マルタの国には一人のモンスターマスターがいる。

その名はルカ。
マルタのヘソの代わりを探し出し、果ては賢者たちと共に名もなき闇を打倒した者。
これは彼のモンスターとの日常をまったりと語る、そんなお話。



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DQM2の小説が探しても見つからなかったので、自分で書いてみました。
処女作なので、色々と問題があるかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。


警告 

ドラゴンクエストの小説ですので、プレイヤーの分身である主人公のルカは喋りません。
地の文で「~~と言った」や心情や思考の描写はありますが、吹き出しで喋ることはないです。


   


モンスターマスターの日常

 

 

 

ガチャンと、重厚な音を立てて巨大な扉に空いた鍵穴にカギが差し込まれる。

大きなヤシの木が彫刻されたそれはぴったりと嵌り、唐突に周囲の空間を歪ませた。

ル―ラなどに代表される空間を超越した際の歪みは、慣れてないモノには酔いを与えることもあるが、生憎とこのカギの主は数えるのも億劫になるほどにこの現象を体験し、耐性を得ている。

 

 

 

 

 

 

プラチナで形作られた高価なカギを幾つもカギ束の輪っかにぶら下げた少年……ルカの冒険からの帰還だ。

ルカは周りの景色が異界の、石造りの祠の中から慣れ親しんだマルタの根が覆う場に移り変わったのを確認し数歩進む。

少し行ったところでルカの前に紫色の体毛をもった奇妙な丸い生き物、人間の胴体程の大きさしかない魔物とも違う存在が親しげに声を掛けた。

 

 

 

 

 

奇妙な姿ではあるが、その身から溢れる力はSランクのモンスターさえも遥かに超越した力を見るモノに感じさせる。

この国そのものであり、気が付けばルカと長い付き合いとなっていた精霊……ワルぼうは喜色を顔に貼り付け、小さな手をぶんぶんと振ってルカを出迎えた。

ふわふわと宙に浮かび、彼はルカの周りをクルクルと回る。

 

 

 

 

彼がここまで親しげに接する相手は、ルカと同年代の幼少期からの付き合いであるカメハ王子ぐらいのものだろう。

 

 

 

 

 

 

「お、ルカ! よく戻ったな」

 

 

 

 

 

一声をかけたのちに、ワルぼうはルカに指を一本向けてからマルタの力を流し込む。

ベホマズンよりも強力で、なおかつ魔力さえも完全に回復させる力はザオリクの効力さえ併せ持つ。

本来ならばずたぼろになったマスターとその仲間を回復させる力なのだが、ワルぼうから発せられた力は極わずかなものだ。

 

 

 

 

 

ルカとその仲間は、冒険においてほとんど力を消費していない。

これはルカが簡単な、低レベルのモンスターしかいない世界に行ったからというわけでもない。

むしろ、その逆だ。ルカとモンスターたちは、それこそ天災クラスの魔物が闊歩する世界に出向き、様々な敵と戦ってきた。

 

 

 

 

だが、それでも……ゼロとはいわないが、ほとんど彼とその仲間たちは消耗することなく帰還したのだ。

ありがとう、とルカは屈託のない笑顔でワルぼうに告げると彼はけっと偽悪的な笑みを浮かべて返す。

 

 

 

 

 

「ほとんど傷ついてないくせに何をいってるんだ。今回の冒険はどうだったよ? 何か収穫でもあったか?」

 

 

 

 

 

ルカは頷き、背後で控える仲間のモンスターがもっている一本の剣を示す。

彼の今回のメインパーティモンスターの一角、アクバーは背後に背負っていた剣を恭しい動作でルカへと差出した。

ぐっと腰に力を入れて両手で彼は剣を受け取ると、黒い鞘に納められた長剣をワルぼうに見せつける。

 

 

 

鞘に納められて柄程度しか見えないというのに、この剣から迸るオーラは常軌を逸していた。

もしも刀身を抜き放てば、そこから生じる圧と、刃物の美しさはどれほどの次元に達するのかは皆目見当もつかない。

 

 

 

 

 

「“銀河の剣”か……まーた大層なもんを……というか、これ、元々何本か持ってたよな?」

 

 

 

 

 

 

7本目だとルカが答えると、ワルぼうは脱力したように肩を竦めた。

伝説の、それこそ勇者が魔王を倒すのに用いてもおかしくないような武器を何本も集めているとは、正直感覚がおかしくなりそうだ。

事実ルカは異常という言葉が生ぬるい程にモンスターマスターとして突出している。

 

 

 

 

 

 

まだ10歳になるかならないか程度の子供が、伝説の魔王や神、竜の姿をしたモンスターを数多く生み出し、その全てを配下としているのだ。

あくまでもオリジナルに近い、同じ姿をしたモンスター達ではあるが、ルカが指揮すればその能力はオリジナルを超える域に達してもおかしくない。

 

 

 

 

 

並のマスターでは現役の際に集められるモンスターの数は200種類に及ぶかどうかだ。

しかもその大半は比較的、配合などで生み出しやすいBランクから下のモンスターが多い。

Aランクのモンスターでパーティを組めれば、国を代表する領域に手が届く。

 

 

 

 

一方ルカは800種類を超えるモンスターを仲間にし、その生態などをライブラリに纏めている。

その中には世界を創造した神や、対を成す魔王、竜、天使、堕天使、数多くの神話に名を成す規格外の存在さえ何でもないように混じるという異常さ。

Sランクは当たり前、SSランクでさえ当然の様に集め、仲間にし、鍛え上げ、信頼関係を結び、共に戦う。

 

 

 

 

更にSSの先“新生”と呼ばれる古代の秘奥さえも使いこなし、高みを目指し続けるモンスターマスター。

 

 

 

 

 

 

【奇跡のモンスターマスター】

 

 

 

 

 

 

それがルカだった。

 

 

 

 

ちらっとアクバーに剣を持ってもらうために手渡しているルカのパーティメンバーにワルぼうは眼を向ける。

各個体の名前は判らないが、種族はアクバー、おにこんぼう、マンイーター、プオーン……本来なら鈍足極まりないモンスター達だが……そうやって見ると痛い目に合うメンバー構成。

リバースという術で速さという概念を逆転させた後の、このパーティの爆発力は恐ろしい事になる。

 

 

 

 

 

実際、以前、闘技場で自らも魔物を使役してルカと戦った事もあるワルぼうはその光景がありありと目に浮かぶ。

リバース、チェイン、バイキルト、連携からの超火力の集中爆撃で、全メタル族最高硬度を誇るメタルゴッデスが僅か1ターンの攻防で粉々に粉砕されたこともあるのだから。

今回はルカはサブパーティは連れて行っていないようだが、リバースパーティを援護するためのパーティもルカが幾つか組んでいることもワルぼうは知っていた。

 

 

 

 

 

そしてルカのパーティはこれだけではない。彼は幾つものパーティを構成し、冒険の種類によって使い分けている。

異世界でルカと戦った相手に同情を抱きつつ、ワルぼうはルカに問う。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今日はこれからどうするんだ? まだ昼にもなってないぞ」

 

 

 

 

 

朝早く出かけて、ルカは数時間もせずに帰ってきたのだ。

 

 

 

 

うーんとルカは頭を捻ってどうしようかと考える。

こういう幼い仕草はまだ彼が10にも満たない子供であるという事実を見るモノに思い出させる。

特に予定はないなぁとルカがいうと、ワルぼうは苦笑した。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、早く牧場に戻って、帰ったって報告してやんな……それと、牧場がかなりハデなことをやったみたいだな」

 

 

 

 

 

 

最後の言葉に思い当たることがあったルカは特に疑問を差し込むことはなかった。

うん、と少年は特に反論する理由もなかったので素直にうなづいて答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃんお帰り! 冒険はどうだった?」

 

 

 

 

ルーラは使わず、ルカは徒歩でマルタの国の城から牧場まで、大通りを経由して帰る。

やはりというべきか、マルタの国民は少しばかり興奮した様子でしきりにとある話題を口に出していたが、ルカは誰かと特に会話することもなく、挨拶もそこそこに牧場を目指していた。

太陽が激しく照り付ける中、マルタの市街地は何時も通り、フルーツのいい香りで満ちている。

 

 

 

 

 

牧場に繋がる長大な木製の橋を渡ろうとすると、既に迎えに来ていた妹のイルが大きく手を振って兄を呼ぶ。

ざわざわと背後のモンスター達が凶悪な顔に、はっきりと喜色を浮かべるとルカを見た。

ルカは頷いて、いいよ、と答える。そうしてから彼のモンスター達は動き出す。

 

 

 

 

 

おにこんぼうは背中に担いでいたアトラスの槌を背負い込むと、イルをひょいっとその牛の胴体ほどもある剛腕で抱き上げる。

 

 

 

 

 

それを皮切りにマンイーターが、何本も生えたツルでイルの頭を撫でまわし、親愛を表す。

プオーンは一回垂れている鼻水をずずっと吸い上げてから、小さく背中の翼を動かして滞空するとイルの胴体に頬ずりし愛情表現を行う。

アクバーだけは、あくまでも自分の主であるルカの傍を離れず、まるで彼の臣下の様に付き従っていた。

 

 

 

 

 

「えへへ~、くすぐったいよ!」

 

 

 

 

 

 

笑顔で自らに無邪気にじゃれついてくる魔物に囲まれつつイルは言う。

他の国の、魔物を見慣れていない人間が見たら、間違いなく魔物に少女が襲われていると勘違いしてしまいそうな景色ではあるが、ルカは既に見慣れている。

イルは天性のモンスターマスターとしての才がある。もしもルカではなく、イルがマルタのへそを探しに出たとしても、何も問題はなかっただろうと思うほどに。

 

 

 

 

 

きっと、その先に続いていたあの闘いに妹が出たとしても結果は同じだと断言出来た。

どうあがこうと、狭間の闇は滅ぼされていたはずだ。偉大な賢者たちが仲間と共に滅ぼすと覚悟をした時から、闇の末路は定まっている。

 

 

 

 

 

 

そして何処かで何かが違っていれば、ルカとイルの立場は逆だったかもしれない。

カメハ王子がパイをワルぼうと一緒に盗もうとした際、少しばかり感情的な部分があるイルが最初に文句を言うために飛び出したが、あそこで自分が飛び出たら……。

もしも、最初にイルがへそを探しに行くと言っていたら……あげればキリなどない。

 

 

 

 

 

 

「よぉ、ルカ」

 

 

 

 

 

足元から声がし、ルカが視線を下に下げると、そこにいたのは牧場で留守を任されているスライムのスラッシュだ。

水色の半透明の身体をした、何処にでも生息するごく普通のモンスターだが、彼はイルの補佐として事実上牧場のモンスター達のまとめ役をしている。

水玉模様の様な造形をした体を波風をうけて、ぷるぷると震えさせつつスラッシュはぴょんっと飛び跳ねてルカの腕の中に収まった。

 

 

 

 

 

ぷるんと飛ぶ乗った衝撃でスラッシュの身体が震える。ひんやりとしたゼリーの様な触感が腕を通してルカに伝わる。

スイカ玉程ではないが、それなりの重量を持つスラッシュをルカは危なげなく両腕で抱え込むと未だにイルとじゃれついている仲間に一声かけてから歩き出す。

 

 

 

 

 

 

「お、少し成長したんじゃねえか? 前より少し目線が高い気がするぞ」

 

 

 

 

 

頬に潮風の少しだけ痛い冷たさを感じつつ歩を進めていると、スラッシュが唐突にルカに言う。

えへへ、とルカははにかむように笑って答えた。男として身長が伸びるというのはうれしい事だ。

最近は遠近感が狂うほどに巨大なモンスターと相対してばかりだったから、身長の事など忘れていたが、思い出すとそういえばこの頃体の節々が痛い時があるような……。

 

 

 

 

 

 

「おや、ルカさんにイルさん。お帰りですか? ご飯ならもうちょっとだけ時間をもらいますよ」

 

 

 

 

 

 

牧場の入り口を潜ると、そこに居たのは馬車程度の体躯を持ち、常に地面より拳一つ分ほど滞空する巨大な豚面の魔物だ。

巨大な真珠を想起させる翡翠色の玉を傍らに浮かべ、クッションの様にくつろいでいる姿はとてもそうは思えないが、彼は名の知れた魔王である。

いや“元・魔王”というべきか。かつては数多くの世界に名を轟かせたコレクターの王、悪名高き、強欲の魔王、ドークは既に居ない。

 

 

 

 

 

 

ここにいるのは、牧場のモンスター達と共に兄妹の母の手助けをして家事をする、気心の知れた仲間だ。

かつてのマルタのへそをめぐる戦いで最後の敵として彼は立ちふさがり、そしてルカに敗れた。

その際に色々と彼の中で虚栄心やら何やら、余計なプライド類が砕けてしまったのかどうかは判らないが……ドークは、弾けた。

 

 

 

 

 

 

コレクションの中で最もレアな“新生の宝珠”を用いての全力の闘争でさえ真正面から、小細工抜きで、正々堂々と叩き潰された後から彼は異常なまでにルカ達にこびへつらうようになる。

そして彼の想像の遥か上を行く怪物……狭間の闇の王。

ドーク自身は断じて認めはしないだろうが、真なる狭間の世界の王、ひいては天空の世界の全てのモンスターの造物主さえもルカ達が葬り去ったことによって彼の中で何かが変わったのだろう。

 

 

 

 

 

 

部下に見放され、集めていたコレクションを失い、無一文になってしまった彼は思いきった行動をとった。

今までの卑屈交じりにルカに媚びていた姿勢から彼は脱却し、魔王でもなく、ただ一体のモンスターとして彼はルカの仲間になりたいとはるばるマルタまでやってきて頼み込み、今に至る。

 

 

 

 

 

 

「あ、それと、牧場の拡張計画の方も順調ですね。まさかオリハルゴンのジバルンバで新しい島を作ってしまうとは」

 

 

 

 

 

ドークはひらひらと図太い片腕を振って、ルカが居ない間に起こった出来事を説明する。

マルタのモンスター牧場の収容能力はせいぜい500体が限界なのだが、既にその数はとうの昔に超えてしまっている。

その結果、小型モンスターなどを本来小型の魔物1匹が入る空間に数匹をぎゅうぎゅう詰めにし、さながら満員の船舶の様にモンスターの密度を高めて、無理やり牧場に住まわせることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

海棲の魔物ならば、海のスペースは無尽蔵にあるため問題ないが、陸でしか生きられない魔物達の収容能力は既に限界が見え始めている。

空を飛べる魔物も、休憩の為には陸に降りる必要があり、やはり魔物の収容区画の拡大は必須事項だ。

 

 

 

 

 

何よりも、やはり魔物にストレスを掛けるのはよくないことだ。

彼らが、ルカとイルが存在する限りはありないとはいえ……切れてしまったら、その時に起こる騒動は人間の反乱の比ではない規模になる。

 

 

 

 

そういった事をルカが父と共に国王に話し、そのための打開策として牧場の拡張計画が練り上げられることになる。

国王としては、牧場の魔物の数が増えるということは、すなわちマルタの国力の増大に直結することであり、彼に断る理由はなかった。

問題は、牧場に用いる陸地面積の少なさではあったが、この問題は直ぐに解決する。

 

 

 

 

 

 

人間の常識の範囲内では不可能だが、マルタに居たのは奇跡のモンスターマスター、ルカと兄妹が育て上げた数百の魔物。

ないならば作ればいい。それによっておこる二次災害さえも簡単に無力化できる存在が彼には居る。

 

 

 

 

 

大地の支配者、伝説の勇者が身に纏うとされる究極の金属で全身を固めた超巨大な竜、オリハルゴン。

大海の支配者、その巨大さはマルタをぐるっと何回も取り囲んでしまうのではないかと思うほどの超Gサイズの中でも更に規格外の流麗な蛇海竜、リバイアさま。

凍土の支配者、万年を通り越した、偉大なる霊峰の如き神々しさを放つ、動き、意思を持ち、そして全てを絶対の零度で凍結させる大雪象、マンモデウス。

 

 

 

 

 

彼らや、更には他にも仲間にしている超規格外の魔物の手を借りれば小島の一つを一切の危険なしに作るなど容易い事だった。

 

 

 

 

 

かつての英雄が姿を変えた次元違いの魔物と同じ姿をした存在をルカは今や同士として迎え入れていた。

彼、そして彼女の後継者として今なおかの世界の君臨者であるこの3柱の神と形容されてもおかしくない魔物と同じ存在は、少年がかつて見た英雄たちの姿を元に、配合によって生み出された存在である。

あの雄々しさ、気高さ、誇り高さ、そして彼女や彼が世界の為に捧げた掛け替えのない優しさと勇気は今もルカの中に宿り、消えることはない。

 

 

 

 

 

 

ドークが指さす場所を見ると、なるほど、確かにマルタの牧場の隣にもう一つ、マルタよりは何周りか小さいが、無骨な岩肌を晒す小島が見えた。

これは冒険に出る前にはみえなかった光景だ。その景色に、ルカは胸の奥がざわめきだつが、黙殺する。

 

 

 

 

 

 

「あとは自然系の魔物やぐんたいアリさんが島を整地してくれるでしょう。牧場として使えるようになるのは大体1月程度後になりますね、後、ルーラの転移地点としても登録するのを忘れないように」

 

 

 

 

 

 

ファ、ファ、ファとドークは上機嫌に笑うと、では失礼しますと一礼し、そのまま家の中に入ってしまう。

中から母の言葉とドークの声が聞こえるのを見るに、共同で料理を作り始めたのだろう。

意外な事にドークはあの肥満体系の様な外見からは想像できない程に器用であり、彼が作る食事は美味だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……ドークさんって、本当にお兄ちゃんと戦った魔王なのかな? すごくいい人にしか見えないんだけど…………」

 

 

 

 

 

 

ドークに様々な家事を手伝ってもらい、更には裁縫なども習っているイルは屋内で上機嫌に鼻歌を奏でつつ鍋をかき回しているであろうドークに視線を向けつつ呟いた。

彼女の中ではどうにも恐ろしい魔王と、牧場での礼儀正しく紳士的なドークが結びつかないのだろう。

 

 

 

 

 

 

「ドークといえば、魔王の中でも特に狡猾で残忍、欲深い奴って俺は聞いてたんだがな……ま、ルカがあいつを改心させるぐらいすげえってことだ」

 

 

 

 

 

ルカの腕の中でぷるぷると震えつつスラッシュは呟く。その言葉には一回聞いただけでは測りきれない程の念が含まれている。

父親が強く、たくましく成長した息子を見て漏らす感嘆のような、巣立ちした子を見て、哀愁を抱いたような、そんな感情が。

ん、とルカは片腕でスラッシュの頭を軽く撫でた。掌から伝わるのは、冷たく心地よい感触。

 

 

 

 

 

 

いつの間にかイルから離れ、ルカの背後で指示をまっているパーティモンスター達にルカは解散の号令を出す。

黙々とモンスター達が自らの宿舎に戻っていく後姿を見つめつつ、ルカは胸に抱きしめたスラッシュに視線を移す。

スラッシュは器用にもルカの腕に抱えられたまま、身じろぎをしてルカから向けられる視線に自らの視線を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

「まだ昼飯まで時間があるっていってたし、一緒に新しくできた島でも見にいこうぜ……始まりの海岸からお前の力を使って大型魔物の島を超えていけばすぐにでもたどり着くさ! ルーラの登録なんかさっさとやっちまおう」

 

 

 

 

 

ルカがその身に宿す力の一つに、うみなりのかねの力がある。砂漠の世界の王より賜った秘宝の力が。

これによってルカは全身を半透明のシャボン玉のようなオーラで包み、水に沈むことなく、水上を駆けることが出来た。

世界のほぼ全てが海という巨大な水の世界を縦横無尽に走り回った時に比べれば、すぐ近くに見えている島にまで渡るなど容易い。

 

 

 

 

万が一溺れたとしても、マルタの周辺海域にはリバイアさまを始めとしてオセアーノン、大王イカ、イカずきん、スライバ、スラリン船等の数多くのルカの仲間たちが居る。

更に言うならば、上空には常にスラ・ブラスターを始めとした魔物が対空しているため、全く危険はない。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、私はお母さんのお手伝いしてくる。実は私、もうオリィの背中に乗って島を作る所とか見ちゃったんだ。お父さんとお母さんにはルーラの登録しにいったって言っておくね」

 

 

 

 

 

 

オリィ……オリハルゴンの背にいつの間にか建てられた木製の小屋、奇しくも砂漠の世界のオリジナルと同様の場所に作られた小屋は一種の休憩地点としても機能する。

さぞや絶景だったことだろう。巨大竜が海を往々と泳いで渡り、ジバルンバという地殻変動の力を操作する魔法で新しい島を作る光景は。

その上、リバイアさまも参加しての海の影響を無力化する光景は、正に勇者が登場してもおかしくない神話染みた光景だったはずだ。

 

 

 

 

 

更にルカの脳裏に浮かぶのは、昔砂漠の世界でオリハルゴンの背に乗った際に邂逅したプテラノドンという大型の魔物。

当時は初めて見る大型の魔物に嬉々としてスカウトし、そしてお世話になったものだ。

配合に用いたのを含めて、3体か4体ほど仲間にした覚えがルカにはあった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行こうぜルカ」

 

 

 

 

 

ぽよんっとスラッシュはルカの腕から飛び降りると、何時もスライム族が張り付けるように浮かべている無機質な笑みとは違う、人間味に溢れた人懐っこい笑顔をルカに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海の上を歩いて渡り、ルカがマルタの隣に創造された新しい牧場建設予定地に足を踏み入れたのは、時間にして僅か10分後の事だった。

ルカが海面を歩いていると察した牧場の魔物達が、その力で周囲の海域を安定させてくれた為、結果としてルカは平たんな舗装された道路を行くような気楽さで隣の島に到着することが出来たのだ。

全身を包み込み、波から身を守ってくれていたオーラを消すと、ルカはブーツに包まれた足を新大地へと踏み出し、しっかりと黒い土を踏み込む。

 

 

 

 

 

 

「お~。ここが俺たちの新しい牧場か……まだ殺風景だが、ここからだな!」

 

 

 

 

スラッシュがルカの足元で忙しなく上下に揺れながら、感動に満ちた声をあげながらぴょんぴょんと跳ね回る。

 

 

 

 

 

目の前に広がるのは、海底の大地が隆起し、形作られたまん丸い形状の島。大きさはマルタよりも2周りほど小さいが、それでも十分だ。

浮き島であるマルタとは違い、この島は海底火山をジバルンバで操作し産み出された、新しい大陸。

もしもリバイアさまが周辺の海域を操作しなければ、一体どれほどの規模の津波が発生したことか。

 

 

 

 

 

見渡す限りに存在するのは黒光りする岩と隆起した山から漏れ出る溶岩、元は海底だったことからそこら中にへばりついているヒトデや海藻、サンゴなど。

まだまだ大地は湿っぽく、どちらかといえば泥っぽいが、それも魔物の力を使えばどうともなる。塩を多分に含んだ土さえものともせずに植物を繁殖させることなど、大したことではない。

 

 

 

 

ルカは懐から小さな、カットされ形を整えられた青白いクリスタルを取り出すと、それをしゃがみ込んで大地に突きさす。

薄くクリスタルは光を放つと、奇妙な魔法文字を表層に浮かべ、ルカの手から溶ける様に消えてなくなる。

簡易的なルーラ登録を終わらせたルカはしゃがんでいた姿勢から膝を伸ばして立ち上がると、頭をぐるっと回して周りを観察する。

 

 

 

 

 

 

広さ、地形、立地、全て問題ない。牧場と橋で繋げるのは難しいだろうが、そこはルーラなり船なりを使えば問題はない。

ふぅ、とルカは鼻から息を深く噴き出し、胸を大きく上下させる。ぎゅっと彼は服の裾を強く握りしめた。

 

 

 

オリハルゴンもリバイアさまも、マンモデウスも、かつて激戦を繰り広げた巨大な“闇”の者らも、全て、全て手に入れている。

 

 

 

 

自分が、この“島を作り出した存在を作った”事実に彼は少しばかり圧倒されている。

彼が思うのは、やはり魔物とは凄いという事。自分で指示したことだというのに、少しばかり信じられない自分が居た。

全て自分が配合やスカウトで仲間にした魔物だというのに、こうしてその力を目の前で魅せられると……怖かった。

 

 

 

 

 

ルカがあえて今日、島を作る日だというのに冒険に出たのには理由がある。彼は、逃げたのだ。

 

 

 

 

 

絆はある。友情もある。そして忠誠もあることをルカは知っている。もとより彼は自分の仲間を一瞬たりとも疑った事はない。

だが怖いのは、自分自身だった。今の自分が持っている力を彼は確認し、少しばかり恐怖を抱いた。

自分は偉大なる大賢者に導かれて様々な魔王を打倒し、今になればその魔王達……名伏しがたき“闇”さえも配下に加えている。これが何を意味するか分からない程にルカは子供ではない。

 

 

 

 

本来ならば常人が一生を掛けてもたどり着けない所に来てしまい、ルカは戸惑っている。

 

 

 

 

モンスターマスターになりたい、凄いモンスターを仲間にして、世界を冒険し、色々な人や魔物と出会ってみたい。

そんなかつてのルカの夢はこれ以上ないくらいに叶い、今も叶い続けている。叶い過ぎてしまった。究極に限りなく近づいてしまった。

まだまだ先は長く、目指すはモンスター博士であるが……まだ子供である今はいいが、大人になって妙な野望などを抱いてしまったら?

 

 

 

 

 

 

モンスターは純粋だ。彼らは闇にも光にも簡単に染まる。光のオーブ、邪の波動……魔王の魔力、そしてモンスターマスターへの忠誠。

自分は彼らを果たしてこのまま一生、裏切らずにいられるのかどうか、彼は気がかりだった。強すぎる力は人を狂わせる、さながら伝承の獅子の王の名を持つ魔物の如く。

今の彼には責任がある。産み出した数百の魔物を支え、導くモンスターマスターとしての責任が。もう無邪気に遊んでいる子供ではいられない。

 

 

 

 

10にも満たない子供が認識した責任は、余りに大きい。

 

 

 

 

 

「…………すげぇよなぁ。本当にすげえよ」

 

 

 

 

 

ルカが無言で島を見つめつつ、内心で自問自答を繰り返していると、スラッシュは感慨深く呟いた。

小さなその囁きは、波の音とカモメの鳴き声しか存在しない島に大きく響き、ルカを現実へと引き戻す。

 

 

 

 

 

 

「ルカ、覚えてるか? 俺がお前とイルの最初の冒険に付き合って、はじまりの海岸で色々教えた時を」

 

 

 

 

 

ルカは頷いた。当然忘れるはずはない。

ツリースライム、はなかわせみ、デビルパイン。最初にルカがスラッシュと共に仲間にしたモンスター達。

思えば、マルタのヘソが例え壊れなくても、あそこで聖竜から卵を託された時から様々な因縁は始まっていただろう。

 

 

 

 

 

「あの時からお前は凄かったよ。俺が教える前に直感でスカウトのやり方を試して、一発で成功させちまうんだもんな」

 

 

 

 

淡々とスラッシュは言葉を紡ぐ。万感の思いを込めた言葉を。

最初にルカのパートナーになり、ずっと成長を見てきた始まりのスライムは遠くを見るような眼をしていた。

 

 

 

 

 

「一緒に砂漠の世界も旅して、ベビーパンサーやいたずらもぐらをスカウトしつつ、色々戦って……水の世界の途中で俺の力は及ばなくなった」

 

 

 

 

ふぅとスラッシュは息を大きく吐いた。まるで小さな自分の身を嘆いている様な、そんな気配。

スライムであるが故にルカの旅立ちを見ることが出来た喜びと、スライムだから途中で脱落してしまったやるせなさ。

だがそれも直ぐに霧散すると、スラッシュはぴょんっとルカに向かって跳ね、ルカの胸に抱きしめられる形で収まった。

 

 

 

 

 

突然の事に少しだけ驚いた顔のルカに、スラッシュは真正面から顔を近づけて、堂々と宣言する。

 

 

 

 

 

「だけど俺は最高にうれしいぜ! やっぱり俺の眼に狂いはなかった。お前は最高のモンスターマスターで、俺の誇りなんだ。あの奇跡のモンスターマスター、ルカの最初のモンスターは俺なんだってな!」」

 

 

 

 

 

目の前で満面の笑みを浮かべて笑うスライムを見て、ルカは胸の内側にたまっていたモヤモヤした霧が消えていくような思いだった。

ただ、モンスターが好きだ。一緒に居て、こうやって話をするのが好きだということに改めてルカは気づく。勝ち負けや、持っている力の強さではない。

好きなモンスターと好きなように生きて、後悔しないように生きる。それでいい。

 

 

 

 

 

ルカはスラッシュに心からのお礼を言っていた。きっと今の自分の顔は笑顔なんだろうと思いつつ。

 

 

 

 

 

「ん? 何でお前がお礼を言うんだ?」

 

 

 

 

 

何でもないとルカは笑った。その笑顔があまりにも楽しそうで、そして嬉しそうだったから、スラッシュも思わず笑ってしまう。

付近には暫く、一体と一人の声が響き波風に乗って消えていく。魔物と人が笑いあっていた。

 

 

 

 

さて、帰ろうか、とルカが言い出そうとすると同時に見計らったかの如く背後に一つの気配が産まれた。

ルカは警戒もしないし、誰だ、とも思わない。気配を読む、などとは言わないが、仲間の纏う空気ぐらいは判るつもりだ。

背後に居たのは、奇妙な姿の魔物だった。何処の世界の、どの環境下でも見当たらない魔物。

 

 

 

 

それどころか、ありとあらゆる伝説、神話、資料を掘り出してもこの魔物と同じ姿の存在はいない。

二足歩行をし、まるで武道家の如き衣服を着こなした竜……青い鱗に覆われた表皮、名剣の如き鋭さを想起させる左右の腕に生えた5本の爪。

がっしりとした体躯は歴戦の戦士の様であり、実際この魔物はルカの仲間の中で最も長く戦っている存在だ。

 

 

 

 

この外見はルカの思いから産まれた。逞しく、頼れるモンスターをルカは望み、その理想の姿がこの知的な竜戦士の姿。

聖竜より託された卵から誕生したモンスター、ルカの大切なパートナー。

青く知的で、深い敬意を感じさせる視線が主であるルカに向けられている。

 

 

 

 

 

次いで彼は背後のマルタを、ひいては自宅に視線を戻し、食事の時間だと促す。

 

 

 

 

 

 

「ご飯の時間みてーだな、戻るか。帰りはルーラで一発でいこうぜ」

 

 

 

 

 

竜戦士の隣までスラッシュを担いで行くと、ルカはルーラを唱える。

全てが青い光に包まれ、牧場への転移が始まる中、ふとルカは竜戦士が彼の者ではない声で囁くのを聞いたような気がした。

美しく、勇気と優しさ、愛に満ちた女性の声を。忘れるはずもない、大切な恩人の声。

 

 

 

 

 

 

 

───ルカや、お主ならば大丈夫じゃ。

 

 

 

 

 

その声にルカは心の中でつぶやいた。

大丈夫だよ、と同じ言葉で、しっかりと確信と感謝に満ちた声をルカは紡ぐ。

ここから大きくなって、大人になっても、自分はモンスターマスターで居続けるし、絶対に道を間違えたりなんてしないとルカは天に昇った英雄たちへ願いを届けた。

 

 

 

 

 

 

ルカの旅立ちからの、彼の冒険はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 




短編ですが、皆様の反応次第ではもしかしたら続くかもしれません。
一応考えてるネタでは、+のディノやスカラベ、ヴィルトとのモンスターバトルも……書くかも。



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