隻腕の奴隷巫女神“ヒルコ” ~八願の神様スサノオとゆく、古事記冒険譚~   作:みかみ

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第二十七話:神吸い蛭の願い(その4)

誓約(うけい)?』

 

 自分の口から飛び出た聞き知れぬ言葉に、ボクは心の中で戸惑いの声をあげてしまった。

 

(誓約とはな、神々がお互いの神気を籠めた品を喰らうことで善悪の是非を問う(まじな)いよ。下級の神や人間の巫女程度が行なうなら占い程度にしかならぬ。が、三貴神である俺が行なうのなら……)

 

『なら?』

 

「それはつまり、大御神の決定だ。ゆえにどのような結果が出るのかは行なう本人である俺ですら分からん。貴様もよもや、大御神の断じた裁定に異議があるなどとは言うまい?」

 

 いつしか心の声は現実のものとなり、神様の言葉に一切の迷いはない。

 そして愚直な視線はまっすぐにタケミカズチを射抜いていた。その瞳はまるで、答えが分かりきった賭けだと言っているようにも見える。 

 

「……貴方様は、その娘が悪神ではないと信じられるのか」

 

 自らの心臓を貫き、一族の宝でもある勾玉を抉り出したタケミカズチは、荒い息を繰り返しながらも問うた。

 誰の眼から見ても、彼の死はすぐそこにまで迫っている。だからこそ、どうしても知らねばならぬ真実がそこにはあった。

 

「そして貴方様は、この雷神タケミカズチが悪神であると断ざれるのかっ!」

 

「それが分からんのだから誓約を行なうのだ。貴様とて、自分の行いが何たるかを知らずに根の国へは行きたくなかろう? 冥土の土産として、遠慮なく受け取るがいい」

 

 神様はそう言うと、神剣を持っていない左手を前に突き出した。

 するとまるで引き寄せられるかのように、大王の手にある勾玉の刺さった太刀が空を飛ぶ。そして此処が自分の居場所であるかのように神様の左手に納まった。

 

「貴様のその身体ではもう、俺の天叢雲(あまのむらくも)は喰らえぬ。ならば貴様の大太刀:十握(とか)の剣と、相棒のヒルコが……」

 

 たぶん、その口ぶりだとボクも何かと出さなければならないようだ。でも元奴隷のボクに持ち物なんてあるわけもない。それは神様だって重々承知の上であるはずだ。

 

 ならば、何も持っていないボクが持っているモノとは――。

 

「……貴様の兄:甕速日神(みかやひのかみ)と、姉:樋速日神(ひはやひのかみ)から吸い込み、己が血肉とした神気で競うほかあるまい」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ボクの身体を中心とした首都:鳴戸全体に不思議な風がふぶいた。

 元々神気に満ちていた後宮の奥殿だけに留まらず、更に神の領域を広げんと澄みわたり続ける空気。そのあまりの神々しさにボクは感嘆の溜息を漏らすほかない。

 

 神様のいう誓約の準備が一瞬にして整った。

 神域と化したこの場に、一切の不純物はない。居るのは雷神にしてこの国の大王であるタケミカズチと、その姉であるヒハヤお姉ちゃん。そしてボクの身体を動かしている神様だけだ。

 

 まず神様はボクの胸から、二つの“火”を取り出した。

 

 落ちつきのある無音の火。これは多分ミカさんの神気だ。

 そしてまるで灯りのように明るく、ボクの身体を温めてくれる火。これはヒハヤお姉ちゃんの神気に違いない。

 神様はそっと、万が一にも傷つけないよう慎重に両手を伸ばすと二人の火をすくい上げ。

 

 そして、そのまま。

 

 自身の口の中へと導いた。

 

 今は神様に奪われているとはいえ、この身体はボクのもの。二人の火を口にし、飲み込んだのだから熱さくらいは感じるはずだ。それなのにボクの喉は、まるで春の山川を流れる雪解け水を飲んだかのような爽やかさに満ちている。

 胃袋の中まで行き着いた二人の火は誓約の恩恵を受け、確かな変化を遂げてゆく。これではまるで、生きているかのようだ。

 そして再び胃袋から喉元へ、そして口から外界へと飛び出した二つの火は――。

 

 ――確かに、人の形を成していた。

 

 

 

 

『…………あれはもしかして、根折(ネサク)ちゃんと石折(イハサク)ちゃん? そして…………あの小さな子は……もしかして、ミィちゃん!?』

 

 そんな馬鹿な、ありえない。

 とっさにそんな言葉が出そうになる。だってあの三人はもう、この世にはいないはずなのだ。

 けれどもボクの口から神様が生み出した火は確かに、三つの人型を形作っている。それはボクにとって妹同然の三人に違いなかった。 

 火だ、それは間違いない。なのになぜこんなにも人間味があふれているように見えるのか。

 

『もしかして、三人が死んだっていうのは嘘だったの?』

 

 そんな都合の良い未来に、おもわず縋りたくなってしまう光景だ。

 しかして現実は非情極まりない。根折(ネサク)石折(イハサク)の二人は今朝処刑され、首だって他でもないボク自身が今も胸の中で抱きかかえている。

 革命軍の里に残してきたミカさんとカヤさんの一人娘ミィちゃんだって、近隣の里による襲撃に巻き込まれて死んだはずだ。たとえ生きていたとしても、そもそもこの鳴戸に居るわけがない。

 

 それでも、それでもだ。ボクは三人が生き返るという都合の良い未来を期待した。

 

『ねえ、どういうこと? あの三人は本当に、本物なの!?』

 

 混乱する頭をどうにか動かしながら、ボクは神様に問いかける。

 けど神様はボクの問いに答えてはくれない。それだけ誓約という儀式に意識を集中しているようだった。

 

「俺の相棒であるこの身体からはか弱き女神が三人、生み出された。

 こやつらの甕速日神(ちちおや)樋速日神(あね)の神気を吸っていたという事実もあろうが、相棒の心が潔白であったがゆえに、一族の神気をもって女神を蘇生しえたのだ。ゆえにその性質は善である」

 

 反論を許さぬ神様の言葉に、タケミカズチは小さくしっかりと(こうべ)をたれた。けどその瞳に絶望の色はない。この誓約(うけい)は、相手の結果がどうであれ自分が善だと認められれば負けにならないからだ。

 そうなれば引き分けだ。そしてそれはタケミカズチにとって勝利と言っても良いくらいの偉業でもある。なにしろ三貴神という存在の至高神に、間接的にとはいえ格下の神が引き分けるのだから。

 神様はそんな相手の考えを知ってか知らずか、誓約(うけい)を再開した。

 

「では、次はお前の番だ――――んぐっ」

 

 自分の身体が大口をあけ、己の背丈ほどもある大太刀を飲みこむ樣はなんとも言いがたい。

 

『うげええええぇ……』

 

 それが口の中でガリバキと咀嚼され、不愉快極まる金属音を立てていれば尚更だ。神様はボクの身体をなんだと思っているんだろうか。

 続けて噛み砕かれた大太刀の鉄片が喉を過ぎ、胃袋の中へとやってきた。生きた心地がしないとは、まさにこのことだ。胃に穴が開いたらどうしてくれるのか。色んな意味で。

 

 そんなボクの心配も知らずに、神様はボクの口から新たな神を生み出そうとしていた。

 

(相棒よ、この光景をしかと目に焼き付けておけ)

 

『へ? って、ボクの存在を忘れてたんじゃなかったの!?』

 

(タケミカズチとの勝負などもはやどうでも良い。今重要なのは、お前が誓約という神事のゆく先を知ることだ。

 よいか。この世には善という言葉がある。悪という言葉がある。天という言葉がある。地という言葉がある。

 だが、無という言葉はない。なぜか。それはこの世がすでに、無から有を生み出し尽くしているからなのだ)

 

『………………??』

 

 突然始まった、神様の難しい話にボクはさっぱりついていけない。それでも神様は口を止めたりもしない。まるで、今は言葉だけを覚えておけとでも言っているみたいだ。

 

(この世は限りある世界であるということよ。どれだけの人民が死のうとも、魂魄(こんぱく)の数が変わるわけではない。それはあくまで天地の民と、根の民の(はかり)が揺れるだけなのだ)

 

 ゆらり、ゆらりと揺れる火を、まるで翼のように広げて。

 神様の言葉を証明するかのように、火の女神となったミィちゃんは微笑んだ。けれどもその笑顔は、間違っても里で目にした天真爛漫な少女のそれではない。

 

「――ヒルコ、おねえちゃん。あそぼ、一緒にあそぼぉ」

 

 その声は、ひどく聞き取りづらく。

 

「ほら、お父さんもそこに居るよ。他のおばさん達も呼ばなきゃ、お祭りは沢山の人で踊ったほうが楽しいもんね」

 

 まるで幽霊のようで、目を離せば消えてしまいそうで。

 ボクの意識は目の前のミィちゃんに注がれている。どうすれば、皆が笑い合える明日へたどり着けるのか。それだけを必死に考える。

 

 ゆえに神様がボソリと口にした言葉を、ボクは聞き逃してしまっていた。

 

(生とは、そして死とは単なる旅立ちにすぎぬ。

 たとえ記憶が消えようとも、身体が変わろうとも。魂魄だけは変えようのない不変のもの。

 それゆえに相棒(ヒルコ)よ。そなたが我が姉であることも、変えようのない事実なのだ――)




 最後までお読み頂きありがとうございます。
 ……物語についてこれておりますでしょうか? このあたり、設定がかなり難解だと作者も重々承知の上で執筆しております。

 よろしければ感想などでご意見をいただければ幸いです。
 お願い致します。
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