歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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第七章 holoX登場&魔神対決編
113話 推し事疲れ、してませんか?


 

 密かに発生したデスゲーム事件から数週間が経ち、ホロメンはまた、配信の日々を繰り返していた。

 だから当然、ホロリスも、配信を観る日々だ。

 今回は、あるホロリスのお話。

 

 

 ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ……

 

 

 朝の不快な騒音が枕元から響く。

 パッと目を覚まして、スマホに触れ、スヌーズする。

 ちょっと眠いが、起きようと思えば起きられる。

 でも、起きようと思う程、体が重くなって、次第に起きたくなくなる。

 

「…………」

 

 自分でかけた目覚ましが鬱陶しい。

 先ほどスヌーズしたが、もう一度鳴ると迷惑だから、スマホを開いてアラーム設定を解除した。

 

 今日も、別にいいか……。

 

 スマホを閉じて、目も閉じる。

 ――寝よう。

 

 ピンポーン。

 

「…………」

 

 インターホンが鳴った。

 こんな時間に宅配か?

 一瞬で覚醒し、玄関へ向かう。

 

「…………何のようだよ」

 

 扉を開けて顔を合わせた途端、不機嫌になる。

 

「ほら、さっさと準備しる」

「にゃぁ? にゃんのだよ……」

「大学に決まってっしょ! まだ1限間に合うし」

「う、うるせぇにゃぁ……今日は休むんだ」

「今日も、っしょ? いいから早よし」

 

 急な訪問者の勢いに流されて、仕方なく大学へ行く準備をする。

 とは言っても、教材は鞄に入っているので、服を着替えるだけ。

 寝起きなので軽くお茶を飲んで水分補給。

 耳と尻尾の寝癖を確認――問題なし。

 

 玄関を半開きにして待機する「星詠み」を手で払って、自身も玄関を潜る。

 

「ほら、朝飯」

「っ、と……」

 

 コンビニのおにぎりをパスされた。

 ツナマヨ、単価120円。

 朝飯にしても少ないが、無いよりはマシ。

 

「『星詠み』、お前今日仕事は?」

「これから。だからわざわざお前と行っちゃろうと思ったわけよ」

「……傍迷惑な奴だにゃぁ」

 

 星詠み……天使、会社員。

 35P……白ネコの獣人、大学2年生(経営学部)。

 

 男2人が並んで道端を行く、中高生の日常じみた光景。

 1人は会社員で、1人は大学生なので、少しだけ年不相応な光景だ。

 

「確か3限まであったよな?」

「そうだけど……」

「俺は夜まで仕事だからさ、帰りは別のやつよこしちゃるよ」

「にゃぁ? いいよ……子供じゃにゃいんだから……」

「まあまあそう言わず。つっても、気にせず帰ってたらいんだけどね」

「――?」

 

 『星詠み』が愉快そうに笑った。

 『35P』は少し遅れた分の距離を早足で詰めると、正面を向いたまま『星詠み』に詳しく聞くが、何も答えてくれなかった。

 そのまま時は流れて、すぐに2人は別々の道へ進んだ――。

 

 

 

 1〜3限が終わり、『35P』はそそくさと大学を出た。

 帰り道、ゲーセンや本屋など、偶に寄っていた店が目に付くが、今は特に欲しい物も、やりたい事もない。

 少しだけ顔を顰めて、真っ直ぐと帰路を進む。

 

「なあ、そこのあんた」

 

 背後で男性の声がした。

 まさか自分の事ではあるまい……。

 

「猫耳のあんただよ」

「――⁉︎ なんにゃ⁉︎」

 

 そのまさかで、めちゃくちゃキョドッた。

 奇妙な仮面を付けていて、明らかに不審者だ。

 通報した方がいいかもしれない。

 

「聞いた通り可愛いな」

「――⁉︎ にゃぁ、不審者だ!」

「不審者じゃない」

「嘘だ!」

「『星詠み』。これで察しろ」

「にゃ……ぁ……」

 

 『星詠み』の名前を出せば、『35P』は落ち着いた。

 今朝の会話を思い出せたから。

 でも、目の前の仮面男が何者かは分からないまま。

 

「ちょっとこっち来い」

「にゃ――は?」

「……」

 

 突然声のトーンが落ちて、猫語が抜けた――と言うより、意識して変えた。

 本気で嫌がっているようだ。

 

「いいだろ、みこちは昼に配信する人じゃないんだから」

「そう言う問題じゃ――」

「いいから来い。つまらない時間にはしない」

 

 拒否されたり、逃走されたりしても、無理矢理連れて行く。

 その予定だったが、案外素直にここで頷いた。

 

 仮面男――は、勿論『箱推し』。

 『星詠み』は既にホロリス軍に加入しているが、『35P』はまだ。

 だからこれは、勧誘だ。

 

 2人は無言で歩き、とある喫茶店に辿り着いた。

 『35P』は決して立ち入らないような小洒落た喫茶店。

 2名で通され、対面で席に着く。

 『箱推し』が開いたメニュー表を見ると、値段もそこそこ高い方だ、と思う。

 

「あんまこう言うとこ来ないからなぁ……スペシャルブレンドってのでいいか」

 

 『箱推し』はオススメ、と記されたコーヒーを選ぶ。

 オススメだが値段は他と比較してもかなり高い。

 メニュー表をひっくり返して、『35P』に差し出す。

 

「奢るから何を何個頼んでもいいぞ」

「じゃあ全部」

「分かった――」

「ままま待って待って、うそうそ! えーっと……」

 

 冗談に対して本気の姿勢で返して見せると、『35P』は焦ってメニュー表を凝視する。

 苦い物は苦手なので、何か甘い、ジュースとかは……。

 いやでもここは喫茶店だから、せめて紅茶とかの方がいいのか?

 

「ピーチティー……」

「食べ物は?」

「お前は食べにゃいのか」

「甘い物は嫌いなんだ」

「…………」

「よく気付いたな」

「――⁉︎」

 

 『箱推し』の答えが、嘘である事を直感したが黙っていた。

 特に目で訴える事もなかった。でもバレた。

 気付いた事に気付かれて、思わずドキッとする。

 

「気にせず選べって事だ」

「じゃあ……」

「サクラパンケーキだろ。『35P』だし」

「いや、キャラメルソースとカスタードクリームのフルーツパンケーキ」

「そうか……」

 

 みこち推しとしては恥ずかしいが、サクラの味はあまり好きじゃない。

 嫌いではないが、態々選びはしない。

 

「ま、フルーツの中にチェリーは入ってるしな」

「こじつけなくていいの」

 

 2人は店員を呼んでそれぞれ注文した。

 

 品が届くまで、数分かかる。

 呼ばれた理由や経緯を尋ねたい『35P』は、中々切り出せずもじもじしていた。

 

「あんた、なんで大学行かないんだ?」

「――」

 

 『箱推し』の唐突な切り出しに、肩を跳ねさせる。

 

「さっきも言ったが、みこちは平日の昼配信なんて最近はまずしない。昼間に大学休んでまで家にいる意味って、あるのか?」

「いいじゃん……なんだって……」

 

 表情が陰り、声音も暗くなる。

 そして感情も黒くなる。

 この話題を酷く嫌っている様子。

 

「大学休むのはグッズ買う時だけにしといた方がいいぞ」

「俺の勝手……」

 

 と、逃げるように話題を切ろうとする。

 

「朝目覚ましかけるか?」

「……かける」

「夜は配信がなければ何時に寝る?」

「――? 1時くらい」

「今日出席した講義では、何してた?」

「――?? そりゃ板書取ったり……」

 

 大学へ行こうとする姿勢は感じられる。

 

「今の大学は志望校だったのか?」

「……わかんない」

「学費は親負担?」

「そりゃあにゃ」

 

 大学への進学が当然、と言う社会の風潮の賜物だな。

 義務教育は中学までだが、間違いなく大学へ行く事に義務を感じている。

 カリギュラ効果も相まって登校し辛くなるわけだ。

 

 そこに大好きなみこちの配信まで絡んで、拗らせている。

 

「親になんか言われないのか?」

「……言われるよ」

「なるほどな」

「……?」

 

 『箱推し』はある程度の心情を把握した、つもり。

 

 ここでコーヒーと紅茶、パンケーキが運ばれてきたので一度話が止まる。

 そして、店員が離れると話題は再開する。

 

「経営学部だったな?」

「……」

「大学へ行くにはまず、義務感を失くす事からだな……」

「ちょっと待って……俺は別に……」

「行かなきゃまずいだろ、流石に」

「いいよ……今年はもう留年決まってるし……」

「そのまま来年も引きずるぞ。そうなったらそれこそ――」

「関係ないじゃん……やめてよ、その話はもう……」

 

 『箱推し』は不登校児の気持ちが分からない。

 自分が不登校になった事などないから。

 普通ではない学校?に通っていたが、勉学は楽しかった。

 

 いや、今は関係ないか。

 

「同じホロリスとして言うが、あんま推しを追いすぎるな」

「なんだよ、みこちは関係ないじゃん」

「本当にそう思うのか?」

「…………」

「推し事自体は悪い事じゃないが、日常生活に支障を来す程までのめり込むのは良くない」

 

 『35P』の反論を一蹴して『箱推し』の見解を述べる。

 が、今日初めて会った男の助言など、簡単には響くまい。

 

「……とまあ、説教じみた事を言ったが、本題はここからなんだが、いいか?」

「…………めんどくさいのはいらにゃいから」

 

 あまり前向きではないが、奢ってもらった手前帰りにくそうにしている。

 ここでうまく引き込む。

 

「実は俺、リスナーズ拠点って言う施設を運営してて、『そらとも』から『座員』までを集めてる」

「……意味の分からにゃいのに加われって?」

「ああ」

「いやにゃ」

 

 そう来ると思った。

 だからここでリーサル・ウェポンを投入する。

 心理学上、直接褒められるより、第三者から間接的に褒められる方が、強く心に響くらしい。

 おそらく共感性も同じだろう。

 

「『星詠み』は参加してる」

「――」

 

 驚いたような、そうでないような……。

 非常に曖昧に顔を顰めた。

 元々アイツは人と関わる事が好きで、『35P』程変な性格もしていない。

 

「この話した事、本人には内緒なんだが、実はアイツ、今の会社嫌いなんだと」

「……そうにゃの?」

「知らなかったろ? 多分俺しか知らない」

 

 『星詠み』を見つけ、勧誘するために調査したから知っている。

 他人には話してはいないはずだ。

 

「後輩は不真面目だし、同期は話とかしてくれないし、上司は理不尽に怒るし、あと序でに給料少ないし、中々休み取らせてくれないし」

 

 と、主に人間関係で難航している事実を伝える。

 意外そうに目を見開く『35P』。

 耳もツンと尖る。

 

「お前とは理由が違うが、正直会社行きたくないってよ」

 

 『星詠み』も本当は仕事へ行きたくない。それなのに、今日は朝から『35P』を連れ出してくれた。

 そう知れば、多少心は動くだろう。

 

「でも、配信を楽しみに、それとグッズとかライブ代とか稼ぐために頑張るってよ」

 

 『35P』も『星詠み』も、大学や仕事が嫌な所は同類。

 2人の違いは、配信者との付き合い方、配信の使い方だ。

 推しを足枷に束縛され続ける『35P』。

 推しの活動を糧に奮起する『星詠み』。

 

「……すいちゃんは」

「――」

「すいちゃんは最近、配信が少ない……」

「そうだな、忙しいから仕方がない」

「配信がない日は――」

「そんな時こそリスナーズ拠点に寄ったりしてる」

「――」

 

 今では毎日配信をするメンバーの方が少ない。

 週1しかできないメンバーだって、体調を崩して長期休暇を取るメンバーだって、増えてきた。

 そんな時、共に推し活できる仲間や、それを共有できる知り合いがいれば、もっともっと楽しくなる。

 

「うちに来い『35P』」

「――――」

「お前みたいな奴も沢山いる。そいつらと一緒に毎朝時間通りに登校して、大学が終わったらうちへ来い」

「でも…………」

「お前は妄想の中で生き過ぎている。もう少し現実に戻れ。現実に生きて、夢を体験するんだ」

「……」

「充実した生活に組み込むからこそ、推し活は充実するんだ」

 

 推し活をするだけでは生きていけない。

 推し事は、お仕事ではない。

 

 もっと、楽しい夢を見ろ。

 

「今より数倍楽しい人生にしてやる」

「――――」

「少しでも心が動いたのなら、明日の講義後、ここへ来い。お前の仲間を紹介してやる」

「――仲間?」

「ああ、話が合うと思うぞ」

 

 『箱推し』は手書きの住所をすっと差し出す。

 まずは外へ出る事の素晴らしさを知る。

 そして、少しでも1日に期待したくなる世界を見せる。

 そうすれば、次第に足は軽くなる。

 

 推し事は、現実逃避の道具じゃない。

 人生を一層充実させるコンテンツだ。

 それを履き違えてはいけない。

 

「つまんなかったら、すぐ帰るよ」

「退屈しない事だけは、保証する」

 

 『35P』が住所を記した紙を、丁寧にしまった。

 その一連の動作をしっかりと確認すると、『箱推し』は先に会計を済ませて1人で帰宅してしまった。

 

「……」

 

 『35P』は、1人ポツンと喫茶店に残り、少し気不味くなった。

 けれど、折角のパンケーキはしっかり味わいたいので、もう少しゆっくりしていこう。

 

「……美味しいにゃ」

 

 パンケーキとピーチティーを味わって、店を出た後は、夜のみこちの配信を楽しみに、家へと帰宅したのだった。

 

 

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