その時計、本当に"巻き戻って"いますか?

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ウララトレーナーと「時計」の話

『この時計を使うと、君は敗北したレースの直前の"君"に戻る』

 それは、時間が巻き戻るという事ですか?

『否。厳密に言えばそれは違う。この時計を使えば――』

 

 

 ……今日のレースは負けられない。

 俺はウララのトレーナーだ。トレーナーとしてウララを勝たせなければいけないというのはもちろんだ。でも、それ以上に負けられない理由が俺にはあった。

 俺はトレーナーとして何人かのウマ娘の育成にあたってきたが、いずれも大きな結果を残すことはできなかった。結果の残せない者が残ることはできないのはウマ娘もトレーナーも同じ。

 そうしてほとんど最後のチャンスとして、俺はウララのトレーナー職を言い渡された。

 

 幸運と言っていいのか相性が良かったのか、俺とウララは意気投合し、メイクデビュー戦に勝ち、良い結果を残し続けていくことができた。

 ウララの元気と明るさが、ウララとレースを共にできる強いトレーナーとしての俺を作り上げ、支えてくれたんだと思う。

 今日のレースは、そんな俺にとっての「最後のチャンス」だったウララの育成の、言わば最終試験のようなものだった。このレースで入着すれば、俺はウララと離れる心配も、トレーナーをやめる必要もなくなる。

 逆に言えば、このレースで負ければ、ウララとの生活も、ましてや俺のトレーナー人生も……

 

「やったよ、トレーナーぁ!! 二着だよ!!」

 

 ……結果を言えば、ウララは荒れに荒れたレースの中、アタマ差で見事二着。一着とはいかずとも、俺がトレーナーになって初めて3位以内に入着した記念すべきレースとなった。

 

「ああ、おめでとう、ウララ」

「えへへー これでトレーナーと離れなくてもいいよね? ずっと一緒だよね?」

「あ、ああ、もちろんだ。これからもずっと、俺はウララのトレーナーだ」

 

 ……そうだ。これでいいんだよな? "俺"。

 

 

『この時計を使えば――"時間が巻き戻ったように見える"。』

 巻き戻ったように……見える?

『然り。この時計を使えば君の意識は"敗北したレースの前の世界の君"に移る。しかし。"敗北した世界は、君は、ハルウララは、存在し続ける"。言い換えれば、君は"レースに敗北した朝と全く同じような、別の世界に行く"』

 つまり、ウララが"レースで負けた世界"と、"戻ってもう一度レースに挑戦する世界"、二つが存在するということですか? ウララがレースで負けて、俺がトレーナーを辞めてしまう世界も、間違いなく存在し続ける?

『然り。過去を変えることはできない。それは絶対のルールだ。それが例え、人生を賭け合った大切なウマ娘との約束であろうと』

 それが、この時計のルール?

『それだけじゃない、この世のルールだ。だから、よく考えて使うんだよ』

 

 

 俺は――"時計"を使った。

 

 

 ハルウララ:6着。そんな表示が瞼の裏に浮かび上がる。だけど浮かび上がってくるのはそれだけではなくて――

『ご、ごめんね、トレーナー。負けちゃった』

 ああ。

『と、トレーナー、頑張ってくれたのに。わたしのせいで、トレーナーが……』

 頼む、泣かないでくれ。

『もっと、一緒にいたかった。トレーナーと沢山お話して、わたし、もっともっと強くなって、一緒に一着、取りたかったのに』

 俺が、俺が悪いんだよ、ウララ。君は悪くない。

『わたしのせい、わたしのせいだよ』

『トレーナーの担当がわたしじゃ、ウララじゃなかったら――』

 違う。ウララが勝てなかったのは全部、全部……。

『でも、わたし、トレーナーのお陰で頑張ってこれたんだよ。トレーナーが、トレーナーじゃなくなったら、わたし……』

 俺もだ。俺もだよ、ウララ。俺がウララと離れて、トレーナーを辞めてしまったとして俺は……

 

 

「どうしたの、トレーナー?」

「え、ああ、いや。やったな、ウララ」

「うん! トレーナーのお陰だよ! えへへー、これからも一緒だよね、トレーナー?」

「あ、ああ。もちろんだ。俺とウララがいれば、どこへだって行けるさ」

 

 ……そうだよな。"前の世界の俺"。

 俺と、ウララがいれば、どこへだって行ける。

 でも、俺とウララが、離ればなれになったら――

 

 

『トレーナーではない、ウララと一緒に夢を目指せないこんな人生なんか意味ないんだ』

『……お願いします。もう死にたいんです。殺してくれ、殺してくれ、俺を――』

 

 

「ねえトレーナー、次はどのレースに出る? よーし、次も負けないぞー!」

「そうだな、俺もウララのために、もっと頑張るぞ」

 

 これで、いいんだよな。

 ああ、"前"のウララはもう泣いていないよな。だって、隣のウララはこんなに笑っている。だからきっと、"前"のウララも、きっと。

 ああそうだ、これで、いいんだよな。

 

 

 ポケットの中に入れた手にいつまでもあの時計の感触を感じながら、俺はウララの隣をゆっくりと歩いていった。


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