「エクレシア……」
薄暗い地下室。
首輪を付けられ呻きながらも、自身にとって大事な人の名前を呼ぶ。
目の前の十字架に磔にされてる少女は首をつけられた少年の声を聴き、少年を見つめる。
「アルバス……」
お互い姿は確認できるのに。
エクレシアの手は十字架で縛られ、アルバスは首輪を付けられて壁に固定され、手を伸ばしても決して届かない場所にある。
見えているのに、決して届かない。
「アルバス」
そんな2人のいる部屋に一人の男が入ってくる。
腰に杖を携え、白いローブを羽織った男がアルバスの首輪を掴む。
「うぐっ……」
「アルバスに酷いことしないで!」
エクレシアが叫ぶが、その叫びを無視し男はアルバスを睨みつける。
「仕事だ。隣国のアルトマ王国が謎の茨により壊滅したという噂を聞いた。もし生き残りがいるのなら、保護し我らが『正義』だと示す。もしその生き残りが我らと一緒に来るのを拒否したら……お前の力で」
「い、嫌だ」
アルバスが首を横に振るが、その瞬間男がアルバスのお腹に蹴りを入れる。
「これは命令だ。それに、お前が逆らえば目の前にいるエクレシアがどうなるか分かっているのか?」
男が腰の杖を掴み、エクレシアの喉元に杖を向ける。
「や、やめてくれっ」
「なら大人しく言うことを聞くんだな」
男が告げると、アルバスがうなだれつつも抵抗の意思を引っ込め、諦めたように立ち上がる。
「よーし、それでいい。さぁ行くぞ」
男がアルバスを縛り付ける首輪のリードを掴み、アルバスを連れ地下室から出ていった。
「さてと、行こうか」
「そうですね」
オディアナ姫を先頭に一行は村を出発する。
夜にお菓子を買い込み全員でそれらを美味しくいただいた。
ムゼロが空気を読まず『これだけ食べると太……いやなんでもねぇぜよ』……と危うく女性に対する禁句を告げかけ、シーアを筆頭に強い眼圧を受け、黙り込むという一幕があった。
なんにせよ、エイディーム王国領内はオディアナ姫たちの勝手たる所ではない。
なので楽しい旅気分ではなく、シーアとシオンは気を張りながら歩いていた。
「あ、蝶々だ」
……ハスキミリアは年相応の少女らしく、気を張ることもなくのんびりと旅を楽しんでいたのだが。
「所で次の目的地はカドの村だったよね。何時間ぐらいで到着するの?」
ハスキミリアがシーアに尋ねると、シーアが少しだけ考え込み、ハスキミリアに向かい合う。
「だいたい4時間ぐらいですね。昼はそこで昼食をとり、そこからザハームの街へと向かう予定」
「そっかぁ……4時間は長いなぁ」
ハスキミリアが少しばかりげんなりした表情を浮かべ、シオンも思わず内心頷きかけた。
道は整備されており歩きやすいとはいえ、それでも4時間はあまりにも長い。
「ドラゴンメイドの皆は……ダメか。ムゼロ、どうにか出来ない?」
まずはドラゴンメイドたちに協力を頼みこんだが、ドラゴンメイドたちはみんな首を横に振る。
ご主人に付き従うが、甘やかすことは決してしない。
オディアナとシーアの関係を見てドラゴンメイドたちが学んだことでもある。
その次にムゼロに尋ねるが、ムゼロは首を横に振る。
さすがに移動速度を上げることも、ましてや移動を楽にする方法もあるわけではない。
(オディアナ姫……)
(ダメですよ)
オディアナのデッキのオッドアイズの龍たちがここぞとばかりに声をかけるが、オディアナは首を横に振り拒否する。
共に戦う仲間であり友であり、決して移動手段として利用するための存在ではないのだ。
(……静かに)
そんな中、シーアがすっと気配を消し、近づいてきてる気配を感じ取る。
ムゼロもシオンも異質な気配を感じ、ハスキミリアとオディアナを自然と守る態勢となる。
「……そなたたちは何者だ」
気配のした方を見ると、そこには馬に乗った白いローブを着こんだ神官らしき人々がいた。
神官たちはじっと5人を見つめ、そしてオディアナの姿を見て目を見開く。
「いや、名乗らずとも良い。そなたたちの姿、アルトマ王国で見たことがある」
「え、私はおじさんたち知らないよ」
ハスキミリアが純粋が故に相手の地雷となりそうなポイントを的確に踏み込んでいく。
事実後ろの方にいた数名がぴくぴくとこめかみを動かしていた。
「……そちらにいるのはオディアナ姫であろう。アルトマ王国に参礼の旅に出た際、王城で拝見したことがある」
「ならば誤魔化すことも不可能だな。確かにこちらのおわすのはアルトマ王国の姫君、オディアナ様だ」
「そしてそなたは護衛隊長のシーア、でしたな」
神官たちの視線が一気にシーアとオディアナに向く。
「ええ、その通り。では、こちらからも質問。あなたたちは一体何者だ?」
「エイディーム国・サルバード教団の者とでも言えばいいか?」
サルバード教団。
その教団の名を聞き、シオンがぴくっと反応する。
「エイディーム国に数多く存在している教団のうちの1つだね……確か正義の神を信仰する一族で構成されてると風のうわさで聞いたことがあるよ」
「その通り」
先頭に立っていた神官が肯定すると、改めてオディアナを見る。
「アルトマ王国が謎の茨の力を受け壊滅したと聞いていたが……オディアナ姫様がこうやって無事でいるということは虚偽だったか……それとも、オディアナ姫だけ無事に脱出できたとか?」
その言葉を聞き、オディアナがぴくりと肩を震わせる。
それを肯定だと受け取った神官がはぁと息をつく。
そしてびしっとオディアナを指さす。
「オディアナ姫を我々サルバード教団本部へとお連れせよ」
「はぁ? なんでそうなるぜよ」
ムゼロが不快感を隠そうともせず神官を睨みつける。
「そう警戒するな」
「警戒して当然だと思うよ。いきなり姫様を誘拐するなんておかしいもん」
ハスキミリアが文句を言うと、後ろにいる神官たちから闘争心が湧き始める。
「誘拐ではない。サルバード教団が隣の滅びかけてる国の姫君を保護したとなれば、サルバード教団の正義こそが正しいと我らの国の民たちに示す良い機会なのだ。なーに、悪いようにはしない」
先頭の神官がすっと手をかざすと、後ろの神官たちが一気に臨戦態勢に入る。
「シーア!」
「ええ、姫様、こちらへ!」
ムゼロが叫ぶと同時に彼が腕の袖から取り出した短銃で神官たちに威嚇射撃を行う。
彼らが乗る馬の足元に銃弾が撃ち込まれ、驚いた馬たちが後ろ足で立ち、乗っていた神官たちが落馬そうになる。
一斉に混乱した中、シーアがオディアナを連れて駆け出す。
「シーア!?」
「姫様、奴らは正義という言葉に酔いしれた狂人たちです。人という生き物は正義という言葉をかざせばどんなに残酷なことも平気で行うようになります。あのサルバード教団はまさに正義を振りかざし牙を剥く連中。そんな連中に姫様の身柄を奪われるわけにはいきません!」
シーアがオディアナを言葉通りお姫様抱っこし、更に早く駆け出す。
「なんてことを!」
「神官たちに手を上げた無法者だ、捕らえよ!」
神官たちが杖をかざし、術を唱え始める。
(ハスキミリア様に手を出すなー!)
(行くぞー!)
先ほど、移動手段として使われることは拒否したが、主であるハスキミリアに危害を加えようとするのなら別だ。
ハスキーがシュトラールへと変身すると同時に他のメイドたちもドラゴンへと変貌し、一気に神官たちに襲い掛かる。
「むぅ!」
「なんの、怯むな……我々にはこういう時のための切り札があるではないか!」
切り札?
ドラゴンメイドたちが首を傾げ、その横にムゼロとシオンが並び立つ。
「とりあえず姫たちは結構な距離を逃げたぜよ。このまま奴らを牽制しつつ姫様たちと合流するぜよ」
ムゼロが神官たちに銃を向けつつ、早足で後ずさっていく。
神官たちの足であった馬たちは先ほどの威嚇射撃で怯え、まともな動きにならない。
これなら十分神官たちから逃げることは可能だ。
だが、そんなムゼロ達の考えを裏切るように神官たちの背後から黒き竜が飛び出してくる。
「なっ……なんだこいつは!?」
突然神官たちの後ろから飛び出してきた竜にムゼロは思わず銃を向ける。
だが、首輪をつけられいた黒き竜は少しためらうように動きを止める。
「何をしてる……エクレシアがどうなってもいいのか?」
エクレシアの名を聞いた瞬間、黒き竜が雄たけびを上げ、一気にムゼロに向かっていく。
「そうはいかないよ!」
シオンが勢いよくジャンプし、竜の首の付け根に蹴りを入れる。
人間の女の子にいきなり攻撃されると思っていなかったのか、竜が一瞬怯む。
「ムゼロさん、あの首輪を狙って!」
ハスキミリアがムゼロに頼み込むが、ムゼロは銃の引き金を引かない。
「いや……もしあの首輪を撃って破壊し、あの竜が暴走したら止める手段がないぜよ」
(大丈夫)
(私たちが)
(皆を守るよー!)
シュトラールを筆頭に竜の姿になってるドラゴンメイドたちがムゼロ達を守るように立ちはだかる。
「……信じていいぜよ?」
「うん、私の大事なメイドさんたちは、言ったことは確実に守ってくれるもん!」
そのハスキミリアの言葉を聞き、ムゼロが意を決し竜に銃を向ける。
「そうはいくか!」
神官が構えた杖から光の弾丸が放たれ、ムゼロが手にした銃が弾き落される。
ドラゴンメイドたちの間を綺麗に貫通した、華麗な一撃だった。
「くっ」
「さぁ今だやれ、アルバス!」
神官たちが今が好機だと言わんばかりに竜に命令を下す。
だが、竜は苦しそうな雄たけびを上げ、白髪が目立つ褐色肌の人へと変貌していく。
「人間……だったの!?」
シオンが驚いていると、神官の一人がアルバスの顔を殴り飛ばす。
「ええい、肝心なところで力を失うとは、この役立たずめ!」
それを見た瞬間、ハスキミリアがきゅっと唇を噛みしめる。
「お願い、ムゼロさん、シオンさん、みんな、あの男の子を助けて!」
「うん、分かった」
「そうだな。あんな乱暴な輩の元に置いておかれるよりは遥かにマシぜよ」
シオンとムゼロが構え、アルバスを奪取しようと走り出す。
神官たちが光の術で2人を阻もうとするが、それをドラゴンメイドたちが変わりに受け止め、2人が走っていくのを援護する。
「アルバス、エクレシアがどうなってもいいのか!?」
アルバスの首輪を引っ張る神官が強く首輪を引っ張ると、アルバスが苦しそうなうめき声を上げきながらも首を横に振る。
「エクレシア……ダメ」
「分かったなら大人しく我らの言いなりになれ!」
その言葉を聞きアルバスが限界を引き絞り竜へと変化しようとした瞬間。
「そうはさせるかあああああっ!」
高いところから降ってきたシーアがアルバスの首輪を繋ぎ止める鎖を剣で切り裂き、アルバスが勢いあまって地面に伏す。
「今だ、シオン、ムゼロ!」
「うん!」
「おう!」
シオンがアルバスの手を取り走り出し、ムゼロが神官たちに銃を向け牽制する。
そしてシーアとハスキミリアがドラゴンメイドたちに抱えられその場を後にする。
「ダメ、俺がここで逃げちゃ奴らに捕らえられてるエクレシアが!」
アルバスがシオンの手を振りほどき神官たちの元へと戻ろうとするが、シオンはその手を離さない。
「そのエクレシアちゃんって子、アルバス君だっけ? 君にとって大事な子なんでしょ? 大丈夫、絶対に私たちが助けてあげるから」
「信用……してもいいのか?」
「もちろん。俺たちはあんな連中が掲げる偽りの正義とは違う……困ってる人の手を取り助けるぜよ」
ムゼロのその言葉を聞き、アルバスが少しの間考えた後、こくんと頷く。
「エクレシア、ごめん……もし俺が逃げ出したと聞いて酷い目に遭わされるかもしれないけど、必ず助けるから少しの間、待っててくれ……!」
申し訳なさそうに、だが決意を固めた声で呟き、走り出す。
「でもシーアさん、オディアナ姫は大丈夫?」
「うん、だって」
「皆、大丈夫ですか?」
二色の眼を持つ竜と杖を持つ魔法使い、そして球体のような生き物がオディアナをかこっており、姫に手を出すのは絶対に許さないぞという陣形を作り上げていた。
その中央でオディアナ姫は心優しい笑みを浮かべていたが、見る人によっては異色な光景に映るであろう。
(オディアナ姫が僕たちに乗って移動するのは許可してくれないけど、姫の身を守るためだもん)
(何を言われても、我らはこうやって実体となりて)
(姫の力になるんだ!)
皆がオディアナ姫を助けたいという気持ちは相当強い。
その意思を無碍にすることなどオディアナには到底できなかった。
「あれ、その少年は……?」
オディアナ姫がアルバスを見ると、アルバスがきっとオディアナ姫を見る。
「僕はアルバス。エクレシアを必ず助けるからと言ってここにいる皆に連れてこられるけど……本当に助けてくれるのか?」
「ええ、もちろん。皆、私が信頼してる人たち。その人たちがあなたを助けたいと思ったのであれば、私は皆の力となり、君を助けるということを誓いましょう」
オディアナがきっぱりと告げると、アルバスがその場で土下座する。
「ありがとう、本当にありがとう」
「さて……オッドアイズたち。移動にはあなたたちの力は借りないと言いました。だけども、困ってる人を助けるためです。お願いします、あなた方の力をお借りしてもよろしいでしょうか?」
オディアナ姫が二色の眼を持つ竜に頭を下げると、竜がオディアナの頬に自身の頬を摺り寄せる。
(その言葉、待っていたよ。この背中に姫を乗せる日をずっと心待ちにしてたぐらいなんだから)
竜が誇らしげに待機し、オディアナ姫がその背中に乗る。
(竜に変身できる人型の魔の者)
(つまり私たちの同族と言えなくもないね)
(じゃ、全力を尽くさないとね!)
ドラゴンメイドたちも全員アルバスを助けることに協力的だった。
それらを聞いたとき、アルバスが思わず眼から涙をこぼす。
「…………ありがとう」
「さてと、じゃサルバード教団の本拠地へと殴りこみに行きましょうか。シーア、地図をお持ちでしたね」
「もちろん」
「なら、俺が道案内するよ。奴らに囚われてたから、奴らの居場所は分かるからな」
アルバスがそう言いながら竜たちの先頭に立つ。
こうして、オディアナ一行はアルバスの想い人、エクレシアを助けるためサルバード教団の本拠地へと殴り込みをかけるのであった。
「…………」
暗い地下室の一室。
そこでは十字架に磔にされたエクレシアが虚ろな目で床を見ていた。
アルバスと共に生きる場所を探して旅をしていた。
だが、自分が持つ光の力をこのサルバード教団に狙われ、アルバスと一緒に囚われてしまった。
そしてアルバスの持つ竜の力に奴らは目をつけ、正義の名のもとに竜の力を奮い、自分たちの思想に歯向かう者を悪と決めつけ、暴虐の限りを尽くしている。
自分の存在がアルバスを縛る枷となってしまっている。
「……アルバス君」
自身が助け、そして一緒に旅して来た大事な存在の名を呟く。
「そのアルバスだが」
突如地下室の中に声が響き、エクレシアが顔を上げる。
「つい先ほどアルトマ王国の姫、オディアナ姫とその仲間たちの元に下ったぞ」
「ど、どういうこと?」
「自由になることを求め、お前を見捨てたという事だ」
アルバスが?
私を?
そんなの嘘だ。
ありえない。
絶対に、絶対にありえない。
「嘘だよ」
「嘘じゃない。そしてアルバスには我らに力を貸し続ける限り、お前の身の安全は保障し続けるつもりだったが……奴が裏切った以上、お前の身の安全を保証し続ける必要はなくなったというわけだ」
神官がエクレシアの胸元に手を伸ばしていき、磔にされた状態でエクレシアがもがく。
「ん、やだっ、やめて!」
「恨むのなら、裏切ったアルバスを恨むのだな」
神官のその一言を聞き。
エクレシアは一筋の涙を流し、その目を閉じこれから起こる運命を受け入れざるを得なくなったのであった。