すいせいとそらを庇って、魔王の前に一人残ったシオン。
勝ち目などなく、もはや死の寸前だった。
バリアを解けば拳に潰される。
直ぐに対応できるほど、体力は残っていない。
「庇う価値、あったのか?」
「そういうの、今無理……」
「そうかい」
論争できるほど体力が無い。
「どうせ、死ぬなら……血を全部魔力に変えて、大爆発して、やろうか?」
「好きにすりゃいいが、意味ないぞ?」
心中できるなら、楽だったがそう甘くはないか……。
もはや希望も無い。
そらが間も無く死ぬ。
彼女が居なくなれば、真の意味で希望を失う。
どうにかして、そらの下へ行ければ、回復できるかも知れない。
だが、一対一の状況で挽回の余地はない。
シオンの把握しているホロメンの生存者は現在自分を含めて4名のみ。
他は知らない。
しかも、シオンとそらは数分の命。
「ここじゃ、流石に……」
自分の魔法もほぼ封じられ、本領発揮できない。
どちらにせよ、魔力不足なため、本領を発揮する時は自分も死ぬが。
でも…………もし、誰か……誰か生きているのなら。
もし、崩れた塔の瓦礫の中に、動ける誰かがいるのなら、出て来てくれ。
もう縋るものは、藁でもなんでもいい。
「ッゥ――生きてるなら……! 誰か生きてるなら――! 起ーーきーーろーーッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
最後の体力を、発声に振り絞った。
声は世界に広がり、やがて風に攫われていく。
何一つ、返事はない。
バリアが、壊れる――
ビリッ――。
…………がらがら、がら。
シオンの咆哮が、弾ける紫電が、瓦礫を揺らし、少し崩れた。
「「「うぉぉぉぉぁぁぁぁぁーーーーーーーーー‼︎」」」
咆哮が咆哮を呼び、更に瓦礫が倒壊する。
そして――ドカンと、全方位に瓦礫が弾け、中から3人の影が飛び出した。
「夢桜」
桜吹雪が舞い散って、魔王とシオンの視界が桃色に染まる。
「「雪灯籠」」
次の瞬間――熱気と冷気の衝突で、大爆発が発生した。
大地を震撼させ、熱気と冷気が爆風に乗って肌を撫でるので、触覚が麻痺しそうになる。
「ぅああー! なんか、生きてた、にぇ‼︎」
全身血塗れのみこが、シオンを抱えて立っていた。
その血は、自身のものと他人のものが入り混じっている。
そのみこの前に、シュタッと着地した2人。
爆破を起こした冷気と熱気の達人。
「敵に救われるなんて、恥もいいとこよ!」
1人はラミィ。
瓦礫から汚れをもらってはいるが、大した怪我をしていない。
システマーが力を封じるために生成したボックスが、倒壊の衝撃から守ったのだ。
「マリン、マジで救世主!」
もう1人はフレア。
頭や肩から血を流し、ドロドロの状態。
マリンの危機察知共有により最大の危険から逃れた。
残念ながらマリン本人は身体面から避けきれず、ゲームオーバーに至った。
「みんな……」
「シオンたん、だいじょぶ?」
3人の登場に感銘を受け、涙が込み上げる。
みこの緩い声が、シオンに安心感を与える。
込み上げた涙は堪え、シオンはもう一度力を振り絞る。
「シオン、そら先輩んとこに行く!」
「そらちゃん?」
「うん、みんなは残りの幹部をどうにかしてほしい!」
爆煙が立ち込める今の内に、作戦会議。
いや、段取りの指示。
「分かんないけど、分かりました」
「残りの幹部って?」
「武闘家! そいつは残ってるはず」
「剣士も見てないにぇ」
ラミィとみこから上がる残りの幹部の名称。
「おいおい、愉しそうなこと考えてんじゃないの……そう言うのに俺も混ぜなさいっての」
爆煙を片腕で振り払って、巨大な魔王が4人に立ち塞がる。
そうだ、何をするにしても目先の強敵をどうにかしないと。
「もう残り人数も少ない、あたしがなんとかするから、3人は行って」
「「「任せた!」」」
「長くは止められんからね」
フレアが1人応戦に出た。
シオンはすいせいの後を追って中央の密林に飛び込む。
ラミィとみこは、記憶を辿り、残りの幹部の向かった先――右ルート、森の道へ駆けて行く。
「粒揃いだよな、ホントによ」
「そっちこそ、随分と堅いメンバーじゃん」
「おお、俺たちのこと知ってんのか?」
「リアルは知らん。ただ、すごい奴ってのは分かる。現実だと、こっちのステータスより強いんじゃないの?」
「まあな、今はデバフ食ってるようなもんだ」
マリンの視覚共有から分かった情報。
それは、敵5人もホロメンと同様にゲーム参加者であると言うこと。
様子から察するに、死のリスクは背負っていない。
「誰に雇われたんだよ」
「それはトップシークレットだからな。今度リアルで会う機会があれば、教えてあげようじゃないの」
「それはごめんだね」
「いやまあ、拒否られても多分会うけどさ」
不可解な予言にフレアは眉を顰めた。
血が眉間に集まった。
「さて、じゃあ始める前に勇敢な英雄にアドバイスだ」
「――?」
「一発でも喰らったら死ぬと思っとけよ」
言葉を置き去りに、魔王が飛び出した。
まるで音速と錯覚する程の速度で迫る拳。
危機察知無しでは到底回避できない。
炎の鎧を纏い装甲を厚くする。
「ぐぃぁ――‼︎」
腹部へ打撃が直撃。
フレアも呻き声と漏れ出る涙、血を置き去りに、後方へ何メートルも押し飛ばされた。
フレアの通った形跡として、血の筋が地面に生まれる。
「初撃から諸に喰らってんじゃねぇかよ……」
話にならねぇと、落胆した様相で重たいため息をついた。
闇に蝕まれれば、どんな強者も数分で命を落とす結果となる。
「ぶぼっ――ゴッ、ぉ、ァッ、ぐふ……ごほっ、ォォォェ……」
一撃が重すぎる。
頭から再出血し、加えて鼻血が噴き出る。
そして、大量に吐血する始末。
激しく嘔吐いて、込み上げる血を吐き出した。
頭が少し、ボーッとする…………。
「お? なんだ、効いてないじゃないの」
第三者から見れば、挑発に聞こえる一言。
フレアは、苦く笑った。
そう、今の一撃を喰らって、多大なダメージこそ受けたが、闇のなんたらを防いだ。
手段は覚えたての物。
「メモメモ、メモしろよ!」
魔王が大声を上げた。
支配人? いや違う――。
リアルのコイツの親玉にだ。
「序でに……あっ、あだし、が、焼き払って……やる、って、メモっときな」
窮地に瀕しても、フレアは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。
諦めたくないと言う気持ちが湧き上がって、奮い立たせてくれる。
ねねの不屈とは違う。
「ビュンビュン――!」
魔王が瞬足に乗る。
敢えて正面から、フレアの顔面を狙って拳を放つ――ふりをした。
眼前で、拳が停止すると、物凄い風圧に後退させられた。
「目だなぁ……?」
フレアの青白く光る目を睨んでほくそ笑む。
解明の一手か。
「その青い瞳の炎が、俺の力を消したってわけか」
「くっ――――」
顔を近づけて煽ると、一度距離を取る。
「システマーも負けるわけよ」
魔法でもない、ゲーム内の力を消すスキル。
それはつまり、あらゆるスキルを破壊するスキル。
でもそれだと、原理が解明できない。
そもそもスキルとは潜在能力。
それを、見る事で封じるなんて、ただのスキルではない。
「でもそれじゃあ、俺には勝てん。なんせ俺の速度は、ただのハイレベルな身体能力だからな!」
また視界から消えた。
フレアは炎の鎧を纏い防御力を上げ、腹筋に力を入れた。
そして瞳を青白く発光させる。
完全な防御体制。
と、見せかけて――
「業火の
フレアを囲うように、地面から炎槍が天に突き上がる。
魔王の動きを予測して、丁度重なるタイミングを狙ったが、どこにも見当たらない。掠ってすらいないようだ。
「危ないことすんなぁ、まぁ、効かねぇんだけどよ?」
付近から声がした。
その声は全方位から聞こえる。
動きながら喋ってやがる!
刹那――炎槍を素手で叩き潰してフレアの脇腹に拳を打ち込んだ。
「うぶっ――」
何度も地を跳ねて、血を撥ねて、フレアが転がる。
魔王は瞬間前までフレアのいた場所に立っていた。
「まだ…………どぢゅぅだ……ぁ!」
「――?」
意識と無意識の境界線で、フレアは血を吐きながら声を上げた。
先程の技はまだ途中。
脳を意識的に動かして、技の続きを放つ。
「――――」
ゴォぉぉぉぉ……。
と、炎槍が形成した円――そう、魔王の足元から激しい豪炎の柱が立つ。
燃えて灰になれ、魔王。
仕上げに爆発も起きる……。
「やめてくれ、暑いのは嫌いなのよ、俺ぁよぉ」
炎柱の中から魔王が歩いて出て来た。
燃え移った火が、メラメラと魔王を焼く――が、焼けない。
暑さを感じてはいるが、その熱が身を焦がすことはない。
「因みに寒いのも嫌いだ」
要らぬ情報まで付け足して、魔王は悠々とフレアに歩み寄る。
這いつくばって、フレアは頭を上げた。
両手を地面につくと、その両腕が激しく痙攣する。
視界は血で染まり、焼ける血の匂いが鼻を突き刺す。
それでも、また、立ち上がる。
「さ、フィナーレだ」
殴る蹴るの暴力が嵐のように吹き荒ぶ。
もう無理だ……。
顔面も、腹も、脚も、腕も、全身が殴られて、腫れ上がって、痛い。
アイドルにしていい仕打ちじゃない。
野郎……アイドルに対して、何てことを……。
あぁ……クッソいてぇ……。
マジで死ぬ……。
今日、何度目だ、死を覚悟したのは……。
目玉に心臓撃ち抜かれた時。システマーとの戦闘中。塔の崩落に巻き込まれた時。そして魔王に殴られる今。
不知火フレアって、しぶといな……。
アタシって……なんだ?
幾ら何でも、生命力高すぎないか?
青い目は、なんだ?
不屈よりも不屈をしているこの奇妙な感覚。
でも、これ以上は流石に……ムリ……。
血飛沫が上がり、フレアの意識は飛んでいく。
ぴたりと嵐が止んだ。
殴り終えた魔王が、一息ついた束の間。
フレアは勢いのまま背後に倒れる――
イヤまだだ‼︎
ずざっ、と脚に力を込め、踏みとどまる。
倒れかけた上体を起こして、ふらつく足を力ませる。
「――――」
魔王は無言で飛んできた。
黙ったまま、殴り続ける……。
殴られ続ける……。
何度も痛いが繰り返される。
それでも決して、意識だけは手放さない。
身体がどう壊れても、意識だけは残せ。
本能のまま、生きる術として。
痛すぎて死にそうだ。でも生きてる。
もう死んだ? いや、生きてる。
「すげぇ――! 立ち所に再生してる――いや、違うな。無かったことになってんのか?」
嬉々と口元を綻ばせ、魔王が見解を口にする。
フレアのスキルを前にして、初めて目が光る。
このゲームを始めて、漸く強敵を見つけた喜び。
「ゲームみたいな、『セーブ&ロード』ってとこか?」
拳が衝突する音がうるさい。
そのうるさい音に紛れて、魔王が何か言っている。
セーブ&ロード?
何言ってんだ?
意識はずっと継続している。やり直しではない、と思う。
ってか、考える余裕、ねぇ……。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。
「スキルなら、意識を刈り取れば殺せるんだろ? でも折角だ、この機会に限界を教えろよ!」
打撃の速度が増す。
スキルを何度も使用できるはずがない。
何回目でロードが終わるのかを試すつもりだ。
リロード?しているため、一撃でノックアウト出来なければ、殴る前に戻される。だから、フレアを倒すには一撃で意識を刈り取る威力を放つ必要がある。
魔王はそれが可能だが、そんなつまらない事、絶対にしない。
(あぁークッソ……! 折角耐えてんのに……反撃できない……! 悔しい……!!! 時間を稼ぐって、こんな事しか出来ねぇのか……! あたしは、まだ弱い……! 今はただ、サンドバッグになる事でしか……役に立てない!)
殴られながら、強く歯軋りすると歯が砕けた。
激痛が走り、リロード?が起こる。
これだけ何度も激しく痛覚が刺激されれば、次第に全神経が麻痺し始める。
痛すぎて、痛くない。
痛すぎてもう死にたい。
死にたくなる。
ダメだ、死ぬな!
痛い、痛すぎる。
ダメだ、皆が繋いだ命と時間だ!
痛い、痛すぎる。
(せめて……そら先輩が……来る、まで……‼︎‼︎)
フレアは幾らでも殴られた。
*****
森の中へ逃げたすいせいとそら。
爆音を聞いて、すいせいは涙を飲んだ。
シオンがやられたと、誰もが錯覚するだろう。
「げほっ……ぅ……」
そらがまた血反吐を吐き捨てた。
苦しみは時間と共に増して、死へと近づいている実感が湧く。
「そらちゃん……」
すいせいが奥歯を強く噛み締めて、そらの頬に軽く触れた。
もう、既に冷たくなっている。
血流が非常に悪く、脳にも真面に血が回っていない。
だから、意識も朦朧としている。
逃げたはいいが、この八方塞がりの状況を、どうにも出来ない。
もどかしいとか、悔しいとか、そんな感情なんか無く、ただ純粋に、絶望。
泣きたい気持ちでいっぱいだ。
すいせいに、人を治癒する力があれば……!
魔王と戦える力があれば……!
シオンを生かす裁量があれば……!
「すい……ちゃ……」
「――! そらちゃん」
小さな呼びかけに過敏に反応した。
弱々しい腕をガシッと握って、ここに居ると伝える。
「託す、ょ…………」
蜃気楼で視界がぼやけるような感覚。
目が開き切っていない。
瞼を上げる余力すらない。
その上で、そらは手を掴み、唇を震わせる。
「ま……待って! あたしじゃ何も……っ!」
腕を上げる事さえままならない。
でも、そらは、腕を握り返した。
最後の最後、残った全ての力を振り絞って――。
思いと想いを託した。
「そら先輩!」
突如シオンが飛んできた。
密林の中を飛んできた為、全身切り傷だらけ。
弾かれるようにすいせいが振り返る。
「シオン……!」
生きてる⁉︎
いや、でも、治せる!
これなら助か――
る、と淡い期待が胸の底から這い上がりかけた時、右手に掴んだ大切な物が消滅した。
手元にも、その周辺にも、そらの姿はなかった。
「そ……んな……」
すいせいが地に両手をついて、絶望した目で嘆いている。
シオンは肩で息をしていて、声をかける気力もない様子だ。
薄暗い森の中、2人に更に影が差す。
すいせいの目から、涙が溢れた。
「なんで……! なんでだよ……!」
地面に拳を打ちつける。
後悔が心を支配して、痛みを感じない。
『あれれ? 随分と燻んだ心だね』
「――⁉︎」
心の奥底から、脳を刺激するような声が響いた。
ぐっと涙が堪えさせられる。
強制的に絶望感を取り払われる。
「――⁉︎ シオン、なんか言った……?」
「――?」
体を回して見下ろすシオンに尋ねるが、不思議そうに首を傾けた。
『キミは非常に優れた器だよ。ああ、今はあたしかな』
「なに……何これ! 誰だよ!」
『あたしはあたし、あたし自身。もう少し早く、キミに会えたら、キミが器になっていたかもしれないね』
「は……? うつわ?」
『さあ立って。感じるでしょ、託された想いを』
「なに、言って……」
『感じるでしょ、託された力を』
「想い……力……」
そこまで勝手に喋ると、声は忽然と消えた。
何だったんだろう、今の声は……。
「――⁉︎」
突如、急激な眩暈に襲われた。
折角立ち上がったのに、また蹲る。
眩暈とは言ったが、頭痛などはない。
ただ、脳や心に異物が紛れ込んだ感覚。
否……異物なんて呼べる、悪い物じゃない。
もっと、心温まる、安らげる……そんな異物。
途端に漲る。
すいせいの中に、不屈が宿る。
「この感じ……」
ねねの不屈の力で心が堅固になった時に、似た感触を得たが、それよりももっと強度で硬度な何か。
自分に天性の才が舞い降り、無限の力が溢れ出る。
もっともっと力が漲り、自分が自分でなくなっていく。
沸々と湧き上がる、様々な衝動に抗えなくなる。
「すいちゃん……?」
シオンも肌と魔力、そして聖力で感じる。
溢れ出る気配が、辺りに蔓延る怪物の域を遥かに超えている。
しかもその気配、多色に混じり合っているが、どれも知っている。
「行こう――!」
「え、ちょっと!」
駆け出すすいせいを追従する。
でも追いつけない……体力不足か。
「――⁉︎」
そのまま2人は、文字通り真っ直ぐに魔王の下へ向かった。
どうやら、希望の芽はまだ生きている。