ころねの杞憂はどこへやら、おかゆところねはホロライブ入りを果たした。
おかゆは面接当日に合格通知が来たのに、ころねは期限ギリギリに通知が来たため相当焦ったらしい。
それでもまあ、同じ合格。
しかも面接の際にゲームが好きだと答えたため、ゲーマーズへの配属が決まった。
二人には最適の場所だろう。
適材適所……とは少し違うが、まあアイドル的な仕事が少ないのは確かだ。
デビュー後早速ゲーマーズでコラボし、配信のほとんどがゲーム配信。
アイドルではなく、ゲーマーからの注目を主に集め、人気を得た。
この二人のデビューまでに数人がソロライブを開催。
次はまつりの番だ。
一周年を控え、最近調子の良い一期生達。
そんな中でのまつりのライブ。
まつりも気合いが入っている。
あと一日でライブ当日。
一体、どんな景色が、見えるだろうか。
*****
一人で立つには縦にも横にも大きすぎるステージ。
会場を埋め尽くすファンの人。
自分色に光る暖かいペンライト。
自分を輝かすために浴びる脚光。
完璧すぎるスタッフさん達の様々な演出。
この場にはいない、支えてくれた仲間達。
ここまで来る勇気と決意をくれた自分の夢。
すべてに感謝。
ありがとう。
とても楽しかったよ。
最高のライブだったよ。
最高の時間だったよ。
こんなところで慢心せずに、高みを目指そうと、そう思えた。
まつりは、進むよ。
*****
「本当に止めるんですか?」
えーちゃんが、真剣な瞳でまつりと向き合って尋ねる。
いつも冗談の多いまつりだが、こんな冗談にならない冗談は言わないと理解できている。
だから笑えない。
真剣な瞳が、互いの真剣な瞳を捉えている。
「入るときから考えてたからね」
その選択に迷いはないと、冷静に言う。
えーちゃんは一枚の紙に目を落とす。
「……これは契約更新書です」
一年間の所属契約をしていたため、まもなく満期となりこれを更新する必要があった。
しかしそれは、ホロライブに居続けるのであればの話。
止めるのであれば、更新書ではなく辞表や退社届などの類いの書類が必要だ。
今日は更新書を手渡しするために来てもらったのだが、それを断られてしまうとは……。
「契約の終了日までに更新か辞退かを決めて、社長と話してください」
少し残念そうに案内する。
それも当然だろう。
社長と話す必要があるのは、止める場合の時のみ。
それなのに社長と話すように案内するなど……。
「……因みに、参考までに聞きたいんですけど、私以外の人にこのことは――」
「言ってないよ」
「……でしょうね」
分かりきっていた。
まつりもきっと理解している。
言えば無理にでもここにとどめさせられる。
「私がここまで踏み込むのはおかしいですけど……なぜそんなに前から卒業を決めてたんです?」
知るものがいない以上自分から入り込むほかない。
えーちゃんはまつりに詳細を聞くことにした。
「うーん、まあ夢があるし」
もっともらしい、と言うか、応援せざるを得ない理由。
「夢……ですか?」
「そうそう、声優になるって言う昔からの夢」
「そんな夢が……」
誰も知らなかったまつりの将来の夢。
もし本気で目指すのなら、この先もアイドルを続けるのは困難だろう。
最近の声優はアイドルのようにライブも頻繁に行うが、やはり活動目的が根本から違うため、アイドルで妥協、なんてできないはずだ。
目指すきっかけや、なぜ声優になりたいのか、またこの仕事はどうだったのかなどは聞けなかった。
踏み込みたくても踏み込みきれない、中途半端な感情が抑制してくる。
まつりがどんな思いで今日までやってきたのか、どんな思いで今後を過ごすのか、それは彼女にしか分からない。本当に、彼女にしか。
「だからあと少しだけ、えーちゃんもよろしくね」
その日、まつりとえーちゃんはそこで別れた。
まつりはいつも通り、配信の準備をするため、家に帰る。
帰り道、頭の中はライブのこととこれからのことで埋め尽くされていた。
ライブに関して、まず一言で言うと、とても楽しかった。
声優を目指すものとして、人前で声を披露することは夢の一部であると言っても過言ではない。
綺麗なペンライトを振ってもらえて、可愛いと、叫んでもらった。
嬉しかった反面、少し残念だった。
アイドルのライブはこれだ。
アイドルのライブと声優のライブの決定的な違いはここにある。
女性として、可愛いという褒め言葉は何度言われても、いつ言われても嬉しい。
配信中もよく言われる。
でもちょっとずれてる。
見てほしいんじゃない。
聞いてほしいんだ。
だから、このままでいられない。
そう思った。
配信でそれとなく、まつりが止めるとしたらどうする?とまつりすに聞けば、皆して涙のコメントを流していた。
その時、少し心が揺らいだことは絶対に内緒。
心が揺らいだとしても、まつりは夢を選ぶよ。
目標だから。
――進展があったのは、その数日後。
事務所に届いた、ファンレターを開封したとき。
以前から少しずつ溜まってきていたが、ライブ後に纏めて読もうと残しておいた。
それを一気に、一つ一つ、目を通しながら開封していく。
いくつか要約すると……
『まつりちゃんの配信大好きです、いつも見てます』『まつりちゃんの存在に救われました、これからも頑張ってください』『ライブ可愛かった、次も楽しみ』などなど……。
読んでると心が温かくなる。
読んで読んで読んで読んで読んで、時間の許す限り読み続けて、残りもあと少し。
心も既にほかほかで、少し口角が上がっていた。
いざ、残り数枚を……と、開いて、驚いた。
『まつりちゃんの歌声が大好きです、歌みた毎日聞いてます』
へぇ……そう思ってくれる人もいるんだ……。
小さな感動を隠して、手紙をそっと閉じる。
さあ、残りの数枚を……
『まつりちゃんが楽しそうに配信しているのが好きです。まつりちゃんの声を聞けるのを毎日楽しみにしてます』
へぇ……そう思ってくれる人もいるんだ。
小さな感動を隠して、手紙をそっと閉じる。
よし、残りの数枚を……
『ライブの可愛いまつりちゃんが放つ、心震える圧倒的な歌声のギャップに萌えました。次のライブでも聞かせてください』
へぇ……そう思ってくれる人もいるんだ……。
……何で?
急いで残りの手紙を読む。
血眼になって。
何故だ。
順番など揃えたりしてないのに、残った手紙すべてに『声が好きだ』と書いてある。
何を書いてもらっても、褒め言葉なら嬉しい。
応援なら気力が湧いてくる。
いたわってくれたら自分を大切にしようと思える。
でも、タイミングがダメだった。
いや、ダメなのか、良いのか、判断つかない。
丁度このとき、欲しかった言葉があった。
自分の、声優を目指すものとしての才能を、少しでも褒めて欲しかった。
それが今、認められた。
嬉しくて、嬉しくて、その日は配信を休みにしてまで悩んだ。
アーカイブを見て、視聴者のコメントを確認。
手紙をいくつも見直して、ファンの――まつりすの気持ちを確認。
配信者は、声優とは全く違うが、声を使う仕事。
もともと、ここまで収入が入るとも思っていなかったため、できても一年と考えて立てた計画。
でも、こんなにまつりの成長に期待してくれる人たちが……ファン達がいる。
みんながまつりの存在が必要だと、配信者としてのまつりの存在が不可欠だと、そう叫ぶのなら……それも良いかもしれない。
夢を持ったまま、配信者を続けるのは良いだろうか。
いや……そういう問題じゃない。
人に観てもらう職は自分だけの問題じゃあない。
声優は、当てるアニメキャラとそれを観る人がいて成り立つ。
配信者は、見る人がいて初めて成り立つ。
どちらにも必要な視聴者、応援者の声。
声優を目指すものとして、やはりファンの声は無視できない。
「…………」
後に振り返ってみたら、正直恥ずかしい。
そして申し訳なかった。
当然不可能だけど、すべての手紙に同じ感情で向き合えなかった。
後半の言葉と、自分の感情に囚われたせいで前半の手紙に向き合えなかった気がする。
だからここで自分と約束した。
視聴者の言葉を大切に。
当たり前のことだけど、約束。
夢に教わった、道の切り開き方。
それに倣って配信者は、続けようかな……。
それでいい?
ありがとう。
数日後、まつりは契約更新書を提出した。
*****
場所は大きく変わり、不思議な大きな森の中央にある謎の塔。
その高い塔のてっぺんで一人の男が本を見ながら魔方陣を展開中。
「13冊目の魔導書はどれにしようか?」
本に問いかける。
答えはいかに。
「……この魔導書は……どこにあるんだ……?」
本に浮かび上がる一つの魔導書のシルエット。
そのありかを得意の魔術で捜索。
「……ここは? 会社か?」
示される本の在処。
それは、間違いなくホロライブの事務所だった。
つまり、次の標的となった魔導書とは――
「ふん、今回は楽な作業だな。残った数週間は遠出できる」
男は本を手に持つと塔の壁を貫通して外に飛び出す。
そのまま空中で跳躍し森の高い木々の上を飛んで、約10キロ先のホロライブ事務所へと向かった。
どうも、作者です。
今回はまつりちゃん回でしたがあまり濃い内容ではないです。
今までにも濃い内容はなかったですが。
もしこの後書きまで目を通してくださる方がいれば、少し面白い報告をいたします。
この先も時折誰かの登板回があるのですが、そのどこかで少し小ネタを挟みたいのです。
正直今考えてる小ネタは難しいので出来ないかもしれませんが、ネタを含めた場合は後書きに記しますので、是非探してみてください。
次回は雑なパートです。
それでは。