【完結】暁美ほむらは悪魔みたいないい子でした   作:曇天紫苑

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【帰依】
すぐれた者 (特に人格者) に対して、全身全霊をもって依存すること。仏教では特に、信仰をいだくことに用いられる。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より


鹿目まどかは暁美ほむらに夢を見せるか

 暁美ほむらは美しい存在である。それを証明する手段は特に思いつかないが、ともかく彼女は美しい存在である。私の目に映る彼女の凜とした、それでいて他者を魅せる可愛らしさは髪をかき上げる所作にすら現れる。本当に美しいモノとは、黙っているだけでも十分な雄弁さで自らを見せつけるのだと声高に主張したい。主張する相手が居ないが、そこは些細な問題だ。

 木目の壁に背を預け、物憂げに目を瞑る姿はまさに黒髪の乙女といった風情だった。その胸中にある決意のほどを感じれば感じるほどに、同じ空間に存在できた己の幸運への感謝を、信じてもいない高次存在に、あるいは円環の理に捧げてしまいたくなるものである。そのような思いをあまり口に出しすぎないようにと抑えてはいるものの、気づけば漏れている。その度に本人からの冷ややかな、もとい、私から距離を置きたそうな反応を浴びてしまうのだが、すでに死人である私の痛手にはならなかった。

 

 語るべきところのない人生だった。私の生涯を表現するにあたって、その評価は畢竟、妥当なものだと言わざるを得ない。願いの内容? 気にする必要はない。何一つ意味の無い願いだから。

 大して価値のない事で魔法少女となり、その力で何もせず、ついには命も落とした。大切な友達がいたのだが、魔法があってもなくても何の役にも立てなかったのはまさに私の無能ぶりの証明である。

 生来のものか、私のソウルジェムは非常に濁りやすく、魔獣を相手にしてもただ倒すだけで何も成さないまま、戦う理由も見いだせないうちに円環の理が私を迎えに来てくれた。

 あれは正しく輝きであり、目が潰れるほどの尊さを持っている。この世の苦悩から私を救うまさに救世主だった。

 でも、その慈悲に感謝を捧げて手に触れた時、それが一体、どのような犠牲のもとで成り立っているのかを理解した時、少なくとも私は円環の理を認めてはならないのだと理解してしまった。

 鹿目まどかは、そんな事をする為に産まれてきたわけではない。彼女は母親に望まれ、父親に望まれて、幸せになる為に産まれてきた。鹿目さんを、詢子を幸せにする為に産まれてきたのだから。

 しかし私には何もできない。世界そのものとなったまどかちゃんの力は絶大で、私はしょせん、親の知り合いというだけの他人だ。それをきっかけに少しだけ親しくさせて貰いはしたものの、遙かに遠い関係性でしかない。

 仕方ないのだ。そう言い聞かせるしかなかった。

 

 無力な己が何も出来ない言い訳を重ねている中、暁美さんは違った。ずっとずっとまどかちゃんを助けようと奔走し、苦しみ悲しみ泣き出して、挙げ句に全てを失っても、まだ、まどかちゃんに殉じたいと生き足掻くあらゆる全てが、鮮烈だった。

 だから、まどかちゃんが暁美さんを円環の理に連れてくると知った時、頼み込んでこっそりと同行させて貰った。会って話してみたかった、会って、尊敬していると言いたかった。

 私の魔法は眠りを操る。眠っている暁美さんを操作する事もできる。この魔法しか使えない私だからこそ出来る事がある。この案件ならば私の魔法は有用だ。目立たないように隠れて、予定外があれば修正する。そういった物言いで説得し、着いていった。

 実のところ私が来ても何ら影響はなかったと言えるだろう。それほどまでに彼女達の間にある繋がりは強かった。あんな風に生きてみたかったけれど、私はあれほど人と一緒に居たいと思わない。

 

 詢子の結婚相手と、タツヤくん。三人を見ていると本来はそこに居なければならない人が、暁美さんを迎えに行っている事にひたすら胸が痛んだ。

 だから、暁美さんが強く艶やかに笑った時、何を成そうとしているのかはすぐに理解でき、まさにその瞬間、彼女こそが私にとっての救世主なのだという事実が眼前に現れた。

 情けは人のためならず、という言葉があるように、鹿目まどかには、その慈悲を知る暁美ほむらがいた。

 暁美さんの笑顔、そして濁った瞳と美しい声、あざ笑っているようでその実は真摯でひたむきなままの口調。

 見納めだと思っていた現世の、さらにその先があった。そして私は死人として現世に戻る事ができた。

 

 全てを見てきた。彼女の苦悩も、繰り返す時間も、涙も、悲しみも、叫びも希望も絶望も。彼女が自分を鼓舞して、冷たく振る舞って、でも、冷たくなりきれずに涙するその瞬間瞬間は私が今まで見てきたあらゆるものより美しかった。

 そして、丘の上でただ一人になり、孤独に踊って疲れたように微笑む彼女を見た時に、私のその後の行動は完全に決まった。

 

 私も、自分に出来る限りの全てでまどかちゃんを現世に繋ぎ止める。暁美さんのした事を誰にも否定させはしない。

 その為には、暁美さんに動いて貰うのが一番だった。

 だから悪夢を見せた。暁美さんが焦るように。

 まどかちゃんが魔獣に襲われている事にした。暁美さんが己を捨てるように。

 美樹さやかに夢を見せて、円環の理に目覚めさせた。暁美さんが、友達を失うように。

 自分がいれば鹿目まどかの人生に余計な影響を与えてしまうと、暁美さん自身が思い詰めるように。友達も己も失った暁美さんが、ついにまどかちゃんと一緒に居られる幸せを手放すように。

 

 だから、こういう結末でいいと思っていたけれど、自分で手を汚したかったのではない。暁美さん自身に手を汚して貰うとはいえ、それを誘導するなど、ふざけ尽くして愚かに振る舞っていなければやっていられなかった。我ながら実にクズである。廃品に出すべきだと確信するが、私の廃品回収を担当したのは円環の理であり、つまりまどかちゃんだ。いかんせん、素直に回収して貰うのは恥ずかしすぎる。

 途中で暁美さんに気づかれてしまったのは却って良かったのかもしれなかった。

 いや、大変良くなかった。全部知った上で彼女は私を許してくれた。あの時の声と顔は忘れられない。この瞬間も、心の中に浮かび続けている。

 

 『まどかが、私の……大好きな、友達だから』

 『だからいい。私を騙した事も、嘘を吐いたことも、構わない。私は、いいの』

 

 まどかちゃんを大切な友達だと呼ぶ姿は、親のようであり、親を求める子供のようであり、恋人を想う乙女のようであり、何より、親友を尊び愛する真摯な少女だった。

 密やかで温厚な面持ちからは何の毒気も見て取れず、満ちる弱さと優しさ、甘くかわいらしい態度。毒でも飲み込むように苦しみを受け容れる姿。これこそが暁美さんの奥底なのだとつまびらかになった時、罪悪感に蹂躙された私の魂はそのまま砕け散るかとすら思われた。

 こんなに弱い子を、追い詰めて自殺させようと思っていた私は廃品どころの騒ぎではない。汚物も良いところだ。だが、それすら飲み込んだ上で、暁美さんは私の手を借りるとすら言ってくれた。

 これほどまでに優しい人を私は、と余計に胸が痛んだものの、それが結果的に私に逃げ場を奪い、暁美さんの頼み事を完全に受け容れる余裕ができた。

 

 

 しかし暁美さんが伝えてくる内容をそのまま、出来るだけ違和感がないように演じるのは骨が折れた。

 いつ、まどかちゃんに気づかれるのかと気が気でなかったが、最終的には無事に、あるいは最悪な事に、暁美さんの体を操り人形のように弄び、無残にもまどかちゃんの前で死ぬ所を見せつけてしまえた。

 結果的に、私は暁美さんを撃てなかった。まどかちゃんの前で自殺するような惨い真似はできず、結果的には掠っただけで終わってしまった。

 しかしそれでも、暁美さんの覚悟を形にするには十分だったらしい。

 

 

 ……ここからは暁美さんの勇姿がよく見える。

 暁美さんがまどかちゃんの背に触れて干渉し、その深い想いを巧みに使いこなして見事に円環の理の要素を抜き出す事に成功する。

 大いに頷き、大いに胸をなで下ろした。文字通り、暁美さんの命を捧げての献身だ。上手く行ってくれなければ困る。

 もはや抵抗する手段を失ったまどかちゃんは力なく俯き倒れかけており、後は暁美さんが彼女の記憶を奪ってこの場から去れば、全てが完成する。

 まどかちゃんとの永遠の別れになると、暁美さんは間違いなく解っている。もう二度と笑って貰う事も、話す事もできなくなるのに彼女はあくまで嬉しそうだった。少なくとも、自分は幸せだと思い込んでいる顔をしていた。

 

「……ほむらちゃん」

 

 何を思ったのか、まどかちゃんが顔を上げた。暁美さんと目線が重なって、そして、カッと目を見開いて勢いよく身を起こした。

 暁美さんが戸惑いの声をあげ、僅かに生まれた空白の一瞬を埋めるようにまどかちゃんが手を伸ばす。

 私が妨害する暇もなく、暁美さんの魂と、暁美さんの死体は両方共にまどかちゃんの胸の中へ抱き込まれた。

 

 

 まどかの温かな両腕が、私の魂を掴まえた。

 

「だめだよっ……一人にならないで……!」

 

 ゆるまない瞳に力が入り、魔力の体が掴まれる。肉体のない私の身には触れられない筈なのに、その指先はいとも容易く条理を無視していた。

 全ての力は彼女の身から去り、もはやまどかの目は金に輝いたりはしない。だというのに、彼女の魂は大いなる感情を発露させて私の魂を掴まえ、何とか繋ぎ止めようとしている。それが純粋なまどかの意思によって成される奇跡なのだと理解できてしまう。私も前に、した事だから。

 私なんかの為にこんな真似をして、嬉しいと思うわけにはいかない。こんな奇跡よりずっと大切なあらゆるものが彼女にはあるはずだというのに、この優しさを私に向けて消費して欲しくない。

 

「どっ、どうして!? どうして貴女は、そこまで優しいの……!?」

「優しくなんかないよ!」

「優しくない人はっ……他人の為に己を捧げたりなんてしない……! 貴女のその優しさは、貴女自身を幸せにはしてくれない!」

 

 私の魂から円環の理の、あるいはまどかの力が漏れ出した。口から、瞳から溢れ出した純粋な力はまどかの言うことを素直に聞き入れ、彼女が生み出す奇跡の後押しを始めてしまった。その瞳が再び金色を取り戻し、私の魂を引き裂きにかかってくる。

 ダメだ。それを許すわけにはいかない。まどかの意思を覆せるくらい強く、強く彼女の幸せを思った。彼女の居場所は天国じゃなくて、笑い声と美味しい食べ物の香りと、優しい家族のいる家なんだ。だから許してはいけない。絶対に絶対に許さない。全ての力を振り絞ってまどかの足止めにかかる。

 

「っ……! 私の手を取ってくれるくらいなら、他の、もっと大切な人の手を取ってあげて……! その方がずっといい筈だから!」

「でも、わたしが決めたの!」

 

 一言で、私の放ったあらゆる力が吹き飛んだ。

 衝撃で公園の砂がまくれあがり、草木が荒れ狂う。その中心点で、まどかの心が叫んだ。

 

「わたしが、ほむらちゃんの幸せを決める! 押しつけてるって思われても、いい!」

 

 完全に固まりきった極大の意思が私を裂きにかかる。

 まどかは、私の中にある力を利用している。理解した瞬間、全てを成し遂げられる前に己の魂を砕こうと手の甲のダークオーブに拳を振り落とした。

 間髪入れずにまどかの手が滑り込み、潰れるような音を立てた。

 魔法少女の膂力で振り下ろした拳は鈍器のように重く響き、まどかの手をひどく傷つけていて、しかし、まどかは呻き声一つ漏らさず目を瞑って私を抱きしめた。

 人間の暁美ほむらと、円環の理の力を得た悪魔は別たれ、半分は神様のまどかに、残り半分は人間のまどかに抱き留められて。

 

「やばい!」

 

 どこからか声がする。

 女は衝撃で吹き飛びかけた身を強引に抑え込んでいた。

 両手をこちらに向けて、必死の形相で何かを叫んでいる。

 

「負けないで! 持って行かれちゃダメだ! それは、貴女が貴女でいるための全てだ!」

 

 眠りを操る魔法がまどかに襲いかかった。

 

「ほむらちゃんに触らないで!」

「ぐ、っ……うぁっ!?」

 

 その魔法はまどかに届くより早く、ただ一声で跳ね返された。

 

「ほむらちゃん……もう大丈夫だから! わたしが、ずっと守るからっ……!」

 

 私に沢山のものをくれた声が、耳元でめいっぱいの優しさを注いでくれる。それだけで体の力が全部抜けて、後はまどかの情け深い腕の中で眠るように意識が遠のいていく。

 これじゃ、また、まどかに助けられてばかりの私になってしまう。それは凄く嫌で、あんな役立たずの私になんて戻りたくはない。

 ああ、でも。

 暁美ほむらにできることが、鹿目まどかにできないはずがないんだ。

 

 

 

 

 静まりかえった公園の中、何事もなかったように元通りになった砂場の中でまどかちゃんが座り込んでいた。

 砂で足が汚れようと気にもせず、その膝には暁美さんが眠っている。

 彼女の頭に怪我はなく、穏やかな寝息を立てている。そんな暁美さんの身を少しだけ起こすと、その髪をまどかちゃんは尊ぶように撫で、ゆっくりと編み込んで左右に一つずつ三つ編みを作っていった。髪の一本一本までを尊重するように指を絡めて、大事そうに、繊細な硝子細工を扱うような手つきで。

 丁寧に結われた髪の仕上げに、まどかちゃんは己の髪を纏めていた赤いリボンをほどき、三つ編みの髪を留めた。

 

「うん……ほむらちゃんの方が似合うよ」

 

 膝の上で暁美さんを撫で、慈しむ様は彼女の母親が浮かべるものとよく似ている。

 

「わたしの事、覚えていてくれたよね。ありがとう……すごく嬉しかった」

「大丈夫だよ、もうお別れなんかしない。これからは、わたしがほむらちゃんを守るから」

 

 その目に涙はもう浮かばず、むしろ全てを受け止めるだけの包容力を纏っていた。果てしない輝きを永遠に失っても、秘められていた熱のある意思は欠片も損なわれておらず、まどかちゃんは今こそまさに神様みたいないい子だった。

 口から湧き出す慈悲と愛情深い言葉の数々が、どれも暁美さんが聞けば首を横に振るものであったとしても、きっと今のまどかちゃんは言葉を訂正したりはしないだろう。

 

「ん……」

「ほむらちゃん?」

 

 暁美さんの安らかな寝顔が揺らめき、まぶたが震えてゆっくりと開いていく。

 ぼんやりとした寝起きの顔で、目をこする様はかわいらしく、愛らしさすら現れた。

 眼鏡がなくとも何とか見えるようで、自分を抱き支えるまどかちゃんをほわりと視界に入れて小首を傾げた。

 

「かなめ、さん?」

 

 まどかちゃんを見つめ、それから辺りを見回し、暁美さんの顔には今の状況に対する強い困惑が浮かんでいた。

 

「おはよう、ほむらちゃん」

「はっ、か、鹿目さん? あれ……?」

「もう大丈夫だよ。ほむらちゃんはね、ずっと悪い夢を見てたんだ」

「え? 夢? ……鹿目さん? なんで泣いてるの……?」

「なんでかな、ふふ、涙が出てきちゃって」

 

 暁美さんの第一声は心配の言葉で、それを聞いたまどかちゃんはなめらかに口元をゆるませ、穏やかな手つきで暁美さんを抱き寄せ、強く抱擁した。これまでに失ってきたものの全てを取り戻すように、長く、深く。

 

「かっ、鹿目さん?」

「まどかでいいよ。ほむらちゃんには、そう呼ばれたいな」

 

 困惑したのは暁美さんの方だ。やはり、これまでの魔法少女として戦ってきた記憶と力を全て失っているのだろう。

 目を丸くして、息を吐く度に戸惑いと驚きを交互に漏らしており、それでも、泣いているまどかちゃんを抱き返すのだけは早かった。

 

「かなめさ……ま、まどか」

「うん、うんっ。そう、そう呼んで貰えると、すごく嬉しいの」

 

 しばらくの抱擁を終えて、寄り添い合った暁美さんがポケットからハンカチを取り出し、まどかちゃんの頬を濡らす涙を拭う。

 くすぐったそうな声をこぼしたまどかちゃんが、暁美さんのハンカチごと手を撫でた。

 

「ありがとう、ほむらちゃん」

「ううん。あれ、その手……!」

「ん? どうしたの?」

「そ、その怪我……!? まどか、痛くない!? どこかでぶつけたの!?」

 

 ソウルジェムを砕けるほどの一撃を何の強化も施されていない生身の手で受けたのだから無事では済まず、彼女の手の甲にはひどい痣が出来ていた。

 きっと、暁美さんがとっさに力を抑えたのだろう。でなければ手がひしゃげて使い物にならなくなっている。

 

「ちがうよ。これはその……証、かな……?」

「え……そ、それより早く手当しないと!」

「んー、うん、そうだね。この辺りで応急手当できそうな場所って知ってる?」

「それなら私の家が近いよ。まどか、大丈夫? 歩ける? 辛いなら私が支えるから」

「あはは、足は怪我してないから平気だよ。心配しないで? 見た目より痛くないから、慌てなくても平気だもん」

「でも、痛くないからって甘く見たら危ないかもしれないよ」

 

 心の底からまどかちゃんを案ずる面持ちに、あの冷たく熱い色合いは一切含まれていなかった。

 暁美ほむらは、完全に過去の姿を取り戻していた。それはもはや冗談のような現象であって、理屈の及ばない鹿目まどかの献身と愛が成せるわざ、端的に表現すれば奇跡だった。

 あるいは、暁美さんが成した事を一番近くで見たのは他の誰でもないまどかちゃん自身だ。なら、やり方を理解していても不思議ではない。

 どちらにせよ、暁美さんの敗北ではない。まどかちゃんをこの世に繋ぎ止めた。もう戻る為の要素すら持たない彼女が、そこへ行く事はないだろう。

 が、勝ちきれなかった。

 円環の理は、今ここにいる私を除けば完全に元の場所へと戻った。ついでに暁美さんの、暁美さんたる所以も連れて行かれてしまった。

 

 命を落とし、目的を達する。なるほど、暁美さんの思惑は概ね上手く行った。が、まどかちゃんは意思が固く、それでいて困難に立ち向かえる女の子だというのを忘れていた。いやさ覚えてはいたのだろう、しかし、予想を遙かに超えていたと言わざるを得ない。

 現に、ここにいる暁美ほむらは魔法少女の何も知らない顔をしていた。目を強化していた魔力が消えて、ぼやけた視界で何とかまどかちゃんを捉えているのだろう、何度も目をまばたかせている。

 

「……ああ……まったく……本当に良い娘だなあ……」

 

 二人の後を追いかけていても、暁美さんの後ろ姿にかつての確固とした生き様が見て取れないのは絶望的だった。

 

 暁美さんごと、円環の理は元に戻った。まどかちゃんの記憶と、私を残して。

 もはや、円環の理を原因とする問題は起きようもない。そもそも魔獣が円環の理の修復を狙うなど嘘だ。仮に何かが起きるとしても、それはもはや暁美ほむらの責任ではない。全てをまどかちゃんが受け入れ、そして自分の責任として持って行ってしまった。

 あるいは、暁美さんを狙う存在がいたとしても無意味な事である。何故なら、狙うに値する暁美ほむらは消滅した。

 これはまさに暁美ほむらの勝利である。そこに彼女がいないのも含めて、計画通りに事が進んだ。全く問題はない。しかし何故だろうか、この、受け入れるしかない敗北感は。

 彼女の頭に銃弾を撃ち込んでも、結局はまどかちゃんの方が上だった。

 

 

 

 今、私は姿を見せるつもりはない。だから普通の人間であるまどかちゃんでは捉えられない筈なのだ。しかしどう考えても目が合っている。円環の理では完全になくなり、魔法少女にもなっていない彼女が、なぜ。

 本当に見えているのだろうか。信号待ちで足を止めたまどかちゃんに片手を挙げて見せると、彼女はそれを目で追った。

 

「……やっほ、まどかちゃん」

「……」

 

 とても、色々な事を言いたそうだった。友達をそそのかして死なせようとした相手だ、いくらまどかちゃんでも心穏やかな表情にはなれていない。

 悲しくなるほど嫌われているのが理解できてしまうが、不思議なほど怖くない。昔は人に嫌われるのが怖かったのに。

 状況も忘れて何故だろうと考えて、そうだ、暁美さんの傍に居たからだ、と気づく。生きている間は何者にもなれなかった私を、別の何かにしてくれた彼女。私に全てをくれた彼女が、消え去ってなおも私に勇気をくれた。

 だから、まどかちゃんに向かって胸を張る。こんな私でも少しだけ暁美さんの力になれたのだと。結果的にはまどかちゃんの想いが上回ったとしても、暁美さんは己の成すべきを成したのだから。

 こんな態度を取ればまどかちゃんを怒らせるかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。そのような懸念も今は何一つ問題とは考えなかった。むしろ、まどかちゃんがそうやって感情を動かしているのが暁美さんの願いの総体である以上、どのような怒りでも嫌悪でも喜んで受け止める覚悟は出来ていた。

 だが、まどかちゃんは深呼吸をして顔に表れていた複雑そうな感情を消し去り、後にはほのかな慈しみだけを残した。

 

「ほむらちゃんを、見守っていてくれますか?」

 

 そこで友達の心配ができるまどかちゃんが、暁美さんの大切な人でいてくれて本当に良かった。

 暁美ほむらは、まどかちゃんを大切にするからこそ美しかったのだ。

 二人ともこうして見るとただの普通の人達なのに、蓋を開けてみると良い人達すぎて。善良なる彼女達の姿は私には眩しすぎた。

 

「……あなたの勝ちだよ、まどかちゃん」

「こんなの勝ち負けの話じゃないよ」

「まどか? 誰と話しているの?」

「あっ。えっと……うん、なんでもない。空耳かもね」

「そ、そう? 痛みが辛かったらすぐに言ってね?」

「うん。でも平気だよ? ほむらちゃんの家に行くのが楽しみだから、辛いなんてちっとも思わないよ」

「ま、まどか……」

 

 信号が変わって、お喋りしながら仲良く交差点を歩いて行く二人の背を、ただただ黙って見つめ続けた。

 そうだ、これは勝ち負けの話じゃない。

 暁美さんも同じ事を言っていた。勝ち負けの問題じゃないのだ、これは。ただ、誰かが誰かを大切に思い、尊び、その人生に幸あれと願う、そんな純粋なる二つの願いがぶつかりあっただけの問題なんだ。

 暁美さんの気持ちと鹿目さんの気持ち、二つが重なり合ってぶつかり合って、そして最後に鹿目さんが残った。それだけの事だった。

 




次回でエピローグです。
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