女性の部屋に忍び込んでの行為に興奮するらしい。

 

「だったら王様の部屋に呼び出せっての。……なんだって伽を命じられてヒハヤお姉ちゃんの部屋に向かわなきゃいけないんだか」

 

 今のボクは大王から伽を命ぜられている。

 身に纏っている巫女服は一応は神事への体裁がとられてはいるものの、その用途は明らかに情欲へと傾いていた。

 今の自分がどんな姿なのか。それを水鏡で確認すればするほど、頬が赤く火照ってしまう。

 

「……こんな破廉恥で淫靡な格好の巫女なんて、いるわけがないじゃないか」

 

 上半身に着込んでいる紅白の(きぬ)は間違っても実用的なものじゃない。いや、ある意味ではこれ以上なく実用的と言えるのかもしれないが。

 どんなものかと問われれば、娼婦として城下を歩き回った肌着よりも薄い、肌の色さえ透ける極薄の布一枚で作られている。更に言えば腕は裾がなく肩まで丸出しで、足は極端に短い()のせいで太ももが根元近くまで丸見えという有様だ。

 これはもはや衣服ではない、ただ男の劣情を煽るだけの下品な淫具そのものだ。

 

「そのくせ、あの変態大王が想いをよせているのはボクじゃない。実の姉であるヒハヤお姉ちゃんだ」

 

 言葉だけを見れば、ボクが大王に惚れているようにも聞こえるやもしれないけど。まあ、んなわきゃない。

 やっぱり自分の全てを捧げる主人が欲しいなんて思ったのは、一時期の心の弱さが作り上げた虚構だったんだ。

 そもそもボクは偉そうな態度の支配者が嫌いだし、あの大王の眼には実の姉しか写っていない。それなのに、なんで元奴隷のボクなんかを側妃にしたのか意味が分からない。

 でもそのお陰で、直談判できる場に行けることも事実だ。それが正妃の寝室なのは何の冗談かとも思うけど。

 

 そんなこんなで、もう目の前には大きな扉が待ち構えていた。今更、礼儀なんて構う必要もない。何よりもボクは双子の件で怒り心頭なのだ。

 

「――――呼ばれたから来たけど。そっちから伽をせよと命じておいて、なんで正妃の部屋に呼び出すのか納得する理由を――……っと!?」

 

 もはや我慢ならんとばかりに文句を声にしながら扉に手をかけたボクは、扉が勝手に開いたことで肩透かしをくらってしまった。中で控えた側女さんが気を利かせてくれたのだ。

 開けたと同時に踏み出す予定だった右足は勢いあまり、おっとっととボクの身体を前のめりのまま室内へ運んでしまう。後宮に居るだけあって、この側女さんもかなりの美人さんだ。だがその顔色は青白いを通り越して土気色になっている。

 殿の奥を除けば暗闇が支配し、どうなっているのか確認することはできない。

 

「……やっと来たか」

 

 静寂の暗闇から、不機嫌そうな大王の声が響いてくる。

 と同時に異様な臭いも鼻についた。これは決して知らない臭いではない。むしろ奴隷だった頃には毎日のように嗅いでいた臭いだ。

 遊郭で嗅いだ男の理性をとろかせる生の色梅香とは対極の、死の香り。

 

「酷い臭い、鼻がまがりそう……」

 

 思わず目を細め、そんな愚痴がでるほどに異様な空気が部屋に充満している。

 まるで戦の終わった戦場を、ムリヤリ部屋の中に押し込めたかのようだった。それほどまでに、此処は「人の生き死に」が詰め込まれている。部屋の中が灯り一つない暗闇であることが更に部屋の印象を悪化させているみたいだ。きっと視覚が必要ない分、嗅覚が鋭敏になっているのだと思う。

 

 ボクは確信した。

 

 此処は獣の狩場か、もしくは処刑場だ。

 

「何をしている。さっさと此方へ来い」

 

 暗闇の中、かすかに見えるのは大王であるタケミカヅチの眼光のみ。明らかにあちらが喰らう者で、ボクはエサの立場に置かれている。

 思わずゴクリと唾を飲む。それでも負けるもんかと、震える身体に喝をいれる。ボクにだってこの男に言わなければならない文句があるからだ。

 大王の命に従わず、ボクはまだ光のとどく部屋の入口で口を開いた。

 

「伽をする前に答えて。……どうして、どうしてネサクとイハサクをお役御免にしたの? 勝手に外出したのはボクなんだから罪はボクに――――。

 

 と、そこまでいうと大王はそんなことかと言わんばかりの声色で答える。

 

「ああ、あの二人なら……ここに居るぞ。安心しろ」

 

「ほんとっ? 早く会わせてよっ!」

 

「急くでないわ。ほれ、コレだ。()()()()()()()

 

 部屋の奥、大王の眼光の方角から、丸い何かがボクへ向けて放り投げられる。

 それも、二つだ。これは……っ!?

 ボクは一瞬の歓喜の後に絶望の奈落へと叩き落された。いくら灯りのない暗闇だと言っても、目の前にまでくればソレが何であるかは分かろうというものだ。ソレは丸の半分は長い毛に包まれ、漂い、もう半分には三つの穴が見てとれる。

 

「……………………えっ?」

 

 二つの丸い何かを、ボクは胸の中で奇跡的に受け止めた。身体は一切動かしていないから、飛び込んできたと言った方が正しいのか。いや、そんな事実はもはやどうでもいい。ただボクはこの二つがなんなのか、理解したくなかっただけなのだ。

 

「ね、さく。いは、さく?」

 

「この鳴戸に役立たずは必要ない。ゆえにもっとも有効な方法で使ってやったというわけだ。光栄に思うがよい」

 

 これ、くび?

 

「……なんで、どうして?」

 

 あまりの衝撃に、声が喉からでてこない。

 本当なら続けて「こんなに萎びて、枯れきっちゃってるの?」と問いかけたいのに。

 

「なぜ? と問うか、貴様が原因であろう」

 

 そう、大王は言う。

 またか、またボクが原因だと言うのか。先輩側女が言ったように、此処を抜け出した罪というものはそれほどまでに重いものなのか。

 

「己がどのような存在か理解しておらぬ、と言った顔だな。その調子では“高天原の忌み子”という自身の異名さえも知らぬとみえる」

 

 

 ◇

 

 

 しばらくボクは、口から言葉が紡げるという事実を忘れてしまっていた。

 

「あう、……がう……あぃ」

 

 ただ赤子のごとく、もしくは獣のごとく。

 喉奥から漏れる息がそのまま音となって外へでる。あまりの衝撃に足元はふらつき、転びそうになる。それでも胸の中でしっかりと抱えた二人を落とすわけにはいかない。

 

 昨晩までの玉の肌が嘘のようだった。

 

 あの赤子のようなプヨプヨほっぺは、カサカサの枯葉のように乾ききり。

 ころころとせわしなく動いた眼はすでになく、ただ深遠を思わせる不気味な黒穴が空いている。

 心のどこかでボクは二人へ「ずいぶん軽くなってしまったね」と声をかけていた。

 軽くなったのは当然だ。二人の身体はもう、首下に存在しないのだから。

 

 ぽたぽた、ぽたぽたと。二人の顔に水滴が落ちる。

 視界が滲み、まるで川の中に飛び込んだかのようだ。

 

 ボクは、自分の罪をおもい知った。

 それでも弱き心は逃亡を試みる。

 

「どうして二人が死ななきゃならなかったの? なんでボクが原因なの? それに――」

 

 高天原の忌み子ってなんのこと?

 

 誰もボクの問いに答えてくれない。

 

 誰もボクに暖かい声をかけてはくれない。

 

 言ってほしい、慰めてほしい。

 

 これは目の前の居る大王の咎なのだと。

 

 二人の死は、決してボクのせいじゃないのだと言ってほしい。

 

「この双子は貴様と心を通わせすぎた。ゆえに奪われる前に処分したのだ。最適な使い道もあったことであるし、な」

 

 どうやら天上の神様はボクに更なる試練を課すようだ。

 

「……つかい、みち?」

 

 疑問をいだく間もなく、大王の眼光が煌めく奥に一つ、また一つと新たな明りが灯り始める。暗闇に支配されていた正妃の殿に光がさし、部屋の全容が明らかになった。

 不審に思いながらも、ボクは両の眼で奥を見る。

 後宮の奥、正妃の殿であるヒハヤお姉ちゃんの部屋は、ボクが側女時代に来た時とはかなり様変わりしていた。女性らしいこじゃれた雰囲気はなりを潜め、神棚や捧げ物などが列をなし、まるで祈祷の間であるかのような怪しさだ。

 部屋の中央には、まるで神の座を置くかのように高々とした寝床が用意されていた。そしてその隣には俯き、こちらに顔を向けようともしない大王の姿がある。 

 

「無用となった神依り巫女の使い道など、一つしかなかろう。そやつらは姉上の神気を補う贄となったのだ。……光栄に思うがよい」

 

 贄、生贄。

 それは今の時代、別に珍しいものじゃあ決してない。

 時の権力者が亡くなった時、もしくは病にふせった時。黄泉道の案内人や、祈祷の身代わりとして下々の者達が犠牲になるのは当たり前だともいえる。

 しかしてそれは平民、もしくはボクのような奴隷が担う役目だ。間違っても大王の血筋たる御子が担う役目ではない。

 大王は、ボクに言葉を許すことなく更に問いを投げかけてくる。

 

「言え、どうやって神気を奪い取った。……貴様は、一体なんの権利があって俺から姉上を奪おうというのだ」

 

「……奪う? 何を? ボクはそんな真似、一度だって――」

 

 矢継ぎ早に語られる真実に、ボクの頭は混乱の極致にある。それでも一つの事実だけは理解できた。

 ボクの胸の中にある双子の首からは、今だわずかな神気が漏れ出している。その神気の行く先は二股に別れ、一つはボクの口元へ、そしてもう一つは……大君の隣に鎮座する寝床へ繋がっていた。

 ふと大王の身体が横にずれ、祭壇に鎮座した寝床の全貌が現れる。

 そして、そこに横たわっていたのは――。

 

「ヒハヤ……、お姉ちゃん?」

 

 あえぐように、言葉を漏らす。

 そこにいたのは、美好で出会ってからボクの心を支えてくれた恩人である姉に違いない。

 

「ヒハヤおねえちゃんっ!」

 

 ボクはもう一度名を叫ぶと同時に祭壇を駆け上り、かつては花弁のようにつややかであったヒハヤお姉ちゃんの唇に耳を近づける。

 今のところ、息をしているようだった。でも非常に拙い、息づかいがひどく弱弱しいのだ。

 死というものは残酷だ。それはどうやら神であろうとも例外ではないらしい。頬は蒼白にこけ、瞳は頭蓋の奥へ沈み込んでいる。

 生きているかどうかさえ、ボクには判断がつきかねた。いや、僅かなりとも胸が規則正しく上下している事実に気付かねば死んでいると誤解してしまっただろう。

 

「どうして、……どうしてこんなことにっ!?」

 

「――大声をあげるでないわ」

 

 そんなボクの軟弱さには目もくれず、大王の思考は只一つを見定めている。

 今入ってきたボクを除いて、室内にいたのは三人。

 世話係で、扉を開けてくれた側女さん。

 ボクに伽を命じた大王の雷神:タケミカズチ。

 

 そして部屋の主にしてボクが伽をするはずだった寝床に伏せ、かすかな息遣いで命を繋げている正妃:ヒハヤお姉ちゃん。

 ボクは可愛い根折(ねさく)石折(いはさく)の死に加え、もう一人の最愛な人を失いかけていた。

 

「……なに、これ。どういうことなの、ねえ!」

 

 これまでの癇癪を忘れ、ボクはヒハヤお姉ちゃんの寝床へ駆け寄った。

 随分と顔色がすぐれず青ざめている。

 

「暖かい飲み物を……っ」

 

 そう言いかけたボクに、寝床の向こうで椅子に座っている大王が答えた。

 

「もうすでに薬湯を飲ませた、それも汗をかくほどにな。だがそれでも顔色が戻らんのだ。原因は身体そのものではない、姉上の神気が枯渇していることが原因だ」

 

「……神気?」

 

 初めて聞く言葉だった。神様の、天上でのみ使われる言葉だろうか。

 

「神気とは、人間でいうところの血と同様のもの。ゆえに足りぬ事態となれば身体は病み、最後には死に果てる」

 

「そんなっ、何か助ける方法はないの?」

 

「元凶がよくほざく。……姉上の命を奪おうとしているのは、他ならぬ貴様自身であろう」

 

 それまで俯いていた大王が顔をあげる。その表情は般若のごとく歪んでいた。問答無用とばかりに手を伸ばし、ボクの襟元を握って乱暴に引き倒してくる。ボクの身体は床で眠るヒハヤお姉ちゃんの隣に転がり込んでしまった。

 隣に姉が居るのにも構わず、ボクの小さな身体にのしかかってくる雷神:タケミカズチ。その表情に一切の余裕はない。

 

「もう一度問う。どうやって姉君の神気を喰らったのだ?」

 

 ボクの視界が彼の顔面に支配される。

 

「なんの、こと?」

 

「隠し通せるとでも思っているのか。貴様のその、燃えるような赤髪。それこそが我等カグツチ一族の神気を吸い込んだ、何よりの証ではないかっ!」




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 いよいよというか遂にというか、あるいはやっとというか。もう少しで第一部のクライマックスというヤツですよ。宜しければもうしばしお付き合いください。

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