魔界、マクスウェルの根城。
魔界に太陽光はないが、不思議な照明が天井から魔界全体に灯りを届けている。
太陽よりも赤いため、地上とは見え方が少し異なる。
しかし、特に人体に害はなく、活動にも支障はない。
マクスウェルの城の周囲に、警備員は1人もいない。
警備が必要ないから。
魔神の住まう城を襲う輩は、そういない。
そんな奴が来れば、警備は全く意味をなさない。
経費削減にもなるし、寧ろいない方が良い。
「数百年前に一度だけ来た事はあるが、多分内装は変わってる」
「数百年前ねぇ〜……」
「ロリババア……」
「あん?」
規模が人間の比でない。
まあ、それだけ月日も経てば当然、建築物は再建されるだろう。
「門をぶち破って……と行きたい所ですけども……」
ラプラスは門を凝視して顔を顰めた。
こう言う時、奴の能力は厄介だな。
「まあ、やってみます」
「開いたらどうすんの?」
「おお、そうでした」
忘れていた、と手を叩きラプラスは尋ねたみこではなく、マリンを見た。
「吾輩とみこさん、シオンは同時に突入して、マリンさんだけは遅れて侵入してください」
「はい⁉︎ それ死にますよ⁉︎」
「マリンさんの側に我々が居ると意味ないんで」
「んな事言われても……」
1人では心細いのか、乙女チックに視線を逸らして縮こまる。
でも、ビビってるなら寧ろ好都合だ。
その方が、きっとオッドアイが上手く働く。
「マリンさん。マリンさんは『いろはだけ』を探してください」
「え、なんで――」
「何でもです。いいですね、いろはだけ探す事を目的として、それ以外は見つけても無視してください」
「鷹嶺ルイも沙花叉も、こよりも?」
「はい。そいつらは助けを求められても無視して、『いろはだけ』助けてください」
「……それ、船長嫌われない?」
「大丈夫です」
誰がどこに居るか、分からない中で、いろはだけを探し当てる事は困難。
でもそれが、特定条件下でマリンには可能である。
本人が自覚していないために、ラプラスはここまで強く念押しをする。
マリンは、本気で細心の注意を払えば、監視の目を全て潜り抜け、ただ一つの目的を完遂する能力がある。
そんな作戦遂行能力に長けている。
「みこたちは?」
「中層を適当に探して見つけたやつ助けてやってください」
「雑」
「ラプラスはどうすんのさ」
「吾輩はマクスウェルだ。高慢なやつだから、どうせ天辺で吾輩の到着を待ってんだろ」
マクスウェルと戦えるのは同格――否、彼の上を行く存在だ。
「適当に中層を探して4人のうち誰か1人でも助けたら、シオンは吾輩と来い」
「はぁ? 大して戦わないって言ったじゃん」
「戦わなくていい。見学させてやるんだよ」
「上から目線すぎ。後輩のくせに」
「人生の大先輩」
ガキ同士の言い争い。
「シオンの魔術は過去と未来に干渉するものだろ。吾輩の未来演算は参考になると思うぞ」
「…………はいはい」
それは興味がある。
魔力使いの頂点に君臨する者から、その術の扱い方を学べれば、シオンの魔法もまだまだパワーアップする余地がある。
「にぇ……なんかみこだけオマケ感がパニぇんだけど」
「そんな事ないっすよ。うちにはみこさんを慕うような奴もいるんで」
「おいコラ、クソガキぃ!」
「ま、まあまあみこち、落ち着いて」
統率力のないチームだが、大丈夫か?
「ま、どれもこれも、扉をぶち破れれば、の作戦なんっすけど」
ラプラスは右腕をぐるぐると回して肩慣らし。
てくてくと門前まで歩み寄ると、右腕を大きく振るって魔法を放つ。
バゴンっと、ビーム的な魔法ではなく、爆発のような魔法が発生して扉を破壊した。
黒煙を上げ、扉がボロボロと崩れて道が開いた、がラプラスはまだ進まず、様子を伺う。
「……直らないな。歓迎って事か」
扉が復元される事を危惧したが、そんな「超常現象」は発生しなかった。
敵はやはり、ラプラスを待っている。
なら望み通り、ぼこぼこにしてやろう。
先頭をラプラスにして、3人が城に足を踏み入れた。
爆音は響いたはずだが、悪魔1人来ない。
3人は、早々に暗闇の奥へと消えていった。
「……」
1人残されたマリンは、敵に怯えながらも、可愛い後輩のため、勇気を振り絞って単独行動を開始する。
もう既に泣きそう。
何が何でも、ホロメン以外との遭遇は避けよう、と心に誓う。
城内へ一歩、踏み込んだ途端――
「――――⁉︎⁉︎」
意識が飛びそうな気魄に全身が震え、身の毛がよだつ。
最上階にいるであろう、マクスウェルから放たれる魔力と威圧感。
「まるで覇王色じゃないですか……」
益々単独行動への不安が募る、が過去の戦闘経験が僅かながらにマリンに勇気をくれた。
森でのエネルギー男戦、デスゲームでのシステマー戦。
もう一歩、力強く踏み込めば、その先の足取りはまだ軽い方だった。
室内は人工太陽光が無いため薄暗い。
仄かな灯りと、自身の目、直感を頼りに暗中を行く。
十字路に到達。直進。
T字路に到達。右折。
階段を発見。下階へ。
「ぉ――」
人を発見。
普通に彷徨いている辺り、顔は見えないがここの住人に違いない。
暗い視界をぐるりと回し、周囲を確認。
魔力&聖力感知センサーが複数個と、映像カメラが数台。
センサーは無視して、カメラと人の目に注意を払う。
全カメラと監視の、数センチの綻びを探っては身を寄せる。
今なら、ラプラスがマリンを選んだ理由がわかる。
センサーにかかる人間は、この監視網を突破できない。
マリンといろはのみが――否、きっとマリンだけが突破できるセキュリティだ。
「おるおる」
野蛮そうな監視員がおるではないか。
金棒を持った1人の男性。あれが恐らく、この中で最も危険。
この先に少し開けた空間が見える。
そこでキラキラと輝く何かも。
怪しい。
「…………」
視認できる距離まで近付いて…………。
「あぇ……?」
視認できないのに、何で見えた?
デスゲームの時と同じ感覚だ。
ハイになっていたあの時と違って、今は冷静だから、不思議に頭を悩ませることができる。
良く見える。オッドアイの開眼が定着してきたのか。
まあいい。自分が少しは使えるのなら、その力でいろはを助ける。
「…………」
そう言えば、何でここにいろはがいると思ったんだ?
いや、それも今はいい。
今必要ない分析は後回し。
目の前の敵と任務に集中しよう。
闇と死角に紛れて、マリンは徐々に徐々に、距離を詰めてゆく。
不明の物質へと。
「……」
暗がりの中でも、認識できる距離まで辿り着くと、物陰に隠れて、キラキラと輝く巨大な――檻を見つめた。
そう、キラキラと輝く物質は、鉄柵のように1人の人間を囲っていた。
だからあれは檻だ。
でも、見るからに金属ではない。勿論、石でもない。
何だ……あれは?
宝石……?
「――!」
檻の反射で、見辛いが、中にいろはがいる。
四肢は拘束されておらず、檻の中では自由な状態。
自慢のチャキ丸は背負っていない。
没収されたか……。
「すんすん……」
「――???」
遠目にいろはを含め、現場を観察していると、突然いろはが鼻を鳴らし何かを探知し始めた。
なんだ、とつぜ――
「ああ! マリンせんぱぁーい!」
「ん゛が…………‼︎‼︎‼︎」
付近の監視が、いろはを一瞥――そして、その視線と手を振る先を見た。
(あのアホ……!)
どう見ても隠密行動してんだろうが――!
視線を流すように、マリンも真後ろを見た。
「「「………………」」」
恐る恐る振り返る。
(うわ〜、みんな怖い目……)
たった1人だけ笑顔で手を振っている。
先輩が救出に来た現実に感極まって、その嬉しさの余り檻以上に眩しい顔でぶんぶんと。
「ニヒッ! 退屈凌ぎキタァ!」
最もヤバそうと一目置いていた金棒を持った男性が、嬉々としてマリンへ襲い掛かる。
「ぎゃあぁ! 風真いろはのあほー!」
暗闇を駆け出すと、周囲の監視たちも一斉にマリンを標的として攻撃を放つ。
無意識にオッドアイを駆使して全てを回避していた。
絶叫しながら、懸命に室内の物陰を移りながら駆け回る。
魔法、銃、その他飛び道具が、ヒュンヒュンと周囲を突き抜ける恐怖。
どれかが当たれば死ぬ自信がある。
「おい風真いろはぁ! お前出れんのかぁ⁉︎」
「鍵が無いと出れませーん。檻がダイヤで出来てて、壊せないでござるー!」
「鍵ぃ⁉︎」
「チャキ丸でもいいですー!」
監視カメラも意に介さず、大声を張り上げて会話を図る。
結果、鍵か刀を要求された。
どちらでもいい。そうすればあとはいろはが何とかする、はず!
「オーイ、待てってェ!」
「わぁ! わぁ! わぁ! 来んな来んな来んなぁ!」
金棒を持った男が微笑んでマリンを追う。
足が速いため、物陰に上手く隠れなければ、逃げ切れない。
他にも敵は複数いる。全員マリンよりは戦える敵。
とにかく逃げ続けて、鍵か刀を――
「――‼︎」
オッドアイが警告した。
反射的に身を翻せば、マリンの正面を、ビュン、と強風が通過した。
車が走ったかのような風。
ブレーキを掛けなければ、「その勢い」はマリンに直撃していた。
「オオォ! 何でわかった? ナァ、ナァオイ! 何でだ!」
間一髪の緊急回避に、男は益々口角を上げ、喜悦を感じる。
敵と会話する余裕はないので、無視無視無視。
金棒を持った――鬼は、置き去りにして室内を縦横無尽に?駆け巡る。
「鍵、刀、鍵、刀、鍵、刀、鍵、刀……」
どちらか一方でいい。
懸命に探すが、全速力で動くので、注意深く探る暇が無く、探索のムラは多い。
「刀あったー!」
ふと視界に入った刀を掴み、即行でダイヤの檻へ駆ける。
その際に押し寄せる攻撃も全て掻い潜って。
「はい刀!」
檻の隙間から刀を受け渡し。
パシッといろはが受け取るが、それはチャキ丸ではない。
城の住人の、誰かの刀。
マリンは猛スピードで檻から距離を取り、また「逃げのマリン」に徹する。
「ダイヤモンドは切れないでござる、が」
馴染まぬ刀の柄をグッと握り締め、牢内で構える。
「オイ、お前ら、逃げたほうがいいぞ」
金棒鬼が注意喚起するが、状況を飲み込めないものが殆どだ。
「疾風刃雷」
大半が行動を起こす前に、いろはの一撃が室内に波紋を発生させた。
いろはを中心とした斬撃の風が、雷のような速度で室内に拡がり、接触するモノドモを切り裂き、薙ぎ倒してゆく。
マリン、金棒鬼、そして無名の監視数名を除く、全てがその身を赤く染め、地べたへと身を投げた。
「アーア、ダァから言ったのにィ」
金棒をガシンと地面に叩きつけ、小さく欠伸した。
その絶大な威力に、マリンは目を剥いて硬直していた。
「あー……壊れちゃったでごーざる」
いろはの手元から、刀身が4分割ほどされた刀が溢れた。
疎らに金属音を鳴らして、ダイヤの床に転がった。
やはり、チャキ丸以外は刀が保たない。
今の一撃を受けた者は全員倒れたが、ダイヤの柵で守られた雑魚もそこそこいる。
「マリン先輩、やっぱり鍵を探してほしいでござる」
「お、おん……わかった!」
いろはの実力を目の当たりにし、やる気がほんのり湧き上がる。
彼女が全力で暴れれば、怖い者はないだろう。
鍵だ。鍵さえ手に入れれば――
「鍵なら、オレが持ってる。イコール、オレを倒すのはマスト」
「ぅえ……」
「ナァ、遊ぼゥや、海賊さんよォ〜!」
それでもやはり、関門がマリンに立ち塞がる。
「…………」
いろはのせいだ。
隠密行動を台無しにしやがって……!
その可愛さあってこその、赦しだからな!
これで死んだら恨むからな!
「ふぅ……」
覚悟を決めたように、大きく深呼吸。
はい吸って〜、吐いて〜。
「いざ、尋常に――」
「ッシャァ――」
「逃げる‼︎」
逃げのマリンは、逃げ続ける。