怪我をした男性を運び終わり、姫様たちがいらっしゃる宿屋へと向かう。
デュエル中とはいえ、私を助けるために発砲してくれた男性だ。
私の中では姫様が最優先ではあるが、命を助けてもらってその代償として傷ついてしまった人を見捨てるほど人間を捨てた覚えはない。
彼はスディルに返り討ちにあったとはいえ、まだ生きていた。
私とスディルはデュエル中だったため、結果はまだ決まったわけではなかった。
だが、もしかしたら彼女に負けていたかもしれないのは事実だ。
彼女から感じたのは、この世界にも存在しているが、この世界に存在していない力の存在。
一見して矛盾してる気もするが、私自身はそう感じた。
もしかしたら姫様や他の皆が同じように対峙したら、別の考えを持つかもしれない。
いや、今はそんなことはどうでもいいか。
奴らは去っていったものの、姫様たちが危ない目に遭ってないとも限らない。
急いで戻らなければ。
宿屋に到着し、姫様と他の皆が集まっていた部屋の前に戻る。
「皆、お待たせ」
私はいたって何もなかったように振舞う。
だが、部屋には皆がおり、真剣な眼差しをしながら部屋に入ってきた私を見ていた。
そりゃまぁ部屋から出ていき、すぐには返ってこなかったのだ。
何もなかった、なんて言って信じてもらうのはいくらなんでも無理があるだろう。
「シーア、何があったのですか?」
赤い髪の毛を揺らし、オディアナ姫が私に話しかけてくる。
いつも明るく、天真爛漫な姫様。
そんな姫様に心配させてしまうとは。
不甲斐ない従者だなと思いつつ、ついさっき起こった出来事を話す。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
私がスディルと名乗る謎の決闘者と戦ったこと。
そのデュエルの最中、異様な力を持つ彼女と戦ったことで少しばかり恐怖を覚えたこと。
そのデュエルの最中に村人がスディルに発砲し助けられたこと。
「なーるほどねぇ。さすがはシーア、持ってるぜよ」
にやにやと笑いながらそんなことを呟くのはムゼロ。
口が軽く、たまに語尾に『だぜ』なんて付けてくる男だ。
だが、この男がこんな状況で吐く軽口は大抵安心したからその分言わせてもらうぜ、みたいな感情からこぼれ出るものだ。
「でも、お姉ちゃんが負けるかもしれないと思ったなんて」
お前も『闇』を受け入れ闘う決闘者なら分かるだろう。
『闇』は素晴らしい力だが、別に全知全能というわけではない。
シオンは私のことを慕ってくれている。
姉としてすごく嬉しい限りだし、ここ最近は私がいなくても大丈夫そうにしていたのだが。
ここまで心配されるとは思っておらず、意外そうな顔で妹を見てしまう。
「シオン、お姉ちゃんは別に完璧超人の無敵じゃない。力がある相手と闘えば負けるかもしれない」
「確かにそうだけど」
シオンはまだ納得していなさそうだ。
「くくっ、あのシーアから自分のことをお姉ちゃん、なんて聞く日が来るとは。こりゃ明日は霰でも降るか?」
ムゼロ、黙れ。
今はそんな空気じゃないだろう。
そんな思いを込め彼を睨みつける。
ニヤニヤ笑いこそ止まらないものの、これ以上彼は軽口をたたかなかった。
「でも、無事でよかった。ね、オディアナ姫様」
傍にドラゴンメイドたちを従え、私のことをニッコリ笑顔で迎えてくれるがのはハスキミリアだ。
彼女の傍にいるドラゴンメイドたちも安心した顔をしている。
オディアナ姫様以上に純粋で無邪気。
そんな彼女だからこそ少しの間だけとはいえ戻らなかった私のことを心配してくれたのだろう。
そしてドラゴンメイドたちも安心した顔をしているということは、ハスキミリア様第一であるはずの彼女たちも私のことを心配してくれていたということだ。
クールで人を寄せ付けない雰囲気、だなんて言われていた昔のことが嘘のようだ。
「シーア?」
そんなことを考えていた私のことをオディアナ姫様がじっと見てくる。
「すみません、少し考え事をしていました。姫様、シオンとはデュエルを?」
私が尋ねると、姫様もシオンも無言で頷く。
どうやら私が戻ってこない間、ちゃんとデュエルはしたみたいだ。
となると、気になるのは結果だ。
「どちらが勝った?」
「私」
おずおずとシオンが手を上げる。
「そうか。姫様、手を抜かれたと感じたことは」
「一度もなかったわ。本当、遠慮の欠片もなかったわ」
それは良かった。
敵以外には心優しいシオンのことだから、もしかしたら姫様相手に手を抜くのでは、と思っていたのだ。
そして何より、オディアナ姫様もシオンも、出ていった私のことを心配してデュエルをしないのではないかと懸念していたが、ちゃんと私がいない間にデュエルをしていたみたいだ。
スディルと戦って分かったが、今回戦おうとしている敵の力は私たち、いや、少なくとも私が想像していたよりも大きい。
そんな相手と戦うのだから、姫様だけじゃなくてこの場にいる全員が今以上に強くならなければならない。
だが、強くなるだけじゃなく急いでエイディーム本国に向かい、急いで協力関係を取りつけなければならない。
「シーアにも見せてあげたかったわ。シオンちゃんが容赦なく私を追いつめていく様子を」
「本当だよ。私もシオンさんの闘いを見てて思わずびくってしちゃったもん」
「ほんとほんと。さすがはアルトマ王国護衛隊長にして敵に対しては血も涙もないぐらいに容赦ないシーアの妹、なだけあったぜよ」
ムゼロの表現だけやたら悪意がある気がする、というか明らかに私をからかい、私がどういう反応をするかそれを見るのを楽しんでる節がある。
「もう、皆ったら」
そしてシオンは少しばかり困った顔をしてる。
シオンは普段は優しいが、デュエルや格闘をしてる時は情け容赦がない。
私と組み手をしてる時もその傾向は出てきてるし、格闘術だけに限定させればシオンは時折私すらも凌駕する気迫と力を見せる。
もっとも、姉として他のことではまだまだ負ける気はないが。
「まぁとりあえずこの村を襲った2人は去っていったのは確認した。オディアナ姫だけじゃなく、私たち全員が力をつけなきゃいけない」
真剣な顔で言ってるのが効いたのだろう、その場にいる全員が神妙な顔で頷いていた。
あのムゼロですら真面目な顔をしているのだからちゃんと今の状況が理解できているのだろう。
「とはいっても、急いでエイディーム国に向かって協力も取り付けなきゃいけない。なかなか難しいことぜよ」
先ほど私が考えていたことをムゼロは口にする。
やはり今置かれている状況を私以上に理解している。
「今回オディアナ姫はハスキミリアさんとシオンとデュエルをしたけどよ。他にも強い相手と闘ってデュエルの腕前を上げたいけど、姫様を危険な目にさらすのは有り得ないんだよな」
「それはもちろんだ」
姫様を危険な目に遭わせるなど、絶対にありえない。
そうさせないためにアルトマ王国護衛隊長である私がいるのだ。
いや、私だけじゃない。
今国で悲惨な目に遭ってしまってる兵士たち全員が同じことを思っているだろう。
オディアナ姫を傷つけてはいけない。
アルトマ王国のことを思い、行動に移して国民たちに笑顔をもたらすこの素晴らしい姫を危険な目に遭わせてはいけない。
「シーアったら」
「オディアナ姫様、慕われてるね。同じ主従関係を目指してる私からしたらうらやましいや」
照れているオディアナ姫様に対してハスキミリアさんはにっこりと笑顔で話しかける。
「だが、国のトップ同士がデュエルで雌雄を決するとき、そのデュエルを外部から邪魔させないようにするのが俺たちの役目ぜよ」
ムゼロの言うとおりだ。
デュエル中に横槍が入らないとは限らない。
今回のスディルとの決闘がまさにそれだった。
デュエル中に頭を発砲され、肉体的な死を迎えてデュエルが終わることだって珍しいことではない。
ましてやデュエルは一般的にありふれてることではない。
デュエリストを殺してしまえば全てが解決する、そう考えている者だって別に珍しいことではない。
だからこそ私たち外部の者がデュエル中に下手な横槍をさせないように目も力も配るのだ。
「……でも、さすがに少し疲れた。休みたい」
思わずそうこぼすと、オディアナ姫がぱんぱんと手を叩く。
「そうね、シーアはこの村を襲撃した敵を追い払って、そのうえで怪我をした男性を医療所に送ったからね。疲れてて当然よ。皆、今日はここで解散しましょう」
オディアナ姫の言葉に異を唱える者はだれもおらず、ハスキミリアさん、シオン、そしてムゼロは部屋から出ていった。
それを確認し、私はベッドで仰向けになる。
「珍しいね、シーアが疲れたなんて口にするなんて」
「そうですね。でも、私だって人間なんです。疲れたと思ったら口にしてこうやって体を伸ばして休みたい時だってありますよ」
「それほど闘った相手は凄かった、ってことよね」
……オディアナ姫様にはかなわないな。
スディルと戦い負けるかもしれない、という思いが頭をよぎった。
なんとか助けられはしたけど、もし続けて負けていたら……
無事に生還はしたけど一度負けたときの恐怖を想像したとき、心は弱るものだ。
だから本音を弱音と一緒に吐き出してしまった。
それをオディアナ姫様は一瞬で見抜いたのだろう。
だから私が休むところを誰にも見られないように解散を告げたのだろう。
もっとも、こんな姿を一番見せたくない相手はほかならぬオディアナ姫様なのだが。
「シーアがここまで闘わなくても済むように、私ももっともっと強くならなきゃ」
「でも、そうなったら私のやることが無くなってしまいますね」
「いやいや、シーアが私の傍にいて、私のことを守ってくれる。だから私は無茶が出来るの。これからも私のこと、守ってくるかしら」
「もちろんです、オディアナ姫」
私の視界にオディアナ姫様の顔がぬっと現れ、それと同時に姫様が私に握り拳を向ける。
私がその握り拳に自身の握り拳を軽くぶつけると、姫様はにこっと満面の笑みを向けた。
この笑みを守るためなら、私はいくらでも強くなろう。
決意を新たにし、私は目を閉じる。
「お疲れ様、シーア」
オディアナ姫様が私を労う言葉を掛けてくれた。
もっとも、眠りに着こうとした瞬間だったから、私が幻聴した都合のいい言葉だったのか、それとも本当にそう言ってくれたのか。
どちらにしても一生懸命闘ってきた私が一番欲しかった言葉だ。
翌朝。
私とオディアナ姫様が外に出ると、皆はすでに外で待機していた。
「遅いよ、オディアナ姫様、シーアさん」
「ごめんね、ハスキミリアちゃん」
少し待ったのだろう、ハスキミリアさんは少しばかりぷんすかしてオディアナ姫様を見る。
己の感情を取り繕うこともせず、まっすぐ思いをぶつける。
そんな彼女だからこそオディアナ姫様は彼女を妹のように思いつつ、立場を気にせず本音をぶつけてくれる貴重な相手だということで心を許しているのだろう。
「お姉ちゃん、体は大丈夫?」
「うん、問題ない」
シオンは私のことを気遣って声をかけてくれる。
目を離せば私が無茶をすると、昔から思っているのだろう。
まあ実際オディアナ姫様と出会う前は結構色々な無茶をやらかしたから、お互い精神面が成長し落ち着いた今でもそう思うのだろう。
「ならいいけど。お姉ちゃんが無茶して倒れたりでもしたら私はもちろんのこと、皆心配するんだからね」
「いや、ムゼロは心配しないだろう。『自業自得ぜよ』って鼻で笑うだろ」
「それを本人の前で言うか、だぜよ」
ムゼロは少しばかりむっとした顔で私を見てくる。
実際軽薄な言葉を口にするが、仲間として認めた者に対しては優しさを向けてくれる。
私に対しても結構な軽口で対応するが、それは心を許してくれてるからだと私だって理解はしている。
まあ少しばかり軽口がすぎる、と思うことはあるのだが。
「次の目的地は『ブルト』。さぁ、行きましょうか」
「ええ」
「うん!」
「了解ぜよ」
「はい」
オディアナ姫様の号令を聞き、私含め全員がやる気満々の返事を返す。
それを聞いた姫様の顔に満面の笑みが浮かんでいた。
道を歩き、辺りを見回す。
警備隊長という職業柄でもあるのだが、昨日あんな襲撃があった以上、今日もどこからかスディルが襲って来るのではないかと思ってしまう。
実際、この国を襲ってる実行犯は彼女であるかのように、バルエッドという男が口にしていたのだから。
「あっ……」
そんな風に警戒してる私たちの前に、身だしなみが整っておらず少しボロボロになってる黒髪の少女がやってきた。
「どうかしたのですか?」
オディアナ姫様が声をかける前に、オディアナ姫様の前に私が立って彼女に声をかける。
殺意を全く感じないとはいえ、もしかしたら殺意を隠した暗殺者かもしれない。
何事においても『かもしれない』と考えオディアナ姫を守るのが私の最優先事項だ。
「実は……」
少女はとあることを口にした。
そのとあることが、次の私たちの旅路を少しばかり変えることになるとは、この時は夢にも思わなかったのだった。