3階捜索者、紫咲シオン。
ふたつ上の階から放たれるマクスウェルの魔力が感覚を狂わせる。
魔力での探知が上手く効かない。
無駄な魔力消費はせず、歩いて担当する階を探索する。
聴覚以外はほぼ使えない状態。
一般人の気分味わうのは、久しぶりだ。
何だか懐かしい。
「…………?」
なんだ?
「…………」
何なんだ……?
「…………だれ?」
何の気配だ?
魔力で上手く探れない。
何も感じないが、何かを感じる。
「…………」
気のせい……では、ないよな?
「…………」
何なんだよ、これは――
「――‼︎」
頰を何かに掠めた。
小さな切り口から、ほんのりと血が滲む。
「…………」
何も見えない。
あれだけ間近を通過されても、魔力を感知できなかった。
マクスウェルが居たとしても、真横まで迫れば流石に感知できる自信はあった。だがどうやら、ここにいる「何か」は、気配を消す事に長けているようだ。
しかも、安易に声や姿を晒さないあたりが、極めて厄介。
こんな戦いに慣れている。
「マジで……」
参ったもんだ。
これでは碌に探索もできない。
あまり魔力を使う予定は無かったのだが……。
片付いたらラプラスに愚痴ってやろう。
「マニュピレーション」
詠唱し魔法を発動。
シオンも姿を消して対抗。
同じシチュなら、相手もきっとシオンを感知できないはず。
「…………」
シオンは無言で歩き出す。
「不明」は今、どこで何をしているだろうか。
何も起きない――。
「……」
予想通りか。
シオンはそのまま足音を極力抑えて、holoXメンバーを探す。
「……」
いた。
クロヱが、檻の中で寝ている。
体勢を見るに、寝たくて寝た、のだろうな。
こんな時にこんな場所で、よく眠れるな、と感心してしまう。
「……んー、あぇ?」
寝起きの掠れ声が鳴る。
目を擦り、周囲をよくよく確認――捕まっていた事を思い出した。
暇すぎて、寝てたんだ。
まだ大して時間が経っていない、と思うが、目覚めてしまった……。
不思議だ。いつもならもっと眠れるのに……。
「…………」
クロヱは突如立ち上がる。
「……!」
ガシンッ、と檻につかみかかる。
音が反響して聞こえた。
偶然?目の前にいたシオンは驚いて、思わず声を出しかけた。
「……」
クロヱも歓喜のあまり声を出しかけた、が思いとどまった。
目の前の1人とは別で、見えない何かがいる。
互いに姿を眩ませて、牽制し合っている状況だ。
寝起きでもクロヱの頭の回転は中々に早い。
こよりやルイみたく、頭がいい訳ではないが、IQは高め。
序でに愛嬌も高め。
「ふぁ〜……まだ眠い」
「――――」
クロヱは檻に背を預けて地に座る。
演技には見えない、そんな卓越した演技。
「つーか、マジでアイツどこいったんだよ……沙花叉の武器隠しやがって」
独り言をぼやき始める。
シオンは黙って聞く。
「アレさえあれば、こんな檻壊せるのに」
「――――!」
クロヱからシオンへの伝言。
「武器を探してくださいお願いします何でもします、マジで何でも」。
が、恐らく届いた。
必要部分だけ切り取って。
この場でシオンは「不明」と戦えない。
見えないし、感じられないから。
だがクロヱは、今確実にシオンに気づいている。
漫画やアニメで見た事がある。シャチは超音波で物を感知し、さらには魚を気絶させて捕らえると。
きっとクロヱには、敵も見えている。
「――――」
2人の臨機応変が機能した。
シオンは足音を殺し、クロヱの武器を探した。
あの日から変わってないのなら、武器は斧で違いない。
「不明」と、この均衡を保ちつつ、斧を探す。
クロヱが自由になれば、シオンはそのまま最上階へ直行だ。
「…………」
だが、探していてふと思った。
シオンは「不明」を発見できない。
その原因すらわからない。
シオンと違って透明感や屈折の類なら、自身の間近に無い物質にも、その力が働く可能性はある。
「…………」
考える事が増えた。
このまま探しても、一生発見できない可能性が出てきてしまう。
「ふんふふーん……ふんふん〜」
(え……?)
だれだ、こんな所で鼻歌を歌っているやつは……。
緊張感が無さすぎる……敵か?
「……」
コツコツと靴音が鳴る。
その靴音に多少の気品が感じられた。
「ふんふんふ〜ん……」
その人は、呑気に鼻歌を歌い、斧と鞭を手にしている。
見覚えがありすぎる顔。
解放された鷹嶺ルイ。
シオンは未だholoXの戦力を計り知れていないが、ラプラス曰く、ルイが最もバランスの取れた戦闘能力を持つと言う。
だが、今はマズイ。
ホークアイとやらも、魔力を必要とはしないが、この場では使えないはず。
敵の存在にすら気付けていないはず。
「dynamic present」
(うっそ……)
振りかぶったかと思えば、斧を投げた。
そんな怪力あんのかこの人。想像がつかない。
でも、その斧って多分クロヱの……。
「バリア」
シオンは姿を現し、ルイと自身を内側に閉じ込めてバリアを展開した。
「あれ、シオン先輩! 居たんですか」
突如現れたシオンを、居た、と判断できるのか。
「敵もいるから、歌ってる場合じゃないよ」
「あー……聞いてたんですか。気まずいなぁ」
クロヱさえ動けば、見えない敵は何とかなる。
見えない内は、こうして2人を守っていればいい。
「……ビックリした。なんて事を」
「「――‼︎」」
2人の正面、バリアの外側に、1人の男性がシオンのように出現する。
右手にナイフを掴んでいる。
その手を振り上げて、バリアに突き立ててみたが、弾かれてしまう。
「困った。なんて事」
「……?」
ナイフが普通だ。
こいつ……魔法を使ってないのか。
とすれば、消える力はその他の部類。
妖怪族か、そんな超獣か、はたまたそんな動物か。
「あなた……カメレオン?」
「俺、カメレオン。そう言う事」
「保護色……普通のカメレオンの域を超えてるね」
人の目でカメレオンは探し出せる。
だがコイツは、完璧に周囲に溶け込んでその気配すら消していた。
獣人には稀にその能力を拡張させた存在が現れると、言われている。
それが近年、例が増えつつあるらしい。
全ての人種において、急成長の波が来ている。
これは、間も無く世界に起こる異変を予言する物。変革の前兆とされる。
バキッーん…………。
鋼鉄の破壊される轟音。
クロヱが解き放たれたか。
たたたたたたたたたっ。
こちらへ全速力で、掛けてくる。
「逃げられた。何と言う事」
カメレオンが消えた。
しかし残念。クロヱには効かない。
クロヱは迷わず突き進む。
斧をがっしりと構えて――。
「シオンセンパーーーーー――ふべっ!」
斧を投げ捨て、全力でシオンに飛びついた。
不運にも(シオン的には幸運にも)バリアに阻まれ、クロヱは地面にキスした。
バリアは超音波で検知できないのか。
「うぅ……シオン先輩、どうして……」
冷たいキスの味を忘れようと、口元を拭う。
起き上がったクロヱは、悲しんだフリをしながら捨てた斧を拾った。
意外と冷静だな。
「いや……敵が居るから」
「あいつか〜……」
重厚そうな斧を軽々と担ぎ上げて、肩に回す。
シオンはバリアを解除した。
「えっと……じゃあ、シオンは上いくね」
「えぇ〜、一緒に戦いましょうよ〜」
「え…………えー……」
「いや反応ガチなやつじゃん」
マジで嫌そうで、マジで困惑していた。
ありだがショック。
「クロヱ、私がいるって」
「鷹嶺ルイじゃん、居たの?」
「その斧返したの私だから」
「そうなんだー、へぇ」
興味・関心・意欲・態度、1。
シオンに対しては5。
「シオン、ラプラスんとこ行かなきゃいけないから、じゃあね」
「あぁー! 待ってシオン先輩!」
シオンはもう無視を決め込んでいる。
早い。対応が早すぎるぞ。
スッ、とシオンとクロヱの間に何かが割り込む。
カキッ――!
「……お前さぁ、そりゃ無いわぁ、マジでさぁ〜」
ナイフと斧の衝突。
人体への負荷は、ナイフ側が遥かに大きい。
「困るので、逃げられると。つまりそう言う事」
恋路を邪魔する厄介なやつめ。
「まあまあクロヱ、私がいるから、我慢してよ」
「えぇ〜……」
「我慢しろ、しなさい」
「しょうがないなぁ〜」
なんだかんだで、ルイクロもあり。
さらば塩シャチ、またコラボするその時まで。
シオンはカメレオンを2人に任せ、最上階、神々の戦場へと赴く。
「それでクロヱ、手貸そうか?」
「いいよ、沙花叉のポイントにしちゃいたいから」
「そう? なら見とくね。見えないけど」
ルイは半歩退いて、戦いをクロヱに一任した。
万が一があれば、助力する程度で。
その方が楽だし。
「ポイント? 賞金ではなく。どう言う事?」
「身内の話だから気にすんなって〜」
「それは残念。そう言う事」
裏社会指名手配とは全く関係のない、holoX内の序列を決めるためだけのポイント制度。
コイツはあまり、稼げそうにないが。
クロヱはいつか、ルイといろはを越えたいと思っている。
理由は特にないが、強いてあげるならば、掃除屋としての維持。
ラプラスには叶うはずもないから、2番手で妥協してやる。
「じゃ、お掃除するね〜」
クロヱはマスクを装着して笑った。