セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて 作:Misma
シダが一面に生い茂る、蒸し暑い密林の一角。
その地面を踏みしめていた、黒い靴の歩みが止まった。
黒ハットと白いアイマスクを付けた男の顔が、弾かれるように青空に向いた。
「くっ……どこまで行ってもキリがないな」
「もうダメー!くたくたー!」
その隣を歩いていた、ピンク色のセーラー戦士の幼い少女も立ち止まり、汗を額から落としながら手と膝を地面についた。
「オルゴールすら見つからないなんて……」
タキシード仮面とセーラーちびムーン。
彼らはドスマッカォにこの世界に放り込まれたあと、行く当てもなくジャングルの道なき道を彷徨っていた。
この世界に入ってから既に数時間が経っていた。
セーラー戦士たちの力を感じ取ることさえできれば彼らの向かう方向は定まるのだが、ここに来て未だにそのような兆候はない。だから、彼女たちは生きているに違いない、という根拠のない希望を元に旅をするしかなかった。
ただひたすら、道なき道を進む。大地を蹴り、崖っぷちや小山をひとっ飛びで登っては降りていく。
やがて彼らは、周りを崖と大河に囲まれた広場に出た。
濁流が、真っすぐに大地を割るように貫いて横を流れている。
辺りはスコールにより、異常なほど視界が悪い。
このときだけは慎重に歩いて進んでいた彼らの前に、突然黒い影が現れる。
「あっ、『鳥』!」
ちびムーンが、驚いて小さく声を漏らした。
彼女たちの世界でオルゴールを奪い逃走した『鳥』──正しくは毒怪鳥『ゲリョス』──は、いま、岸辺に立って頭を河に突っ込み、水を浴びながら飲んでいる。
「ずっとご無沙汰だったが、まさかここで出くわすとはな……」
奪われた星型オルゴールは幸いにもまだ口の端からぶら下がったままで、彼が頭を上下させるたびにキラキラと光を反射する。
「オルゴールも無事か」
タキシード仮面は、ほっと溜息をついた。
その時、空に咆哮が轟き雨音を破る。
はっと上を見上げると、翼を持った影が視界を横切った。
ゲリョスははっと顔を上げ、周りを見回しながら不安げに低い声で鳴いている。
「ド、ドラゴン!?」
「しっ」
タキシード仮面はちびムーンの口を押え、すぐ傍の木の陰に隠れた。
巨影は羽ばたきながら高度を下げ、白い靄の向こうで着地し、地響きを立てた。
その巨躯は、人間である彼らではその翼の下にすっぽりと収まってしまうほど。
全身は薄緑の甲殻に覆われ、人で言う肩に当たる翼の付け根には、鋭く黒い棘が何十本も生えている。
鋭い兜のような頭の遥か遠く、ちらりと覗く尻尾の先にも棘がびっしりと聳え立つ。
そんな全身に武器を生やしたような竜が、こちらに向かってのし歩いてくる。
振り向いてその存在に気づいたゲリョスは驚いて口を開け、足元にオルゴールを落としてしまった。
怯えたように後ずさりするが、後方の濁流がその逃走を拒んでいる。
飛竜は、低く唸りながら口元に炎を燻らせた。
口が開いた直後、巨大な炎の弾が撃ちだされる。
火球が、真っ直ぐゲリョス目掛けて飛んでいく。
着弾したそれは轟音とともに周囲を強烈に赤く照らし、爆発を起こす。
爆煙がしばらく立ち上っていたが、突如それが中から散され晴れ上がる。
ゲリョスの身体には傷ひとつなく、その前でタキシード仮面が、黒いマントを翻して盾のようにし、オルゴールをその手にもぎ取っていた。
彼自身に外傷はないがマントや服は焼け焦げてボロボロの状態で、彼はよろめいてその場に膝をついた。
「タ、タキシード仮面!」
慌ててちびムーンが彼の隣に駆け付けたところで、ゲリョスは翼を広げてばたつかせながら走り去っていく。
あとに残ったのは、緑の飛竜と人間2人だけだった。
飛竜は忌々しげに鳴いたあと、目標を切り替え真っ直ぐこちらに向かって走って来る。
巨体と重量に任せて、自身を阻む木をまるで小枝を折るかのように簡単に薙ぎ倒していく。
その脚が地面を踏みしめるたび、地震のような振動が足を通して伝わって来た。
「アルテミスが言っていた通り、私たちはとんでもない世界に来てしまったようだな!」
タキシード仮面がちびムーンを抱えて後方に飛びのくと、直後にそこを飛竜が通り過ぎ、大量の土や枝を高く跳ね上げた。
そのまま駆け抜けると思いきや、飛竜は踏ん張って切り返し、反転して再び突進を仕掛けてくる。
予想外の機敏さにすんでのところで避けると、耳のすぐ横で、牙が並んだ顎がばちん、と嚙み合わされる音がした。
すぐさまタキシード仮面はステッキを伸ばし、飛竜の首を突いた。ちびムーンも一緒に、ロッドからピンク・ハート・シュガーアタックを放つ。
だがそれらの攻撃は鎧のごとき隙のない甲殻に阻まれ、小さな火花を散らしただけだった。
飛竜はあざ笑うかのように鼻を鳴らすと、棘だらけの丸太のような尻尾を持ち上げ、意味ありげに揺らした。
「危ないっ!」
タキシード仮面は反射的にちびムーンを庇い、その背中に鞭のように飛んできた尻尾の一撃を受けた。
ほぼ真横に2人は吹っ飛ばされ、木に背中をぶつけ、地へと落ちる。
タキシード仮面の胸から這いだしてきたちびムーンが、ロッドを飛竜に向かって構えるが、その手は恐怖に震えていた。
飛竜は走って追ってこなかった。その代わり、口内を先ほどよりも一層燃え滾る炎で照らしている。
「逃げろ、ちびムーン……」
苦痛に歪んだ顔で、目を閉じかけながら呟いたときだった。
彼の脳裏に、一筋の電撃のような感覚が迸った。
あまねく者を等しく包み込み邪悪から解き放つ、慈愛に満ちた光だった。
タキシード仮面の目が、一気に開かれる。
「……セーラームーン!」
彼は、ちびムーンを抱えて跳んだ。
直後、地面に青白さを伴った火球が着弾し、拡散するように連鎖して大爆発を起こした。木々や地面が焦げた破片となって弾け飛ぶ。
2人は爆風に煽られながら遠くへ着地し、ちびムーンが下ろされると彼らは互いに顔を見合わせる。
「ちびムーン!」
「うん、感じた!あっちからよね!」
タキシード仮面の呼びかけに、ちびムーンは激しく首肯してひとつの方角を指さした。
今の感覚の意味は、この世界のどこかでうさぎがセーラームーンの力を使ったということだ。
「うさこが……生きている!」
拳を握りしめたタキシード仮面の声は、感激に満ちていた。
先ほどまでより、彼らの立ち姿に力が漲っている。
そのとき、ちびムーンが何かに気づいて飛竜に注意を向けた。
「見て、あのドラゴン、元から怪我してるわ!」
こちらに向き直った飛竜の顔には、大小の白い亀裂が入っている。いかにも固そうな鱗も、何枚か剥されたような跡があった。
一番傷がひどかったのは翼だった。左の翼の先端にある爪が、根元から直線を引いたように寸断されている。
タキシード仮面は静かに頷き、その手の指の間に薔薇を出現させて構えた。
「ならば、倒せなくとも目くらましはできよう」
飛竜が、再び真っ直ぐこちらに向かってくる。だが、今度は避けようとはしない。
タキシード仮面の投げた薔薇が、ダーツのように額の傷に深く突き刺さった。
飛竜は驚いて顔を背け、悲鳴を上げながら頭をあちこちにぶつけ、擦り付ける。
先ほどと同じく火球を吐くが、そのいずれも検討違いの方向である。
それを見届けたタキシード仮面たちは、その隙に川と崖に挟まれた細道を急いで駆け抜けていった。
走り続けて数分ほどが経ったが、何の気配も追ってこない。
どうやら、飛竜は2人の追跡を諦めたようだ。
大瀑布が望める崖の上で立ち止まると、ちびムーンはタキシード仮面の胸に飛びついた。
「やったわ、タキシード仮面!」
「いいや。これも君がしてくれたアドバイスのおかげだ」
タキシード仮面は微笑して彼女を抱き下ろすと、胸元からオルゴールを取り出した。
泥にまみれてはいるが、しっかりと原型は留めている。
彼は、ちびムーンとともにその宝物を柔らかい表情で見つめたあと、それを合わせた両手の中に握りしめ、額にぴたりとつけて目を閉じた。
「セーラームーン……本当に君を信じて、よかった」
ちびムーンもその大きな手に自分の手を被せ、笑顔で彼の言葉にゆっくりと頷いた。
そのとき、上空を大きな影が通り過ぎていく。
薔薇の花びらが、その影からはらりと離れ、風に煽られながら彼らの足もとに落ちてきた。
「あの方向……」
緑の飛竜が遠くに飛んでいくのを見つめていたちびムーンが、不安げに呟いた。
「我々と同じ方角に向かうか」
その向かう方向は、彼らが目指している方角と一致していた。
タキシード仮面は、ぐっと表情を引き締めた。
「出くわさないよう、気を付けなくてはな」
タキシード仮面のみならず、セーラー戦士の移動する速度はあの飛竜の飛ぶそれにも迫る。
だが、この状況で下手に相手に姿を見せれば、また厄介な事態を招きかねない。
そのため彼らの移動は、常に物陰に隠れながら飛竜を追うような形になった。
更に不思議なことには、飛竜の飛ぶ方角はずっと一定だった。まるで、飛竜も何かを追っているような動きだった。
その後も、2人はセーラームーンの力を辿って大地を駆け抜けていく。
2時間ほど後、陽は傾き、ほぼ山脈の向こうに沈みかけていた。
終わりがないように思われた鬱蒼とした密林も、少しずつ植物の密度が減って草原や低木が増えて来る。北方に向かっている証拠だ。
事件は、再び森の中を跳び、駆けているときに起こった。
2人が蔦をかき分けているとき、すぐ近くから聞きなれたやかましい鳴き声が聞こえてきた。
げっ、とちびムーンが露骨に嫌な顔をした。
「ちょっと待ってよ、こんなところまで?」
木陰と茂みに隠れて外の開けた空間を見ると、あの『鳥』、ゲリョスがこちらに向かって翼を広げて走ってきていた。
トサカが取れた焦げた頭から、さっき出会ったのと同じ個体ということはすぐに分かる。
「さっきの『鳥』だ。あいつ、まだ逃げてるのか?」
タキシード仮面は、数時間前とほぼ変わらない逃げ足の速さに呆れつつもそのまま様子を見守った。
やがて、ジャラ、ジャラ、と金属同士が擦れ合う一定のリズムを刻みながら、3つの影が向こうから駆けてくる。
「なに、あれ……人?」
ちびムーンが、そう言ったきり言葉を失った。
叫び声からして、男女混成の3人組のようだった。見たこともない鎧や身の丈を超すほどの巨大な武器を身につけ、しきりに何かを怒鳴っている。
大砲を背負った鎧姿の年配の男が叫ぶと、隣の長身の若い男が薙刀を振り回し、人の頭ほどのサイズがある甲虫を放った。
虫はゲリョスの頭の周りを軽快に飛び回り、意識を撹乱させる。
その隙を見て、一人の軽装の女が、細い身体からは意外に思えるほど筋肉質な腕で弓をつがえた。引き絞って放たれた数本の矢はその身体に深々と突き刺さり、ゲリョスは絶叫を上げる。
「何が、起こってるの」
ちびムーンはただただ目を見開いて、目の前の光景を見つめることしかできない。
ゲリョスは3人から振り返り、逃げだそうと森の方へ振り向いた。
そのとき、タキシード仮面たちから少し離れた茂みが動いた。
驚いて声を上げる暇もなく、もう一つの人影が戦場へと飛び出す。
ほぼ裸同然の姿で全身に骨を纏った若く逞しい男が、鉄でできただけの無骨な鈍器を構えてゲリョスへ真っ直ぐ突っ込んでいく。
頭の近くまでいくと、彼はぎらついた目で相手を睨んで雄たけびを上げながら、その得物を思い切り振りかぶった。
「え……」
「見るな!」
ちびムーンの両目を、タキシード仮面が塞いだ。
直後、固いものを叩き割る音が響いた。
実写版セラムン最高でした。バランス保つことは大前提で、もっとセラムン側の人物の心情描写をこだわりたいな。
あと、何故か旧アニ設定なのにまもちゃんのオルゴールが懐中時計になってました。修正しておきます。