炎上する森の道。
そこへ果敢に飛び込んだラミィは、冷気を放ちながら体温を調整する。
敵を発見するまで走り続けた。
そして……
「あぁ⁉︎」
火の中から1人の男性が現れた。
相手は早々に人相悪くメンチを切ってきたが、誤認だと気づくなり固い表情を解いた。
「なんだ、またアイツかと思ったよ、紛らわしいな」
「アイツ?」
「さっきまでずっと突っかかって来てた奴がいたんだよ。焼いても、蹴り飛ばしても、しつこく追ってくるもんでイラついてたんだ」
…………だれ?
分からない。
「そんな事より、丁度別の相手を探してたとこだ」
「――。ラミィでいい? 秒殺しちゃうよ」
「自信過剰だなあ。出来るなら構わんけど、多分無理だぜ?」
メラメラと燃え盛る周囲の木々。
通路にも火の手が回っている。
この武闘家の付近は絶え間なく燃え続けているようだ。
ぼたんの証言から、これは「発火」のスキルである。
要注意は炎そのものではなく、エンジンだな。
ラミィの広範囲制圧攻撃も、エンジンで逃げられては体力の無駄遣いに終わる。
さあ、分析も済んだ。
ラミィは早速右半身から特大の冷気を放射し始める。
「おぉおぉ、すげえ冷気だこと。絶対零度?」
「それは無理でしょ」
「はは、そうだよな。高温に比べて、低音は限界があるから弱いよな」
「そんなこと言ってると足掬っちゃうよ」
「掬われりゃせんけど、滑りそうだな」
馬鹿げた言い合いで準備時間を潰す。
さて、そろそろ――
がさがさ……
「――⁉︎」
「……?」
燃える茂みから音がした。
武闘家が機敏に反応する。
がさがさ、がさ……ずざ……
音は止まない。
何らかの生命体が迫って来る!
その人は、燃え盛る茂みから、文字通り全身を焦がしながら現れた。
「――――」
ラミィは驚愕のあまり声も出せなかった。
その姿に戦慄する。
全身が震える。
あり得ない……。
「チッ、何なんだよお前、マジで――! どうやったら死ぬだよ! 不死身か、残機無限にあんのか⁉︎ あぁ⁉︎ しつけぇんだよ! いい加減くたばれよこのクソウサギ‼︎」
ラミィの瞳に映る焼身人間――。
全身を炎が纏って、苦しい筈だ。
生きているのが不思議なほど。
でも、その人は生きてここにいる。
耳の概形が残っている、分かる――この人が誰なのか……。
(まさか…………アレからずっと、ひとりで……)
受けた衝撃は感銘であり、悲嘆であり……。
「ぺこら先輩‼︎」
咄嗟に叫んだ。
ぼたんの証言では、トワと共に倒れた筈だが、生きて、今までずっと、この武闘家を足止めしていたんだ。
「ぁ…………ゃ……」
喉が焼けて声も出せていない。
でも……。
「…………」
「――⁉︎」
笑った。
至近距離でも顔が識別できないが、確かに笑った。
その姿にまた、涙ぐむ。
「ありがとう……ぺこら先輩」
仲間を見て安心したのか、ぺこらはその場で倒れ込んだ。
「……チッ、クソが」
「エルフの一撃――」
「――⁉︎ いきなりかよ!」
予備動作は完了している。
ぺこらの登場で敵の意識が逸れた。
この好機を逃さない。
「――雪夜月」
凍てつく雪夜のように。
太陽の光が届かない、月夜のように。
それはまさしく、光を無くした地球のように。
氷河期を呼び起こす。
刹那――
ラミィを中心に、半径数メートルが氷に包まれた。
ラミィから放たれる冷気が地を介して、接触する範囲内の全てを覆い尽くす。
「っぶねぇ――!」
武闘家はエンジン発火で宙へ逃げ、間一髪回避。
「っ――」
「早まったな」
隙をついた一撃必殺が失敗に終わる。
エルフの一撃は火力こそ絶大だが、後の反動や大幅な体力の消耗など、リスクは大きい。
ラミィの場合、反動の凍傷による機動力低下と体力の大幅な消耗のダブルリスク。
エルフの一撃が諸刃の剣である事は周知の事実。それを見兼ねて、武闘家は早急に間合いを詰める。
一度エルフの一撃を放ったとは言え、精霊術師(エルフ)との長期戦は悪手。
速攻で勝負を付けにいく。
エンジンでスピードの上がった武闘家の動きは、鈍ったラミィにとって脅威。
小さな爆発が至る所で発生するが、武道家本体を捉えられない。
煌めく夜空のような光景に動揺していると、脇腹へ強烈な蹴りが撃ち込まれた。
「い゛っ――」
氷を緩衝材にして威力を抑えるも、高くない硬度。
氷は粉砕され、蹴りもラミィに命中した。
軽く地を滑りつつ、相手の脚を何とか掴もうと腕を伸ばした。
右の脇腹に電撃が走るような痛みが発生する。
「あぁもう!」
伸ばした右手は空を掴む。
即座に距離を取られた。流石に戦闘慣れしている。
また爆発が空間内で犇き、ラミィを惑わせる。
そして蹴り。
また爆発、蹴り、爆発、蹴り……。
「凍傷でまともに体が動かねえ癖して、反射神経はいいな」
蹴りの尽くを氷で威力軽減する反射神経の鋭さを称賛する。
でも、防戦一方では永遠に勝てない。
どうにか……。
また蹴りが来る。
どこから来るか予測……できるはずもない。
風を切り、蹴りが迫る気配を感じる。
その付近の肌にまた氷を生成して緩衝材に――
「…………!」
「っ――⁉︎」
「てめっ――また……!」
ラミィと武闘家の間に、倒れたはずのぺこらが割り込んできた。
武闘家の足をぺこらの蹴りが弾いて、地面に衝突させる。
2人に動揺が走る。
感激と憤慨。
涙をグッと堪えたが、ラミィの目元には凍った雫が煌めき続けている。
パシっ、とこの最後の隙をついて武闘家の脚を掴んだ。
ぺこらは勢いのまま地面に顔面から倒れ込み、動かなくなる。
「離せよ、オラ!」
掴んだ脚から発火してエンジンをかけつつラミィを攻撃する。
全身に軽い爆発と熱を感じるが、ぺこらに比べれば屁のかっぱ。
「ええい、観念しな!」
全てを振り払う。
騙されている事に、まだ気付いていない。
思いもしないでしょう?
エルフの一撃と、その技名を口にした。
一度も見たことがない技なら、錯覚しても不思議はない。
咄嗟の嘘で作り上げる保険が効いた。
敵の言葉を信じた、あなたの負けだ。
「エルフの一撃――」
「――⁉︎」
口を開けば信じ難い単語が。
武闘家は最大出力で火を起こす。
しかし、発火した瞬間に中和されるほどの冷気。
先ほどの攻撃よりも、遥かに温度は低い。
「――雪夜月」
「有りぇ――――」
世界が凍った。
武闘家も、土地も、草木も、そこに寝ていたぺこらさえも――。
氷が全てを飲み込んだ。
(これはゲーム、これはゲーム、これはゲーム、これはゲーム――!)
ラミィは自分に言い聞かせる。
そして右腕を大きく振るって――
「やあぁぁ――!」
パリィーん……。
――凍った武闘家が大きく5、6片ほどに砕け、消えていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
全身の震えが止まらないし、呼吸も荒々しくなる。
寒すぎる……。
寒すぎて、目眩が…………。
足も、ふらつく…………。
そんな揺蕩うような足取りで、ラミィは間近のぺこらの下へ歩んだ。
がくがくと痙攣する足に鞭打って。
辿り着くと、脱力して、凍ったぺこらに触れた。
温かい…………。
「ぁぃ……とぅ……ざい、ま……ふぅ…………」
唇も紫色になって、悴むから、言葉も真面に喋れない。
寄りかかるように、ぺこらの上に倒れ込む。
すると途端に眠気が襲ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
抗うこともできず、ラミィは静かに目を閉じた――。
直後――ぺこらはその場から消え去ったのだった。