尻尾からの銃撃、両手の刀、草食動物のような脚、鉤爪付きの翼、鋭い牙。
こよりを抱え必死に防御に徹するが、防ぎ切れない。
巫女服はビリビリに破れ、生傷も時間と共に増してゆく。
でもこよりには、以降傷一つ付けていない。
「おいこより、起きろよ」
「――――」
定期的に声を掛けるが、中々意識が戻らない。
「すごぉおおく、仲間思いなんだねぇええ」
脚力を爆発させて前方に跳躍。刀でみこを捉える。
「天叢雲剣」
口に刀を現出し、咥えた。
両手が塞がっているので、手は使えない。
だから咥えたままキメラの二本の刀の動きを見切り、受け止めずに流す。
刀で刀の軌道を逸らし、顎への負荷を最大限に抑えて。
「むがっ――!」
みこのパワーでは、完全に流しきれなかった。
胴体にバッテンでも刻みたかったのだろうか。その軌道をなんとか逸らしたものの、左脇腹に深く刀が刺さり、切り裂かれる。
体験した事のない……否、リアルで体験した事のない激痛に、咥えた刀をポロリと落とした。
刀と一緒に吐血する。
脇腹からもビチビチと血が溢れる。
これはマジでヤバい。
深く入りすぎた。
動きすぎれば死ぬ。
「おい゛、こより゛…………おきろ……っ゛」
もう、こよりを抱える事もできなくなる。
限界は間近。
頼むから、起きてくれ!
「そう、都合よく行かないよねぇええ」
目覚めぬこより。
迫るキメラ。
回避の体力なんてない。
それでも、みこは体力と血を文字通り振り絞る。
こよりだけは守る。先輩として、仲間として。
そんなありきたりな決意。
その覚悟だけで、今のみこは強くなる。
既にその兆しは、あのゲームで見せている。
己の真価が漸く見え始めた。
「桜花絢爛」
薄暗い室内が桃色の花弁で埋め尽くされる。
「――⁉︎」
視界が閉じる前に、キメラは急いで攻撃に出る。
スッと刀を振るったが、桜が刀身に纏わりつくだけ。
半分空を切った。
みこが消えたのだ、再び。
でも、こよりは可哀想に、地べたに寝転がっている。
「ひぃひひっ」
狙いをそちらに定める。
殺すなと指示されているから、殺しはしない。
毒だって、死なない程度に打っていたから、死にはしなかった。
みこが危機感を得て、勝手にビビってるだけ。
それが痛快だったのか、キメラは愉悦の笑み。
刀二本がこよりの腹部を狙う。
「桜花・枝垂れ」
「いひひぃ!」
何処からともなく、みこが現れる。
予期していたように、キメラは刀で受け止めた。
この状況で、敢えて攻撃に転じてみたが、失敗か。
「くっ……」
「もう、保たないんじゃなぁああい?」
キメラに弾き返され、ガクンと膝をつく。
こいつの言うとおり、これ以上は本当に、命に関わる。
「んがぁああああ! 起きにぇかぁ! こよりぃ!」
しゅるるる……ぱりん。
「――――結局起きるんだぁああ」
キメラに試験管が飛来し、こよりの復活を彷彿とさせる。
試験管は割れ、中身の液体がキメラに降り掛かったが構わない。
「警告、今投げたのはエチルアルコール。燃えやすいよ」
「――ユーたち、炎使えないでしょおおお?」
白衣の両ポケットに手を突っ込んで、こよりがカツカツと2人の間に割って入った。
「生憎、火炎放射器はラボに置いてるからねえ」
みこは、安心したのか大きく脱力した。
お疲れ様。
「ほーら――」
「でも、随分濡れてるみたいだねぇ……」
試験管に含まれるエタノールだけでは、アソコまで濡れない。
水槽にでも、入ったのだろうな。
「それが……?」
「これあげるよ」
もう一つ、試験管をぶん投げた。
「おっと……」
避けられた。
「ミーには化学式とかさっぱりだけどぉおおお、一応ねぇえええ」
パリン、と地面に液体と固体が飛び出た。
「これはなぁに?」
「金属ナトリウム」
液体? 固体?
どっちが金属ナトリウムか、分からない。
……まあ、金属っぽいし、固体の方か。
「んま、何でもいいけど、牢屋に戻ってねぇえええ!」
刀がこよりに振り下ろされる。
ガキん――。
「ありゃぁあああ?」
「色々な場面に備えて、服や体に仕込んでんだよねぇ。なぁんで、身体チェックしなかったのかなぁ?」
刀はこよりを拒絶するように軌道を逸らし、地面に突き刺さった。
即座に切り替え、尻尾から銃口を向ける。
発砲――。
軌道が逸れ、ミス。
「じゃあ爪で!」
大きく右腕を振り下ろす。
「ほい」
「ッ――‼︎」
その直前に、こよりは右袖からライトを点灯させた。
薄暗い中の突然な光に、目が眩む。
「これだけ暗ければロドプシン出てるからね」
僅かな隙を作って回避、背後へ周る。
「はい、硫酸」
「ああああ!」
正面にぶちまけたエタノールと混ざらぬよう、背中の羽根にのみ、硫酸を流した。序でにそっと、キメラの懐に別の試験管を忍ばせる。
焼けるように痛い。
羽が少し溶けていた。
「触ると手にも炎症が出るかもよ」
「ぅう! このぉおおお!」
キメラは少々怒ってみせる。
本心は定かではないが、刀をみこに向けたので、それなりに頭に来ている。
「次刺したら死んじゃうよぉおおお?」
「――やれば?」
「――じゃあ!」
ガ、キン――。
と、地面に刀を突き立てると、角度が悪かったのか、割れてしまう。
「――⁉︎ なんで!」
割れた刀はみこをすり抜けている。
「気付かない……か。みこにぇさん、少しずつ距離置いてたから、バレねえように、にぇさんの像ずっと残してたんだよ」
光の屈折、反射をうまく計算して、同じ位置にみこの像を作っていただけ。
「ふん! 血の匂いで……あ、アルコール臭ぃいいい!」
薬品の匂いで自慢の鼻は効かない。
こよりは臭いの区別に慣れたので、こよりだけは鼻が効く。
「ちくしょーぅ! なら身体能力勝負」
脚力を爆発させ、こよりへ突撃。
避ける。
右腕大ぶり。
回避。
左足回し蹴り。
回避。
こよりだって獣人だ。
そこそこの運動能力や動体視力はある。
回避に専念するくらいなら、可能だ。
「へへへ」
回避オンリーのこよりに、策なしと感じたのか、意気揚々とキメラは攻め続ける。
やがて水槽前へ追い詰めた。
「あれま」
文字通り背水の陣。
このキメラの生態は完璧に把握していないが、濡れていたことを鑑みれば、水中戦も行ける口だ。
きっとお望みだろう。
「とぉおおお!」
「ぃよっと」
猛進してくるキメラ。
こよりは迷わず水槽内へダイブ。
当然キメラも嬉々として水中戦へ移行。
(大体5秒くらいかなぁ)
荒波に注意――。
「カワセミダーイブ」
「ゔぇ⁉︎」
果てしない速度で入水するので驚いた。
一瞬脇腹に何かが掠ったがギリギリ回避。
そのままキメラは勢いに乗せて水槽の奥深くまで真っ逆様に――。
(バカバカバカ! それじゃ水圧で試験管が――)
水底で爆発が起きた。
急いで水面へ向けて泳ぐが、爆風に揉まれる。
溺れそうだ。
でも、何とか這い上がった。
水槽から出て、びしょびしょの白衣を気持ち悪そうに持ち上げた。
「はぁ……計算とは違うけど、どうかな」
待つ事1分ほど。
キメラがぷかぷかと漂い、浮上した。
爆発で肌が少し焼けているが、死んではいない。
気絶しているようだ。
「ふぃー。金属ナトリウムと水の反応。実践は初めてだったけど使い難いかもなぁ」
試験運用したが、活用のタイミングは少ないだろう。
なんせ、金属ナトリウムは空気に触れると即酸化してしまうから。
「もっと使いやすいの考えないと」
こよりは手にリモコンを持つ。
ボタンを押した。
「磁界もオフオフ。銃は流石に危なかったなぁ」
間近で発砲されていたら、流石に軌道を逸らしきれなかった。
アホで助かった。
結局ライトと磁力が使い勝手がいい。
もっと有用な開発品を生み出していこう。
そうこうしながら檻付近へ戻る。
「にぇさん、大丈夫ですか?」
「ん……全然だいじょばにぇえけど……」
「包帯なら、あ…………いや、ないです」
「え? 今あるって言いかけた……よにぇ?」
「いやぁ〜、水槽に入ったからびしょびしょで使い物にならないです」
「あぁ……」
意地悪じゃないならいいや。
「……ちょっと待ってくださいね」
こよりは先ほどとは異なるリモコンを取り出してボタンを押した。
「しばらく待ちましょう。こより、流石ににぇさん抱えて脱出はできないんで」
「なに、したの?」
「超音波信号を発信したんで、しばらくしたらクロちゃんが来ると思いますよ」
シャチに救難信号を送ったのか。
なら助けが来るまで、待つとしようか……。
クロヱの到着を、しばらく待った。