暗い道をただひたすらオディアナとシーアは歩く。
当初は何も見えず真っ暗だったが、やがて目が慣れてきたのかほんのうっすらだが、先の道は見えるようになってきた。
ひとまずの目的地は城下町。
その道のりはシーアもオディアナも詳しいため、特に問題なく進むことが出来ていた。
「ふぅ」
しばらく歩いたところでオディアナは一息つき、立ち止まる。
先行していたシーアがオディアナの足音が聞こえなくなったことで振り返り、オディアナを見る。
「オディアナ姫、大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっと疲れたから休んでただけ」
「そうですか。ちょっと休みますか?」
シーアが提案するが、オディアナは首を横に振る。
そして歩こうとするが、ほんの少しだけふらついたのをシーアは見逃さない。
「やっぱり少し休みましょう。辛いのに無理して歩いてもむしろ到着時間が遅れますよ」
「……うん、分かった」
シーアの発言は自分を思いやってくれてのこと。
オディアナはそれが分かっていたからこそ、素直に従うことにした。
「今までは馬車を使って城下町を訪れていたけど、やっぱり歩くとそれなりに距離はあるものね」
「そうですね」
「シーアは特に疲れてない?」
オディアナが尋ねるが、シーアはどんと胸を張りながら笑う。
「問題ないですよ。いつも兵たちとトレーニングをしているので」
「そう、やっぱりシーアは凄いわね。国が無事元に戻ったら、私も皆と一緒にトレーニングをしようかしら」
「いやいや、さすがに兵たちと同じ内容だと姫がすぐにギブアップしちゃいますよ」
シーアが慌てた様子を見せたのでオディアナが思わず笑ってしまった。
「でもまあ、それでも姫が頑張りたいというのなら、専用のメニューをお作りいたします」
「ふふ、お願いね」
シーアもオディアナもお互い笑い合う。
「さてと、そろそろ出発しましょうか」
オディアナが立ち上がり、先に歩き出す。
先ほどとは違いよろめいた様子も見せない。
「そうですね」
シーアも立ち上がり、即座に姫よりも先に足を進める。
そして夜の道をひたすら歩いていく。
「そういや思い出したことがあります」
「何?」
先を歩いていたシーアがふと話を始める。
一体何を思い出したのだろうかとオディアナは耳を傾ける。
「私が14歳かそこらぐらいだったかな? オディアナ姫と一緒にこっそりと城を抜け出して、野原へと遊びに出かけたことがありましたね」
「……あの時のことね。確か、お父様に城の外へ出てはいけないときつく言いつけられていたわ」
「うん。でも、その時の私はオディアナ姫が外をぼんやりと眺めてたところを見つけたんです」
シーアは当時を思い出してるのか、楽しそうに話をしている。
こんな暗い夜道、自身の国が滅びの危機に瀕している。
気も滅入るし、何より本当に皆は大丈夫なのだろうか、とネガティブな考えばっかり浮かんできてしまうだろう。
シーアはオディアナ姫がそうならないように昔話をして、気をまぎらわそとしてくれているのだ。
(本当、優しいわシーアは)
その気遣いが嬉しいし、何よりシーアがこうやって昔のことを思い出して楽しそうに話をするのも久しぶりだった。
「オディアナ姫に、当時まだ城仕えをしていなかった私が姫にただ純粋な好奇心で話しかけたんですよね」
「うん、私もあの時、どうしてこの城に少し年上の女の子がいるんだろうって不思議に思ってたわ」
「私はそんな姫に対して、綺麗な花が咲いてる野原があるから一緒に見に行きませんかって誘ったんですよね」
「うんうん。でも、今にして思えば誘拐犯だと疑いそうになる発言よね」
「……言われてみれば」
確かにその誘い文句だけ聞けば誘拐犯が姫を連れ出すための虚言だと取られかねない。
当時の自分の失態を思い出して何とも言えない気分になりつつ、シーアが話を続ける。
「でも、実際私は自分だけの特別なあの野原に、オディアナ姫を誘いたくなったんですよね。なんというか、外に対して憧れでも持ってるように見えましたから」
「うんうん」
「で、姫の手を取り門番の兵士たちの目を盗んで姫を外に連れ出し、野原へと連れて行った」
「その時は今ほど歩かなかったけど、それでも私にとっては十分な冒険だったわ」
「野良の狐とか狸も見れてオディアナ姫、興奮してましたからね」
城には飼っている動物や家畜、ましてや野良の生き物など庭に入り込んで来る小鳥ぐらいしかいない。
だから当時のオディアナは他の動物に遭遇出来てテンションが上がっていたのだ。
「で、その時見た野原に咲くいろんな花は本当に綺麗だったよね」
「うん。私が気に入る理由もそれだったからな」
野に咲く一面の花。
それを見た当時のオディアナ姫の笑顔は今でも忘れられないとシーアは思う。
「今もその野原、残ってるよね」
「ええ。姫が12になりアレン国王陛下から供をつけることで外出を許可されるようになった時から、私がお供に付くとき、見に行ってますよね」
「うん。そうだ、お父様とお母様、それから兵士の皆とお城が元に戻ったら、お父様とお母様とシーアと一緒にあの野原で一緒にご飯でも食べましょう?」
オディアナはぱっと顔を明るくする。
今、不思議な魔術により永遠の眠りに就いてる者たちを救った後のことを前向きに考えている。
(案外、私が過去の思い出話をしなくてもオディアナ様は希望を見据え、最初から暗い考えに囚われてなかったのかもな)
シーアがオディアナの希望に満ち溢れた態度を見てそんな風に考えた。
「ええ、そうですね。まあ、姫と私の特別な場所ですが、アレン国王陛下とヘレナ女王なら教えても差し支えなさそうですね」
「うんうん。よーし、目標も出来たことだし早く皆を元に戻さないとね!」
「……ええ」
オディアナの足取りは軽く、シーアの隣を歩いていく。
希望に満ち溢れ、前に進むオディアナのなんと凄いことか。
(私の方がむしろ助けられたかもな)
オディアナを連れ旅をしても、もしかしたら城の皆を救う方法が見つからないかもしれない。
そう思いつつもオディアナ姫の顔を曇らせるわけにはいかない。
なので冷静に振舞っていた。
だが姫の諦めない前向きな姿勢に触れ、むしろシーアの気分の方が明るくなった。
「そういえば、その時の話で気になることがあるんだけど」
「どうかしましたか?」
「私はその時、シーアのことが気に入ってお父様とお母様にわがままを言ってシーアをこの城の兵に取り立てたんだけど」
「今にして思えば、結構びっくりしましたよ。まさか城の下働きではなくて、兵士としてスカウトされましたもの」
「だって、王族の護衛をする『アルトマ親衛隊』にシーアが入隊すればシーアともっともっと一緒にいられると思ったんだもの」
オディアナから知られざることを話され、シーアが少し驚いていた。
だが、オディアナが聞きたい本題はまだ話せていない。
少しだけ咳払いし、オディアナが尋ねる。
「どうしてシーアってあの時城の中にいたの?」
「ああ、そのことですか。あの時、私は城で働いていたとある人にお届け物をする用事がありまして。そのお届け物が終わった帰りに姫がぼんやりしていたのを見つけたんです」
「そうだったんだ」
「まあ実際姫の見る目は正しく、最初はただの一般兵士として雇用されて親衛隊の隊員に出世して、今ではアルトマ護衛隊の護衛隊長であり、兵たちの指導も受け持ってますからね」
まあそこまで出世するのにも色々と苦労があったわけだが。
それは別にオディアナに言うほどではないのでシーアはそれ以上は何も言わなかった。
「しかもお父様から直々に『デッキ』も受け取ってるんだよね?」
「ええ。女、しかもまだ子供の身でありながら並みの兵士よりも上の実力を持っていたことでその才能を見込まれて、受け取りました」
「さすがはシーアだよ」
オディアナに褒められ、思わずシーアが笑みをこぼす。
こうやって褒められて喜ぶとは単純だと思いつつ、やっぱり悪い気はしない。
「っと、そろそろ城下町ですよ」
「うん」
ほんのぽつ、ぽつとだが光が見え、城下町は無事だということが分かった。
それを見たシーアがほっと一息つく。
もしかしたらアルトマ城だけでなく、その城下町、しいてはアルトマ国領全ての村に異変が起こっていたのではないかと思っていたからだ。
「では、行きましょうか」
「まずどこに行くの? 宿屋で一休みするの?」
オディアナの問に対してシーアは首を横に振るNOの態度で返す。
「もしかしたらと思いますけど……少し行くところがあるので」
「分かった」
シーアがそう言うのなら間違いはないのだろう。
シーアと共にオディアナはアルトマ城下町へ入る。
「ふぅ」
アルトマ城下町の、とある酒場。
そこで3人の男が酒を飲んでいた。
「いやぁ、さすがはアルトマ国の酒は上手い」
「ええ、この国は酒、そしてそのお酒を造る果物の名産地ですからね」
「『レッドベリー』に『トゥルーブルーベリー』だろ? そいつで作る酒はこのアルトマ国の名産品であり、しかもアルトマ城の魔術師たちが創り出す水と良い出来の果物たちで酒を作ろうものなら、高級ワインですら子供だましのシャンパンに思えるほどの品になるからな」
妙に説明口調な事を言いながら体格が良い男が『レッドラーム』というラベルが張られたビンを開け、グラスに酒を注ぐ。
「まったく……明日からまたお城で仕事だというのに」
眼鏡をかけた男が一口豆をつまみ、溜息をつきながら呟く。
「そう言うなって。ちゃんとセーブはしてるさ」
「そうだそうだ。トールも飲めって」
そんな会話をしていると、酒場の扉が開かれる。
「やっぱりここにいたか」
シーアの声が響き、3人の顔が驚愕に染まる。
「しししし、シーア護衛隊長!?」
「まだ未成年なのに、どうしてここに!?」
驚くポイントそこなのかとシーアが訝し気にしていると、トールがオディアナの姿を見つけ更に目を見開く。
「しかもオディアナ姫まで!?」
「えええええ!?」
「姫も未成年ですよね!? アレン国王とヘレナ女王にこのことが知られたらどうするつもりですか!?」
事情を知らないとはいえ、好き勝手を言う。
「皆」
オディアナがぽつりと呟き、トールがびしっと背を伸ばす。
「わ、分かっています。私もクルドもユアンもほどほどにして、明日には酒を残さないようにいたします故」
「いえ……そのことなのですが」
「オディアナ姫、ここは私が」
シーアが事情を説明すると、3人、それから酒場のマスターが唖然と口を開けながら呆然とする。
「し、シーア隊長。それは本当のことなのか?」
体格の良い男……クルドが尋ねるとシーアが頷く。
「残念なことにな。だが、幸いなことにもお前たち『アルトマ護衛隊』の隊員たち数名に休暇を取らせていて、こうやって無事だったことは喜ばしいことだ」
「隊長」
「城の他の皆は眠りについて、城自体も弦に包まれて大惨事になってる。よほどの魔力の持ち主でもない限り、あの城に入ることすら難しいだろうな」
「俺たちの城がそんなことになっていたなんて」
「クルド、ユアン、トール」
オディアナに名前を呼ばれ、3人がびしっと背を伸ばす。
「これから私とシーアで城を元に戻す手がかりを探しに行きます」
「……分かりました。このクルド、全力で2人のサポートをさせていただきます」
「クルド、違います。クルドとユアン、トールの3人には城の見張りを頼みたいのですが……給料も出せず、ただ働きとなってしまいます。それにいつ終わるかも分からない……嫌だと言うのでしたら、無理強いはいたしません」
オディアナがしゅんとしながら言ったのを聞き、ユアンが全力で首を横に振る。
「とんでもない! 俺たちの仕事仲間たち、国王陛下たちが悲惨な目に遭わされたのですよ!」
「親に捨てられ、このアルトマ城下町で貧乏な暮らしをしていた私の魔術の才能をシーア様が見いだしていただき、あの城で働き、お酒を作る仕事にも従事させていただいた。その恩を返すときです」
「おうよ! オディアナ姫は力仕事しか出来ないこの俺様を兵として迎え入れてくださった。その恩返しの時だぜ。それに高級酒を作る城お抱えの魔術師はシーア様とトールを除いて全滅しちまったってことだろう? だとしたら俺様の大好物の1つがなくなっちまう危機でもあるわけだ」
クルドが己の欲丸出しなことを言いつつも、3人はオディアナの申し出を快諾した。
「ありがとうございます」
シーアが1枚の札を胸ポケットから取り出し、ペンで呪を書いていく。
反動で胸が揺れたその動作をクルドがじろじろと見ておりユアンがそんなクルドの後ろ頭を小突く。
「トール、これを」
「これは?」
「何か異常があったとき、これに魔力を注いでくれれば私が即座に反応できる。改めて、クルド、ユアン、トール。城の見張りをお願いします」
「お任せください、シーア護衛隊長」
「ええ。どうかご無事で」
「オディアナ姫とシーア様が無事に戻ってくるのを楽しみにしてるぜ」
(……えっと、な、なんか凄いことになっちゃってるよねこれ)
国を揺るがす重大な事件をただ一人聞かされたマスターが展開についていけず呆然としていた。
「えっと」
「え、あ、はい!?」
そんなマスターにオディアナが声をかけ、マスターが慌てて挙動不審となってしまった。
「落ち着いて……相当な大事件だけども、ちゃんと私もシーアと一緒に城や皆を復活させてくるから。このことはいずれ民たちも皆知ると思うけど、動揺しないで、ちゃんとお酒をふるまって、この酒場に訪れる者たちの心に癒しを与えてね」
「か、かしこまりました!」
マスターが全力で頭を下げ、オディアナが微笑む。
「そ、そうだ。何か一杯、ご馳走いたしますよ」
「あら、本当? クルドがこの酒場の酒は上手いってよく同僚に話してるのを聞くけど」
「オディアナ姫、いけません!」
「そうですよ。まだ姫もシーア様も未成年なのですから! 俺様が貯めてる貯金でシーア様と姫にいつかこの酒場の酒をご馳走したいとは思っていましたが、それは大人になってからです」
シーアとクルドに必死に止められ、オディアナがほんのちょっとだけ不満そうな顔をした。
代わりにオディアナとシーアにはマスター秘伝のブレンドジュースを振舞われ、歩いてきて疲れた体にそのジュースが染みわたったという。
時計は夜2時近くになっていたので、5人が外を出る。
「では、私とオディアナ姫は宿で休んだ後、出発する」
「ええ。私たちも一眠りした後、城の守りを頑張ります」
「よろしく頼みます」
姫に頭を下げられ、クルド、ユアン、トールの3人がそれぞれの家に向かってその場を後にした。
「とりあえず、これで城の守りは安心ですね」
「うん。ふぁ……」
さすがに夜道を歩き、ジュースを飲んで一息ついたところで眠気が来たのだろう。
「行きましょうか、姫」
「うん」
シーアが眠気に耐えているオディアナを連れ、この城下町の宿屋へと向かっていった。