「ああ……どうか無事に産まれてきておくれ」
とある部屋の外。
一人の男が外をうろつきまわっていた。
普段ならその青い瞳は美しいと言われるような物だろうが、今落ち着きなく歩き回っているこの男の眼は焦りに満ち溢れており、とても美しいと断言できるものではなくなっている。
「落ち着いてください、アレン国王陛下。初めての御子のご誕生の瞬間がもう間もなくとはいえ、そのような落ち着きのない姿を国民が見られたらどう思われますかな?」
アレンと呼ばれた男を老人が窘め、一瞬足を止める。
「むぅ……」
広大な大陸『デーリング大陸』。
この大陸には様々な国が跋扈していた。
ここはそんな大陸に存在している、小さな一国『アルトマ王国』。
その王国では今、女王が御子を出産しようとしていたのだ。
そして国王であるアレンは女王が御子を産むのを今か今かと待ちわびていたのだ。
「ヘレナも、どうして私が立ち会うというのを拒んだのだ」
「それは……女性の出産の際、女性はとてつもない激痛に見舞われ、子を産むと言われております。故に激痛に苦しんでる様子を夫であるアレン国王陛下にお見せしたくないのでしょう」
老人が説明すると、突如大きな赤子の鳴き声が聞こえてきた。
アレンはもちろんのこと、老人の顔もぱっと明るくなる。
「アレン国王陛下、おめでとうございます。無事にヘレナ女王が女の子をお産みになりましたよ」
とある部屋から老婆が顔を見せる。
その顔は満面の笑みに溢れていた。
どうやらヘレナの身にも何も問題はないことがその顔から伺えた。
「顔を、顔を見せてもらうわけにはいかないのか?」
「もちろんよろしいですとも。さあ、お入りになってください」
アレンが部屋に入ると、ベッドに横たわっているヘレナが赤子を抱いているのを見た。
その顔は疲弊しきっていたが、愛すべき子を産んだ幸せからか、先ほどの老婆以上に笑顔に溢れていた。
「よく頑張ったぞ」
「ええ、あなた」
アレンが感極まった表情でヘレナの手を取り、赤子を見る。
赤子は先ほどの大泣きほどではないがまだ少し泣いていた。
「おお、よしよし」
アレンが赤子の額を撫でると、赤子が泣きつつも眼を開く。
「これは……」
アレンの顔が幸せいっぱいの顔から驚きの顔になった。
赤子の瞳はアレンの瞳の色である青色と、ヘレナの瞳の色である赤色の二色だったのだ。
いわゆる『オッドアイ』と呼ばれる瞳である。
「この子はもしや……」
「ええ……」
アルトマ王国にはとある伝承が伝わっていた。
二色の眼を持つ者が現れたとき、世界は運命の分岐点に立たされると。
その片方の瞳は希望の未来を映し、もう片方の瞳は絶望の未来を映すのだという。
その者がとる選択こそが、世界を大きく様変わりさせるのだという。
「まさか私たちの子が、伝承通りの子になるのか?」
アレンがそう呟くが、ヘレナは首を横に振る。
「もう、あなたったら。それはあくまで言い伝えであって、事実ではないのでしょう。今ここにいるのは私とあなたの子供。心から愛しましょう?」
「そ、そうだったな」
アレンが改めて赤子を見ると、赤子はいつの間にやら泣き止んでおりアレンに笑顔を見せた。
この時、アレンもヘレナもこの愛おしき子を心から愛すると決めたのであった。
オディアナと名付けられたこの赤子は当初、伝承の子だと周りの者に悟らせないように魔法をかけ、瞳の色を黒に変色させたのだ。
このことでこのオディアナ姫がアレン国王とヘレナ女王の子ではないのではないかと囁く者もいたが、それらの意見はアレン国王とヘレナ女王がオディアナに対して愛情を注ぐ姿を見せていたのを知ると同時になくなっていった。
それから15年後。
「はあっ!」
石畳が広がる広い空間。
空は曇り一つない青空が広がっており、そこではとある一人の女性が巨大な槍を手にし、とある兵士と戦っていた。
「うわああっ!」
兵士の手にしていた剣が槍によって弾き飛ばされ、瞬間女性が手にしていた槍が兵士の首元に向けられる。
「ひっ」
兵士は恐怖が顔面いっぱいに広がり、足腰を震わせた。
それを見た女性がふぅと一息つき、槍を兵士の首元から地面に向けなおした。
「死による恐怖を感じる、か。無論生きる人間においては当然の感情だ。王族や民たちを守る兵士として勇猛であってほしいが、かといって死すら恐れない感情なき兵士とならないでほしい。君はその点優秀だな」
「あ、ありがとうございます」
兵士はほっと安心した顔で立ち上がり、ぺこりと一礼し女性の元から去っていく。
女性は兵士たちとは違い赤色のマントを羽織り、その下には薄手の鎧と赤色の半パンツを着用し、マントによる動き辛さを少しでも軽減させるかのような格好をしていた。
「相変わらず凄いよな、シーア様」
「ああ、女性であり19の年齢でありながら王族の護衛を務める『アルトマ親衛隊』の隊長と、兵たちの教育をなさる立場になっているんだよな」
「しかも、噂によると『デュエルモンスターズ』と呼ばれるカードを使い、魔物を呼び出したり魔法を使ったりして戦うことも出来るとか」
「しかもそれらのカードは確かアレン国王陛下から直々に受け賜わったものだとか」
兵士たちがそんな話をしているのを当然シーアは聞いており、地面に突き刺した槍を一瞬で消滅させ、代わりに剣をどこからか出現させそれを別の兵士に向ける。
「そこ、訓練中に私語は慎みたまえ。さぁ、次の訓練の相手は君だな」
「はい」
兵の一人が慌てて背を伸ばし、腰にしていた剣を手にする。
だが、その兵がシーアの背後から忍び寄っている手に気づき、眼を丸くする。
「む? 一体どうした」
その様子に気づいたシーアが兵士に質問すると同時に。
「えいっ、隙あり」
「ひゃんっ!?」
その忍び寄っていた手がシーアの胸を何度も揉み、シーアが顔を赤くし可愛らしい声を上げた。
それを見ていた兵をシーアが睨みつけ、兵士は慌てて顔を逸らした。
「もー、訓練に一生懸命なのはいいけど私の事にも気づいてほしかったな」
「オディアナ姫。いきなり私の胸を揉むのはお止めくださいと、しかも兵たちが見ている中で」
「いいじゃないの。堅苦しい雰囲気で訓練をするんじゃ、兵たちが緊張して実力を発揮できないじゃない。だからまずはシーア、あなたを解さないと」
だったらもうちょっと別のやり方をしてほしいと思いつつ、後ろを振り返り満面の笑みを浮かべているオディアナ姫を見る。
燃えるような赤い色の髪の毛が肩までかかっており、その身はドレスなどではなく、動きやすさを重視した黒の長袖長ズボンという、姫とはとても思えない格好をしていた。
「こ、これは姫様」
「今日もご機嫌麗しゅう」
兵たちが突如現れたオディアナ姫に向かって一気に頭を下げる。
「もう、皆そんな一気に固くならないで。ほら、リラックスして。そうしなきゃシーアだって全力を出せないじゃない」
さすがにいきなり身分が一回り以上違う者がいらっしゃって固くならない方が無理があるとシーアは思う。
オディアナ姫はまるでどこの街にでもいるような娘のように天真爛漫で、身分の違いを鼻にかけたりはしない。
そのうえで自国の民たちが暮らしている街に出向き、民たちの生活を目にする。
その都度新たな政策を父であるアレン国王に提案している。
それらの政策は苦しい生活をする民たちの税金を下げたり、戦うことがない兵士たちを街の農作業などの力仕事に向かわせたりするなどといった、民たちの為になる政策だった。
「い、いえ、私めは貧しい民でありながらオディアナ姫に兵士に迎えてもらった身、態度を崩すなどとても恐れ多くて」
兵の一人がオディアナに向かって告げると、オディアナがその兵の元に近寄り、にっこりと笑顔を向ける。
「私に対して恩を感じてるのだったら、なおさらフレンドリーに接してほしいな」
その笑顔を向けられたことで兵は顔を赤くし、他の兵たちはその兵に対して羨望の眼差しを向ける。
兵たちの一部は貧しい暮らしをしている民たちをオディアナが引き抜いたというのもある。
故に兵たちも民と同じようにオディアナを慕っており、その身を守る『アルトマ親衛隊』に就けることはこの国の兵の一番の幸せだとも噂されるほどだった。
「さぁ、皆とびっきりの笑顔になったことだし、シーアも兵士の皆も頑張って」
そしてオディアナがぱぁと笑顔でその場に座り込む。
どうやら、訓練を見届けるつもりらしい。
「……さぁ、姫の前で手を抜くといったみっともないところは見せられないな?」
シーアも厳格な態度を崩し、戦いを楽しむ者の顔になる。
「そうですね」
こうしてオディアナが見守る中、兵たちの訓練時間が終わったのであった。
「お疲れ様、シーア」
シーアが汗をタオルで拭いていると、オディアナがシーアからタオルを引ったくり、そのままシーアの顔を拭く。
「オディアナ姫、そのようなことは」
「もー、いいじゃない。あなたは私が昔から親しくしてるんだし、兵士の皆も私とシーアの仲は知ってるわ。だからあなたと私の尊厳が下がることはないわ」
シーアが兵たちを見ると、兵士たちはうんうんと姫の言葉に同調していた。
「むしろオディアナ姫とシーアの可憐なやり取りをしている中、俺たちのような者が間に挟まるなどおこがましいことです」
などと宣う兵士もおり、シーアが思わず溜息をつきかけたがオディアナ姫の前でそんな態度を見せるわけにはいかないので我慢した。
「さ、行きましょうシーア。なかなかいいお茶菓子を輸入したのよ。私の部屋で一緒にいただきましょう」
「ありがとうございます」
「他の兵士たちの分は城の食堂に確保してあるわ。皆も落ち着いたら召し上がってください」
兵士たちの顔が綻ぶのを確認し、シーアも笑顔になる。
「じゃ、行きましょうシーア」
「オディアナ姫、手を引っ張らなくても大丈夫ですよ」
オディアナが笑顔でシーアの手を引っ張っていき、城内へと戻っていく。
「いいよなぁ、オディアナ姫」
「ああ。シーア様もオディアナ姫の幼馴染で全面の信頼を置かれている」
「アレン国王陛下もヘレナ女王様もオディアナ姫に負けず劣らずの良き人だ。間違いなく『アルトマ王国』は素晴らしい国だ」
「ああ、俺たちこの国に住めて幸せだな」
兵士たちがそんな会話を交わし、この『アルトマ王国』の未来は輝かしい物であることを信じて疑っていなかった。
その未来が、その日のうちに崩壊してしまうことになるなど、兵たちは夢にも思っていなかったのである。
「んー、おいしー」
オディアナはいちごジャムが乗ったクッキーを口の中に放り込んでいく。
美味しそうに食べているのはいいことなのだが、姫としてもうちょっとお上品に食べるように進言するべきなのだろうか。
シーアは迷いつつもクッキーを口の中へと運んでいく。
「失礼します、オディアナ姫。おや、シーア様もここにいたのですね。ちょうど良かった」
ドアが数回ノックされた後、老婆がドアを開く。
この老婆はオディアナ姫が産まれたころから世話をしており、オディアナが信頼を置く人物の一人でもあった。
「どうかしたの?」
「アレン国王陛下とヘレナ女王様がお呼びです。シーア様もご一緒するようにとのこと」
「分かりました。では、行きましょうシーア」
「はい」
老婆によって案内され、オディアナとシーアが王室に入る。
玉座にアレンとヘレナが座っており、2人の姿を確認するとゆっくりと顔を上げた。
(お父様もお母様も今日は何か違うわね。いつもだったら私が部屋に入ると幸せそうな顔をするのに)
(オディアナ姫、声を謹んで)
オディアナがシーアにこっそりと話しかけるのをシーアが窘める。
その会話が聞こえていたのか、アレンが咳払いをする。
オディアナとシーアが背を改めたのを確認し、アレンが話を始める。
「オディアナ、シーア。ここに呼び寄せたのは他でもない」
「何か問題があったのですか?」
シーアが尋ねると、アレンがヘレナに顔を向ける。
「いや……ヘレナ」
「はい」
ヘレナが手にしていたのは、カードの束。
「これって、確か」
「ああ、シーアに託したのとはまた別の種類のモンスターの力が封じられている『デッキ』だ。オディアナ、これは『アルトマ王国』に伝わるデッキの1つだ。これをお前に託す」
「お父様、私がですか!?」
オディアナ姫がここまで驚くのを見るのは初めてだとシーアは思う。
もっとも、自分もオディアナ姫によって兵に推薦され、ここに呼ばれて同じようにアレン国王からデッキを受け取った時はほぼ同じ反応をしたと思い出した。
「うむ。お前ならきっとこのデッキに宿る『声』を聞き、力を引き出すことが出来る」
「さぁ、手にして頂戴」
ヘレナが笑顔でオディアナに向かってデッキを差し出す。
「はい、お母様」
そして、シーアはここに呼び出された意味を理解した。
もし、オディアナがデッキに選ばれず暴走したとき、デッキを持ち戦う力を持つ自分が止めろ、ということだ。
オディアナはそんなシーアの心境を知らず、ヘレナからデッキを受け取る。
「……わぁ」
数秒沈黙した後、オディアナはぱっと笑顔になる。
「ふむ……どうやら、無事にこのデッキはオディアナを主と決めたようだな」
「良かったわ」
アレンとヘレナが緊張を解き、笑顔でオディアナを見る。
オディアナはそんな2人を見て笑顔を見せつつも、デッキの方に意識を向けているようだった。
(どうやら……問題なさそうだね)
「……にしても、オディアナよ。その格好はどうにかならぬか」
だが、アレンはオディアナの格好を見るなりはぁと溜息をついた。
「えー、お父様の勧めるドレスとか、すっごく動きづらいんだもの。シーアだって動きやすい格好をしているのに」
「いやいやいや、オディアナ、お前は姫であり可愛い女の子なのだぞ。だからこそ」
「やー」
オディアナがシーアの後ろに隠れ、じっと様子をうかがう。
アレン国王はいつもオディアナにドレスを着せようとする。
それを嫌がるオディアナとそのオディアナをかばうシーア、そしてそれを笑顔で見守るヘレナ、というのがこの王族のいつもの光景となりつつあった。
(…………)
そして、その会話を聞いていた何者かの存在にも気づくことはなかったのだった。
「全くもう、お父様には困ったものだわ」
「いえいえ、オディアナ姫に綺麗な格好をしてほしいというのが親心なのですよ」
「でも、シーアは動きやすそうで格好いい服をしてるじゃない。私だってシーアのような格好をしたいわ」
オディアナはこの件に関してだけは結構不満を持っている。
だが、シーアとしてはアレンの親心、そして姫として格好を整える大切さが分かっているだけにどちらの味方にもつけず、少し困っていた。
「まあ、無事にデッキも受け取れてよかったですね」
「うん! そうだ、確かシーアもデッキっていうのを受け取っていたのよね。確か、デッキを持つ者同士はデッキを使い、戦うことが出来るんだって。ねぇ、戦わない?」
「いけません、オディアナ姫」
シーアが真剣な顔で否定したのを見て、思わずオディアナがびくっとなる。
そのオディアナのリアクションを見たシーアがしまったという顔をして頭を下げる。
「……怯えさせてしまい、申し訳ありません。ですが、私がアレン国王から受け賜わったデッキは王族を守るための力であり、決して私利私欲のために使うものでは、ましてやオディアナ姫にその矛を向けるわけにはいかないのです」
「そっか……ごめんね。でも、シーアがそこまで私やこの国のことを思ってくれてるって知れて、嬉しい気持ちもあるんだ。さぁ、部屋に戻ってあのお茶菓子をもっと食べましょう」
「はい、オディアナ姫」
オディアナとシーアは他愛もない話をしながら部屋へと戻っていった。
その日の夜。
アルトマ王城の城門の前に、何者かが立っていた。
門番たちは血を流し倒れており、すでに息絶えていた。
「……美しいオディアナ姫。だが、あの愚か者たちがあの力を渡してしまい、しかも無事にそれを受け継いでしまうとは……なら、もう猶予はならぬ。王族たちには死の制裁を」
あの時王族との会話を盗み聞いていた何者かの手には、1枚のカードがあった。
その顔はフードによって覆われており、見えるものではなかった。
「行け『グリーディー・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン』よ。滅びを」
何者かのカードから巨大な毒竜が現れ、その全身から紫色の弦を伸ばしていく。
その弦はまたたくまに巨大な王城を包み込んでいく。
「……ふふふ、ははは、はーっはっはっは!」
何者かは紫色の弦で包まれた城を見届け、高笑いをする。
「さて、これで……いや、念のため使いを残すとしようか」
何者かが指をパチンと鳴らすと、紫色の仮面を被った白き人形が現れる。
「さて、お前の役目はこの城から出てくる者がいれば滅ぼすことだ。分かったな」
「分かりました……」
人形が呟いたのを聞き、何者かは闇に飲み込まれ姿を消していった。
(……なんだよ、あれ。あの城にいきなり変な力が……しかも、確か滅びとか言ってた……まずい、街のみんなに知らせなきゃ)
ボロボロのマントを来た少年が、何者かが起こした惨劇の一部始終を見届け、そのまま城下町へと戻るべく走っていった。
「…………ん?」
ふと眼を覚ましたオディアナは一瞬で目を見開くことになった。
見慣れた部屋が、紫色の植物の弦で覆われていたのだから。
「こ、これは一体何!?」
扉を開けようとしたが、その扉すらも弦に覆われ開くことは敵わなかった。
「ど、どうすればいいの」
オディアナが困惑していると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
そして数秒もしないうちに扉が勢いよく開かれた。
「オディアナ姫、ご無事ですか!?」
「シーア!」
いつも見慣れて、心から信頼している黒髪の女性。
シーアの姿を見届けオディアナの心に一瞬だけ安堵が広がっていく。
「一体何があったの!?」
「私も分からないんです。私も見張りの交代まで眠っていたのですが、目を覚ましたら植物に覆われていて」
「兵士やお父様、お母様は!?」
「申し訳ありません、真っ先にオディアナ姫の元へと走っていったので。一緒に確認に参りましょう」
「うん」
シーアがオディアナの手を取り、部屋から出ていく。
部屋の廊下も植物の弦に覆われ、美しい城の名残など何一つなかった。
「…………」
ふとオディアナの手が震えているのが伝わり、ぎゅっと優しく握り返す。
「大丈夫です」
まず真っ先に向かったのは王と王妃が眠る寝室だった。
そこも植物の弦で覆われていたが、シーアが手に黒き槍を出現させ、弦を切り開く。
「アレン国王、ヘレナ女王、ご無礼を!?」
部屋に入ったとき、そこは異様な光景があった。
アレンもヘレナも、植物の弦に巻きつかれた状態でベッドに横たわっていた。
その顔色は紫色となっており、一目見て人間の肌色ではないことがよくわかった。
「お父様、お母様!」
オディアナが慌てて駆け寄り弦を引きちぎろうとしたが、とてもじゃないが引きちぎることは出来なかった。
「……失礼」
シーアがアレンの胸元に耳を寄せる。
すると、ほんの少しだが心臓が揺れる音が聞こえた。
「オディアナ姫、どうやら眠りに着いているみたいです。ひとまず死んではいないかと」
それを聞きオディアナが涙をぬぐう。
とても無事とはいえる状態ではないが、死んでいるという最悪の状態ではない。
「そう……良かったぁ」
オディアナがへなへなと崩れ落ち、シーアが頭を下げる。
「申し訳ございません、オディアナ姫。王族を守る護衛隊長でありながら、お二方をお守りできませんでした」
「いいの、シーア。まだ死んでないし、私は無事。それに何より、部屋に閉じ込められて何もできなかった私を助けてくれた。それで今は十分よ」
オディアナがシーアの頭を撫で、すっくと立ち上がる。
「落ち込んじゃいられないわ。お父様とお母様が死んでないなし、もしかしたら無事な兵士たちがいるかもしれない。今すぐ行くよ」
「はい」
「お父様、お母様。今は失礼しますが、必ずこの異変を解決し、無事に目覚めさせてあげますの、その時までどうかご無事で」
オディアナが眠りについている2人に頭を下げ、シーアと共に場を後にした。
シーアが何度も同じように弦を切り裂き、兵たちや城で住み込みで働く者たちを助けようとした。
だが、皆同じように弦に巻きつかれ眠りに着いており、死人こそいなかったがオディアナとシーアのように無事な者も一人もいなかった。
「……オディアナ姫、これからどうしましょうか」
「決まり切ってるわ。もしこの異常がこの城だけじゃなくて、城下町、いや、王国領内全てに起こった異変なのかを確かめに行く。そして、お父様やお母様、城の皆を助ける手段を探しに行くわ」
「かしこまりました。では、このシーア、護衛隊長としてオディアナ姫にお供いたします」
シーアが頭を下げると、オディアナがほんの少しだけ笑う。
「良かった。シーアと一緒なら怖いモノなんて何もないわ」
「そう言ってくれると嬉しいな。じゃ、まずは城を脱出して、近くの城下町へ行きましょう」
「ええ」
城門の扉を強引に切り開き、オディアナとシーアが城門の外に出た。
「おやおや……どうやら、生き残りがいたようですね。始末するよう命令されております」
紫色の仮面をかぶった白き人形がオディアナとシーアの姿を確認し、近寄る。
「命令……だと? お前にそれを命令したのは何者だ!」
シーアが槍を向けると、白き人形がくくくと笑う。
「これから死ぬお前たちに言うことはない。行け」
白き人形の後ろに意思で作られた戦闘兵……ゴーレムが現れ、シーアに向かって拳を振り下ろす。
「姫に手出しはさせない」
「ほう……だが、残念。お前はそのゴーレムの相手に追われて、どうにもできまい。その隙に私がその女をデュエルで始末するのみ」
「デュエル……だと? まさか貴様、デッキを持っているのか」
シーアが慌てて白き人形に剣を向けようとしたが、ゴーレムが立ちはだかる。
「シーア、この国の姫として初めてあなたに命じます。その化け物を倒しなさい。あなたが戦ってる間に私がこの者をデュエルで倒します」
「ほう、やる気か。良かろう、相手になってやろう」
「オディアナ姫、まだデュエルをしたことがないのに」
「大丈夫。デッキの中の子たちが色々と教えてくれた。だから大丈夫」
オディアナ姫の腕に円盤のような機械が現れ、そこにデッキがセットされる。
人形の腕にもいつの間にか同じような物がセットされており、デュエルが開始された。
「「デュエル」」
「まずは俺のターン。俺は魔法カード『おろかな埋葬』を発動。デッキから『シャドール・リザード』を墓地へ送る。そして墓地へ送られた『シャドール・リザード』の効果発動。このカードがカードの効果によって墓地へ送られた場合、デッキから『シャドール』と名の付くカード1枚を墓地へ送る。俺が送るのは『シャドール・ファルコン』だ」
人形のデッキから飛び出した糸で操られたヘビのような魔物が黒い鳥の人形を体に巻き付け墓地へと飛んでいく。
「その『シャドール・ファルコン』もカードの効果によって墓地へ送られた。となると効果があるのですね」
「ご明察。このカードが効果で墓地に送られれば墓地から裏守備で特殊召喚できるのさ」
墓地から鳥の人形が糸に釣り上げられ、人形のモンスターゾーンに裏守備で置かれる。
「そして俺様はカードを2枚セットしてターンエンドだ」
人形 LP8000
モンスター:シャドール・ファルコン(セット)
魔法・罠:セットカード2枚
手札:2枚
「さて、次は私のターンですわね。ドロー」
オディアナが可憐な仕草でカードを引く。
「私はペンデュラムゾーンにスケール8の『オッドアイズ・ミラージュ・ドラゴン』とスケール4の『オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン』をセッティング」
緑色の竜と赤色の巨竜がそれぞれ光の柱にセットされ、その下に8と4の数字が描かれる。
「オッドアイズ……もしやオディアナ姫は」
シーアがゴーレムと戦ってる中、オディアナの目を見る。
その瞳は黒ではなく、赤と青色の『オッドアイ』だったのだ。
「あの目……もしや王国に伝わる――!」
「これで私はLV5から7までのモンスターを手札からペンデュラム召喚できます」
オディアナは目を見開く。
(うん、行こうオディアナ)
(僕たちがサポートするよ)
(さぁ)
デッキの中の『オッドアイズ』モンスターたちがオディアナに語りかける。
「行きます。ペンデュラム召喚! 二色の眼を持つ者たちの、始まりの竜――『オッドアイズ・ドラゴン』!」
二色の眼を持つ、赤い竜。
その赤い竜がオディアナの場に降臨し、敵である白き人形を睨みつける。
(我が目に捕らえしあの者……オディアナよ)
「うん、一緒に戦おう、皆」
二色の神秘の眼を持つ、綺麗な姫君。
その姫の最初の戦いが、ここに幕を開けたのだった――